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もしも望みが叶うなら、望みはないと言ってのけたい

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。小鳥の鳴く声が聞こえてくる。おかしい。朝とはもっとさわやかで清々しいものだったはず。両目をこすって叩き起こし、隣で寝ている男二人に恨みの視線を投げつける。まさか夜通しアルバムを守り抜くことになろうとは。小学校時代の写真とか見られたら恥ずかしくて死ねる。


「ほら、二人とも起きて。仕事しよ?」


 侭をうちわの角で優しく起こし、凪にも同じ一撃を――あ、こいつ寝ながら防ぎやがった。起きろ。人の実家で熟睡するな。こっちは朝から恥ずかしくて体が火照ってるっていうのに。


 身支度をどうにか整えて、家の外。


「というわけで、昨日話した通り、今日は七不思議の実行犯を探そうと思います。それ以外にも気になることがあったら覚えておいて。特に凪は写真にも撮ること」

「はいはい了解」


 特別課題はちょっとかわいそうだけど、別行動を決めた以上は情報を正しく持ち帰ってほしい。正直凪の記憶力は信用に値しない。


「じゃ、解散」


 侭が適当に決めた(と当人は言い張っているが疑わしい)担当範囲に二人が歩いていく。それをある程度見送ってから、私も調査開始だ。




 私の担当範囲は小学校の方向だ。父の散歩コースからも外れていて情報は少ないけれど、カフェテリアの時計さんいわく、小学校で七不思議が流行っているらしい。子供に声掛けして一番不審者になりにくいから、私が適任だろう。


 目的の小学校は残念ながら私の母校じゃない。年下の知り合いもいないから、どう攻めたものか。顔が広そうな時計さんに協力を仰いだほうがいいのかも。そんなことを考えつつもまずは足を運び、敷地に近づく。


「クジラだ」


 さっそく目に入ってきたのは、校門横の壁に書かれたクジラと三人の子供たち。写真と比べると絵の具に少し立体感があるけど、それ以外は父が部屋で見せてくれたまんまだ。無断落書きにしてはあまりに堂々と居座っている。


「これも七不思議、なのかな」


 赤くはないもののクジラの雰囲気は本物で、自身もその一員であると主張しているように思えた。なんにせよ調べる価値は十分にある。

 問題は手ごろな小学生がいるかだ。日曜ということもあり、門を行き来する人の影はない。グラウンドの方では野球の試合が行われていそうだけど、あそこに入っていくのはちょっとなあ。親世代がいる前で超能力の話とかできないし。


「迷子とかいないかな」


 我ながらあるまじき動機で周囲を見渡すと、同じく暇を持て余してそうな人の影。背の高い男の人が、こちらを見る。


「お、珍しい」


 目が合うなり、にっと笑顔を作る。非常に気が進まないことに、その顔には覚えがあった。返事代わりに目を逸らすと、足音が近づいてくる。


「やあやあ柏木ちゃん。久しぶり? でいいのかな」

「ええと、人違いでは?」

「なんだよつれないなあ。せっかくこの俺が声かけたってのに、もっとキャーキャー言ってもいいんだぜ。色紙ある? 今ならサインしてもいいよ」

「宗教団体ってそんな感じでしたっけ?」

「やっぱり覚えてるじゃないか」


 しまった。会話に乗せられたと気づいたころには、怪しさ満点の顔面が目の前にあった。


「何しに来たんですか、白鳥さん」

「ご名答。俺こそがThe rENDのワタリガラス、白鳥光也だ」


 凪と侭とは違った意味で会話に疲れる人間が来てしまった。まさかこんなところで出くわすとは。


「お供の足利君と徳川君――じゃなかったええと、なんとか君たちは元気?」


 器用に偽名だけ覚えているのはシャレか道化かどちらかな。


「ええ、その辺にいますよ」


 よみがえるのは死源の中心。嘘と敵意の多重奏。とっさに二幅足を引く。


 都合が悪いことに、今は凪も侭もいない。戦闘になってしまったら私にはなすすべがない。どうにかして二人を連れてこなければ。ポケット越しにスマホを操作し、メッセージで助けを求める。


 一歩、二歩、白鳥さんは私が下がるのとまったく同時に距離を詰め、それから掌をするりと翻して私に見せる。


「そう警戒しなくても大丈夫だよ。今日は俺オフだから」

「オフ?」

「そうそう。いっつもあんな息苦しい組織にいるわけないでしょ。普段の俺は勤勉なる大学生。学祭にはちゃんと出るし、教授にも毎期頭を下げる清廉実直質実剛健、それはもう善良な好青年なんだぜ」


