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心模様と雨景色

 たたん、たたんと、雫が地面に触れて弾ける音がする。

 教室の窓から外を見やると大粒の雨。予報通りにお昼から降り始めたらしい。


「雨だなあ」


 灰色の空をぼんやりと眺めながらサンドイッチをつまむ。こういう時、窓際の席はお得だ。


 六月半ばの梅雨盛り。世間が陰鬱な気分に落ち込む最中、私の心は小さく躍る。湿気を好む生態をしているわけじゃないけれど、やっぱり雨はいいものだ。


 雨音が喧騒を打ち消して心地よく響くのも、雫が重力に沿ってきれいに形を変えるのも、まだらがグラウンドに濃い色を付けていく光景も好きだ。いろいろ理由はあるけれど、世間に左右されずに巡り続ける強い自然に、きっと私は魅力を感じているのだろう。


「天音、聞いてる?」


 頬に丸い爪の感触。顔を向けると理香の呆れ顔。


「あ、ごめん。外見てた」

「私の話はにわか雨以下ですか」


 理香はわざとらしくため息。髪をいじるのは動揺のサイン、見た目よりショックを受けてそうで罪悪感。


「まあ天音は変人だし」

「そだねー」


 翠と真白が合いの手を入れてくる。ひどくない?


「ええと、何の話だっけ? 夏休みの予定?」

「なんだ、聞いてたんだ」


 理香の輝度が五割増しになる。よかった当たってた。


 壁の時計を見ると十二時四十五分。三分くらいは聞き逃したかな。なんだか各自の予定を聞いて、どこに行くかを決めるって段階だったような。

 理香は泊まりNGだし、翠は一ノ瀬君の予定優先、真白はぽやんとしてるせいか親の束縛が厳しいらしい。私はというと、例の奴らにカレンダーを踏みつけられている。脳内でスケジュールを重ね合わせてみると、意外と予定が合わないものだ。


「八月の地域祭りでも行く? そこならちょうど四人とも空いてるし」

「ウチらまだ予定言ってないんだけど」

「天音ちゃん、せっかちだね」


 しまった。話題を先行しすぎた。真白はともかく翠さんがドン引きしておられる。ストーカー被害の件がまだ尾を引いているだろうし、あんまりプライベートを把握しすぎるのもよくないね。


「ストーカーの件も話してないんだけど⁉」

「あれ、そうだっけ」


 ああ、スピンオフで勝手にやったんだった。結末がどうでもよすぎて忘れてた。


「まあいいや」

「よくない」


 翠が報復に私のサンドイッチを拝借する。カラシきついけど大丈夫かな? 大丈夫じゃなかったか。涙目で咳き込んでる。


「理香ぁ、天音がひどい。なんとか言ってよ」

「大丈夫。面白い面白い」

「コントじゃねーし」


 確かに流れはコント寄りかな。真白が「ふふ」とくすぐったい声で笑う。面白い? これ。


 談笑、雨音、私の日常。不意に安堵の息が漏れる。転校初日と比べると、我ながらよくぞここまで馴染めたものだ。

 異能が人の常識を曲げようと、その良識は変わらない。人間関係の渦雲は、その内側にまで嵐を吹きすさばせはしないのだ。


 窓の外は、けれど雨。


 一瞬、残して逃げてきた友人たちのことが脳裏に浮かぶ。私という異物を失って、彼らは新しい関係を作れているだろうか。それとも、私が原因で疎遠になったりしていないだろうか。だとしたら寂しいし、だとしたら悲しい。罪悪感をパンで挟んで飲み下す。


