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クイーンズ・ギャンビット

 おぼろげだった点と点がつながって、さらけ出された一つの答え。犯人が自白し、持ちうる情報のすべてが真実を主張するにもかかわらず、私の頭の中には混乱が充満し始めていた。


「どういうことだ?」


 疑問を代弁するかのように侭がつぶやく。


 最後に残されたただ一つの謎。なぜ私たちは気づけなかったのか。思い返すほど不可解が増す。だって日暮氏も烏丸氏も、みんな白鳥さんと同じ顔をしていたのに。


「気に病むといいよ。いつだって俺は『正直者』だからね」


 なぜだろう、正直者という言葉が二重にも三重にも重なって耳に響く。まさか、そういう能力? でも、白鳥さんの異能は爆発だったはず。


「鍵の権能か」心当たりがあるのか、歯噛みする侭。

「ご明察」


 後ろ手に侭を拘束しながら器用に拍手をして見せる白鳥さん。でも、変だ。


「鍵って、死源の?」

「情報共有なんていらないだろ? でも、どうしてもと言うなら教えてあげなくもない」


 爆音とともに、私の耳元で空気が爆ぜる。耳鳴りでぐわんぐわんと共鳴する頭蓋に、それでもなお届く声。


「……死源の鍵には、超能力を閉じ込めて開放する力がある」


 隣の地面から侭の悔しげな声。悔しさの理由が白鳥さんだけに向けられたものなのかは少し問い詰めたいけれど、今は情報の整合だ。

 記憶が呼び起こすのは四月のあの日、凪が使った原理不詳の発光能力。あれが死源の鍵の機能であるのなら、確かに侭の言葉に嘘はなさそうだ。


「超能力はあまねく一人に一つだけ、その大原則を破壊するつまらないアーティファクトだ。柏木ちゃんも理解できたかい?」


 ここまではどうにか理解できる。私が変だと思ったのはそこじゃない。


「その鍵、偽物ですよね?」

「ご明察」


 言葉は私の真上、別の白鳥さんから。さっきとまったく同じ拍手を響かせながら、白鳥さんはなぜだかすごく楽しそうだ。


 残像の鍵は碑文を出せなかったし、死源を出る手段としても使えなかった。異能を吸収するという性質も使えないと考えるのが自然だ。でもそれなら、なんで侭の間違った推察を肯定したのか。もしかして、適当に相槌を打って混乱させる目的?


「それもご明察だ」


 漏れ出た私の思考に追加で寄贈される飽食気味の称賛。


「もう、なんなんですか」


 数時間かけて積み上げてきた白鳥光也の人格が塵になって消えていく。私の混乱を嘲笑うように、残響が白鳥さんとともに哄笑を上げる。


「自己紹介なら済んだだろ? 俺は白鳥光也。ここら一帯の管理会社から派遣された警備員。イタズラしに来た子供たちを懲らしめに来たんだ」


 虚像、逃げ水、煙の礫。過去の発言と矛盾する主張たち、なのになぜだか真実だと思えて仕方がない。記憶と矛盾が私の脳内で嵐のごとく駆け巡る。


「あとはそうだな。The rENDの構成員って話はしてたっけ?」

「な」


 真上から私の有限の理解を押しつぶす、特大の冷や水。


「証拠は?」ショートした私に代わり、問いは侭から。

「レギオンヘッドが調べても見つからなかったThe rENDの名前。これが証拠だ」


 覚えのない異名は、きっと井垣さんのことなのだろう。信じる信じないを捨て置いても、白鳥さんの持つ情報網が私たちを上回ることは事実だ。何より、その言葉には奇妙な真実味があった。この場に現れる第三者の肩書きとして、これ以上ふさわしいものはないだろう。


「そのThe rENDが姿を見せた。僕らを潰しに来たってことですか」

「潰す必要ある?」


 嘲笑う正面の白鳥さん。戦いにならないとでも言いたげだ。侭の顔も不快に歪む。


「じゃあ何のために死源に来て、逆地球万博の真似事を」

「しいて言うなら楽しむためかな。俺は面白いものが見たいんだ。ああでも、ボスの指示でもあるな。フリークハイドの牙を折ってこい、だったか。だったっけ?」

「知りませんよ」


 二人のやり取りを観察しながら、やはり私は考える。いろんなことに違和感がありすぎる。というか逆地球万博って何?


