表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/65

凶行突破

 砂漠で遭難したときには、その場から動かずライトを使って居場所を知らせればいいらしい。無間の地平をさまよったところで出口にたどり着くはずもなく、ゆえに見つけてもらうのを待つしかない。人類が培ってきた、迷い人へのセオリーだ。


 今私たちは、セオリーに反して砂漠の中心へ自ら迷い込もうとしている。死源に巣食う死を検め、その犯人と対峙する。およそ得られるものがないであろう目的のために、一心不乱にだ。


「こういうのは、理屈じゃないからね」


 少し息を切らしながら、白鳥さんは真剣だ。固く握られた拳が、覚悟のほどを私に教える。


「なあ、俺向こう行ってていいか?」


 一方で気迫に欠けるのは凪。私に腕を引かれながら不満を隠そうともしない。


「ダメ。おとなしくしてなさい」


 よっぽどシドとの戦いを再開したいらしい。飽きもせず浮かばせ続けているコインが負けず嫌いを主張する。でも残念。凪がいなくなると私たちが全滅しちゃうから、有無を言わせず強制連行だ。


「こんなん茶番だろ」

「常盤君、ひどいこと言うなあ。俺の覚悟を見なよ。ほらこれ、鳥肌」


 白鳥さん、そんなこと言うから茶番っぽくなるんですよ。でも、鳥肌が立っているのは本当で、静かな緊張感を私に伝えてくる。


「めんどくさいな。蹴り飛ばすか」


 こっちには伝わってなさそうだ。もう少し文明への歩み寄りを見せてほしい。


 しきりに暴力解禁を求める凪と、後ろでごにょごにょつぶやいては私をバカにしていそうな笑みを向けてくる侭。きっと私と白鳥さんの緊張をほぐそうとしてくれている。最大限好意的解釈をしつつ、砂漠の四人旅。死源は広いけれど、砂漠にしては手狭だ。十分も歩かずに、私が逃げ出した砂山が見えてくる。


「あ、オブジェ」


 逃げる時は必死で気づかなかったけれど、ここにもオブジェは用意されていた。砂丘の近くにないから、あれはやはり死源の現象と直接は関係しないのだろう。


「もう近寄るなよ」鬱陶しげな凪。

「分かってるってば」


 爆発しない距離から埋め込まれた偽の鍵だけを確認しつつ、素通りして先を急ぐ。


「いたぞ」


 数分後、先行していた凪が足を止める。すぐに駆け寄っていく白鳥さん、けれどその足取りは重い。


「間違いない。烏丸先輩だ」


 砂丘の近くで、ふらふらと逆向きに歩き続ける人型の痕跡。蜃気楼であればどれだけよかっただろう。烏丸氏は私が見つけた時と変わらず、変わり果てた姿でそこにいた。


「死んでるな」


 率先して凪が脈をとり、診断を告げる。「マジか」という言葉に少しばかりのトゲが混じる。一切の希望を刈り取られた白鳥さんは、その場に崩れ落ちてしまう。


「アホの末路だ」

「ちょっと」


 私の非難に聞く耳を持たない凪。やっぱりなんだか、白鳥さんに冷たい気がする。

「阿呆でも尊い犠牲だ。得るものはあるかな?」


 後ろからはもう一方の人でなし。暗に私に調べろと言っているわけだ。


「やればいいんでしょ、やれば」


 わめいてみるものの、近づく勇気は持てない。気力の許す範囲で、烏丸氏の果てを観測する。


 身長およそ百七十五、体格はかなり痩せている。先輩らしいけど、白鳥さんより少し背は低い。目じりに少し笑ったようなしわがある、大学生らしい若々しさだ。動かない瞳孔と半開きの口がなければ、よくできたパントマイムに見えたのかも。