 人間関係というのはかくも重要で、かくも繊細だ。だから私は今も自分の居場所を探すのに必死だし、守ることにも全力だ。けれどもどこにでも例外はいる。


「柏木さんいる?」


 雨音をかき消して教室に割り入ってくるのは凪。困るなあ。目が輝いてるよ。アレが来たってことはスピンオフ案件だろうか。死源はまだ開かないしたぶんそうかな。


「いないから帰れ」

「いるじゃん」

「そう見えるだけ」


 いつものごとく理香が冷たい言葉を浴びせかけるも、まるで堪えた様子がない。和平の代わりに火花を散らし、ついでに真白に餌付けされ、眺める翠は嫌な笑顔だ。


「あとで行くから、さっさと帰った帰った」

「はいよ了解」


 拳を握り始めた理香を片手で牽制しつつ、凪を屋上へと追いやる。


「彼氏に冷たくしちゃダメだぞ」


 真横から突き刺さる翠の意地悪いやっかみ。プライベートを当てられた逆襲のつもりか。


「え、彼氏なの?」

「違う違う」


 真白が信じちゃうから嘘はやめてほしいなあ。というか単純に趣味が悪すぎる。


「彼氏じゃなかったら何なのさ」


 小首をかしげる翠。その見解はどこから湧いて出たのやら。


「なんというか、母親みたいな感じ?」

「同級生に母親面はけっこうレベル高くね?」

「翠だけ夏休みの課題助けてあげないよ」

「すみませんでした」


 軽く毒づきながらも、甲斐甲斐しくも席を立つ。どうせ逃げられないなら早く済ませてしまおう。

 さすがに母親というには奴らを制御しきれちゃいないかな。もっと親しみある関係だろう。


「あれ?」

「どした。彼氏んとこ行かないの?」

「違うって」


 じゃあ、私たちはいったいどんな関係なんだろうか。奇妙な違和感が胸ポケットから全身に伝う。けれどもその感覚は、強まってきた雨音にかき消されていった。




 雨。雨だというのに凪の向かう先は屋上で。男ってホントもう。たとえ雨好きを自負していても、別に水浸しになりたいわけじゃないんだけど。


 錆びた扉を鳴かせると、梅雨特有のジメっとした温風が制服に付きまとう。


「あれ、止んでる?」

「いや、止めてる」


 上を見ると、凪の頭上に空気の壁のようなもの。もしかして雨粒一つ一つを異能で相殺しているんだろうか。なんて無駄な技術だ。ところで横にいる侭は壁の中に入れてあげないの? 大きめのドブネズミかと思ったよ。


「やあ、よく来たね柏木さん」

「あっちに屋根あるよ?」

「揃ったところで定例を始めようか」


 無視か。そして聞かされていない定例を突発でやるんじゃありません。


 侭は端末をいじって情報を確認し始める。本当に情報共有を始めるつもりらしい。


「まずはフリークハイドのほうだけど、井垣さんから有益な情報が入った」

「そうなんだ」


 どこか座る場所ないかな。しょうがない、凪の隣で我慢しよう。ハンカチを広げて湿り気ギリギリの床に腰を下ろす。肩の端に雨粒が触れて、心地よい。まったく、シミになったらどうするんだ。一応雨脚の強さを手で計っておくべきか。


「もっと驚いてもよくないかな」

「だってあんまり嬉しくないし」


 前回の死源探索を経て得られた、マステマとヴォイドという二つの名前。いずれも血生臭さがまとわりつくせいで、むしろ耳を塞いでもいいくらいだ。


「分かったのはThe rENDの足取りだ。前回の死源で得られた情報を足がかりに、奴らととある怪事件に関連性があることが明らかになった」


 あ、ダメだ。ちょっと興味出てきた。


「ソードフィリアという名前に覚えは?」

「ううん」

「ここ数年僕らを悩ませている正体不明の殺人鬼だ。文字通りのね」


 続く侭の話によると、ソードフィリアというのは殺人犯というよりもある種の現象に近い扱われ方をしているらしい。いわく、身元不明の人間の遺体が突如としてゴミ処理場に投棄されるんだとか。