「柏木さん、あとよろしく」


 幸か不幸か相手を諦めた侭からバトンが回ってきた。答えが返るかはともかく、この話し好きから情報を引き出す試みくらいはやってもいいだろう。さしあたって聞きたいことが一つ。


「説明担当と煽り担当に分かれてるのはなんでですか?」

「え、まずそれ聞くんだ?」呆れた声は真上から。


 だって会話が上と前とで行ったり来たりして気になったし。今まで白鳥さんはよく分からない情報を私たちに投げてきたけれど、そのほとんどは私を拘束しているほうだ。


「キャラ付けだよ。個性が重要な時代だからね」


 結局正面から役割通りに煽り文句が飛んできて、回答はうやむやだ。でも、質問は続けていいらしい。困惑しつつも、私の喉元は好奇心にせっつかれている。


「The rENDの刺客が、どうして神様もどきの真似事を?」


 次なる疑問は当然、日暮氏と烏丸氏という不要な登場人物。私たちの邪魔をするなら直接やればいいし、そもそも味方として本人が入り込む必要性が皆無だ。


「そこは俺も迷ったところでさ」


 熱のない砂漠。灰色の太陽の真下で、真上からの語り口は不釣り合いに朗らかだ。


「日暮さんの能力はこの死源の神になるのに適していたし、性格も実に廃材アート向けだ。だから最初は本当に放り込むつもりだった」

「そうしなかった理由は?」

「ただの敵役に、ここに入ってほしくなかったんだ。不用意に資格者を増やすのは混乱を生むだけだしね。一人で頑張ってたら俺が助けてくれて、感激したよ」


 むせび泣くように笑う白鳥さん。


「資格者?」

「それは椎名君に聞くといい」


 侭は眉をひそめる。隠している情報を知られたというよりは、心当たりがなくて混乱しているように見えた。


「というか、敵対者に正体を隠すのなんて基本だろ?」


 一見すると正しい主張。でも、今回に限ってはその主張を通すわけにはいかない道理がある。


「その結果、自分を殺すことになってもですか?」


 状況と自白が示す事実。白鳥さんは日暮氏として、自分自身に二度もナイフを突き立てた。必要性がまるで感じられない凶行が、私に疑問とそれ以上の恐怖をもたらす。


「あれは死源の残像だ。死んだところで、死ぬわけじゃない」


 質問の意図が理解できないと言わんばかりに首をかしげる白鳥さん。理解不能なのはこっちのほうだ。


「私が聞いているのは、必要性の話です」

「殺したいから。殺意にそれ以上の理由はないよ」


 ぞっとする低い声。丸呑みした卵を消化する蛇のように、微笑する。


「死んでも死なないなんて一生に何度もないチャンスじゃないか。人殺しよりもよっぽど価値ある経験だし、やるだろ」


 頭がついていけない。意味が分からない。


「柏木ちゃんと同じだよ。自分からオブジェに壊されに行った。あれと何が違うのさ?」


 違う。内心で、感情が熱を持つ。人を殺し、自分を殺す。情報と命は等価じゃない。こんなものが好奇心であってたまるか。


「聞きたいことは終わりかな?」


 私も侭も言葉を失い、死源に沈黙という名の喧騒が戻る。


「なら、次は俺の番」


 首の後ろで何かが爆ぜる音。瞬間的に拷問や尋問などという言葉が浮かび、存在しない痛みとして私の聴覚を焼く。


「オブジェについて話そうか。あれも作るのに苦労したんだ」

「え」

「驚いた? そりゃ冥利に尽きるってもんだ」


 確かに驚いたけど、驚いたのはそこじゃない。


「普通、こういうときってこっちの情報を聞くとかじゃないですか?」

「俺は話したい」

「僕は聞きたくない」

「椎名君、敗者に選択肢はないよ」


 苛立つ侭と戸惑う私。すべてを置いてけぼりにしたまま、白鳥さんの自白は勝手に続く。


「柏木ちゃんも知っての通り、超能力は自発的には動かない。だから、近づいたら爆発するなんて仕組みを作るには工夫が必要だった」


 指先で何かが爆ぜ、私の方に微風をなびかせる。


「爆破の異能を設置して、すぐさま周囲をサイコキネシスで抑える。人が近づけば抗精神力でサイコキネシスが弱まって爆発するトラップの完成だ。爆発しても時間が来たら勝手に修復されるから便利だよね」


