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茜の裏側

「この世界はさ、巨大なミステリーの一部なんだよ」


 夕立のごとく唐突に語り始める白鳥さん。


「突如世界を襲った大災害と超能力。それは言うなれば、膨大な異質が及ぼす影響を計る思考実験、養殖モノのミステリーだ。ミステリーにおける最大のタブーって、分かる?」


 何のことを言っているんだろうか。ミステリーの禁じ手。三つ子のなりすましとか?


「最もやっちゃいけないこと。それは犯人の使いまわしだ」

「え?」

「世界が求めるのは新しさだ。俺はもう前回犯人やっただろ。マンネリになるから、今回のミステリーには不介入でありたいと思っている」


 支離滅裂が私の心を混乱の渦に引き込んでいく。個人的には怪盗小説とか、同じ犯人が繰り返し出てくる話のほうが私は好きだけど、そういう話ではないと脳が告げている。


「何を言っているんですか?」

「俺は正気だ」


 笑ったまま、いやに迫力のある表情でこちらに一歩近づいてくる白鳥さん。後ろの観鈴が私の服をつかむ。侭も凪もどこかへ行ってしまった。なんで肝心な時に限っていないんだ。


「でも仮に俺が正気じゃないとしたら、それは全部俺のせいなんだ。悪いね、俺のうっかり対消滅に付き合わせちゃってさ」


 己の好奇心を恨みつつ、状況を分析する。吹いて流れる言葉の螺旋、そこに白鳥さんの意思はあるはず。でも、言ってることが一文字たりとも理解できない。凪たちが戻ってくるまでに、私はこの人と分かり合えるだろうか。


「やってない。俺じゃないんだ」


 今度は目に涙を浮かべ、無実を訴える白鳥さん。理由なく唐突で、果てしなく胡散臭いのに、驚くべきことに嘘をついているようには見えない。


「かわいそうですし・助けてあげませんか?」ささやき声は後ろの観鈴から。そうかなあ?

「お連れさんもそう言ってることだし、助けてくれよ。一緒に俺の潔白を証明しよう」

「……なんか趣旨変わってません?」


 さめざめと訴えていたはずが、いつの間にか笑顔の白鳥さん。その表情は穏やかだ。心はひたすらに困惑を訴えるのだけど、もうこの際置いとこう。少なくとも敵対の意思はなさそうだし。


「まず前提としてだけど、俺のこの――」言葉を切り、爆発音。

「泥土爆砕の力。これで七不思議は実現できるかな?」

「無理だと思います」


 耳元でビリビリと震える空気、砂漠で聞いた爆発音だ。息吹の雨はともかく、後ろの正面や時の歌にしては雑音が多すぎる。これで七不思議を作り上げるのは不可能と言っていい。


「でも砂漠には、精霊がいました」


 シドの行動に干渉し、私たちと争わせた元凶。サンドピクチャーから偽精霊が生じないことは明らかで、消去法であれも白鳥さんということになる。そもそも、泥で爆弾を作るのは本物の日暮氏の力だ。何より、話しているとつい信じそうになる怪しい話術。私を惑わすすべての異常は、ひとしく同じ向きから吹いている。


「白鳥さんの能力は、音を操って人を騙す力。違いますか」

「……当たらずとも遠からず、かな」


 わずかな沈黙を待って返す言葉は抽象的。そのニュアンスは、どちらかというと否定に聞こえた。


「当たらずの意図は?」

「投げたナイフが全部死体に刺さるわけじゃない」

「つまり、動機が足りないと」


 ナイフを投げた時点で大なり小なり犯罪者だと思う。


「うーん」


 楽しそうな白鳥さんには悪いけど、無理な相談だ。だって、それが分かっていたら私は美奈とケンカなんてしていない。あるいはここ数か月の経験が私に事態を切り開く力や発想を与えてくれる、なんてこともないか。


「天音さん天音さん」


 後ろから声をかけてくるのは半透明状態の観鈴。少し怯えたまま、白鳥さんを指さす。


「前に炎の人にやったみたいに自白させられないですか?」

「どうだろ」


 能力の過剰使用による精神高揚。でも、あの状態に持っていくには相応の負荷が必要だ。それに凪や侭が示す通り、こなれた人間は激情をうまく制御してしまう。せいぜい異能痕が出るくらいだ。


