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白日

 閉じ切ったカーテン、暗い部屋の中で天崎晴は上半身を起こす。


 凪に連れられて家に帰り、疲労のままに布団に入ったのが昼前。気づけば周囲は深夜の暗がりだ。枕元のデジタル時計を見ると零時を過ぎている。十時間以上眠ってしまっていたらしい。

 夢を見ていたのだと錯覚し、しかし全身に残る軋みがそれを否定する。


「今の、は」


 腹部と脳に迸る、記憶と衝撃のフィードバック。死源を出た後に起きたこと、出会った人、戦いと世界の崩壊、そのすべてが克明に晴の内側に流れ込んでいく。ただ一つ、右肩に携えていたはずのコインは、幻と消えていた。名残惜しさを感じつつ、両手で肩を抱える。


「どうして?」


 仮面越しでも分かる。死源の中で対峙していたのは間違いなく凪の姿。駅ですれ違ったということは、入れ替わる形で死源に入ったのだろう。そして、晴には不可能だった謎解きを成し遂げた。何者かの虚言に騙されて無意味に謎を増やしただけの自分が恥ずかしくなってくる。


「いたい」


 自嘲したわき腹を鈍痛が襲う。服をめくっても外傷はない。けれど確かに残る、痛みの記憶だ。退院して以来久しく受け取っていなかった痛みに、懐かしい感触すら覚える。痛みの源、死源での鬼気迫る凪の表情と、振るわれる拳が脳裏によみがえる。


「……」


 体が震え、加速する心臓が晴を躍らせる。ほとんど無意識に手袋をとり、部屋着の上から一枚羽織って外に飛び出す。行き先は凪のもと。確かめずにはいられなかった。


 少し肌寒い五月末の夜をすり抜け、落日荘の部屋の前。数回のノックに、凪が顔を出す。


「チェスなら一人で――晴?」


 扉を開けた凪の不機嫌そうな顔が、一瞬で見開かれる。


「何かあったのか」

「ん」


 言葉は語らない。胸の内を悟られるわけにも、事情を明かすわけにもいかない。だからただ、晴は凪に体を預ける。


「どした?」


 凪は昼間会った時と変わらない穏やかな表情で晴を迎え入れてくれた。布一枚ずつを通して、温かい体温が伝わる。けれども二つの鼓動は同じ速さで動いてはくれない。晴の手のひらが凪に触れることはない。それがたまらなく悔しくて、晴は頬を強く押し付ける。


「怖い夢でも見たか?」


 一瞬、どきりとする。正体を見抜かれたのかと動揺し、すぐに深く考えない常套句だと思い至る。


「わたし、そこまで子供じゃないよ」

「そっか」


 凪は晴の震えを追及せず、とんとんと背中を軽く手でなぜる。望まない、望んだ、あまりにも幸福な掛け違い。空夢に浸る心を抑え、晴は凪から体を離す。


「もう大丈夫。帰るね」

「危ないだろ。泊まってけ」

「今日はだめ」

「送るよ」

「へいき」


 募る恋しさを熱に残し、晴は凪の部屋の扉を閉める。行きがけよりも凍えて感じる夜の道を、ひたりひたりと一人でたどる。見上げると、不気味なほどに星のない夜が孤独な心を締め付ける。


 死源の謎は解かれ、運命はすでに動き出してしまった。晴は自身の持つ鍵を固く握りしめ、暗闇の中で一人つぶやく。


「わたしはシド。仮面を纏い、真実を探せ」


 手袋の下、右手が疼く。シドはその目的に向け、少しずつ動き始めた。

二章終わり。テーマは前進。死源という概念は物語を着実に終わりに向かわせるためのロードマップとして設定しました。死源の話は基本的には異界の法則を解き明かす話であり、そこに介入する人物たちの意思を紐解く話でもあります。犯人たる白鳥の真の動機はおそらく本作で最も難解なものですが、現時点では解けるようにはなっていません。しばらく記憶の片隅に置いておいてください。

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