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虚空を射貫く戦い

 無数の刻の交錯地点、策謀渦巻く死源の際涯。砂と風とを引き連れて、超越者たちは向かい立つ。


 常盤凪にとって、戦いとは手段の一つでしかない。勝利を得る手段であり、勝利により相手に約束を履行させる手段だ。

 暴力は最善手ではない。戦いに長じながらも、凪はそれが人の持ちうる交渉の道具としては下策だと理解している。ではなぜ力に頼るのか。その理由は、一つ。


「ずいぶんと、楽しそうですね」


 訝るはシド。凪の高揚を理解できないのだろう。頭上に浮かばせたコインがわずかに揺らぐ。


「たまにはな」


 仮面越しに捉える敵は己を超える異能者。目的のために勝利を任され、それを妨げる存在もない。久しくまみえなかった、意義ある戦い。


「ルールは同じでいいな」

「構いません」


 両者の命を代行する、浮遊するコイン。凪の周囲には、加えて十の寸鉄が巡る。


「なら、ゲーム再開だ」


 一拍の構えを待って打ち出される寸鉄群。走り出す凪を追い越す数本は、しかしシドが掌を掲げると、遥か上空へと打ち上げられる。


 寸鉄は囮。能力の余波をかわしつつ距離を詰める凪。肉薄するには不十分な隙、すぐに構えられる二度目の異能。けれども凪の体が打ち上げられることはない。代わりに、蹴り上げた砂粒が空高く舞う。


「やはり、囮ですか」


 一秒とかからないシドの異能発動を見切り、作用点に別の対象を用意して阻害する。超人的な反応速度と異能制御だが、凪にとっては無理からぬ芸当だ。数度の交戦を経て、もはや強いだけのサイコキネシスは脅威たりえなくなっている。けれども、問題が一つ。


「器用ですね」


 シドの称賛を意に介さず、凪はその場を飛ぶ。遅れて、砂漠の地表が噴火する。


「厄介だな」


 現象を起こしたのは今のシドではなく、過去。前々回の凪を打ち飛ばした異能の過去像。カラクリを知った以上、場所を知ってさえいれば避けられるが、前回の戦いを長引かせ過ぎたせいで相当な数が設置されている。当然凪はその場所を覚えていない。


 踏み込んだ右足が砂ごと打ちあがる。運悪く過去像とタイミングが重なったらしい。二十メートル頭上に射出されながら寸鉄を投げ放つ。シドがそれを防ぐ間に落下速度を和らげ、どうにか地面に着地する。あと数度続けば骨折するであろう衝撃が足に響く。


「次の策はありますか?」


 出力差は歴然、時間を置けば不利になり、数回の交戦を経ても陰らぬ出力からして、異能切れも見込めない。現状を再認識し、凪はそれでも口角を上げる。


「当然」言葉とともに策を混ぜ、練り上げる前に異界に放つ。


「……また、砂」


 凪の足元に漂う砂粒たち。直進する凪に襲う過去像が、シドにその真意を悟らせる。


「レーダーのようなもの、ですか」


 吹き上がった砂粒たちが凪の数歩前で風を起こす。生まれるわずか一瞬の前兆が、加速する凪のインパルスに意義を与える。シドの能力が物体に直接作用するからこそ意味を持つ、能力のチャフだ。


 無論、時限式の罠が直撃する可能性はある。凪の能力はシドのそれとは拮抗しない。けれども砂はリスクを減らし、シドの動揺を誘う。結果として、凪に接近戦の猶予を発生させる。シドの守護領域への侵入、二度三度と放たれる不可視をかわし、ゼロ距離でコインへと手を伸ばす。