「あ」


 頭に浮かぶ一つの発想。そのまま、白鳥さんの様子を観察してみる。


「疑うことが知性の証明みたいな考え方をする人もいるけど、俺は他者を信じられることに何より人間の美徳を感じるね。その点嘘つきはダメだ。何せ嘘つきだし――」


 言葉をまき散らし沈黙を埋める道化作法。でもあれが白鳥さんにとって平常運転であることは前回の死源で証明済み。白鳥さんがおそらく影響型であることを踏まえても、今は違う。


「あの、一つ提案があるんですけど」

「聞こうか」


 ぴたりと話をやめ、興味を示す。


「いっそ、七不思議再現してみてもらえませんか?」

「その心は?」

「私なら結果を見て、本物かどうか判断できるので」

「本当かな?」


 疑う顔は爛々と。少しだけ分かってきた。意地悪な敵対者ではあるけれど、この人の行動原理に嘘はない。そして私は幸運にも、この手の変人の扱いにこなれつつある。


「きっと面白いことになりますよ」

「いいね。受けて立とう」


 二つ返事で始まる超常の実演販売。空間にバックミュージックを漂わせながら、白鳥さんが七不思議の一角を奏で始める。ところで時の歌ってこんな激しい感じだっけ? 一応クジラが悲しくて泣いてるって設定だったはずだけど。


「時は幕末・ようよう白くなりゆく――」


 よく分からないテンションで始まる寸劇を横目に、私の思考は斜めに回る。

 音使い、白鳥光也のTRICKは遠隔・発動・影響。異能核はおそらく嘘に関わるもの。ここまでが、おさらい。


「――聞くも涙・語るも涙・この夏・全世界が爆笑の渦に包まれる――」


 遠隔型のその異能痕は自身の精神に現れる。変質型ならしばらく残り、発動型ならほどなく消える。ここまでも、おさらい。


「――ここらで一杯・熱いお茶が怖い」

「すごいすごい」


 四方八方から聞こえてくる怪音声に苛まされること数分。やがて時の歌(偽)はオンステージに幕を下ろす。観鈴がなんか騙されちゃった以外は予定通りだ。


「ご清聴ありがとう。久々に楽しくなっちゃったよ。分かった?」


 汗を拭う仕草と恭しいお辞儀姿。実に得意げだ。形だけ拍手を返しておこう。


「確かに、白鳥さんのそれは七不思議じゃないです」

「なるほど。そうなると、俺の無実は証明されたわけだ。次は何をすればいい? それとも人を嘘つき呼ばわりしたことに謝罪の言葉を聞かせてくれるのかな?」


 鋭い言葉とは裏腹に、その表情は楽しげだ。私が困る様子を見てしばらく楽しむつもりなのだろう。おあいにくと、次で終幕だ。


「白鳥さん、『自分は今嘘をついている』って言えますか?」

「……」


 初めて、返事が止まる。仮説が確定する。


 遠隔・発動・影響型の嘘つきの異能痕、それは当然、嘘をつくことだ。能力の使用後に真実を話せなくなる、そんな副作用なのだろう。


 自己言及のパラドクス。嘘つきが真実である以上「言える」とは答えられず、かといって「言えない」と答えればその発言自体が真実となり矛盾する。それでも異能痕は強制的に働き続け、結果白鳥さんは何を言うこともできなくなる。

