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不可思議、雨だまり

 週は明け、再び梅雨の尾張市。持ち帰らされたのは、故郷に散らばった過去と謎。頭の中でかき混ぜながらぼんやりと授業を聞くうち、あっという間に放課後だ。


 私はどうも、考えながら行動するということが苦手らしい。気づいたら、手を引かれるまま翠の家にお邪魔して、座ったまま友達たちの会話を聞いていた。


「じゃあ、誰からいく?」

「翠だけでいいよ。私たち興味ないし」

「あ、わたしはちょっと聞きたいかも」

「じゃあ私、真白、理香の順で」

「翠、話聞いてた?」


 女三人集まれば姦しい。外の雨音をBGMに、会話がとめどなく流れていく。どこか心地よい三人の会話を聞きながら、とりあえず気づいたことを主張しよう。


「なんで私、縛られてるの?」


 後ろ手にタオルか何かで固定され、足首も同じく動かせない。そんなにきつく結ばれてはいないけど、不可解だ。


 翠は私を横に転がしながら、にやりと笑う。


「人んちに来るなり居眠り始める悪い子へのお仕置き」


 思い出した。翠の部屋についてちょっとベッドに座ったら、先週の疲れと寝不足に意識を持っていかれたんだった。


「それはまあ、ごめんだけど」

「いいよ。学校でも眠そうだったしね」


 翠は私に優しくタオルケットをかけて肩をポンポン叩く。あ、ダメだ、寝そう。


「でもまあ、友達としては気になるじゃん。寝不足の理由とか」

「寝てないだけだって。先週実家に帰ってたから」


 目蓋の重さに逆らいながら弁明すると、翠の口角が上がり、隣の真白は驚き顔。


「じゃあ、あれマジなの?」

「え、何が?」

「先週男二人と泊まりデートだったって」

「違う!」


 眠いと思ったら気のせいだった。


「誰がそんなウソ情報を?」

「寝言で『もうやめてー』とか『二人ともそろそろ寝ようよー』とか言ってたよ。あれ、あいつらだよね」

「う」


 迂闊。最悪だ。確かに休み時間に寝ちゃってたから、そんな悪夢を見てたかも。翠は図星に指を突っ込まんと腕を振り回す。


「というわけで、私らとしては気になるわけですよ。どこまでいったの?」

「伊豆津の方」

「違うって。どこまでよ?」

「うるさいなあ。寝るから静かにしてくれない?」


 真白、翠をちょっと外に放り出しておいて。真白さん?


「ほ、本命はどっち?」


 この子もか。


「そういうんじゃないってば」

「で、でも、泊まりがけなんだよね?」

「仕方なく、仕事で、やむを得ず。話は終わり」


 あわあわしている真白を単語で封殺して、翠につき返す。


「強情だなあ天音は。理香、とどめを刺して補いなさい」

「えー」

「いいから、なんか聞け」

「……雨、大丈夫だった? 伊豆津の方、だいぶ降ったって聞いたけど」

「そうでもなかったよ」よかった理香は味方だ。

「カマトト、それはカマトトだよ理香。ところでカマトトって何?」


 翠は妙なヒートアップをしている。確か、カマボコの材料を逆知ったかぶりする人のことだったっけ。


 ふためく翠を真白が撫でつけて、それから根掘り葉掘りの弁明をして、少しずつ私の心が伊豆津から尾張に戻ってくる。


「そういうわけで。あいつらとは何もなかった。いい?」

「本当に? 男子二人の普段見ない仕草にドキッとしたりはしなかった?」


 翠の鋭い指摘。それは確かに、そういう一幕がないと言えなくもないでもないなんてことはない。いや、ないけど、親のパジャマを着る同級生ってシチュエーションによく分からない混乱が頭を襲ったのもまた事実。


