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願わくば、雨

「それじゃあ、第一回作戦会議を始めるぞー」

「テンションたけーよ姉さん」

「おねえさん、時間考えて」


 雨の夜、電話で二人を呼び出して最初の逢瀬。心に浮足立つものを感じつつ、―――は公園に二人を集める。


「で、一週間何やってたんだよ、姉さん」


 優斗の言葉はとげとげしい。内心で不安だったことがうかがえる。


「いやね、ちょっとね、準備をね」


 雨が降らなかったのだから仕方がない。二人のイタズラのおかげで多少は活動時間が伸びていた―――だけど、それでも依然として、人に直接見られては立ち消えてしまう儚い存在であることに変わりはない。

 それでも時間を割いて考えてきた作戦を、―――は高らかに宣言する。


「七不思議を作ります」

「七不思議?」


 疑問符が二方向から重なる。


「そう、七不思議。知ってるでしょ?」

「うーん、知ってるけど」


 聡は自身の学校に伝わっているらしき、怪談話をいくつか話す。


「これ、作るの? なんで?」

「今のやり方じゃ、目的を達成できないから」


 ズビシ。そんな効果音が出そうな勢いで聡を指し、本題に入る―――。


「不気味の塔にはいくつか問題点があると、わたし思うんだよね。例えば、不気味なとことか」

「不気味の塔なんだからそうだろ?」

「優斗、不気味って、あんまりいい意味で使われない言葉なんだよ?」


 二人の目的は能力者ゆえの迫害から友達を救うことだ。であれば、不気味などと銘打って周囲を怖がらせるのは逆効果だ。―――の指摘に優斗はハッとし、聡は内心思い当たる部分があったのか目を逸らした。


「それともう一つ。塔だけじゃワンパターンで面白くない」

「んなこと言われても、なあ?」

「うん。僕らでやれることなんて、その程度だし」


 顔を見合わせる二人。けれども―――としてはその認識は誤りだ。優斗の力は変な棒以外の形を作ることができるし、聡が念動力は見る限り空にすら届きそうだ。


「とにかく、わたしはそういうのできないから、二人に頑張ってもらいます」

「なんで七不思議なの?」手を挙げる聡。

「不思議に核を作りたいから。ほら、不思議な現象がたくさんあるんじゃなくて、不思議な存在が超能力を振りまいている、みたいなほうが優しい感じがしない? というわけで、クジラを作りましょう」


 半分程度の納得で首を曲げている二人に、―――は考えた七不思議の主を説明する。


 虹色クジラ。普段は遥か遠くの空に住まう、大きなクジラ。葬儀場の上を根城にして、主食は人の悲しい心。もしゃもしゃ食べて、代わりに優しい雨を降らす。昔読んだ絵本の主人公だ。自由で、きれいで、雄大で、何かを託すような気持ちで、それを選んだ。

 きっと二人は知らないだろうと思いつつ、―――は数少ない思い出のストックから知識を引っ張り出す。クジラの生態になぞらえる、七つの不思議で面白い現象だ。


「こんな感じの、できない?」

「いや、無理だろ」


 即答する優斗。当然だ。提示した七不思議の中身には、二人の力では再現できないものも含まれている。


「だから、二人にはもう一人、仲間を見つけてほしいんだ」


 突きつけた指令は、その実―――の本懐でもあった。二人に話した七不思議論は一つの指標に過ぎない。イジメの問題は単純に助けないことが多数派であること。だから、少しずつでも能力の賛成派を増やしていけば、自然とその友達を守る機会はできるはず。


 ―――の思惑を知ってか知らずか、うんうん唸って候補を考え始める優斗と聡。やがて二人は結論に至り、けれどもためらうように互いの顔を見る。


「やっぱ聡も同じ考えか?」

「うん。でも、どうなんだろ」

「あり、逆にありな気がする」

「じゃあ、やっちゃう?」


 よほど難ありな人物なのだろうか。若干の不安を感じつつ、―――は尋ねる。


「その子、どんな子なの?」

「美奈ちゃん。僕らの友達で、その」

「いじめられてる本人だよ」

「なるほど。いいね」


 いじめを止める鍵となるのは、いじめられている当人の力。因果の巡りを感じつつ、―――は第四者の加入に判を押す。




 待つこと数十分、子供の行動力によってその日のうちに呼び出された、小さな女の子。前髪を目に垂れさせて、うつむきがちに公園に入ってくる。


「二人ともどうしたの? こんな遅くに」

「ちょっと手伝ってほしいことがあってさ。ほら、姉さん」


 優斗は―――の肩をぐいとつかんで前に押し出す。―――は正面から来訪者の顔を見て、そして、気づく。


「……あなたが、美奈?」

「そうだけど、どなた?」


 瞬間的に、―――は自身の正体と、存在意義を知覚する。切ってあげないといつまでも伸ばし続ける前髪も、気になることがあると片目を閉じるその癖も、不安を隠しきれずに歪むその口元も、すべてに覚えがあった。