 きっと私が次の質問をしない限り、意識が落ちるまでこの状態は続く。たった今能力を使ったばかりだから、自然に影響が抜け落ちるにも時間が足りない。


 半分涙目で自分の喉を叩いて訴える白鳥さん。十分だ。仮説の検証はできたし、そろそろ助けてあげよう。


「……」


 ちょっと考えて思いつく。


「先週聞いたThe rENDの情報って、嘘ですか?」

「……嘘だよ」


 なるほど、本当ってわけね。いいことを聞いた。


「この世界はつまらない」

「へ?」

「俺はいつも世の中のためになるよう生きてきた」

「はあ」


 いきなり何事かと思ったけれど、どうやらこれが彼なりのガス抜きらしい。退屈に肩を落とし、明らかに嘘だと分かる言葉を次々に吐いていく白鳥さん。


「勝負事において、俺は負けたことがない」

「俺はジエンドの真相を知っている」

「ボスは俺のことを警戒して大事なことを話してくれない。おっ大丈夫そう」


 最後の一つを言い終えて、ようやくひと息をつく白鳥さん。最後嘘じゃないってことだよね。かわいそう。


「なかなか見事な一撃だったよ。期待以上だ」


 異能を言い当てられた、プライバシーを著しく侵害した私に向けて、白鳥さんは惜しみない拍手を返してくる。


「なんで七不思議を広めるような真似をしたんですか」


 少し待っての返事は、「楽しそうだったから」という身も蓋もない一言だ。


「もともとさ、ここには粛清のために来てたんだ」

「粛清?」

「そう。ボスが独断で定める、正しくない者への制裁。クジラの絵描きを止めてこいって指令」

「そんな」


 つまりそれは、The rENDの魔の手が美奈に伸びていたということ。驚き、しかし疑問が生じる。その疑問に答えるように、白鳥さんは話を再開する。


「犯行現場にお邪魔してこっそり見るとさ、なんだかこれは面白そうだって思ったんだよ。だから声をかけた。『手伝おうか』ってね」

「粛清はいいんですか?」

「止めればいいんだ最終的に。やり遂げるのも方法の一つだろ?」


 なかなか強情な理屈だ。でもその屁理屈のおかげで美奈が助かったのだから、今は感謝するべきなのだろう。


「詳しいことは教えてくれなかったけど、なんだか昔流行った七不思議の真似事をしたがってたみたいだからさ、俺なりに相談に乗ったり、知ってることを教えたりしたんだよ」

「なんて余計なことを」


「そうこうしているうちに仲良くなってさ。あ、俺は少なくとも仲良くなったと思ってるよ。でも誤解しちゃいけない。仲良くなったってのはそういう意味じゃなくて――」

「いろいろあって、美奈に七不思議を広めるよう頼まれたと」

「んー、まあ。そういうこと。行間を大事にしなよ?」

「余白はちょっと」


 状況は見えてきた。けれども白鳥さんは肝心なことは教えられていないらしい。「どうして美奈はそんなことを?」と尋ねても、残念そうに首を振る。


「『協力してもらって言うのもなんだけど、お兄さん、口軽そうだから』って、教えてくれなかった。ひどい偏見だ」

「慧眼では? あとその声真似はムカつくからやめてください」

「能力使ったらまたややこしくなるからしょうがないだろ」


 真似しなければいいのでは、と言ったところで無駄だろう。次。


「美奈が七不思議を広める理由に心当たりはありますか」

「それも聞いてないね。俺が頼まれたのは、噂話をそれとなく広めることと、あとは写真か」

「写真?」


 白鳥さんはポケットからスマホを取り出して横に構える。機種変えた?


「異能の痕跡を見つけたら撮影してほしいんだとさ。どっかでシェアでもしたいのかな?」

「貸してください」

「えー」


 わざとらしくごねる白鳥さんの手から端末を奪い取って内容を確認する。フリーのクラウドサーバーにアップロードされていたのは、言葉の通り、事件現場らしき写真。


「よく撮れてるだろ? クライアントがうるさくてね」


 なぜ自慢げなのかはともかく、確かに鮮明だ。地面には絵の具の痕跡がはっきりと明るく映し出されていて、個別に遠景からのショットもある。この人、暇なんだろうか。失礼な疑問はともかく、これなら場所の特定に困らない。


「データ送ろうか?」

「お願いします」


 ファイル群へのリンクをもらって、一つ一つに目を通していく。


「観鈴、ちょっと地図持ってて」

「了解です」


 まずは場所だ。五年分の郷愁を頼りに場所を判断して、一つ一つ事件現場に点を足していく。散歩ついでの父と比べて、三倍はサンプルがある。


「こうやって見ると、けっこう偏ってるんだねえ」


 白々しく感心してみせる白鳥さん。ちょっとイラっと来たけれど、言葉通りだ。最初は満遍なく打たれていた点は、データを重ねるにつれて少しずつ街の東側と南側の二か所へと集中し始める。


