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神の箱庭

 灰空の砂漠に横たわる被害者。水分補給をしたり、加害者二人とのわずかばかりの作戦会議をしたりするうちに現実逃避の手段も品切れだ。このまま置いていくという選択肢をとる勇気もなく、しょうがなく私は白鳥さんの頭を静かに揺らす。あ、起きた。


「……あれ、俺どうしてた?」

「寝てましたよ。疲れてたんじゃないですか?」


 白々しくしらを切る侭と、完全に無関係を装う凪。帰り道でのお説教内容がどんどん増えていくのは困りものだ。


「それで、俺を今すぐ脱出させてくれるって話だったかな」


 この人はこの人で都合よく記憶がねじ曲がっていくなあ。


「そのことなんですけど、もう少し後になりそうです」

「え、なんで」

「いろいろ事情がありまして」


 白鳥さんが起きるまでの間に凪から吐かせた情報によると、脱出の手段は予想通り鍵による抜け穴生成だった。けれども一度穴を作ると次に死源が開くまで使えなくなってしまうらしい。一応私たちは鍵を二つ持っているから一回は無駄遣いできるけど、もう二人侵入者がいる以上は温存しておくべきだ。


「いったん日暮さんのほうも調べてからにさせてください」

「もしかして会いに行くの? やめときなよ」

「そっちも事情がありまして」


 顔面に呆れと怯えとを同居させる白鳥さん。私もそんな推定異常者のもとには馳せ参じたくはないのだ。でも、すでに多数決は採られてしまって、私にできる選択肢は孤立無援か異常参観かのどっちかしかない。


