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私を取り巻く環境

 十八時。凪と侭(敬称不要)に出された紅茶を一気に飲み干して、私は椅子から立ち上がる。


「とりあえず、情報が欲しい。知ってること全部教えて」

「知ってることって、どこから?」凪がマグカップを浮遊させたままこちらを見る。

「事件の最初と、それに関わる情報全部」


 今朝の光景を思い出す。凪は透明猫にあまり驚いていなかったし、牛乳を用意する余裕があったのなら、事件の発生はもっと前のはずだ。


「ええと、最初に見つけたのは一昨日だったか。いや、声含めると三日前? 先週の金曜からだ」


 凪のあやふやな記憶を深掘りすると、学校に行く途中で猫の声を聞き、気になって探したが姿が見つからず、しつこく探すと見えない猫がいたらしい。


「見つけたのは全部同じ猫だった?」

「たぶん」

「鈴の音とかしなかった?」

「しなかったな」

「毛並みは?」

「さわろうとしたら逃げられた」


 人慣れしていない子猫。野良猫の可能性のほうが高そうだ。毎朝見つかったってことは、巡回ルートに河原が含まれているのかも。


「事件の前に、同じ場所で猫を見たことは?」

「ピアノみたいな子猫がいたな」


 断定はできないけど、猫の心当たりがついたのは大きい。あとは何を聞くべきだろうか。考えて言葉を継ぐ。


「透明猫を見たあと、ほかの猫は見た?」

「どうかな。野良猫ってあんまり学校の近くにいないし」凪はかぶりを振る。

「なんか取り調べ受けてるみたいだ」


 様子を横から見ていた侭が電話を取り出す。


「夜はかつ丼でも頼もうかな。柏木さんはどうする? これから作るのも億劫でしょ」


 なんだか一人暮らしなことまでバレてそうだ。


「やめとく。出前高いし」

「並までなら経費で落とせるよ」

「……食べる」


 予算はどこから出ているのだろうか。それはともかく、お母さんに無理を言って出てきた以上、節約するチャンスは使わないと。

 侭は慣れた様子で三人前の注文を済ませ、電話をしまう。


「それで、今の情報から何か分かった?」

「一応は」

「マジで?」横から反応する凪にちょっと半身になりながら、私は答える。

「まずは、迷い猫の噂と、近くに住んでる猫好きを探すべきだと思う」

「というと?」


 首をかしげる凪に意図を説明する。


「とにかく、被害を受けた猫を確保しないと始まらないでしょ。時間減衰の有無とか、透明化に使う能力の傾向とか、その辺から犯人の能力を絞り込めば事件性の高さも測れるし」


 可能なら、被害者が一匹だけかどうか、猫だけなのかどうかも知りたい。さすがに虫とか消されても気づける自信はないけど、鳥とかそれこそ人間とか、何か情報があるはずだ。


「ってわけだから、椎名君何か知らない?」

「なんで僕なのさ」

「だって情報集める手段持ってるんでしょ?」


 少なくとも、意味ありげに人の過去を詮索できる程度の情報網は保持している。他県に調べが及ぶのなら、近場の情報なぞすぐだろう。


「あるにはあるけど」

「やっぱり」

「まあ、調査対象が具体的ならそこまで高くならないかな」


 侭はぶつぶつと一人納得したあと、現実ではあまり聞かない単語を口にした。


「情報屋を使おう」


 食事を終えて十九時。「そろそろ行こうか」と動き始める侭と凪を追いかける。外に出るのかと思ったけれど、その足は玄関を素通りしてエントランスの反対方向、浴場を通り過ぎ、ちょうど応接室の反対側の角まで到着する。例の199号室だ。


 凪が扉を強めに叩き、反応もそこそこに侭が声を上げる。


「井垣さん、ちょっといいかな」


 やや置いて扉の奥で物音がし、中からランニングシャツの男性がぬっと顔を出した。年は三十後半くらいだろうか、百九十近い身長に肥大した筋骨、短く刈り込んだ頭髪に無精ひげ。前情報がなければ格闘家か何かと勘違いしていたに違いない。

 物怖じする私に一瞥をくれ、井垣と呼ばれた人は凪と侭とを交互に見やる。


「二人一緒ってことはギルド関連だな。そっちは?」

「転校生」


 凪が短く答え、そのまま私に目を向ける。


「この人は井垣さん。落日荘の管理人で、情報屋」

「情報屋じゃない。ちょっと顔が広いのをいいことに、お前らに使われてるだけだ」

「使ってるの間違いだろ」

「ギブアンドテイクだ」


 凪と井垣さんのやり取りには遠慮がない。彼らにとってこれは平時のやり取りなのだろう。


「で、今度は何を調べさせようってんだ?」

「猫好きか迷い猫」


 凪の言葉足らずに合わせ、侭が簡潔に透明猫の事件を説明する。


「――ってわけなんです。何か知りません?」


 井垣さんは記憶を探るためか一瞬遠くを見たあと、「いや」と首を振る。そしてすぐに「だが」と付け加える。


「ちょうどよかった。今ヤクさんから連絡があってな」

「猫?」凪が身を乗り出す。

「いや、猫じゃないが、不審者が出たらしい」

「俺ら猫を探してんだけど」

「そっちは調べておくさ。だが、ギブアンドテイクだろ?」


 井垣さんの茶目っ気ある凄みに、凪はうめき声を上げる。


「了解。ヤクマルに不審者ね。対応は?」

「追い払えば任せるとさ。ヤクさんによろしくな」

「あいよ」


 テンポよく会話を終えて、井垣さんの部屋を出る。


「ごめんだけど、情報はお預けってことで」凪は申し訳なさそうに平手を合わせる。

「俺と侭はこれから商店街の方に行くけど、柏木さんの家ってどっち方面?」

「駅の近く」

「方向は同じだな。送ろうか?」


 少しためらったのち、「用事のあとでいいよ」と答える。スピンオフの仕事内容に興味があった。


「オッケー。それじゃあさっさと終わらせるか」

「あ、ごめん。僕はパスで」


 勇み足を踏み出した凪に、後ろから侭がストップをかける。


「はあ?」

「仕方ないだろ? 別件だ」


 別件。そういえば人が足りないって言っていたっけ。そんなにこの手の揉め事は多いんだろうか。


「代わりに柏木さんをつけるから、それで我慢してよ」


 なんだか子守を任された気分だ。


「井垣さんをせっついとくから、テイクのほうよろしく」

「俺はギブしたいよ」


 侭を玄関口に残して、私は凪と落日荘を後にした。

後書き欄は登場人物や各種設定の補足に使う予定です。後書きを書かない方も多いようですが、私は書きます。

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