「あ、天音ちゃん?」


 おっと危ない。また話が盛り上がってしまっては困る。


「これで私の話は終わり。そろそろ解放してくれない?」

「ちぇ、了解」


 私の旅行記はそれなりに翠の気に召したらしい。満足げに毒づきつつ、けれど少し眉を落とす。


「でも、ちょっと心配したのはホント。あいつらだし」


 私はもう慣れたけど、今なお翠にとって二人はよく分からない奴らなんだよね。できれば、この評価も変えていきたい。わがままなんだろうか。


 寂しいとき、つい外を見る。すりガラスの向こうには雨が降っていて、あの二人は今日も雨の中何かと戦っているのだろう。止めても無駄だから、きっと私はついていく。


「あ」


 噂をすればだ。鞄から受信音が聞こえてくる。手に取ると、送信者は侭。


「私、そろそろ帰るね」

「彼氏のとこ?」

「違うってば」


 仮に彼氏相手ならこんなに不安にもなるまいて。


 文句言いたげな翠に頭を下げつつ、同じく帰る理香と一緒に翠の家を出る。雨はまだ降り続けそうかな。


「別に、あいつらに付き合わなくてもいいよ」


 相変わらず理香は尖った口調で凪と侭を批判する。これはこれで、積み上げられた文句があるのだろう。でももう、私の中で結論は出ている。


「私はこれでけっこう、友達がいのある性格だから」

「知ってるから言ってるの」


 ため息を土産にもらって分かれ道。未だ不安そうな理香に笑顔で応じて落日荘に爪先を向ける。


 今回は、私のための私の仕事だ。逃げるわけにも、逃がすわけにもいかない。




 暮れに溶け込む落日荘。少し濡れた靴下が来客用スリッパに染みこんで冷たい。漏れ出る明かりを目印に、地下室に向かう。


「やあ、よく来たね」


 侭は読んでいる本から目を上げて出迎え、後方からは凪の手が上がる。


「呼び出した用件は?」

「井垣さんの調査結果が出た」


 言って、プロジェクターのスイッチを入れる侭。ホワイトボードに映写されるのは、見覚えのあるSNSのページ。


「わ、懐かしい」


 無事サルベージは成功したらしい。トップページに記された閉鎖のお知らせは今年の四月。予想より長続きしていた。思い出のままにログインし、問題のページへと移動する。


「ここだ」


 紫を基調にしたちょっと悪趣味なデザインには、虹クジラの投稿が吹き出し調のボックスで羅列されている。あのころのままだ。


「何か新しい情報はあった?」

「中身はこれから。凪が天音を待ったほうがいいって言うから」


 すっと私の隣に腰掛ける凪。調査に意見を出すなんて珍しい。


「役者は揃った。過去を根掘り葉掘りしていこう」


 ちょっとしたノスタルジーに浸されながら、侭の操作で過去の虹クジラの投稿を過去にさかのぼって一つ一つと眺めていく。


「よく撮れてるな」


 凪が小さく笑う。指さした先には移り込む足。靴のセンスからして聡のものだ。どこまでいっても子供のイタズラだから、正直なところ詰めが甘い。だからこそ当時の私でも真実にたどり着けたともいえるけど。


「ストップ」


 何か見つけたのか、凪が侭を止める。


「どうしたの?」

「妙な奴がいる」


 七不思議の終盤から活動し始める、いわゆるコメント荒らし。いくつかの投稿に際し、理屈っぽく現象を否定し、クジラの神秘を悪辣にあげつらう、その存在。


「……私です」

「お、お疲れ」


 珍しく凪が引き気味だ。無理もない。美奈たちを尾行した後のコメントだから、私の活動テンションも必然的に徹夜明けになる。


「あ、でも、私だけじゃないから。ほら、これとか」


 私が参入する前からも、クジラの存在に否定的な声は散見していた。私はそう、くすぶる火種に油を注いだだけ。いや、十分悪いか。すみませんでした。


「人の悪口を言うなんて、悪い奴だなあ」

「うぐぐ」


 侭が画面を拡大してきても、受け入れるしかない。




 ひとしきり反省した後も、電界の探索は続く。クジラの写真、声、変なキャラ付け。古い記憶を呼び起こすのは楽しいけれど、情報というにはふわふわしている。投稿が過去に戻るにつれ悪質な探偵気取りの介入もなくなり、残るのは原初の幻想クジラだけだ。


「うーん、ハズレかなあ」


 私が肩から力を抜いたタイミングで、逆に身を乗り出したのは凪。また何か見つけたらしい。


「ちょっと戻してくれ」

「了解。これかな」

「ああ」


 侭が数個の投稿を逆戻しして、映し出されたのは雲のひげ櫛。超常現象という以外には、変なところはない。


「『クジラのひげはからくり人形のゼンマイにも使われることがあるよ。虹クジラは大きいから、きっとどこかに巨大なロボットがいるのかも』。いや、いないでしょ」


 この雑な解説文も噂が広まった原因なんだろうか。私としてはもうちょっと設定を練るべきだと思うけど。


「天音、そっちじゃない」

「え、どれ?」


 凪はちょっと首をかしげつつ、写真の一点を指さす。


「ほら、ここだ」

「ここ?」


 ひげ櫛という名の巨大建造物を下から写す構図の写真。三人の足跡がばっちり写り込んでいる。残念ながら、私としては既知の情報だ。

 こうやって足だけ並んでいるのを見ると、鶴亀算を思い出す。人の足は二本だから、六本あるなら三人だ。言うまでもない。


 凪は私の反応に思うところがあるらしい。首を盛大に傾けつつ、「天音?」と疑問を全力照射する。


「よく見ろ天音、三人写ってる」

「美奈たちでしょ?」

「撮ったのは誰だ」

「……あ」


 言われて気づく。確かに、この手振れ気味な写真を撮影するには、もう一人人間が必要だ。侭からリモコンを奪い取って確認する。


「ここと、ここも、ここもだ」


 写真の死角に映る影。示唆されていたのは、存在するはずのない四人目。しかもいくつかの写真には、私が見た覚えのまったくない別人の足元まで映り込んでいた。


「誰だろ、これ」


 暗さのせいで。男とも女ともつかない。いや、分からない部分はそこじゃない。どうして私は、こんなに単純なことも見落としてしまっていたのだろう。心身がすり減っていたから? 私の詰めも甘かったから?


「これ、今回の共犯者かも」


 写真を見比べる私の後ろで、小さな話し声。


「なあ侭。やっぱこれ、変だよな」

「確かに」


 その通りだ。この人物を当たることが、今回の事件の糸口になることは間違いない。そして映り込んでいたということはその場にいたということ。優斗と聡に聞くべきことが一つ増えた。

落日荘の地下アジトの間取りは井垣のラインナップをもとに凪と侭で決めました。悪ぶりたい年ごろなので悪の組織風の調度品を揃えたはいいものの、普通に使いづらいという理由でソファが追加で模様替えされています。

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