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雨ざらしの炎

 一週間が悶々と過ぎ、再びの土曜日。朝早くから電車に揺られ、降り立つ先にはじめった曇天。まるで私の気の進まなさと同期するかのように、降るはずだった雨は来ない。


「今日はどうすんだ?」尋ねる凪。

「まずは学校かな」


 今日も今日とて優斗と聡が外でサボっているかは分からないけれど、あの謎の四人目について調べることが事件解決の糸口だ。


 自宅を素通りして懐かしさ二度漬けの母校へ。裏門を通った先には、幸運にもサボり二人組の姿があった。視界の外側から忍び寄って、声をかける。


「おはよう。熱心だね」

「げ、天音」


 逃げる聡を凪が封鎖する。ひどい言い草だ。


「何しに来たんだよ」優斗は早々に逃亡を諦めて、寝ころんだまま仏頂面だ。

「先週と同じ。聞きたいことがあるんだけど」

「じゃあ俺らも先週と同じだ」


 にべもない優斗の答え。どう攻略したものかと迷っていると、正面に出てくる凪。


「俺も先週と同じになるけど、いいのか」


 少しの間を置いて、体を起こす優斗。


「勘弁してくれ」


 どうやら凪は個人行動の間に二人にコンタクトを取っていたらしい。そのアプローチが暴力に即したものであることは、がたがた震える聡を見れば一目瞭然だ。やめなよ、そういうの。


「ほら、聞けよ」


 その場に居直って、こちらにガンと敵意をぶつけてくる優斗。遅れて聡もなぜか同じポーズをとる。なんだかもう切腹前の侍みたいだ。


「前も言ったけど、答えられないこともあるからな」

「それでいい」


 そこまでして、お膳立ては整ったとばかりにこちらまで戻ってくる凪。あとは私がやれってことね。


「それじゃあ聞くけど、この人は誰?」


 鞄からプリントアウトしてきた写真を手渡す。優斗は一瞬嫌な顔をしつつ受け取って、眺めること数秒。「見つけたのか」とつぶやく。


「サルベージに苦労したけどね。それで、これは誰?」


 優斗は聡と顔を見合わせ、ちょっと顔を歪める。


「……メイさんだよ」

「え、誰?」


 響きからして女の人だろうか。少なくとも、私の記憶に符合する人物は存在しない。彼らの古い知り合いか何か? だとすると、小学校を当たってみるのはありかもしれない。


「もうちょっと詳しく教えてよ。メイさんって、二人の知り合いなの?」


 ごねると、また二人して渋い顔。ややあって、聡がしぶしぶ口を開く。


「これ以上は無理だと思う」


 なぜか推定系の回答。隣の優斗も同じ考えのようだ。


「なあそっちの、常盤だっけ、もういいだろ?」

「ああ。十分だ」


 私、まだ半分も分かってないんだけど。食い下がろうとするも、凪が右手でそれを制す。少なくとも、凪の中では結論が得られたらしい。なら後でそれを聞けばいいか。


「ほかには? 何かない?」


 写真を取り上げて追加の情報をせびる。ファイルを上げ下げすると、二人の視線がついてきて面白い。そういえば、こんな感じで聡が宿題の答えをせびってきたことあったっけ。たぶん今年の夏は翠あたりが同じことをしてきそうだ。

 なんだか楽しい気持ちになってきた私に、優斗がおずおずと手を挙げる。


「俺さ、言いたいこと、あるんだけど」

「うん。なに?」


 たっぷり三十秒は黙り込んでから、きわめて不服そうに、優斗は挙げた手をもう片方と合わせる。


「悪かったよ。去年は」

「僕からも、ごめん」遅れてそれに倣う聡。

「え?」


 混乱する私に対し、聡は両目を泣きそうなくらいにくしゃっと歪める。


「もともと、天音には謝らないとって思ってたんだよ」

「何のこと?」

「ひどいこと、言ったから。引っ越したの、僕たちのせいだよね。ごめん、本当にごめん」


 何度も懐に嫌い込んだのか、くしゃくしゃになった言葉を差し出してくる聡。ああ、なんだ。そのことか。ちょっと頭の中がメイさんとやらでいっぱいになっていたから、面食らってしまった。