 真偽を問わず有無を言わさず。流し込まれる爆弾発言。


「シドもThe rENDの一員ってことですか?」

「想像に任せるよ」


 首肯する白鳥さん。情報量はもはやゼロだ。そもそも「精霊の言葉」なんて仲介業者を通している時点で、あの人も化かされていたと見るべきだ。なんか頭硬そうだったし。


「何のためにオブジェを作ったか、気になる?」

「そりゃ、気になりますけど」

「残念、教えられないんだな」


 教えてもらったところで信用できないに違いない。ただ、提示された情報と事実を照合すると、見えてくるものもある。


「なんで、オブジェに鍵を隠したんですか」


 見えてこないのは、やはりその行動の必然性だ。鍵が増えるなんて情報を提示しなければ私が真相にたどり着くことはなかった。ワンオペで被害者と加害者を演じたこともそうだけど、この人は私に正体を暴かれたいようにしか思えない。


「びっくりしただろ?」

「え?」


 あまりにさりげなく放られたせいで、言葉の意味を受け取り損ねる。二方向から楽しげな笑い声。


「俺はこのつまらない死源にエンタメを与えたかったんだ。謎のオブジェから出てくる偽物の鍵。びっくりして心臓も逆回転すること請け合いだ。あとはそうだな、死源の鍵集めると願いが叶うっていうだろ? あれをやってみたかった」


 何一つ理解できない。少なくとも事実としては、あの鍵は爆発には関係ないし、死源の謎にも関わらない。だから、本人の言う通り、本当に私たちを驚かせたかったと解釈するしかない。


「釈然としない? 砂の城に意味を見出すものじゃないよ。城といえば、もともとは建物のことじゃなくて土台を示す言葉だったっていうらしいね」


 ひとしきり説明のなりそこないを語り終えて満足したのか、再び乱雑にばらまかれる中身のない雑談。


 さて、ここからどうすべきだろうか。凪に言い渡された時間稼ぎの目的は、一応は果たせてはいる。白鳥さんに戦闘を続ける意思はなさそうだから、ちょっと重いのを我慢し続ければそれで済む。


「ちなみに、僕らはどうなるんですか?」

「別に何も。The rENDに負けたという事実を嚙みしめて家に帰ってもらうだけだ」


 ちょっと嫌な感じはするけれど、平和にことを終えられる対価としては十分だ。非戦闘員としてこれ以上も望めまい。だから、侭が「それは嫌ですね」と言葉を尖らせたのは、少し意外だった。


「嫌だなんて理由で周りが言うことを聞いてくれるのは小学生までだよ。物見遊山気分で死源に入るのはこまららる――」


 奇妙な呂律、一拍置いてどさりという音。


「どうした俺。何があった俺」


 侭を拘束していた白鳥さんが倒れた。状況からして侭の弱化が決まったらしい。でも、触れもせずにどうやって? あと自分がやられたのに耳元で響く声が嬉しそうなのはなんで?


「まったく、僕の堪忍袋も無限じゃないんだ」


 倒れ伏した白鳥さんAを足蹴にしながら立ち上がる侭。そのままこちらへと鋭い目を向ける。


「驚いた。戦うつもりか?」

「僕はそっちのお人好しと違って敵の言うことを真に受けたりしない」

「う」


 悔しいけど侭が正しい。


「あと一人、さっさと倒して尋問だ」

「最近の若い子は物騒で困るよ」


 一転して、再びビリビリとした緊張感が漂う。状況としては当然なんだけど、やっぱり侭は少し怒っているようにも見えた。


「柏木ちゃん」

「はい?」


 緊迫した状況に差し込まれる、不自然なほど朗らかな声。


「戦いのゴングを頼むよ」


「……」この人は何を考えているんだろうか。皮肉にも、私の「嫌です」を合図として、侭がこちらに突進してくる。


 身をかわす白鳥さん。ついでに私を開放してくれないかと期待したけれど、しっかり首根っこをつかまれて同行継続だ。


「く、来るな。人質がどうなってもいいのか」

「死なないなら別に」

「ひどい」


 非人道宣言の通りに距離を詰める侭。パンチでいいのだろうか、ゆるりと腕をこちらに伸ばし、白鳥さんに回避を迫る。また詰める、逃げる。たぶんそれなりに高度な攻防が続いているんだろうけど、私が解説できるのはその程度だ。あと、白鳥さんが一回かわすたびに、なぜか私の頭蓋骨に嫌な衝撃が響いて、実に痛い。