 遺体は私に明白な死を突き付けつつ、けれども恐怖は与えない。きっと、目立つ外傷や出血がないからだろう。


「きれいな遺体だ。今はね」


 侭の底冷えするような予想。このまま反転して順行を待てば、きっとこの人の体は爆発物でボロボロになる。


「見てく? 爆発ショー」

「見たくないし、時間もないよ」


 死源の異能は人死にを超えられない。遺体は物と同じ扱い。その二つが確認できただけで十分だ。放心中の白鳥さんに凪が気付けの蹴りを放ち、その場を離れる。


 もちろん次に向かう先は日暮氏のアジトだ。私たちの来訪はすでに知れているらしく、こちらに向かってくる姿が見えていた。


「やっぱり、凪に代わりましょうか?」

「いや、大丈夫。任せてくれ」


 白鳥さんは憔悴しつつも、私たちの先に足を進める。後ろで凪がつぶやいた「もう好きにしろよ」という言葉の意味は、やっぱり私には分からない。




 近づいてくる日暮氏に相対する白鳥さん。「日暮さん」少し裏返る声で、その名を呼び止める。


「やあ人間。神の定めを受け入れる用意はできたかな」


 常温の砂漠に乾きと熱を与える、厳かな声。威圧的ではないのに、奇妙な存在感が私に重力をかける。同じ大学の後輩だというのに、白鳥さんを無視するかのようだ。


「日暮さん、一つ教えてくれませんか。どうして、烏丸先輩を殺したんですか」

「神だからだ。神は人に、神罰を下す義務がある」


 責任転嫁とも解釈できる言葉は、ただ事実を放るがごとく砂漠に浮かぶ。


 対峙する二人。空間を埋めるノイズが徐々に肥大し、ぴたりと止まる。白鳥さんが唾液を飲み込む音。覚悟を決め、口を開く。


「落ち着いて聞いてください。日暮さんは人間だ」

「そんなたわ言を言われても困るよ。神と人は相容れない異種なのだから」


 日暮氏のあらゆる言動が意思の疎通を否定する。砂山に石を投げるかのようだ。


「ついこの前までそんな風じゃなかったじゃないですか。大学で人に囲まれて、慕われてた日暮さんはどこにいったんだよ」

「人間の尺度は狭い。理解できないのなら、今はただ受け入れてくれないかな。人は神を推し量れない。不敬千万だ」

「何、言ってんだよ」


 交わされる音と音、けれどもまったく会話が成立していない。戦慄く白鳥さんの声が、私の心と同調する。


「なかなか興味深いね」


 虚無の中、ノイズの上を小さな笑い声が通過する。


「逆に聞きたいんですけど、なぜ神様は自身を神だと? 神である証拠は?」


 白鳥さんを盾にして背中越しに薄ら笑いの射撃戦。明らかに面白がっている。


「……」


 一瞬攻撃の構えをとり、しかし日暮氏は手を下ろす。何か思うところがあったのだろう。しゃがみこみ、砂粒をひとつかみして侭に示す。


「人間よ、これは何に見える?」

「砂ですね」


 日暮氏が掌を開くと、砂粒が風に溶けていく。そして、また足元の砂を拾う。


「なら、これは」

「砂ですよ」


 真意を計れない私と侭。けれども侭の答えは期待に副うものだったらしい。日暮氏は小さくうなずく。


「神にとって人間とは、砂だ」


 順番に突き付けられる指先。


「人が砂を区別できないように、神は人を区別しない。ただの一生命体に過ぎないんだ。人間と人間、それらは神にとって境界を持たない。混ざった砂に不気味を抱く道理がないように」


 遅れて気づく。最初から日暮氏は、私たちのことを「人間」としか呼んでいない。まさか、区別できないから自分は人じゃない、と言いたいのだろうか。喉の奥から力が抜ける感覚。まただ。また、理解できない。さまよう虹がなんなのか、炎の由来がどこにあるのか、私には何も分からない。


「ただの砂なら、どうして俺たちに親切にしてくれたんですか」


 砂を固く握りしめる白鳥さん。苦しみ、悔やみ、涙さえ浮かぶ、人間の感情。日暮氏は眉一つ動かさない。砂が潰れたところで何も思うことはない。そう主張しているように見えた。


「神の過ちだ。ありようを模索していたんだ。周囲とあまりにも異なる神自身の性質に、何かの意味があるんじゃないかと信じていた。だからだ」

「へー、なんだか思春期の青年の悩みみたいですね」

「人間の尺度に当てはめると、そうなるのかもしれない。確かに、幼かった。役割の定義に他者を使うことを疑わなかった。求められるままに慈悲を与え、厚意を与え、寛容を与えた。与えたがゆえに、やがて福音を求められるようになった。だから神は神であるのだけど、神であるがゆえに人とは相容れない」

