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かくて事件は繰り返される

「これが、今までの私」


 一方的に、浴びせかけるように言葉を吐き散らかした。全部を話し終えてもまだ肺が酸素を煙たがっていたから、もう一度深く息を吐く。心臓がドクンドクンと制止を訴えても、もう少し吐き続けた。


「私ね、ただ単に知りたかったんだ。超能力者が何を考えているのか。だから二人に近づいて、自分の目的のためにスピンオフを利用した」


 言葉を促すように、言葉に促されるように涙がこぼれる。


「だって、私は超能力者じゃない。みんなが考えてることなんて分かんないよ」


 止まらない涙の粒。凪と侭は私を慰めるでもなく、責め立てるでもなく、ただじっと見ていた。四つの瞳に宿るのは暗い炎。それが何に由来するのか、やはり私には分からない。


「ねえ、二人なら、美奈たちが何を考えていたか、分かる?」

「分からん」


 答えたのは凪。声音は穏やかに優しく、けれどもためらいはない。


「そ、即答なんだ」

「知らん奴のことなんか知らん」


 涙も引っ込むほど感慨浅い言葉。冬場の浜辺くらい乾いた風を吹かせつつ、けれど凪はふと笑みを見せる。


「でも、天音が友達思いってのは分かったよ」

「そういう話じゃ、ないと思うんだけど」

「そういう話なんだよ」


 慰めているわけではなく、凪はただただ言葉を放る。


「天音には天音の、俺には俺の、ほかの奴にはほかの人生がある。違う景色を見て、違う料理を食べて、違う人と会って、一日の最後に『今日はこんなことがあった』って語り合う。俺は友達って、そういうもんだと思ってる」

「友達」

「ああ。オレらはさ、分かり合うんじゃなくて、分かち合うんだ」


 いつになく口数多く語る凪。普段凪が話す言葉とは少し違って聞こえて、ちょっと不思議な感じだ。言葉はどこか遠くに向いていて、今でこそ孤立している凪だけど、もしかするとそんな風に語り合う友達がいたのかも、そう思わせる。


「ま、凪の感情論はともかくだ」


 一方でその一人であるはずの侭は、大した感傷もないらしい。


「こうして僕らは天音の考えを聞いた。クジラを野放しにしていると何が起きるか知ったわけだ。そのうえで聞こう。天音はどうしたい」

「事件を止めたい」


 まだ美奈には会っていない。けれど前回の繰り返しになるのであれば、今度こそ防ぎたい。今度こそ仲直りしたい。


「それなら、やるべきことも明らかだ」

「うん」


 私には友達がいて、事件を解決する手立てがある。友達を救うには、それだけあればきっと十分だ。右の拳で涙を拭い飛ばし、無理やりに笑顔を作る。


「じゃあ、改めて現状整理するね」


 事件の主犯格は美奈。これは七不思議と異能核の関連からしても間違いないだろう。副犯の有無は気になるけど、まずは美奈を起点に凶器と動機を探っていこう。父の部屋から拝借してきたホワイトボードに、要素を一つ一つ書き記す。


「目下のゴールは、美奈が能力を使い続けるのを阻止すること。そのためには、犯行動機の看破が必要だと思う」

「となると、犯行が再開された理由も気になるね」


 侭の意見はもっともだ。ホワイトボードに書き足すと、凪が首をかしげる。


「天音が引っ越したからじゃないのか?」

「だとしたら、優斗と聡が非協力的なのがおかしい」


 あの二人が事件と無関係とは思えない。けれども直接的に犯行に関わっていないこともまた、異能痕が示している。


「ふーん」凪は中途半端に語尾を上げながら納得を表現し、「ほかの可能性は?」と代わりの問いを渡してくる。


「うーん、例えば、三人の動機が違ったとか」


 熟れたリンゴが枝にとどまれないように、異能犯は自らの意思でその犯行を止められない。超能力という、心を支配する妄執がそれを許さない。そして多くの場合、人は妄執を共有できない。複数の人間が同じ事件に関わるのなら、同じきっかけで同じ妄執にとらわれたか、あるいは違う動機が偶然噛み合った場合のどちらかだ。


「優斗と聡は今回の七不思議じゃ目的を達成できない。そう仮定すると協力しない辻褄は合うよ」


 偶然による複数犯。春先の透明猫事件を思い出す。でも、美奈たちがあの事例に該当するにはコミュニケーションが充足しすぎているかな。


「なら、あれか。キョーカイなんとか」

「境界破壊?」

「そうそれ」


 複数犯の話から、凪も透明猫事件のことを思い出したようだ。境界破壊による能力の暴走。ありうるけど、ちょっと順序が逆だろう。


「使いすぎたら暴走するって仕組みだから、暴走から始まったりはしないと思う」

「あー、そっか」


 残念がる凪。でも境界破壊自体は大きな懸念事項だ。私が引っ越した後もこっそり続けていて、それで暴走してしまって事件を深刻化させた可能性もある。


「難しいな。侭はどう思う?」


 凪から話を振られて、侭は考える仕草を見せる。


「どの場合でも、犯行再開にはきっかけがありそうだ。目撃証言は、天音が引っ越して少ししてからだったよね」

「うん」


 言葉の通り、父が奇妙な現象を見かけるようになったのは四月の半ばに入ってからだ。ほとぼりが冷めたから再開する、と断定するのは早計か。


「再開した理由に思い至る節は?」


 侭はペンを持ち、その先端をホワイトボードの文字列、「七不思議の違い」に置く。すでに私と同じ結論に至ったようだ。


「第三者の介入は、あると思う」


 新しい七不思議は美奈の力によるものが大きい。でもそれだけではすべての怪異を実現できないのも事実。それに、今までは存在しなかった新しい不思議。優斗と聡が手伝っていないのなら、別の人間が裏で手を回していると考えるのは自然だ。