 言葉の端々が有り余るほど不真面目だ。前回の設定はどこにいったんだ。私の高純度の怪訝を片手でやり過ごしながら、聞いてもいないのに白鳥さんは語るに語る。


「暇な日曜だからたまには実家にでも帰ろうかなって思って戻ってきたんだけど、どうにもまた変な事件が起きてるらしいじゃないか。しかも調べれば、裏で動くは宿敵の異形たち。こりゃもう見るっきゃない。だからこうして、クジラの前で張ってたってわけだ」

「……目的は何ですか?」

「前にも言っただろ? 面白いものが見たいだけだ。そのためにも、柏木ちゃんに協力を申し出たい」


 握手を作るフリをして、すぐにその手を校舎に移す。


「幸運にも俺はここの卒業生だし、弟も通ってる。潜入調査をしたいっていうなら、これ以上ない人材だと自負しているよ。どうかな?」


 言葉に嘘はなさそう。信じてよいものか。いずれにしてもこの人なら小学校に侵入するくらいはわけなくやってのけるだろう。何せ演技力だけで一人三役をすんなり通せた役者なのだ。私が量るべきは可否ではなく、是非。答えはもちろん決まっている。


「なあいいだろ? 暇なんだよ俺。人助けだと思って、俺に人助けをさせてくれよ」

「いやです」


 協力する理由がないし、協力させる理由もない。敵対組織を近くに置いておくのはあまりに危険だし、胡散臭い不実者なら頭数も足りている。情報収集の手段なら、もっとまともなものを考えるべきだ。


「どうしても?」


 白鳥さんは残念そうにうなだれて首を叩き、それから何を思いついたのか跳ね上げる。


「じゃあ、交渉しよう」

「交渉?」

「俺を混ぜてくれたら、The rENDについて知っていることを教えようじゃないか。これならどうかな? 破格だろ」


 吊り上がっていく白鳥さんの口元と反して、自分の眉が斜めに落ちていくのを感じる。The rENDの情報は確かに有用かもしれないけど、混乱は増すばかり。白鳥さんが事件に介入する裏が読めなさすぎる。


「善意と好奇心。俺の生きる指針はそこにある」


 揺らぐ言葉が真偽から偽を奪い、私の心に染みていく。言葉は真実、でもきっと全部じゃない。加えて、この提案には大きな問題がある。


「残念ですけど、私は白鳥さんの言葉を信用できません」

「大丈夫だよ。俺は柏木ちゃんのことを信用してる」


 この、ああ言えばこう言う感じはどこか侭に似ている。


「さあほら、騙されたと思ってさ」

「騙されたくないんですって」


 押し問答に引き問答。これ以上続けていても時間の無駄になりそうだ。白鳥さんは敵意を向けてきてはいない。その点にだけ信用を置いて、私は不安要素を喉に呑み込む。


「ああ、もう。嘘ついてたと思ったら、協力の話はなしですからね」

「よし来た。ありがとう」


 夏場の大型犬のように全身で喜びを表現する白鳥さん。そのテンションのまま「何でも聞きたまえ」などと気取った言い方をする仕草が、奇妙に似合っている。


 美奈の件とは微塵も関係しないながら、これはこれで大きなチャンスだ。自己暗示をかけつつも、質問を考えては投げてゆく。


「The rENDって何なんですか?」

「やりすぎた能力者たちへの制裁機構って感じかな」


 The rENDの痕跡の内、記憶と人格のほとんどを失ったほうの被害者たち。宗像君をはじめとして、彼らが異能犯罪に手を染めていたことは井垣さんの調べでも分かっている。「やりすぎた」と「能力者」の間にわずかな間があったから、白鳥さんとしても過剰だと思っているのだろう。


「制裁は何のために?」

「さあ? 罪人も処罰もボスが決めるから」

「ボスというのは、この間言っていたヴォイドのことですか?」

「その通り」白鳥さんの首が縦に落ちる。


 死源で仰々しく語られた虚ろなる敵の首魁。正体をつかもうと伸ばす私の手を、白鳥さんはやんわりと遮る。


「誰でもあって誰でもない。取り残された成れの果て。まあ、そのうち分かるよ」

「はあ」


 つまりは、教えてくれないらしい。何でも聞けって言ったのに。


「何でも答えるとは言ってないよ」

「そうですけど」


 やっぱりどことなく侭と似たダメさを感じる。気を取り直して、次の質問だ。


「ソードフィリアの目的は何ですか」

「何それ?」

「腕のない遺体のことです」

「ああ、そんな風に呼ばれてるんだ?」

「……呼ばれてないかもです」


 侭が言ってただけだし、そもそも界隈が狭いからなあ。ちょっと恥ずかしくなってきた。


「あれは俺だよ」

「え?」


 朗らかに笑っていた白鳥さんの表情が、すっと真顔に戻る。


「当然だろう。俺はThe rENDなんだから」


 言葉の意味するところは、殺人の自白。私の怯えに気づいたのか、白鳥さんはことさらつまらなさそうに息を吐く。


「俺だってやりたくてやってるわけじゃない」

「じゃあ、どうして」

「ボスの指示だ。俺に選択肢はない。いやまあ、指示がなくてもやるんだけど」

「そんな」


 親しげだった白鳥さんの印象が、蜃気楼のように歪んで消える。霧が消え、砂漠の奥に垣間見えるのは、親しげな顔。あれ?


