見えざる手助け
高校の敷地を出て、小学校までは自宅の方面にほぼ直進。だというのに、道の途中で侭が「こっちだ」と進路を変える。
「どこ行くの?」
「潜入調査の助っ人を拾いにね」
ほのめかしていた件をさっそく教えてくれるらしい。いつの間にか目的が聞き込みから潜入にすげ代わっていることに一抹の不安を覚えつつ、前を行く胡散臭い笑顔に望みを託す。
「ここで待ち合わせてるはずだけど、いるかな?」
侭が足を止めたのは駅の近く。視線の先は時計台前のカフェだ。この前の時計さんが私に笑いかけている。その節はどうも。会釈をしている間に侭は目当ての人物を見つけ、歩いていく。
「あっちだ」
指さす先は奥の角。死角になっている席に誰かがいるらしい。引き続き含み笑う侭に困惑しつつ、私たちも後を追う。
「この人が、協力者?」
座席に座っていた人物を見て、私の口をついたのは驚き。なぜって、そこに座っていたのが、ついさっき会ったばかりの時計さんだったからだ。すらっと伸びた背筋にくるりと跳ねる髪、カフェの制服は着てないけれど、それ以外はまったく同じ。
「双子?」
「私ですよ」
時計さんが手をひらりとこちらに向ける。その声が予想よりも幼かったことに驚いて、聞き覚えのあるものだったことにもう一度驚く。
「もしかして、文月さん?」
「お久しぶりです、天音さん」
文月観鈴。私が前の人でなしと横の人でなしに巻き込まれた記念すべき最初の事件の被害者にして、犯人。透明な猫を作り続けた、視覚詐称の能力者。なるほど確かに潜入調査には適役だ。
「なんだか私の力が必要だとかで侭さんに呼ばれたんですけど。事件ですか? ちょっと楽しみです」
「文月さん、なんか、明るくなった?」
「観鈴でいいですよー」
顔の表面を今度は男性のそれに変えながら、観鈴は涼やかに笑う。能力の制御にもこなれてきた感があって、なんだかひと安心だ。何より無条件に味方してくれそうなのが非常に助かる。
「私にできることだったら何でもしますよ。さあさあ天音さん、今すぐ詳しい話を……あう」
「店内では静かに」
観鈴の頭にぽんと手を置く侭。みるみるその擬態が解かれていって、本来の顔が見えるころにはなぜだかしゅんと縮こまる観鈴。
「ご覧の通り、この子は虎の威を借ることを覚えたんだ」
「侭さん、ひどいです」
「ふーん?」
ある意味異能痕みたいなものか。仮面を失った観鈴は顔を赤くしながら侭の手を振り払おうともがいている。個人的にはこっちのほうがかわいいと思う。あと、知らない顔だとちょっと話しづらい。
「やめてやれ侭。観鈴も下向くな。猫背になる」
「でも」
「困ったら天音の寝ぐせでも見てろ」
「はぁい」
え、私寝ぐせある? どこ?
「どうでもいいだろ。観鈴に状況説明してくれ」
「よくないよ」
もしかしてさっき店員さんが笑ってたのってこれのせい? 頭を押さえつつ、喫茶店の時が過ぎていく。
観鈴に事情を話し、そのまま朝食と昼食を兼ねたお茶休憩を挟んで、それから四人で小学校への道をひた歩く。
「観鈴は最近どう?」
「楽しいですよ。侭さんのおかげでお父さんもちょっと忙しくなくなりましたし」
「へえ」
侭が何をやっているのかは知らないけど、この子の明るさにつながっているならいいことだ。
「代わりに事件の情報提供とかしたりしてるんです。気づいていました?」
「……知らなかった」
どうりで活動範囲のわりに県外の依頼が多いわけだ。
「改めて紹介しよう。スピンオフの門外顧問、文月観鈴だ」
「改めないで」
経理と事務は全投げされているのに、どうして私のところには人事の情報が入ってこないんだろう。風通しが悪すぎる。
観鈴はニコニコ笑っているけど、これはこの間の借りをひどく悪用されたってことだよね?
「大丈夫ですよ。好きでやってるので」
「うーん、観鈴がいいなら、いいけど」
少なくとも侭にはお説教が必要だ。けれども考えているうちに目的地が見えてきてしまった。後ろを見ると絶対にやけ面してるから振り返らない。
「調査開始だな」
凪が一足飛びに前に出ていく。とにかく今は、倣うとしよう。
休日の小学校は、先週よりも少し時間が早いこともあってかにぎやかだ。野球の試合か何かだろうか。子供たちの騒ぐ声と金属音がグラウンドから響いてくる。
校門の前には子供、ではない人が一人。
「ようこそ。待ってたよ」
にこやかに手を挙げてくるのは、そうだったいたんだった。先週と同じく、白鳥光也のあけっぴろげな立ち姿。
「俺がThe rENDのオーギュスト、白鳥――っとちょっとちょっと、やめてよ」
あーあ。会うなり凪のハイキックで歓迎されてるよ。止めるべきかな?