「そっか」


 私と後ろの外道どもの表情を見ておおよその状況を察してくれたらしい。白鳥さんは小さくうなずいてから、勢いをつけて立ち上がる。


「俺も手伝うよ。柏木ちゃんには恩がある」

「あ、ありがとうございます」


 嬉しさ半分不安半分。どちらにせよこの場に置いていく選択肢はないし、道案内とかもしてくれるだろう。差し出される手を握り返し、調査再開だ。




 白鳥さんいわく、日暮氏は入り口から反対側の最奥にいるらしい。ビル跡地を左手に移しつつ、無人の砂漠を四人で歩く。


「ところで、柏木ちゃんたちはなんでここに入ったの?」


 先頭を行く白鳥さんから雑談がてらの質問が飛ぶ。恐ろしいことに私では答えられそうにない。識者二人に任せよう。


「俺は探し物」

「じゃあ僕は、見聞を広めに」


 あからさまなでっち上げ。白鳥さんは気分を悪くした様子もなく、「いろいろあるんだね」と背中越しに笑顔を見せる。


「ちなみに、出る方法ってホントにあるの? ええと、そっちの椎名君」

「なんで僕なんですか」

「一番訳知り顔だから」

「見た目で人を判断しないでくださいよ」

「だからこそ話し合いが重要なんだよ。どうやって出るんだ?」

「もう少ししたら嫌でも知りますよ」

「今すぐやらない理由があると。時間か、回数に制限があるのかな」


 はぐらかす侭と根掘り葉掘り聞き出そうとする白鳥さん。二重の意味で気味のいい話が空間のノイズを上書きする。「うるせえな」という凪の声が少し印象深い。


 矛先が変わったおかげで、私はまた死源の内情視察。と言っても左手方向はすでに見た街並みだから、あんまり代わり映えもしない。右手もきっと砂だろう、と思いきやだ。


「あ」


 砂山と砂山の間に隠れるように佇むのは泥の塔。さっきも見かけた危険物だ。


「こっちにもあるんだ」

「俺も見たな」


 あやふやに記憶をたどる凪。報告の遅さはともかく、あの謎のオブジェは死源のあちこちに存在しているらしい。凪も砂だらけになればよかったのに。


「どうすんだ?」

「一応見てくるね――わっ」


 横道に逸れる私の前に立ちはだかるのは白鳥さん。さっきまで侭と楽しく? 話していたというのに、えらく深刻そうに両手を広げる。


「やめよう、危ないから」

「爆発しない距離で見ますよ」

「ダメだって。ケガされたら俺が困る」

「大丈夫ですよ。ケガするほど威力なかったですし」

「日暮さんはもっと強い爆発も使えるんだ。あれがさっきと同じ威力とは限らない」

「でも見てきます」


「おいおい」横から凪の呆れ声。


 分かってる。我ながらちょっと強情だ。だってこれは私の個人的な興味で、動機だから。無意味なものを作る、その法則と真意を明かしたいだけ。


「常盤君、守ってあげて」

「しょうがない」


 結局二人とも折れて、凪が私の横についてくる。ちょっと申し訳なくなりつつも、オブジェに向かう。


「何が気になってんだよ」

「ちょっとね」


 白鳥さんいわく、オブジェは日暮氏による被造物。言葉が事実なら、死源の謎に直接関係はしない。でも、まったく目算なく近づくわけでもない。


「常盤君はああいうのいくつ見た?」

「八個くらい」

「そんなに?」


 いやに多いと思ったら上空から一通り観察したらしい。拾った情報はちゃんと届けてほしいんだけど。


 凪の情報によるとオブジェは死源に満遍なく点在しているらしい。性質からして設置型の爆弾に思えるけど、ちょっと変だ。仮にあれが攻撃のためのものだとしたら、私ならもっと目立つ場所に置く。そうしないということは何らかの意図があるはずなのだ。例えば、日暮氏は死源の秘密を突き止めていて、それを隠すための防衛手段としてオブジェを置いたとか。


「オブジェの配置に傾向とかあった?」

「砂?」


 部分点すら進呈できない凪の回答。そりゃあるでしょうよ。


「傾向や特徴はない。つまり『何もない』の上に爆弾はあったと、そう言いたいんだね」


 後ろから白鳥さんがよく分からない補足を入れて私の諦めを促進させる。まあ、細かいところはあとで直接見に行けばいいか。まずは目の前の泥塊だ。


「爆発、まだしないかな」


 十メートルまで近づく。


「これなら?」


 五メートルまで近づく。


「もうちょい」


 さっき爆発したのと同じ三メートル。まだ爆発しない。


「なんか目的変わってないか?」

「……そうでした」


 目を凝らして泥の組成を確認する。大きさや形状は前回とほぼ同じ。全長一メートルの泥の塔。流体する表面は当然自立できる硬度にも見えず、不自然の塊として私の論理を攪乱してくる。

 砂ではなく泥。さっき味わった感じからしても、水分を含んでいるのは事実。だというのに、近くにはオアシスはない。平坦な砂があるだけだ。


「地下水脈、なわけないか」


 超常現象の出どころを探ることは中断し、視界を塔に戻す。


「あれ、何だろう?」


 続いて目に留まったのは、泥の塔からはみ出した、白い何か。埋め込まれた何かは明らかに砂ではなく、たぶん石でもない。


「能力のコア、とかかな」


 手を伸ばす。引き込まれるような感覚、耳を揺らす機械音、思い出す戦慄。


「あ」

「おいバカ」


 凪が声をかけるよりも早く泥の塔は爆発し、顔面と服とに襲い掛かる。


「っう」


 ダイラタンシー的硬質物が私の前半分を覆いつくす。今回は心構えはあったから気絶はなしだ。でも、痛い。


「言わんこっちゃない」


 顔の上で空気が踊り、泥が飛び散る感覚。凪の異能だ。空気の渦は目と鼻と口だけを器用に流れ消えていく。ありがたいけど、顔一周するくらいは頑張ってほしかった。


「気は済んだか?」

「もうちょっと」


 分かりやすくうんざり顔の凪に片手で謝りつつ、爆心地へと向かう。かつてオブジェだった泥が散らばる中に、それを見つける。


「……死源の、鍵?」


 指先で泥を拭うと、見覚えのあるチェスピースもどきが表出する。私たちの目的はこれを探すこと、だったよね。あれ? もしかしてゴール着いちゃった? それともこれは、日暮氏が死源に入った時に使った鍵なのだろうか。


「貸せ」

「あ、ちょっと」


 後ろから伸びる凪の手が死源の中心核?をかすめ取る。顔を険しくして鍵をくるくると回したかと思うと、すいと私に戻す。


「あと頼む」

「勝手だなあ」


 ともかく、順番が回ってきた。観察してみよう。

 形状は凪と侭が持っていたものとまったく同じ。その場で凪に鍵を見せてもらって比べても、汚れ以外では違いが判らない。材質も見たところは同じに見える。


「あとは、碑文だよね」


 凪がやっていたのに倣って鍵の底面に触れてみる。湿った砂粒が指先を摩擦する感覚、けれども空中には何も投影されてこない。


「ねえ凪、碑文ってどうやって出すの?」

「叩けば出る」


 言われるまま、鍵の表面を二度小突く。


「……出ないね」

「だろうな」


 言い方からしてさっき試した後らしい。だからなんで教えてくれないのさ。


「壊れてるのかな」

「あるいは偽物か」


 考えても確証が湧いて出るでもなし。その後も地面を眺めたり、少し掘り返してみたりしたけれど、成果なし。遠巻きに飛んでくる待機組の視線も強まってきた。仕方なくその場を後にする。鍵は念のため拾っておこう。