「させません」


 揺らぐ掌。衝撃はそれより早く、即座に数メートル後方へと飛ばされる凪の体。操作ではなく、防衛反応。これまでと異なる暴力的なサイコキネシスが、凪の反応速度を上回る。


「クソ、惜しい」


 生じた痛みが凪に情報を与える。発生した現象はシンプルに攻撃者を遠ざけるもの。威力と速度はあるが、戦いの道具としては正確すぎる。知っていれば回避はたやすい。


「策はそれだけか?」


 意趣を返す凪。戦闘中に多くを語るのは主義に反するが、それでも高純度の異能戦が凪の心を浮き立たせる。

 半面、氷点下を保つシドの表層。仮面の奥に心を隠し、攻勢をしのぐ手段を模索する。その右手が、ふと止まる。


「……分かりました」


 何かの承諾。凪が自身に向けてのものでないと判断するのとほとんど同時に、シドの右手が突き出される。


「精霊はあなたを認めないと言っています」

「あっそ」


 手袋越しの射線をかわし、再び砂の索敵部隊と共に攻め入る凪。その足が、止まる。


 足元に浮かんでいたはずの砂が落ちていた。同時に、体にかかるわずかな負荷。荷重にして五キロにも満たないそれは、凪とシドとを覆う戦場全域に展開されていた。


「あの野郎」


 高度を落とす肩のコインをどうにか持ち上げ、毒づく凪。この場において凪の異能が動かせる重さは三キロ前後。死源の抗精神力の低さが出力を高め、それでも五キロには到達しない。ゆえにシドの攻撃は、凪の異能を著しく弱めるフィールドとして場を制する。


「次の策を」


 緩んだ一瞬に、再びシドの異能が凪を襲う。


「どうすっかな」


 上昇気流を全身に受けながら、攻略法を考える。大異能を使う際は五キロの負荷は消えていた。シドが同時発動できる異能は限られている。けれども時空に設置された異能奔流は気にせず凪を打ち上げるだろう。すべてをかわす手段はおそらくない。


「ルール、使うか」


 見据える先。シドの肩には依然としてコインが浮かんでいるが、別の制御に負荷をかければ緩むだろう。ポケットの中にはコインと寸鉄が合計二十残るのみ。加えて次の周回では、今凪を苦しめている全域加圧が援護に加わる。長期戦に利はない。


「よし」


 足を犠牲に着地し、覚悟を携えて次の攻防へと移行しようとした凪の足を止める、アラーム音。


「悪い。仕切り直しだ」

「そのようですね」


 戦闘開始から数十分。死源が時間を反転させるタイミングが近づいていた。たわむ意識を異能に預け、戦場は不可避のまどろみへと融けていく。




 一瞬の暗転。オートパイロットから復旧した意識が、凪に現状を伝える。鬱陶しい白鳥の残響、スニーカーが砂をつかみ損ねる感触、生ぬるく乾いた砂漠の風。頭を振ると、連動して浮かばせていた砂が散らばる。コインを落とす失態は演じていないが、荷重により緩やかに高度を下げ始めていた。


「目覚めましたか」

「おう」


 十メートルほど先には変わらずシドの姿。こちらもコインを浮かばせたまま、緩やかに凪の方へと手を差し向ける。黒ずくめに砂はなく、意識を戻してからの時間経過を凪に推察させる。両者を隔てる何らかの差異、けれども凪の視点はそこにはない。


「攻撃しないんだな」

「意思なきものを害することは主義に反します」


 シドの回答は淡泊。凪のルーリズムとはまた別のフェア精神。特段興味を惹かれる回答でもなかったが、凪は構えを少し緩める。暴力以外の手段をとる友人のことを思い出したからだ。


「真実を探してる。そう言ったな」

「その通りです」

「真実とはなんだ」


 返事の代わりに示される、死源の鍵。言いたいことは分かる。けれども凪にとって、それは答えたり得ない。


「お前にとって、それはなんだ」


 再びの問いに、シドの首がわずかに傾く。


「異界の入り口、真実を導く鍵」

「……そうか」


 心の奥にふつと生じる感情。怒りではない。ともすれば憐れみと称してもおかしくない、未整備の感情。いったん、凪は無視する。


「あなたは、何を求めるのですか」


 凪の反応を疑問に思ったのか、問いを返すシド。


「ここにはない」

「では――」


 話を続けようとするシドを手で制する凪。


「休憩は終わりだ」

「そう、ですか」


 短い会話だったが、凪に己の不得手を理解させるためには十分に作用した。意外にも心は話を続けたがっていたが、無視して拳を構える。


「行くぞ」


 振りかぶる凪。乾いた空気を裂いて飛ぶのは、一本の寸鉄。超能力を用いない、全力の投擲だ。当然、シドは異能で守りを固める。増えた負荷が張られたフィールドを弱め、凪に前進を許す。


 投げ、防ぎ、隙をついて距離を詰め、罠に邪魔され離される。両者の間で目まぐるしく回る異能の切り替え。精度に勝る凪の技を出力差で突き返すシド。薄氷のバランスの上で、攻勢は凪に傾く。


