誰が砂漠を欲したか
⑦
砕いて、積み上げて、崩して、また組み上げる。破壊と再生を繰り返す泥のオブジェのように、私の心は波乱万丈だ。
「そろそろ僕らも攻勢に転じたいところだね」
「準備は万端、だと思う」
わざとらしくお膳立てしてくれる侭に虚勢を張りつつも、私は考える。
「少なくとも、死源の現象はほぼ解明できた」
「聞こうか」
差し出された手に深呼吸を一つ。私はたどり着いた仮説を投じる。
「ここはたぶん、砂時計なんだと思う」
ほぼ驚かず訳知り顔の侭。興味もなさげに首だけかしげて見せる凪。気勢を削がれつつも、一つ一つ根拠を話す。
一つ。死源は一時間に一度の周期で、時間の流れを反転させる。
二つ。死源の上部、おそらく周囲はガラスに覆われている。
三つ。死源は反転時や推定中心地に近づく人間を、流砂によって攻撃する。
四つ。反転時に砂まみれになることを考慮すると、砂は上から降ってくる。
もちろん、死源が本当に砂時計でできているわけじゃない。でも、時を測る、ガラス、砂を落とす。これらの特徴を揃えて説明すると、そう例えると一番しっくりくる。
「なるほどなあ」
ぼんやりと一定の理解を示す凪。
「じゃあ、この死源の媒介は砂時計か」
「ん?」
突如として発せられた、媒介というキーワード。この期に及んで重要な要素を話さずにいてくれてありがとう。おかげで低体温症にならずに済みそう。
「どうかした柏木さん」
「どうしようかと思って」本人は自覚なし。どうかしてるね。
ため息一つ。呆れを十二分に主張して、問い詰めること数分。私の脳に刻まれるのは、死源の媒介なる新要素。
「つまり、死源の核は近くにある物体に影響されて、その性質を再現する、ってこと?」
「そんな感じ」
「教えてくれなかったのは?」
「思い出させてくれなかったから?」
この子はもうちょっと頭の引き出しを整理したほうがいいと思う。まあ、忘れていたというのなら仕方ない。話を本筋に戻そう。
「でも、砂時計って分かって何か変わるのか?」
凪の素朴な疑問。そりゃ変わりますとも。
「時間の中心は分からないけど、砂時計の中心なら分かるでしょ」
「砂か?」
「私はそう思ってる」
正確には、砂が落ちてくる地点。落ちた砂が積もる場所、すなわち山だ。凪いわく、死源は中心に近づく人間を妨害するという。そういう点でも、山に近づこうとしたら流砂の妨害を受けたというカラクリに筋は通る。
「その場合、中心が変化することに対する理屈は?」
「う」
侭の指摘は鋭い。そもそも私のイメージする砂時計に山は一つしかできない。凪は「ランダムじゃないと簡単すぎるだろ」と逆説じみたことを言い出すけれど、私としては納得が難しい。もう少し深く考えてみよう。
「広さを考えると、地球の自転の影響で砂の落下地点がずれるから、そのせいとか?」
「フーコーの振り子か。ありえなくもないね。苦しいけど」
巨大な振り子を動かし続けるときれいな模様ができる現象だっけ。確かにそんな感じだ。大きな砂時計が砂底に模様を作る姿を思い浮かべ、違和感。そもそも死源は大きいけれど、中心が盛大にずれるほどの規模でもない。
「じゃあ次の課題だ」
私の思考に追随するように楽しげな侭。
「なぜ砂は一度に落ちてくるのか。これじゃ時間は測れない」
「うーん」
考えども妥当な理由が浮かばない。凪の「壊れてんじゃないか?」という説にすがるしかなさそうだ。
「あとはオアシスだね。砂時計に水はいらない」
「……それもちょっと、分かんないや」
確かに水や油を使うタイプの砂時計はある。でも、それにしては死源の水は量が少なすぎる。「砂漠といえばオアシスだろ」と凪は文句をつけるけど、それは私たちの理解であって死源の成り立ちではないのだ。砂時計にオアシスはできない。
矢継ぎ早に立てられる課題点。もしかしたら、何か根本的な思い違いがあるのかも。でも、砂時計自体はかなりしっくりくる説なんだよね。どうにか理屈をつけられないだろうか。
「ま、細かいところは少しずつ調べればいいよ。僕としても砂時計説自体には賛成だしね」
「そうする」
侭は悩む私をひとしきり眺めて満足したらしい。追撃の手を緩めてくれた。
「それで、次はどうするんだ?」
議題が煮詰まった一瞬の隙間に差し込んでくる凪。座りっぱなしの状況に飽きてきたのか、無意味にストレッチを繰り返している。
「とりあえずは、砂山の調査かな」
これまでに見つけてきた、流砂が襲ってくる山と、そうならない別の山々。山自体は消えてなくなったりしないから、きっとそこが中心の候補地だ。分布をみるに十か所もないし、地道にサンプルを増やせば中心の変遷に法則性が見つけられるかも。
「流砂は中心に近づこうとすると強まってた。だから、次の中心を先読みして最初からそこにいられれば、邪魔されないと思う」
何ならこの場で待ち続けること自体も選択肢に入る。もし法則がない完全ランダムだとしたら、そのうち当たりを引く可能性もあるだろう。
「ないな」