「だって俺がやらないと、アジトが死体まみれになる」

「ん?」

「会うたび死体作ってくるんだから、ボスにも参るよ。拾ってきた猫じゃあるまいし」

「んん?」

「あ、もしかして俺が殺してると思った?」

「お、思いました」


 つまり白鳥さんは殺しの実行犯ではないと、そう言いたいらしい。安堵と騙された悔しさで不整脈を打つ心臓をいたわりつつ、私は平静を取り戻す。


「俺の役目は死体遺棄だ。ボスが調達してきた被害者の方々どもを、見つかりにくい場所に棄てる。そんな損な役回りだよ」


 ほとほと迷惑と言いたげな白鳥さん。大きな袋を抱えるようなジェスチャーからして、相当な重労働を課せられているのは間違いない。同情はしないけど。


「ヴォイドは何のために、腕を切断しているんですか」


 制裁された犯罪者たちと異なり、ソードフィリアの被害者には老若男女の傾向がまったく見えない。過去の経緯や本名すら不明な被害者たちがどのような基準で選ばれているのか、腕への執着が何を意味するのか。そこにヴォイドの真意を探る手がかりがあるはず。


「俺も気になっていろいろ聞いてみたんだけどね。その辺は全然教えてくれないんだ。教えたら全部ばらしちゃうとでも思ってるのかな。心外心外」

「それは事実なのでは?」

「失敬な。ばらすのは面白そうな情報だけだよ」


 もっとたちが悪い。おかげでいろいろ助かってはいるけど。いや、助かってるのかな? この人思ったより情報持ってないよ。

 見計らったように「何でも聞いてくれよな」と繰り返す。まあ、聞けるだけ聞いてみよう。


「ほかの構成員の情報とか教えられます?」

「末端は知らないけど、ボス以外に幹部が六人いるね。俺と、ガキ、狂信者に、裏切り者。残りの二人は直接話したことないけど、たぶんろくでなしだ。血生臭い部屋に電気もつけず集まって、ボスのつまらない話をありがたがる陰気な集団だよ」

「なるほど?」


 今度はちゃんとした情報だ。もう少し掘り下げてみよう。


「知っている三人について教えてください」

「言わないほうが面白いからまだ言わない」

「ええー」


 さっそくの有言実行。げんなりしつつも、組織の全体像はなんとなくつかめてきた。私たちの知らない幹部、アジトの存在。そして白鳥さんはいずれもと話す機会がある。語り口からしても、あまり大きな組織ではないのかも。


「今はこのくらいで十分かな」


 思考を重ねる私の様子を見て、白鳥さんは満足げに手を叩く。


「次で最後の質問にしよう。なぜって、The rENDにも秩序がある。うちのボスが裏切り者にどんな制裁を下すか、想像してみてくれよ」

「知らないです」


 もう一つの収穫。大ウソつきをのびのびさせている時点で、けっこう規律に関しては緩い組織らしい。構成員全員こんな感じなら殺伐とせずに済むけど、それはそれで嫌だなあ。


「俺も嫌だよ、そんな組織」

「ですよね」


 自覚はあるようでひと安心? 最後に聞くべきは、やはりあの現象についてか。


「マステマは、The rENDと関係していますか」


 あの時死源に現れた白鳥さんは、マステマに対し平然と順応していた。敵意の黒をしのいだ冷静な対応、それに資格者という単語。何も知らないとは思えない。


「……」


 初めて、白鳥さんの言葉が止まる。この沈黙が意味するのは、果たして不知か黙秘か。数秒を置いて、返ってきた言葉は「さあてね。俺はマステマの発生原因なんて知らないよ」という意味深なもの。微妙に含みを持った口ぶりだ。


「ただ、あれは俺らの陣営にいる代物じゃない。それだけは確かだ」


 飴玉を口の中で転がすかのように楽しげに、白鳥さんは物語る。されど、その目は笑っていなかった。


 The rEND、世界を引き裂く者。彼らの爪はなぜ尖り、何を裂こうとしているのか。考えても答えは出ず、だから私は考える。

外連味のあるキャラを登場させたいと思う一方で、本作はできるだけ理屈や歴史で説明可能な作品であることを目指しています。変人を理詰めで描写する際に一番役に立ったのが「楽しい」という感情なので、白鳥のスタンスはある意味正しいのかもしれません。

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