「次」


 捻転、連動する体躯が撃ち出す鉄の塊。迎え撃つシドの異能。数度繰り返されたやり取りが、今回は異なる結果を生む。


 ギィン、と。金属音とともに寸鉄がコインをはじく。慌てて手を伸ばし、異能でコインをつかむシド。確かに異能は鉄の雷を阻害したはず。


「いったい、何が?」


 答えの代わりに二度三度と投げつけられる寸鉄。迎撃する異能はやはり、予想よりも効き目が悪い。戸惑うシドに、砂漠のノイズが答えを与える。


「なるほど。砂、ですか」

「さあな」


 寸鉄に付着する砂粒の鎧。常識外れの精度で投擲に追従するそれは、本来なら戦況に何の影響も与えない。けれども課せられた「コインを浮かせる」というルールが無意識にシドの異能を絞らせ、対象物以外の混入という形で現象の阻害を許していた。


「では、場そのものを落としましょう」

「やってみろ」


 再び体を弓のごとくしならせる凪。すさまじい勢いで躍動する肉体は、しかし今度は何も打ち飛ばさない。数瞬を置いてシドの周囲が爆発を起こし、寸鉄は直後に飛来する。フェイントにより一回転射出を遅らせた凪の投擲が、シドのコインをまたも捉える。あわや取り落としそうになるコインを地面の寸前で受け止め、息をつくシド。


 その隙を見逃すほど、凪の踏み込みは甘くない。


「獲った」


 瞬きの間に罠をすり抜け、腰を落とした体勢のままコインを掬い上げんとしなる凪の右手。反射的にシドから生じる防衛反応、それを瞬身し、攻め込むのは死角となる左手側。喉笛を喰らう猟犬のごとき勢いでその手がシドの鍵に伸び、触れ――


「がっ」


 三度、寸前まで迫った拳が止まる。無論、凪の意思ではない。全身を巡る、筋肉の駆動を阻害させる、不可避の衝撃。


「雷?」


 即座に否定する。浮かんだ発想は正しい。けれども凪が受け入れるに値する常識ではない。異能は一人一つ、そういうルールだ。しかしシドの左手から出る紫の光の束は紛れもない放電現象であり、凪の常識を上に横にと揺り殴る。思考の間に力を取り戻す右手の異能。やむを得ず一遇のチャンスを放棄する。


「駒の力、いや違うな」


 浮かぶ可能性を即座に否定する。死源の鍵は確かに複数の異能を実現しうる権能を持つが、シドの鍵は懐にある。別の鍵を手袋の下に隠し持てば異能を行使できるだろうが、その可能性もありえない。やはり、シド自身が複数の異能を保持すると考えるほかない。


「やりにくいな」


 サイコキネシスと比較して、威力は決して高くない。死源で強化されていることを考えると、その威力はむしろかなり低い水準にある。けれども至近距離で発生する雷撃が凪の接近を阻害することは事実。


 紫電を浴びた右手を握り、開く。違和感はあるが打撃に影響するほどでもない。影響があるのはむしろ思考のほうだ。

 脳裏に浮かんだ一つの発想。幾度も否定してきたそれを、揺るがされた常識が喉から音に引き上げる。


「お前は、誰だ」


 仮面にかかる手が震える。期待か恐怖か判別がつかない感情。凪の異能が、それを抑えつける。


「……」


 少しの沈黙。凪の問いかけにただならぬ意志を浴びながらも、結局シドは首を振る。


「私は、シド。真実を探る者」


 その言葉に宿る信念が凪にもたらすのは納得と、わずかばかりの落胆。微塵も感じさせずに、凪は笑う。


「構えろよ。これで最後にしてやる」

「いいでしょう」


 凪が拳を構え、シドは掌底を突き出す。


 先に動いたのは、やはり凪。腕を振り上げ、浮かばせていたコイン群を高々と投げ上げる。


「何を?」


 疑問より早く、前に踏み込む凪。コインが落ちるよりも早く戦いを制するという意思が、シドに異能を展開させる。


 生じる能力の波紋。足元で砂漠が揺れる。が、異能は凪を捉えない。


 足元に圧縮した能力の空間を生成、引力による補助と同時の自己操作。連動する体躯が運動量を生み出すごとく連携する異能。驚異的な初速により初撃をかわしつつ距離を詰める。