「美奈も、本当は同じ気持ちなんだ。謝りに行こうって言いだしたの、あいつだから。だからさ」

「うん、分かってる」


 不思議と、報われた気持ちはなかった。ただ私の胸に去来したのは、安心と、疑問。


「でもじゃあ、なんで先週は避けたの?」


 聡の視線は私を飛び越えて、なぜか凪に。


「だって、違う学校の友達とか連れてくるし。怒ってると思ったんだよ。天音ちゃん、怒ると怖いから。ねえ?」


 同意を求められた優斗は苦い顔。


「いろいろ苦労したってのは、まあ、そっちの常盤に聞いたよ。悪かった」

「ああ、なるほど」


 一つ謎が解けた。先週凪が二人に会いに行ったのは、きっと私の話をしに行ったんだ。不器用だからきっと脅すみたいな態度になって、でも諦めなくて、最後には二人から心を引き出した。凪を見ると、顔を逸らされる。


「そんなの、別にいいのに」


 不思議と、自分が笑顔になっていることが分かる。友達が友達のために動いてくれた。たったそれだけで、半年分のわだかまりが空に溶けていく気がした。笑っていると、今度は優斗と聡が泣きそうな顔をするものだから、余計におかしくなってしまう。


 透き通った心に、少しだけ余裕ができる。二人は私と仲直りしてくれた。でも、冷たい態度を取った理由については未だ話す気はないらしい。過去の事件は、完全には解決していない。


「美奈も、二人と同じだったんだよね?」

「ああ、そのはずだ」


 だとすると釈然としない。ぎこちないながらも優斗と聡は私を避けても拒んでもいない。対して美奈は、明確に私に対して拒絶の意を示していた。


「何か思い当たることはない?」

「分からないことと、言えないことと、両方あるんだ」申し訳なさそうに目を伏せる聡。

「俺らもあいつのこと、よく分からなくてさ。ただ、あいつから天音だけは近づけるなって言われてる」


 優斗も再び渋面を作る。やっぱり、今回美奈は二人とは別枠で動いているようだ。


「美奈が私を避ける理由に心当たりは?」

「あるけど、言えない」


 こちらは口止めか。美奈も友達だから、無理に話してもらうのも悪い気分だ。

 会話は止み、天気は淀んだまま曇り。最後にメイさんについてもう少し話してもらおうかな。けれど沈黙を止めたのは、凪の言葉だった。


「それでいいのか?」


 答えはない。聡も優斗も、困惑か不服か、どちらともつかない表情だ。


「友達、黙ってたら死ぬぞ」


 長い付き合いだ。美奈のデメリットについて知らない二人じゃない。聡が息を呑み、優斗は逆に吐き出す。


「繰り返すけど、そっちの件に関しては、俺らから言えることはないんだ」

「俺が聞いてるのは、意志だ」


 私の時と同じ。凪は短い言葉だけを添えて、まっすぐに相手の目を見る。胸中に後ろ暗いものがある人間にとって、これほどつらいものもない。一般的な感性であれば、異能犯罪には関わらない。たとえ友達であっても、二人が美奈に従うことはない。