「遺体の共通点として右腕が切断されてるから、ソードフィリアと名付けた」

「刀の愛好家?」

「右腕の蒐集家」


 得意げな名付け親には悪いけど、ちょっと分かりづらいと思う。


「その犯人がThe rENDの一員ってこと?」

「分からない。少なくとも、看板に刻まれていた座標情報が、そのソードフィリアの犯行現場と合致したのは事実だ」

「……ふうん?」


 つまり、白鳥さんから私たちへの情報提供。あるいは挑戦状と見るべきか。The rENDは腕のない遺体を量産している。でも、そこから何を見出せばいいのだろう。


「どうするの?」

「今のところは何も。僕も腕は惜しいし、様子見だ」


 少し悔しげに右腕を押さえる侭。とりあえずはひと安心だ。


「ちなみにマステマのほうは?」

「そっちは全然」


 死源で出現した黒い闇、敵意の密塊。あちらに関しては井垣さんの情報網をもってしてもからっきしらしい。


「まあ、あの音声ガイドに関しては来月の死源探索に期待するしかないね」


 またも不服そうに手のひらを雨粒に晒す。平然と話題を推し進めているけれど、やっぱり次も参加させられるんだろうか。私の抗議の目をばっちり確認したうえで、侭はすっとぼけの薄ら笑い。


「さて、次は国内勢力についてだね」


 敵対組織の動向、鎮圧、利用価値。ここは聞き流しでいいかな。幸いにも私は犯罪行為からは除外してもらえているみたいだし。ところで凪も聞いてないんだけど、これ誰向けの話なんだろう。


「その敵対組織の制圧って必要なの?」

「やめるとすぐ代わりが台頭するんだ」

「あ、そう」


 やれやれとでも言いたげに肩をすくめる侭には悪いけど、勝手に台頭させておけばいいと思う。まあ、当人たちはどうしても抑止力になりたいらしいから言わないけど。


「で、次はスピンオフのほうだけど、新しい依頼が入った」

「また?」


 声が上ずってしまうのは驚きじゃなくて不服から。週に一度で済まないうえに、依頼はそれなりに手間がかかるんだよなあ。少し前のストーカー対処を筆頭に、ペット探しに草むしり、挙句の果てに夫婦ゲンカの仲裁と、多種多様な厄介事が能力軽犯罪のおまけつきで襲ってきている。あんまり頻繁にはやりたくないのが本音だ。


「何するの? 荒事じゃないよね」

「人探し」

「人探し?」

「そう」


 回答は簡潔に完結。非常に気の滅入ることに、侭はこれ以上の説明をしてくれないらしい。セカンドドリップのコーヒーのごとき味気ない笑みでこちらを眺めているだけだ。


「……常盤君、何か聞いてる?」

「いんや全然」

「ああ、そう」


 ここ数か月のわずかな経験から得られた傾向からしても、侭が言葉を絞るときはたいてい厄モノだ。馬車馬でももうちょっと褒美をもらえるってのに。嫌になるよ。


「報酬は十万。経費を差し引いて山分けだ」


 テンション上がってきた。


 冗談はさておき、報酬が明言されたことはありがたい。屈辱ながらも一人暮らしの身としてはギルドの収入が生命線だ。けれども疑問は湧いてくる。


「人探しってことは迷子? 探偵でも雇えばいいのに」


 スピンオフに依頼が来るということは当然超能力が関係している。警察や探偵を頼りたくない、あるいはギルドに持ち込むに値する理由があるということ。今度の迷子は目に見えるといいなあ。


 追加でいくつか質問を投げても、侭の答えは「さあ? 依頼人に聞いてくれ」の一点張りだ。知らないのか教えないのか判断がつかないにへら笑いを見せつけて、問答の無駄を丁寧に悟らせてくれる。


「細かいことは後で凪に伝えておくから、週末空けておいてよ」


 言って、何一つ具体性を増さないまま会議を打ち切り、屋上からすごすごと退散していく侭。口の端から笑い声を漏らしながら髪に残った雫を絞る姿は楽しげで、やっぱり嫌な予感しかしない。今からでも週末にバイト入れられないかな。

三章開始。柏木天音の話です。

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