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暗幕

 静寂と暗影に満ちた空間に、六つの影があった。影は混ざらず向き合わず、ただ同じ深淵に向かって伸びている。

 そのうちの一つが言葉を発する。


「白鳥が奴らと接触したか。」

「仕留めたのか。」

「いや。手を抜いて負けたうえ逃げ出したらしい。愚図め。」

「放っておけ。処罰はボスから下るだろう。」

「それが、ボスは白鳥を罰しないそうだ。」

「何だと、なぜ奴だけが。」


 閉鎖された空間にとりどりの声が反響する。影の一つが動く。


「おい、白鳥、一人で何やってんだよ」

「悪の組織幹部ごっこ。忙しいみんなのために安らぎを与えようかと思ってさ」

「別に、いらない」

「いいだろ別に。俺だって忙しいんだ。玲君に物真似とかやらせるわけにもいかないし」

「やるわけ、ない」

「沈黙を尊ぶ俺としては今の状況も望むところなんだけど。それでもあちらのどんちゃん騒ぎを見ると心も踊るってもんだ」


 指さす先には沈黙する影二つ。微塵も動かず白鳥を辟易させる。


「そもそもなんでこんな暗いんだよ。はあ。お通夜か。誰か死んだ?」

「知るか、よ」

「俺は兄貴が死んだよ」

「うるせえ」

「二人とも、静かに」


 落ち着いた雰囲気で女性の声が静かに響く。騒音が止む。


「彼が来る」


 言葉に従う形で空間が楕円に歪む。そしてそこから、黒い影が姿を現した。


「――揃っているな」


 異様を纏う第七の影。そこから生じた軋みが、四つの影に一斉に頭を下げさせる。平伏する影たちと動かない残り二つを一瞥し、最後に影は白鳥の方へと顔を向ける。


「顛末を話せ」


 黒い影、ヴォイドの顔は黒い靄にくるまれている。黒だかりを胡散臭そうにすがめ見て、白鳥は恭しく弓を掻く。


「上々ですよボス。仰せの通り、妨害も名乗りも完璧でございます。その過程でちょっと境鳴連離を借りちゃったけど、許してくれますよね?」

「は?」


 言葉はヴォイドではなく、横に並ぶ女の影から。ビシリと、空間が音を立ててひび割れる。


「ボス、私が、あれを組むのにどれほど――」

「あーはいはい。俺は今『ヴォイド様』と話してるんだよね。あとであとで」


 噛みつかんばかりの剣幕。堪えた様子もなくせせら笑う白鳥に見切りをつけ、女の視線はヴォイドへと向かう。


「ボス」

「問題はない」

「でも」


 暗がりの中でも分かるほど、女の顔が歪む。苦痛を否定するかのように、「問題ない」が再度反響する。


「必要な工程だ。白鳥を真に受けるな」

「その通り。実は全部指令だったんだよ。俺は無実だから文句はボスに言ってくれ」


 指を鳴らす白鳥。その周囲を、影が覆う。


「罪があるとすれば」

「あれ?」


 がくんと、膝から崩れ落ちる体。光そのものが意味をなくしたかのごとき暗澹が、白鳥の周囲に澱んでいく。


「なん、で」

「死源の鍵を無断で使ったな」

「鍵を、開けたのは、ボスの指示だろ?」

「それ以前の話だ」

「……バレてたか」


 報告された現象、現れた残像の数は八つ。それはつまり、八回の離脱が発生したことを示す。自身の鍵で三回、シドの出入りで空いた穴を加味しても五回。残り三回を実現するにはもう一組の鍵が不可欠だ。死源に現れたという瘦せた死体は、ヴォイドに真実を悟らせるのに十分な情報だった。


「ただの守り人が、くすねていい力ではない」


 力なく横たわる白鳥の懐から鍵を抜き取るヴォイド。吐き出される吐息に宿るのは、わずかな嫌悪。


「俺はボスのためを思ってやったんだけどな。善意による正義は許されてしかるべき。余計なお世話を快く受け取れる世界を作るんじゃなかったのか?」


 息は絶え絶え、けれど生ずる言葉は溌剌と。並べ立てられる申し開きを意に介さず、ヴォイドは淡々と告げる。


「幾度使った」

「ここで問題だ。いったい俺は何度鍵を――ぐ」


 うごめく闇が白鳥の首をつかみ、容赦なく息の根を弱めていく。


「あと、一か所だけ」

「虚構は、死と等価だ」

「嘘じゃない。兄貴に誓ってもいい」

「……」


 闇の中から、死の淵に瀕した白鳥の顔を凝視するヴォイド。その表情は懸命、なれど軽薄。信用には値せず、けれど制裁の無駄を悟らせる笑顔だ。渦を巻いていた闇が、ヴォイドの手の一振りで霧散していく。


「あー、しんど。ボスが味方を殺すタイプのリーダーじゃなくてよかったよ本当に」


 倒れたまま呼吸を整え、白鳥は再び口を開く。


「俺が死ぬ気で持ち帰ったもう一つの死源の情報、聞きます?」

「命が惜しければ、その記憶は封じておくことだ」

「さいですか」


 ホコリを払いながら残念がる白鳥。その視線は他方の影へ。


「聞きたい人いる?」


 再び、空間に亀裂が入る音。


「ボスの指示、聞こえなかったの?」

「冗談だってば。余裕ないなあ」


 後ろから聞こえてくる少年の唸り声は、制裁が足りないことをヴォイドに訴える。傍観者を演じる一つと、反応すらしない二つ。それらを睥睨し、けれどもヴォイドは結論を変えない。


 大々的に許しを得て、白鳥は満足げだ。


「ところでボス、あの仮面ちゃん、どうします?」

「捨て置け」

「ありゃ、よろしいので?」

「あれにThe rENDを止める力はない」

「本当に、ボスはお心が広い」


 ともすれば呆れともとれる白鳥の発言。


「それじゃ、マステマも放置ですか?」

「然り。あれへの対処は不要だ」

「……放置じゃなくて、不要ね。了解」


 闇に紛れる白鳥の含み笑い。その真意をヴォイドは察し、しかし何を言うでもない。The rENDにおける明らかな異分子、それへの対処すらも不要だと主張していた。


「次の災いで、また一つ『真実』は近づく。心せよ」

「仰せのままに、ボス」


 応じる声が四つ重なる。忠誠を無感情に受け入れて、ヴォイドは闇の中へと姿を消した。


 ゴウンゴウンと、何かが地下深くへと落ちてゆく。何が落下しているのか、奈落の底に何が待つのか、その正体を知る者はない。

みんな大好き悪の組織幹部回です。章の終わりに余韻や次への導入を示すための短い話を入れる構成が好きなので、できるだけねじ込んでいきます。

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