思いつきに返るのは、凪の鋭い否定。理由を聞くと、「スタートはゴールじゃない」とトートロジーな切り返し。
でもまあ、納得できなくもない説だ。死源が人を阻むのであれば、最初からゴールに到着させるのは存在意義に反する。そもそも、ずっと同じ場所にいるはずのシドが中心に着いていないだろうことを考えても、待機は得策じゃない。
「死源は前に進む人間しか認めない」
凪が自信満々に経験則を語り、侭がむなしい笑顔で同調する。私としても異論なしだ。個人的にも、ゴールは探すほうが好きだし。
「それじゃあ柏木さん、僕らが前に進む方法は?」
知識と経験を動員して脳を回す。凪いわく、死源の謎には必ず答えがある。砂時計の攻撃手段は流砂で、普通に歩いていては渡れない。でも、例外はあった。
「砂はたぶん、意思あるものにしか攻撃してこない」
記憶が伝えてくるのは過去の周回たち。今になって思い返すと、逃げる私の足を掬い取ったのは、空で落としたペットボトルだった。私の落下地点よりずいぶん遠くまで飛んでいることから、あれが強制落下の影響を受けなかったことが推測できる。それに、私を助けた烏丸氏の亡骸。あの人が沈まなかったから、私は今生きている。これが何よりも証拠だ。
「だから、流砂の途中に足場を作れば、その上を渡ることはできると思う」
「因幡の白兎みたいな感じかな」
「近いかも」
もちろん、投げた石に飛び移り続けるのは至難の業だ。もっと大きな足場を用意したり、それこそ逆再生を利用して飛び上がる足場を作るべきだろう。
「入念な準備が必要だね。頑張って」
「大変だな」
「いや、そこは手伝ってよ」
からかいはともかく、二人のリアクションは悪くない。まずはこの方針で進めよう。
「そうすると問題は、邪魔をしてくる奴らだね」
「うん」
目的の砂丘の内、いくつかは日暮氏の居住範囲にある。死源の現象を肯定する彼と遭遇すれば、おそらく戦闘は避けられない。シドも積極的に攻め込んでは来ないものの、精霊の声とやらに焚きつけられて襲ってくる可能性はとても高い。
「どうにか追い出したいんだけど、方法ないかな?」
先の戦いで明らかになった最後の課題点。死源から離脱した人間は、逆再生により強制的に戻される。
「戦闘員が凪しかいない以上、毎回両者を足止めするのは無理だろうね」
「だよね」
いくら凪が強くても同時に相手取れるのは一人だけだし、不意打ちの効力は試行を重ねるごとに減っていく。毎回追い出しては調査して、なんてサイクルは不可能だ。根本的に安全を確保する手段を見つけなければならない。
「ああ、それなら」
声を上げたのは凪。何か思いつきがあるらしい。けれどもどういうわけか先の言葉は続かない。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
すっと侭の方に目配せをして、提案を取り下げてしまう。また侭から口止めを食らったのか、と思ったけれど侭は侭で不審そうだ。
疑いの感情が伝わったのか、凪は少し渋い顔をする。
「反対されそうだと思ってさ」
「一応言ってみてよ」
「言わない」
頑として首を縦に振らない凪。
「シドと日暮を殺して無力化する。凪はそう言いたいんだよ」
侭からのぎょっとするような提案。確かに安全は確保できるけど、それはないでしょ。
「ま、似たようなもんだ」
「え?」
先月の事件、迸る殺意を文字通りに一蹴する凪の姿がフラッシュバックする。確かに喧嘩っ早いほうだけど、能力絡みでの過剰な暴力は否定すると思っていた。
というか、今も思っている。だって、言葉に反して凪の顔には虚しさが浮かんでいた。表情は侭に見せない角度で一瞬だけ。それでも、私にはそう見えた。
「そろそろ始めよう」
言うなり、どこかへと歩き始める凪。方向は廃ビルの少し南側、つまりシドがいる方向だ。方針通りに迅速な行動ではあるんだけど、やっぱりなんだか変な感じがする。
「柏木さんは侭とあっち」
有無を言わさず指をさす凪。意図が分からない私に渡されるのは、「シドから鍵を奪う」の一言のみ。戦っている間に日暮氏の相手をしろと言いたいらしい。
きっと、凪はこの場ではばかった作戦を実行に移すのだろう。そのためにシドと戦う必要があって、そのために私の協力を求めている。少し考えて、私も心を決める。
「あんまり危ないことはしないでね」
「ああ。約束する」
私には凪が何を考えているのか分からない。私は探偵じゃないし、超能力者でもないからだ。分かることはたった一つ。初めて私を頼ってきたのだから、期待には応えたい。
「珍しい。凪が自分から行動するなんて」
戸惑い混じりにつぶやく侭。その姿もなかなかに珍しくて、侭自身が自分の発言に納得していないことを表していた。
「とりあえず、行こっか」
意図は見えずとも、迷いのない凪の背中は頼もしい。見送りつつ、私たちもオアシスを後にする。
死源の媒介という概念は異界をバラエティ豊かなものにするための機構であり、そこで起きる現象を何でもありにしすぎないための防衛措置でもあります。