「えっと、あっちの人は何ですか?」
「……なんなんだろうね」
観鈴の純粋な視線が痛い。そのまま二人は殺伐追いかけっこを開催してどこかへ行ってしまった。おかげで七分タイムロス。
「ひどいなあもう。いきなり蹴ってくるなんて」
ブロック塀を一周して戻ってきた白鳥さんは汗をにじませつつ、さわやかに右腕の鬱血痕をさすっている。
「そのわりには楽しそうに見えますけど」
「そりゃまだね。俺はこう見えてフィットネスエキスパートの資格も持ってるから、将来有能なストライカーの修練に付き合えるのは光栄ってものさ」
この人がいると話が横道に逸れまくるからやりづらいんだよなあ。まあ、人助けしたいって言ってたし、一応提案だけしてみよう。
「白鳥さんは帰っていいですよ。メンバー足りてるので」
「人手は多いほうがいいだろ?」
やっぱり無理か。しょうがない。
細かいところをぼかしつつ観鈴に白鳥さんを紹介して、ようやく作戦会議だ。
「それじゃあ観鈴と、一応白鳥さん。二人にはこの校舎内で七不思議と、少し前にあった講演会と、それからメイさんなる人物について調べてもらいます」
七不思議については小学生相手にコミュニケーションがとりやすい観鈴が適任だろう。
「どうです? 小学生っぽいですか?」
「うん、ばっちり」
視覚詐称で年齢設定を少し引き下げた観鈴がその場でくるっと一周する。サイズ感のあっていないオーバースカートに、ショルダータイプのランドセル。鹿でも追いかけそうな帽子は、きっと形から入るがゆえなのだろう。顔のほうがそんなに変わってないから超能力っていうより変装だけど、そこは口にしないでおく。
「で、俺のほうは謎の人物探しというわけか」
「はい」
特殊な潜入手段を持たない白鳥さんには、怪しまれない程度にメイさんなる人物の話を探ってもらうことにした。あんまり期待はしていない。
「残った俺らはどうすんだ?」
「どうしよっか」
やることはないからお外で待ってるだけなんだけど。観鈴にちょっと申し訳ない。
「一人くらいなら姿消して連れていけますよ?」
「ほんと?」
観鈴の提案。連れていくべきはどちらだろうか。
「天音だろ」
「天音だね」
「うーん、だよね」
まあ、聞き込み調査なら私が行くべきだろう。横からフォローもしやすいし。
「白鳥さんのほうで、侭引き取ってくれません?」
「いいとも」
これでもう一人も決まりと。
「俺は?」
「やることないからお外で待ってて」
「えー」
全身と三メートルで不服を訴える凪。やめてアスファルトの破片を飛ばさないで。
「変な人物が逃げてこないか見張る役目でもあるからさ。ね?」
「分かったよ」
どうにか凪を説得しつつ、いざ調査開始だ。
観鈴に手を握られながら姿を消して、小学校の門をくぐる。守衛さんらしき人は見慣れない観鈴をきっと他校の児童とでも思ったのだろう。一瞬目をやっただけで素通りさせてくれた。
「どうです? 見えてます?」
「どうにか」
観鈴の光学秘匿は科学的作用に基づいた正統派。私の視界も暗み眩んでいくけれど、意外と前は見えている。どうやら簀子状にスリットを入れてくれているらしい。
「ずいぶん慣れてきたね」
「訓練の賜物です」
この子の将来が微妙に心配になってきた。
観鈴の手を引いて校舎を探索し、グラウンドを巡行し、水飲み場ではぐれた子供を探す。
「あ、ちょうどよさそうな子、いましたよ」
言葉通り、目の前には野球帽をかぶった低学年くらいの男の子が一人。たれ目がちで人懐っこそうだ。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「なに? 誰?」
「探偵です。この学校の七不思議について調べてるの」
「クジラ?」
「そう、それ」
観鈴は慣れた調子で男の子から情報を引き出していく。
いわく、七不思議の話は小学生諸君にとって周知のものらしい。やれ何組の誰々が痕跡を見つけただの、何年の何ちゃんがクジラと話をしただの、胡散臭い話が次々に飛び出てくる。
「七不思議、誰から聞いたの?」
「オレは友達から。でも、話して回ってる人がいるって聞いたことあるよ。ナナフシギだ。フーセ・ツノルフだ」
うろ覚えではしゃぐ男の子は、自分が話を聞いたという別の子を紹介してくれた。
「今日みんなで来てるから、近くにいると思う」
「ありがと。あ、調査協力、感謝するであります」