 思い出がよみがえったわけではない。思い出せたのは意味を成さない自分の名前だけ。それ以外はただの度を超えた直観だ。去来するのは姉という自覚。それから美奈のこと。家族を失って苦しむ美奈。その家族は姉で、―――自身だ。


 つまりそれは、―――がすでに死んでいるという事実を表している。


 不思議と、驚きはなかった。悲しみもなかった。おそらくそれらは、元の体に置いてきてしまったのだろう。大丈夫。嘆きも痛みも必要ない。―――の心は、きっとこの子のためにあるのだから。


「わたしは、みんなの、おねえさん」


 声は震えていた。美奈は気づいただろうか。不思議そうに首をかしげている。横から聡が「変な子でしょ、同い年なのに」と茶化しを入れる。


「あ、思い出した。隣のクラスの柏木さんだ」


 天音の顔に覚えがあったらしい。美奈が手を打つ。


「ねえ柏木さん、なんで私呼ばれたの?」

「おねえさんだってば」


 無意味と知りながら、姉の言葉が美奈の心を傷つけると知りながら、―――は姉を主張することをやめられない。


「クジラをね、作ろうと思って」


 みしりと音を立てる歯車。それを背中に感じながら、―――は七不思議を遂行する。




 美奈を仲間に迎え入れて始められた、七不思議大作戦。―――にとってその時間は、かけがえのないものとして過ぎていく。作戦に効果はあった。イジメは薄れ、美奈は元気になった。でも、効果のあるなしよりも楽しさが前に出る、そんな時間だった。


 現象の多くは美奈の力でできている。だから夜雨が降るたび大慌てで集まって、水に流されたクジラの欠片を四人でがっかりしながら大笑いして、また次の作戦を考える。そんな日々が気づけば、一年近くも続いていた。今や虹クジラは地域内でちょっとした一大ブームだ。


 笑って、怒って、なだめて、遊んで。四人で会う時間が本当に楽しい時間だと、―――は強く思い知る。けれど、思い知るということは、思い知るということだ。


「お姉さん、どうしたの?」


 ベニヤ板に浮かせる用のブランコを書きながら、美奈が筆先を向けてくる。


「うん、ちょっとね」


 本来ならこの時間は、天音が過ごすべきはずだった時間なのだ。七不思議の影響が増すにつれ顕現できる時間が増え、そのことが余計に―――を悩ませた。


 ―――が体を借りた別人であることは、三人にはすでに話してある。昼間の態度と違うことに違和感を持っていたためか、美奈もすぐに納得して―――のことを「お姉さん」と呼ぶようになっていた。


 聞けば、三人は学校で天音とも良好な関係を築いているらしい。―――のおかげだと言っていた。それは喜ばしいことだけど、天音から短くない時間を奪ってしまったことに変わりはない。


 七不思議を作る傍らで優斗と聡の助けを借りていろいろ試す。でもやっぱり、意識を移らせることはできなかった。天音の両親や道行く人、犬やマネキンも全滅だ。―――を受け入れてくれるのは天音だけらしい。美奈の体で試す勇気がない自分に罪悪感。


 明け渡せない魂の小部屋。そこに溜まっていく思い出たちに申し訳なくて、気づけば―――は日記をつけるようになっていた。意識を奪った日にあったこと、会った人、それらを余さず文字にして、クジラの住処と同じSNSに投稿する。そしていつか、天音が自分を糾弾して止めたその日に、すべてを終わりにしようと覚悟した。


 けれど数年経ってもその日は訪れなかった。コメントをくれるのは美奈たちだけで、肝心の天音はいつまでたっても気づいてくれない。ブラウザのトップに日記が表示されるようにしても無反応を貫く始末だ。心配になって父から話題を引き出してみたところ、どうやら天音はまれにあるものを存在しないかのように振る舞うらしい。