「柏木ちゃん、あんなひどい男捨ててこっちにつかない?」


 さっそく朦朧とし始めた頭の上から響く、白鳥さんの楽しげな声。答えに窮すと「即答できないってさ」と侭の方になじりが飛んでいく。


「柏木さん、失望したよ」こっちのセリフだ。


 会話だけ抜き出してみるとなんだかふざけているように見えるけれど、この間にも二人の近接戦は続いている。急激なレムニスケートに揺さぶられる私の三半規管、かすりもしない侭の掌、頭に響く嫌な音。埒が明かないどころか、私の意識が限界だ。


 一刻も早くこの拘束から抜け出さないと。何度かもがいてみるも首に回る左腕はびくともしない。私が動かせるのは右腕の下半分と、ほとんど宙づりの両足だけだ。


「白鳥さん、交渉しませんか」

「この戦いが終わったら考えるよ」

「椎名君、なんとかならない?」

「自分のことは自分でなんとかしてよ」


 舌を噛みそうな攻防の中で助けを求めても無意味。方法を探すしかない。でも、片手でいったい何ができるのか。もがいた指先が、硬い何かに触れる。


「仮面だ」


 凪に渡された猫の仮面。今手の届く範囲にある唯一の武器。これをうまく白鳥さんにぶつけたりできないかな。


「仮面は投げるものじゃなくてかぶるものだよ」

「そうですけど――あっ」


 私の内心を楽々と看破しつつ、追加の一回転。侭の掌が私の鼻先をかすめる。「惜しい」


 遠心力で手のひらをこぼれ落ちていく仮面がむなしく砂に転がる。ところで今侭なんて言った?


「あーあ。せっかくの俺の忠告が」


 笑いながら、侭にカウンターの蹴りを見舞う白鳥さん。ついでに私への内臓攻撃も忘れない。


 見たところ侭の格闘戦は不利傾向。私の手の内は空っぽ。頭はくらくら。この状況をなんとかしうる奇策を思いつくには、私には変人対戦の経験値が不足している。手詰まりだ。


「気を落とす必要はないよ。どうせあの仮面は柏木ちゃんには似合わないから」

「見解の相違ですね。似合わないからこそバカにしがいがあるものですよ」


 謎の談義をかわしながら攻防が続く。ぐるぐると回る脳と体。周囲を満たす嘲笑、地面に落ちた仮面が笑っている。集中しろ私。幻聴に負けるな私。息を吸い、吐く。ダメだ、気分悪くなってきた。


「逆転の手は浮かんだかな?」


 問いかける白鳥さん。そんなものはない。ないんだけど。


「白鳥さん」

「何かな?」

「……三半規管、限界です」

「え?」


 私に打てる手はない。絞る知恵はない。けれども最悪なことに、私からはまだ出せるものがあるらしい。具体的には、胃袋の中身とか。


「うっわ。ちょっと」


 ひどい偶然が生み出した一瞬の隙。周囲のペーハーと私の尊厳を引き下げながら。転がるように拘束を抜け出す。


「やってくれたね」


 白鳥さんは何でとは言わないけれどびちゃびちゃの腕を砂で洗いながら、低く笑う。


「最近の若い子はすぐこれだ。都合が悪いことがあるとすぐ吐く。吐けば周りが言うことを聞いてくれると思ってるんだ。そりゃ吐き寝入りよりマシかもしれないけど、限度ってものがあるんじゃないかな」

「撤回を求めます。これは柏木さんの常識不足が招いた事態だ。こんなのに若者を代表させないでください」


 ああもう。私今頭痛いんだけど。誰か代わりにこの倫理破綻者二人に文句言ってくれないかな。

白鳥光也③:本章の犯人。作中随一の自由人です。自由のためにあらゆる不自由を被るキャラ、あるいはその逆でもあります。

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