 とんとんと、何かが私の肩をつつく。


「なに、侭」いたのか。全然しゃべらないからどこかに行ったのかと。

「浸ってるとこ悪いけど、よく見たほうがいいと思うよ」

「へ?」


 見ると、凪がこちらに戻ってくるところだった。相対していた優斗と聡の表情は、狼狽でも怯えでも苦悶でもなく、鏡。凪とまったく同じ、相手をまっすぐに見据える目だ。


「どういうこと」

「考えるのは天音の役目」独り言に律儀に皮肉を返す侭。分かってる。


 友達が苦しんでいるのを見過ごしてあんな表情ができる二人じゃない。だから、私が霧の中からつかむのは、たった一つの可能性。


「考える」


 異能犯罪は願いを叶えるためになされる。その意志は、実現できるだろうか。記憶を総動員して違和感を探す。通常ではありえない何か。あるだろうか。

 凪が横切り、びゅう、と。生ぬるい風が私の頬を通り抜ける。見つけた。


「ねえ、二人とも」

「何だよ」「何かな」

「昨日、天気予報だと晴れって言ってたよね?」

「知らないな」

「今日、雨降るとも言ってたけど」

「見てないよ」


 早朝のグラウンドに目をやると、じっとりと水気を帯びている。一瞬それを隠そうと動く優斗に、諦めて首を振る聡。その二人の反応が答えだ。


「雨、二人の仕業でしょ」


 夕焼けクジラは雨の日には現れない。美奈の異能が流れてしまうからだ。だから究極的には、毎夜雨が降り続ければ、美奈がクジラを作ることはない。

 おそらく雨は夜、予報よりも早く降り落ちたのだ。事実が示す現実の乖離、つまり異能の結果。今の私にはそのやり方は分からない。でも、対面の表情が物語る結論は一つだ。

 二人はすでに美奈を助けていた。


「続けてたら、擦り切れちまう。それは嫌なんだ」


 少し震えた、しかし強い決意を帯びた優斗の声。


「なるほどね。鉛の棒は空に刺さっていたわけだ」


 問いかけるのは侭。鉛の棒、すなわち異能を使う心の楔。彼らの犯行動機。きっと最初からそれは定まっていたんだ。友達を助けたいという、ささやかな願い。今やっと、二人の気持ちが分かった気がした。


「美奈を止めることは、できないの?」


 異能犯は常に同じ動機のために力を振るう。美奈を助けたいという誓いのもとになら、きっと私たちは協力できる。そう期待した私の声に返るのは、残念ながら落胆のひと息。


「僕らには無理だったんだ。美奈ちゃんの心が変えられない」

「美奈を止められるのは鏡だけだ」


 優斗の一言は、私の脳にすとんと落ちてきた。奇妙な感覚。


「鏡? 自分自身を顧みるとか、そういうの?」

「まあ、似たようなもんだ。あとは頼むよ」


 困り顔の二人が指名したのは、どういうわけか凪のほう。

 凪は小さくうなずきつつ、自分の両拳を突き合わせる。


「やっとスピンオフ案件っぽくなってきたな」


 凪の言う通りだ。メイさん、鏡、鉛色の空。いろいろ違和感渦巻くけれど、ようやくこの事件はスタート地点に立てた。そんな気がした。ようやっと、関係者を見つけ出して、最初の聞き込みができるというものだ。


「何か、美奈に変わったこととかなかった? 変な人に絡まれてたとか」

「役に立つか分からないけど」


 聡は申し訳なさそうに前置きして話す。


「四月の真ん中くらいにね、美奈ちゃん小学校に行ってたんだ」

「それって、クジラの絵がある場所?」

「うん」

「ボランティア活動で、なんか偉い先生の講演のサポート、だったっけな」


 補足を入れる優斗。口ぶりからして当人は参加していなさそうだ。


「ちょうどあのころから休みがちになったから、何かあったのかも」

「何かあったってこと?」

「分かんない。僕ら部活だったから」


 うなだれる二つの頭。申し訳なさそうに言うくらいなら素直にサボってたって言えばいいのに。


「メイさん絡み?」

「うーん、そう、かも」

「俺は違うと思う」


 二人の意見は割れる。メイさんとやらが何者か分からないけれど、小学校に現れてもおかしくない人物らしい。

 講演した偉い先生とやらか、小学生と何かあったのか、あるいは保護者か教員か。仔細は分からないけど、美奈が再び七不思議に手を出したきっかけが小学校にありそうだ。


「とりあえず行ってみるといい。俺らは助けられないけど、邪魔はしない」

「うん。ありがと」


 小学校、何かを知った美奈、第三者の影。元より痕跡の目撃例がある場所ではあるし、行く価値はきっと大きい。問題は聞き込みの手段だ。


「どうやって調べようかな」

「それなら大丈夫」


 私の心配を砂霧で包む侭の笑顔。何やら当てがあるらしい。


「じゃあ、期待しとく」


 詳細がいつも通りサプライズなのはいったん置いて、今は友達の厚意にありがたく甘えるとしよう。


 調査の話はそれで終わり。そのあとは少しだけ、学校の話を聞いた。学期末の勉強に苦労したとか、見た映画が少し味気なかったとか、そんな中で美奈が私のところに謝りに行こうと言い出したこととか、そんな感じ。三人は私の過去から地続きに生きていて、ずっと友達で、ちょっとだけ、こみ上げた。


「天音」


 去り際、優斗が校門で私を呼び止める。


「こんなこと今さら言うの、虫がいいかもしれないけどさ。美奈のこと、頼むよ」


 何を今さら。下げられた頭に、ポケットから取り出したカードの表を重ねる。


「これが私の本業だからね」


 サバイバーズギルド・スピンオフ。私の目的は友達を助けること。世界を変えるよりかは、よっぽど簡単なお仕事だ。

本作は天音の物語なので、基本的には彼女の活躍によって物語が進みます。その一方で主人公がいないと回らないという世界にはしたくないので、いろんな人物の意思が交差することを目指して書いています。

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