 ―――の中で論理が飛躍する。天音が日記を、―――を認識できないということは、もしかすると―――自身が天音の中の姉としての概念を占有して作られた存在なのではないだろうか。天音から時間と姉を奪い、代わりに美奈の姉を演じる。その歪が首に回った綿紐のように、―――の心を締めていく。


「じゃあお姉さん、次、これやろう」


 はしゃぐ美奈に当時の暗さはない。世間も能力との付き合い方を覚えた。だから妹はひとりでも生きていける。―――の中で膨らみつつあった思いは、一つの覚悟に変わる。


 七不思議を消して、自分も役目を終えるべきなのだ。覚悟を胸にしまい込み、―――は作戦を開始する。今度はひとりで、ひとりですらなくなるためにだ。




 次の日から、―――は七不思議を不思議でなくすための活動を開始する。不思議を作るときにわざと痕跡を残し、クジラの生態に不要な設定を付け足し、過去の発言に矛盾する投稿をしたりした。

 そうすれば、誰かが気づいてくれるだろう。浅い考えで始めた反逆活動は、恐ろしいほどの速度で効力を発揮していく。きっと、無理をして何年も居座っていたほうがおかしいのだろう。すぐに―――の顕現できる時間は減少し、明滅し、意識もおぼろになっていく。


「あと、どれくらい生きていられるんだろう」


 ―――はすでに死んでいる。だから、この表現は正確ではない。けれども独立した意識の消失は足を鈍らせ、止まった足は震えていく。


「ああ、よかった」


 けれども時の歩みは止まらない。―――の衰弱に呼応するように、謎を解明せんと踏み入る者が現れる。攻撃的で現実主義、でもどこか優しさを感じさせる何者か。その正体が天音であることは、すぐに分かった。このあんぽんたんも、ここまで成長してくれたのか。消えてしまう恐怖よりも勝る誇らしさが、ほとんど居場所を失った心に満ちていく。


「今日、何日だっけ」


 数日ぶりに室内で目覚めた―――。机に放置された端末の画面から今を知る。コメント欄での醜い争い、激減した閲覧者数。天音の不毛な戦いが終わりを告げたらしい。


「じゃあ、日記もそろそろ締め時かな」


 天音が失った四年半の時間について、可能な限りの事実は書き記したつもりだ。最後の投稿に残すのは、残していくみんなへのメッセージ。恥ずかしいから、これは時間差で公開されるようにしようかな。


 優斗へ。斜に構えるのはいいけど、相手の目はまっすぐ見て話すこと。誰かのために力を振るえる優斗なら、きっと―――の代わりにみんなを導いてくれるって期待してる。七不思議は消えちゃうけど、優斗なら不思議じゃない世界だって変えられるよ。


 聡へ。優しい聡はもう分かってるはず。優しさが誰かを変えるには時間がかかって、誰もが足を止めて話を聞いてくれるわけじゃない。でも、聡は変わらないで。前に歩いていく優斗を助けて、優斗が変えた誰かに優しさを分けてあげてね。


 美奈へ。ごめんね。もしかしたら、美奈は―――の正体に気づいているのかも。そう思ったことが何度もあったけど、思い出させたくなくて、怖くて何も言えなかった。お姉ちゃんはいなくなるけど、でも美奈には友達がいる。消えてしまう―――じゃなくて、今いる友達を大事にしてほしい。できるって信じてる。


 天音へ。最後まで、直接話すことができなかったね。日記の形で謝罪することを、許してほしい。あなたの夜を借りてしまって、本当にごめんなさい。そして、ありがとう。


 この体になって分かったことがあるんだ。人はみんな、誰かに許されて生きている。変わった癖、きつい物言い、知らない知識。そんな自分とは違う何かを知って、認めて、許して、そうすることで自分が許してもらっていると知る。だから、直接会えないのが、本当にさみしい。


 ―――は天音に許してほしいなんて言えないけれど、でも―――を受け入れるっていう奇妙な経験が、天音の心を少しでも広げてくれるのなら、嬉しい。そしてできれば、―――のことを覚えていてほしい。


 最後に一言だけ。みんな、仲良くね。

 十一月二十一日、最後の雨の日。みんなのお姉さん、七海より。

七海パートは一人称で書いたあと「わたし」を「―――」として三人称に置換する方式で作られています。ぼやけた記憶を天音自身が追想しているイメージで読んでください。

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