「どうだった?」


 私の泥だらけの顔を見て若干同情的に聞いてくる白鳥さん。


「こういうの、見たことありますか?」

「日暮さんが泥の塔の核に使ってたかな。それが何か?」


 鍵をポケットにしまう。反応からして、白鳥さんは鍵の意味を知らなさそうだ。


「聞けば分かる情報を得るために危険を冒す。柏木さんは賢いなあ」


 隣の外道がうるさいし、そろそろ先に進むとしよう。




 顔を拭いて、砂の味にむせかえりつつ、気を取り直して再び行軍する私たち。


「日暮さんってどんな人なんですか?」

「そうだなあ」


 歩幅を緩めて私の方に近づいてくる白鳥さん。


「なんていうか、神様みたいな人だよ」

「神様?」


 すごくすごい人、みたいな感じだろうか。


「正確には、神様になりたがっている人かな。困っている人を助けて、平等を説いて、いつもみんなの手本になろうとする。すごい人なんだ」


 なるほど。だから神様か。白鳥さんの言葉の端々には日暮氏に対する尊敬と感謝、それと同じくらいの悲しみがにじんでいた。


「すごい人なら、神様じゃなくて人間だろ」


 言葉を挟んでくるのは珍しく凪。神学について何か思うところがあるのだろうか。


「人を神にするのは、いつだって人間だよ」

「それもそうか」


 けれども白鳥さんの抽象的な言葉に納得したのか、すぐに黙って先を歩き始めてしまう。道案内より先に行くのはやめたほうがいいのでは? まあ、目的地らしき建物が見えてるからいいんだけど。


「椎名君はどう思う?」


 少し後ろで平地の酸素濃度と戦っている侭に聞いてみる。

 一瞬すごく嫌そうな顔をして、すぐにいつもの作り笑顔。


「宗教は作るほうが好きだな」

「……崇めてくれる人、いるといいね」


 でも、この子に必要なのは普通の友達なんじゃないかな。誰かなってあげて。


 私たちのくだらないじゃれあいを満足そうに眺めてから、白鳥さんは視界を上に向ける。


「日暮さんもそうだけど、俺はこの空間のほうが気になるね。誰が何のために、こんな変な世界を作ったのか」

「作った」


 確かに、そんな考え方もあるか。侭の言った「異界化」という言葉の影響で、澱んだ異能によって空間が勝手に変異したという考えでいた。でも、凪の主張する通り、ジエンドが人の意志によってなされたのなら、この死源だってそうかも。


「どうだか」凪は懐疑的なのか、背中越しに文句を飛ばす。それを楽しげに受け止めて、白鳥さんは話を続ける。


「宇宙と人類の因果ってあるよね。この世界は、人間が住むにはあまりにも都合よく出来すぎているって話」

「聞いたことあります」


 すべてが人にとって都合よく出来ているから、設計した神の御業である。嫌いな考えではないけれど、私としては、都合のいい設計だったから人間が生まれたなんて、夢のない考えのほうが筋が通る。


「俺もそう思うよ」


 白鳥さんは足を止め、そのまま直下の砂をつかむ。


「でもこの世界は、人より後に生まれた。何者かにとって都合のいい世界を作ったのか、あるいはこの世界によって何者かを作りたいのかも」


 さらさらと手からこぼれ落ちていく砂粒たち。不気味なほどに粒が揃った砂たちは、手の軌跡に取り残されるように地面に滝を作り、四角い線の轍を残す。


「だから、きっとここは、神の箱庭なんだ」


 サンドボックス、実験場。そんなニュアンスを込めて、白鳥さんは死源を箱庭と称した。称してから、本人はまた別の雑談に移っていく。ラジオ番組のように軽快な蘊蓄を聞き流しながら、箱庭の中で私の思考がぐるぐる巡る。


 この異界は、何のために存在するのだろうか。答えの出ない問い。また一つ、内側に荷物が増えてしまった。

伏線回です。広義狭義によらず伏線は作中世界の緻密さに直結するという考えのもと、今回の話に限らずいろいろ仕込んでいます。

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