「だってさ柏木さん」


 自分からけしかけておいて飽きたらぶん投げるのやめてくれないかな。凪に至っては目を閉じて完全に休憩モードだし。


 他人事の私たちはともかく、白鳥さんは相当な混乱の最中にいるらしい。頭をガシガシとかきながら、必死に訴えかける。


「神様ならなんで、こんなところにいるんですか。あの集団は、烏丸さんは日暮さんを神として敬っていた。閉じ込める理由も、殺す理由もない」

「世界の意義を考えたことはあるかな?」

「答えをごまかさないでくれ」


 白鳥さんが声を荒げ、組みかかる。けれども日暮氏は依然冷徹だ。体捌き一つで攻撃をよけ、そのまま組み敷くように制圧する。抵抗しようとした背中に爆発音。この距離からでも、白鳥さんの抵抗が不可能になったことが見えてしまう。


「人には人の、神には神の摂理がある」

「何、を」

「この世界には人間がいない。爆ぜる火種が無数にある。壊しても壊れない。気候も、組成も、法則さえも、すべてが神に利する。だとしたらここは、神の庭そのものじゃないか。そう思ったんだ」


「違う」反射的に、そうつぶやいていた。根拠はない。だからこれは、私の願望だ。世界に意味があるのなら、誰かを害するためであっていいはずがない。


「そんなの、ただ嫌なことから逃げてるだけじゃないですか」

「……」


 日暮氏の視線がこちらに向く。気のせいか、少し不機嫌そうに見えた。


「論戦は無意味だ。答えは世界が示すよ」


 言葉と同時に漂うのは、威圧感。そうとしか思えない異様な感覚が鼓膜や肺に響く。そろそろ出番かと言いたげに凪が首をゴキリと鳴らす。


「やっと、分かってきた」


 戦いの気配に割って入る、白鳥さんの声。日暮氏の意識が凪に向いた隙に転がって離れ、そのままよろよろと立ち上がる。


「ずっと、俺が嫌いなんじゃないかと思ってた。だから何度もひどい目に遭わせるんだって。でも違った。俺より、柏木ちゃんのほうが日暮さんを怒らせてる」

「何が言いたいのかな」


 白鳥さんの方へと振り向く日暮氏。その表情は見えなかったけれど、たぶん快いものではなかったんだろう。だって、白鳥さんの苦悶には、笑顔が混じっていた。


「日暮さんは、人間が嫌いなんだ」


 手をかざす、爆発音、砂漠が揺れる。背中越しに淡々と放たれる攻撃。痛みにうめきを上げながらも、反撃の言霊は止むことがない。


「大学で、いつも笑ってましたね。区別のつかないたくさんの生き物が、当然のように何かを求めてくる、望まない役割を押し付けてくる。嫌いなのに、逃げても逃げても人はいる。世界は人のためのものだから。だから、ここに逃げ込んだんだ。烏丸先輩まで連れて」

「人間が、神の心を推し量ることに意味はないよ」


 やり取りの意味は分からないまでも、戦闘が中断した。助けるなら今だ。凪か侭、どっちかだけでも加勢してくれれば。


「椎名君?」

「……何かな」


 気のせいだろうか。一瞬、侭がなんだか不機嫌な顔をしていたような?