「天音さん、この方面って何かあるんですか?」観鈴が地図の隙間から顔を出す。

「どっちも住宅街、だったと思う」


 東側は私の家から少し離れた住宅街で、しいて言うなら上野部先生が住んでるから私としてはあんまり行きたくないってくらい。南側もまばらに家が並ぶだけで、名所となる要素は薄い。病院と小学校の中間地点のちょうどいい位置取りだ。


「場所はいったん終わり。次は時間かな?」


 写真のタイムスタンプはおよそ一日おき、ほぼ朝早い時間帯に撮影されている。


「これ、見つけた時点で撮ってるんですよね?」

「うん」


 撮影日時と事件の発生日時は必ずしもイコールではない。でも、すぐ近くに位置する痕跡が複数、違う日付で撮影されている。ある程度参考にしてもよさそうだ。


「毎日撮影に回ってるんですか?」

「早朝のジョギングがてらね。楽しいよ」


 満面の笑みだ。町一周となると十五キロくらいはあるんだけど、まったく苦にした様子がない。怖い。

 とにかく、白鳥さんの狂気じみた享楽主義のおかげで、それなりにまとまった情報が手に入ったのは僥倖だ。

 情報を頭に叩き込みつつ、端末を興味津々の観鈴に渡し、代わりに地図を受け取る。


「何か気づいたこととかある?」

「全部痕跡なんですね」

「ああ、確かに」


 言われてみれば、写真に写り込んでいるのは夕焼けクジラそのものじゃない。その死骸か老廃物とも言える、美奈の絵の具の跡だけだ。


「写真には映らない能力とか?」観鈴が指を鳴らす(鳴らない)。

「虹クジラのSNSが始まりだから、それもないかな」

「あ、なるほど」


 異能核が変わらない以上、夕焼けクジラにも同様の性質が当てはまる。そうなると、これらの痕跡は意図して死骸のみを映したということだ。

 疑念の目を向けると、白鳥さんは大きくうなずく。


「ああ。それもクライアントの依頼だね。撮るのは残骸だけでいいって」

「理由は?」

「教えてくれなかったよ」


 能力の限界を計っていたりするんだろうか。いずれにせよ、美奈の目的がただ異能を広めることではないと分かったのは収穫だ。細かい部分は現場検証とさせてもらおうか。


「ほかには何かないですか?」

「ほか、ね」


 白鳥さんは軽快にうめいてみせる。「思い返す」と表現するより「もったいつける」と表現したほうが適切なのだろう。やがて満足したのか顔を上げる。


「絵の具の痕跡に近づく人間について知りたがってたよ」

「人間?」


 異能の限界を探るような使い方に加えて、人への興味。もしかして美奈は、何かを探すために七不思議を再開させたのだろうか。


「性格の悪そうな大人と、大人げない善人、あとは小さい子が一人。特に最後の一人に対しては反応が良かった」

「どんな子でした?」

「町のこっち側で見た女の子でね。会うなり俺の足を踏んできたよ。面白いね」


 白鳥さんが指したのは街の南側。美奈が重点的に異能を残している区域の一つだ。


「美奈はその子になんと?」

「いろいろ話を聞いてきただけだよ。でも、クライアントの興味が尽きたのか、途中からは何も聞かなくなった」


 白鳥さんのフラットな言葉はいわく美奈の態度をそのまま反映させているらしい。目的を果たしたからか、目的にそぐわなかったからか。どちらともとれる言い方だ。調べる価値は高い、と思う。


「あまり手を広げすぎるとパンクするよ」

「大丈夫です。なんか、慣れてきたんで」


 私の適応力とストレス耐性はこの数か月で激増している。白鳥さんの雑味混じりの情報を冷静に処理できているし、さっきから遠くで話に交ざるタイミングをうかがっている男子二人に笑いかける余裕だってある。ほら、おいでおいで。


「用事が片付いたからたった今戻ってきたよ。まともな情報は得られたのかな?」

「俺の相手はそいつだな」

「……」


 自分勝手にもいろいろ種類があるものだ。ごめん、ちょっとだけ怒ってもいいかな。

白鳥光也④:白鳥の音を操る能力には「詐証諷説」というちょっと雅な響きの名前がついています。命名者である侭が語る機会がなかったので本編では登場しません。ちなみに異能痕は「嘘を混ぜないと話せない」だけなので、天音の指摘に対する抜け道はけっこうあります。

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