 これまで側方に回避を続けてきた凪が初めて見せる、前方向への回避。動揺がシドの判断を迷わせ、一瞬の空白を作る。けれどもだ。


「その程度」


 言葉の通り、詰められたのは一歩の距離。両者の間にはまだ数メートルの壁がある。シドが能力を解除し、前方に防壁を張りなおすに十分な時間。右手を上げ、振り下ろす体勢を作る。


「この程度、なわけないだろ」


 握られた凪の拳、振り抜かれたそれが開かれ、そこからの勢いでの投擲。能力ではないただの物投げが、シドの表情を覆面越しに変える。


「まさか」


 自己操作と助走を経て高められた投擲の威力、シドが瞠目したのはそこではない。

 投げられた物質が寸鉄ではなく、死源の鍵だったためだ。

 それはシドにとって、もちろん凪にとっても失ってはならない重要な鍵。だからこそシドは驚き、そしてだからこそ奪い取らんと異能をかざす。


 瞬間。凪は賭けの勝利を確信する。


 死源の鍵は異能を吸収する。シドの知らない性質は莫大なサイコキネシスを一瞬で無に帰し、空間に静寂をもたらす。


「なに、が」


 初めて狼狽を見せるシド。仮面に衝突した鍵が跳ね返り、両者の間に弧を描く。凪は歪む表情を隠しながら、最後の一歩距離を詰める。


 三度目の接近。無防備になった右手側からの踏み込み。リスクを負った作戦が、逆側から伸びる左手の雷を半歩遅らせる。けれども稼いだのは半歩。あと半歩及ばずに雷撃は凪の体を焼く。

 それでも、負けることは許されない。


「悪いな、こっちも初見殺しだ」


 体は動かない。動く必要はない。凪は言葉より早く中空の鍵を掠め取り、握りしめる。

 言葉の意味をシドが考えるより早く、決着は空間に現出する。


 鍵の内側から解き放たれるシドの異能。出力は凪が平時使うそれの比ではない。両手の能力は使った直後、抵抗の隙は存在しない。ゆえに決着。超常を超える力が前方へと弾き出され、シドの体に炸裂する。


 自身の異能に対して抗精神力は作用しづらい。凪がそのことを知っていたわけではない。けれども奇策はシドの抵抗を無に帰し、その体を吹き飛ばしていく。行く末には死源の壁。数秒もせずにシドは境界へと衝突し、自身の持つ鍵によって外の世界に排斥される、はずだった。


 水平軌道で飛空するシドの体が、突如として砂漠の大地に落ち沈む。死源の敵意、流砂だ。頭蓋が地面に激突する鈍い音を合図に、凪は疑問を拒絶する。加速する視神経が、渦の先に死源の核を捉える。


「うう」


 フルフェイスの奥から弱々しく加工音が響く。

 刹那、凪の脳裏に閃光するいくつかの選択肢。この好機にシドの意識を刈り取る、鍵を奪って逃げる、砂漠に終幕を任せる。選んだのは、どれでもない最後の一つ。目指すは流砂の先。きっと存在する、死源の媒介。


 地面を蹴り、追走する。足元に並ぶのはポケットから射出した虎の子のコインたち。コインによって阻まれる流砂はごくわずか、されど凪が飛び去るには十分すぎる一瞬だ。二歩目に沈む足を張り、そのまま最後の寸鉄を空間に叩きつける。

 鉄の塊は矢のように飛襲し、流砂の先にある何かを捉える。ガラスの表面を破砕するような高い音が響く。それが決着だった。


 無言のまま、凪は振り返る。そこにシドの姿はない。シドが死源に残された残像である事実に、凪の思考は至らない。けれど、静寂と夜に染まっていく天蓋に残滓を感じつつ、戦いの終わりを実感する。


「引き分け、か」


 砂漠に散らばった二十五枚のコインたち。その先後を知るすべはもはやない。


「任務完了、ってことにしとくか」


 近づいてくる天音と侭の姿を遠目に確認しつつ、凪は腰を下ろす。異界が消えた空に、変わらず星は見えないまま。残念そうに見上げつつ、それでも凪は小さく笑った。

本作は戦闘中に人物が言葉を発する際に理由と時間を必要とする作風です。凪の戦闘は比較的しっかりバトルさせているのですが、いかんせん会話がないため非常に淡々と展開していきます。次回からはちゃんと実況解説をつけてください。

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