「戦いなら凪に頼めばいいよ」

「う、うん」


 表情は笑顔。薄っぺらで、作り物。納得を押し付けられて、二歩左。


「常盤君、起きて」

「起きてるよ」


 薄目を開ける凪。眼前に飛来してくる砂埃を異能でよけつつ、小さく唸る。


「どうしたの?」

「デジャヴ」


 飛び交う神と人の交信、爆発の音、それらを忌々しげに眺めながら、凪は首を振る。


「ダメだ。思い出せん」


 宗教に嫌な思い出でもあるのだろうか。気になるけれど、今は時間がない。


「今すぐ二人の戦闘を止めてほしいんだけど、できる?」

「えー」


 状況から考えがたいほどの鈍重さで足元を探る凪。手ごろな石をつかみ、構える。私を急かすのは前方からの破砕音。


「人間ごときに何が分かるっていうんだ」

「俺は日暮さんが逃げた理由を知ってる」


 不可解なワード。私の手が反射的に、今まさに一石を投じようとした凪の手をつかむ。


「ちょっと待って」

「今度はなんだよ」


 戦闘による精神高揚、理性の鈍化。理解不能な精神構造のその奥が、もしかしたら見れるのかも。歪な好奇心が、私の手に力をこめる。


「俺は人間だけど、烏丸先輩は違った。思い返せば、日暮さんがおかしくなったのは、あの人が人間になってからだ」

「人間は人間だ」

「少なくとも、普通の人間じゃなかった。だって――」

「黙れ!」


 初めて声を荒げる日暮氏。右手を振りかぶり、そのまま勢いをつけて白鳥さんに殴りかかる。


 思えば、私は日暮氏とまともに会話をしていなかった。問答無用で襲ったか、襲われたからだ。でも今、白鳥さんの言葉に確かに日暮氏は揺れていて、そこには神様じゃなくて、人の血が通っているように感じられた。

 説得できる。行動原理が理解できる。だから私は期待して、だから気づくのが遅くなった。取り出されたナイフに。


「え?」


 握っていたのは日暮氏ではなく、白鳥さん。歪む形相が食いしばる奥歯の圧を伝える。振り抜かれる右手の勢いが、腕に通う血管が、「覚悟」という言葉の真意を悟らせる。刃が骨にぶつかる音、私の目が捉えたのは深々と胸に突き刺さったナイフ。


 悲鳴はない。代わりにあぶくが弾けるような音がした。おかしなことに、今度も音は白鳥さんの方から聞こえた。


「え?」


 思考が追いつかず、マヌケな声が漏れる。引き抜かれるナイフと噴き出る血の勢いが、ようやく私に状況を伝える。


「神に怒りを向けてはならない。いつだって神は、矛を持つ側だ」


 白鳥さんが隠してたナイフで日暮氏を突き刺そうとして、逆に奪われて刺された。


 文字にして表すとたったの三十七文字。ただそれだけの事実が、私の精神に氷柱のように突き刺さる。ゆっくりと倒れていく白鳥さんの体と、入れ替わりに戦闘を仕掛ける凪。不愉快そうに介助に向かう侭。すべてがスローモーションで、すべてが空虚に映った。


「なにこれ」


 烏丸氏の死に動揺しなかったせいで、勘違いしていた、忘れていた。私の精神はちっとも強くなんてなくて、人の死が人に与える衝撃は計り知れないということを。


「あー、こりゃ、まずいね」


 刺された白鳥さんから力のない声。


「まずいな。こうなるのか。なるほど」


 口からこぼれるのは言葉と血と、命。それら全部が、砂漠にしみこんでいく。


「いいんだ」


 私の怯えに気づいたのか、白鳥さんが力なく微笑む。


「ずっと後悔してたんだ。俺が殺したかったのは、烏丸先輩を助けようともしなかった自分で、だから、いいんだ」


 こぼれる血の勢いが弱まる。血圧低下、蒼白、眼球の裏転。それらすべてが、つながる「死」という終着点を私に突き付ける。

 どさりと、音を立てて倒れる体。血で固まった砂の棺。無言で手を合わせる日暮氏。


「嫌」


 理性はこの場に留まれと言っていた。白鳥さんを助けないと。どう見ても死んでいるじゃないか。戦いの行く末を見届けろと。何の意味がある。何かに気づきかけた凪を問い詰めないと。


 まとまらない思考がふっと途切れ、頭の中が真っ白になる。気づくと私は走っていた。


「柏木さん!」


 凪が私を案じて鋭い声を上げる。でもそれすら、背中を刺すナイフのように感じられた。


 また一つ、思い知った。困難に遭遇すると、私には逃げる癖があるらしい。

白鳥光也②:本章の被害者。左肺および心臓動脈損傷による出血性ショックにより絶命。長く苦しむことなく逝けたのが彼にとって幸福か不幸かは、本人にしか分からないことです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