それ探偵じゃなくて警察じゃない? よく分からないキャラ付けで帽子をかぶりなおす観鈴を追って、わらしべ探偵の始まりだ。
一時間後。まさか小学生のネットワークがこれほど数珠つなぎになっていようとは。全身に疲労を感じつつ校門前まで戻ってくる。すでに白鳥さんも帰ってきていた。
「あれ、侭は?」
「外せない用事があるんだってさ」
逃げたな。
「……凪は?」
「さあ?」
こっちは飽きたか。まあいいや。今くらいは膝とふくらはぎを大事にさせてあげよう。
「とりあえず、七不思議のほうからだけど」
疲れ果てて能力を解除した観鈴を夕方の影に匿いつつ、私はこの一時間の成果を報告する。
「結論から言うと、めちゃくちゃ流行ってました」
数人の児童に話を聞く限り、この学校における七不思議は奇妙なほど熱心で、なんというか神聖視されていた。ただの噂話ではなくて、クジラが悲しいことを食べてくれると本当に信じている子たちが何人もいたのだ。積極的に広めているという話も散見したから、この学校が七不思議の発信源と考えていいだろう。
「宗教かな?」白鳥さんは茶化すけど、ニュアンスとしてはかなり近い。
「あと、噂の出元だけど、やっぱり広めている人がいるみたいです」
複数の経路をたどった先に共通していたのは、最初に話をしてくれた「お兄さん」なる存在。これが音に聞くメイさんなのだろうか。外見の特徴はつかめなかったけれど、小学生諸君からの反応はおおむね好意的で、悪い人ではなさそうだ。
反面、意外にも美奈や講演会について覚えている人はほとんどいなかった。数人の児童から、「医者の先生が超能力で手術する話をしてた」などという眉唾物の話を聞いたくらいか。というか、予想はしてたけどやっぱこれお父さんだよね。帰って問い詰めないと。
「そっちはどうでした?」
白鳥さんの方に話を振ると、無言で首を横に揺らす。どうやら有力な情報はつかめなかったらしい。
「だいたい柏木ちゃんと同じかな。あっちの親御さんとか守衛さんに聞いてみたけど、七不思議は大人にとってはちょっと懐疑的なんだとさ。あと、病院の柏木先生が変な講演をしてびっくりしたって」
「……テーマは?」
「超能力との共存」
「そうですか」
恥ずかしくてもうこの小学校通えないじゃないか。顔の火を観鈴の冷たい手で消火しつつ、もう少し話を聞く。美奈については「ボランティアの子」以上の覚えられ方はしていないらしい。そして、メイさんについては謎のままと来た。
「メイさん、いったい誰なんだろう」
すぐ横の壁には美奈が描いたであろう夕焼けクジラの絵。よく見てみるとこの絵の下部にも四つの人影が厚塗りされていて、私の知らない何者かが関わっていたことを示唆している。
これまでの情報を総括すると、事件の深部に関わるメイさんは、七不思議を広めていて、小学生に人気があって、それからたぶん話し好きだ。せわしない子供たちを捕まえて熱心に与太話を布教できるんだから、詐欺師のような才能を持っているに違いない。
「あれ?」
それだけの細工をできる人間の心当たりがあるような。
疑念をぐるぐる回す私たちの横を通り過ぎるのは、下校時間の女子児童が一人。観鈴を見つけて顔を明るくする。
「探偵の婦警さん、バイバイ」
「あ、うん。バイバイ」
やっぱり見た目的には大して変わってないよね、あれ。
「七不思議のお兄さんもまたね」
「おう。気を付けて帰れよ」
女の子に手を振って送り出す白鳥さん。子供相手に変なことを言い出さない程度の常識は持ち合わせているのか。よかった。
「ん?」
今の子、なんて言った。七不思議のお兄さん?
「白鳥さん、一つ聞いてもいいですか?」
「嫌だと言ったら?」
「噂広めてたのって、白鳥さんですか?」
数秒の沈黙のあと、犯人は観念したらしい。髪型をわざとらしく整えて、小さく息をつく。
「やれやれ。これだから子供は口が軽くて困る」
頭の中でパズルのピースが一本の紐になって世界を作っていく。どうりで噂に尾ひれがつきまくっているわけだ。白鳥さんはこの日一番のいい笑顔で、私に向き直る。
「そんなこと、俺がするわけないだろう」
作中における人名や地名は「法則性がありそうでない」程度にとどめています。厳密に定義することも考えたのですが、名前で立ち位置を予想できすぎても面白くないという結論に至ったので本編のようにしました。