 例えば、過去の事件を蒸し返す何者かが美奈に接触して、周囲に言いふらさないことを条件にイタズラを強制させている。何も知らない優斗と聡は困惑するも、手伝えない、とか。


「問題は第三者の動機が何なのかだけど」

「そもそも誰だよ」

「どちらも探しながら考えるしかないね。何せ存在するかも未確定だ」


 二人の反応通り、第三者については何一つ分かっていない。ただ、いる可能性は高い。できれば見つかりやすくて、犯行動機をちゃんと教えてくれるタイプの人だといいけど。


「あとは、分かっているほうの犯人についてかな。天音、容疑者の説明を」

「……了解」


 友達の犯罪歴をひけらかすというのは、やっぱりあまり気が進まない。侭の実に楽しそうな「つらいと思うけど」の言葉にイラっとしつつ、私はホワイトボードに情報を書き加える。


 水鏡美奈、高校二年生。私の友達で、ちょっと口下手なところがあって、頭が固くて、絵がうまい。


「能力は? 能力はどんなだ?」


 急かす凪にペンのキャップを投げつつ、私が突き止めた異能の詳細も列挙していく。凪が我先に文面に目を通す。


「書いた絵を実体化させる力?」

「うん」


 厳密には動画を描く力と言っていいかもしれない。一定周期で同じ動きをする絵画を、空間に生成する。クジラの七不思議を作り上げる中核となる力だ。過去に見た限り、経路さえイメージできればかなり広い範囲で動かせる。


「公園とか喫茶店のもそれか」

「たぶんね」


 動かない不思議をあえて美奈の異能で作るのは違和感があったけど、できないわけじゃない。優斗の不参加を無理に埋めた形があのさわれない象牙質だ。


「漂流戯画、ってとこかな。詳細を」

「うん?」


 侭さん、なんで今変な名前つけたの?


「私が見る限り、能力の発動には少なからず身体的リスクが伴ってる。使うたび青ざめていったのを考えると、たぶん、絵の具に血を混ぜているんだと思う」


 ほとんどの異能は自他いずれかに敵意を強いる。血液は自傷系の異能の中で最も一般的な対価だ。


「なるほど、それで夕焼けクジラが生まれたわけだ」


 侭の考えもきっと正しい。優斗と聡の協力が得られなくなって、美奈は自分と第三者の能力だけで七不思議を完成させなければならなかった。


「使う量が増えたから、必然的に絵の具は赤に偏った、ってことだと思う」


 文字通りに身を削って異能を行使し、結果、血液の赤からクジラが朱に染まる。常軌を逸した失血の先に待つのは、最悪死の未来だ。


「だろうね。ちなみに残り二人のほうは?」


 あの二人に関しては、あまり語るところもない単純な能力だ。


「優斗が好きな形の爆竹?を作る能力で、聡が軽いものを浮かばせる力、だったかな」

「強いのか?」

「弱いよ」


 ちょっとでも戦闘しそうな分類が出たからって、いきなり目をギラギラさせないでほしい。優斗のは爆竹と言ってもよく燃えるだけの変な物質だし、聡のサイコキネシスは持続力特化で出力不足だ。ただの一般バスケ部もどきに凪のケンカ相手は酷だろう。


「あとは、天音の話に出てきたSNSが見てみたいかな」

「そうだね、ちょっと待って」


 侭に頼まれるまま、私は昔のスマホを引っ張り出す。電話はできないとして、ネット回線ならまだ動くかな?


「よかった生きてる」


 閲覧履歴から件のページを開いてみる。


「……ダメか」


 画面に大きく映し出された404の数字。サービス終了だ。


「ま、マイナーじゃ何年も残っちゃいないよね」


 侭は特に気落ちすることなく、URLだけを自分のスマホで撮影する。


「一応、井垣さんにサルベージ頼んでみるよ」

「お願い」


 過去一通り目を通した私としては、役立つ情報はなさそうだけど。それでも侭と凪の視点から見ると、分かることもあるかもしれない。


「そういや」凪が思い出したのか思いついたのか、声を立てる。

「今回はオフラインなんだな」

「ああ、確かに」


 前回不思議を広めるのに一躍買っていたSNSは、新しい七不思議には登場してこない。


「第三者が糸を引いているのなら、その御方はこの手のインテリジェントに疎いご年配か、あるいは機械音痴かな?」


 侭はピアノ初心者のごとく、立てた指二本で端末を操作する。


「だとしても美奈はそうじゃないよ」


 単純に流行している媒体が存在しないという線が一番強そうだ。どちらかというと、そういった環境なしに七不思議を広める手段のほうが謎だ。美奈は人見知り気味だから、第三者はよほど顔が利く人物なんだろう。

 機械音痴の有名人を頭の中に描いてみるも、八割がた父親の姿になって次第、げんなりしてやめた。


「整理はこんなところかな」


 私自身、知っている情報をあらかた吐き出せた。ここから真相を導くのは難しいけれど、方針は見えてきた。ホワイトボードの空きスペースに点を三つ打つ。


「やることは三つ。美奈への裏取りと、優斗と聡への事情聴取、第三者の究明」

「どれからやるんだ?」

「裏取りから」


 優斗と聡にはもう話を聞いたし、第三者を探すのは手間だ。家が分かっている美奈から当たるのがいいだろう。時計を確認すると、午後六時。まだ押しかけてもいい時間だ。気合いも新たに、自宅を飛び出す。

常盤凪⑤:頻繁に我が道を行くキャラですが、それは今回語られた「分かり合わなくてもいい」という彼のスタンスに由来します。

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