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舞台演目

 旅行に行くと、たまに不思議なものに出くわすことがある。誰が通るのか分からないトンネルとか、何を祀っているのか分からない石碑とか、誰が買うのか分からない土産物屋のキーホルダーとか、それを嬉々として買ってる友達とか、そんなの。


 分からない何かに思いを馳せるというのは、それはそれで楽しいものだと私は思う。人が作った何かには必ず意思と歴史があって、想像の余地があるからだ。それではさて、今回の旅程はどうだろう。


 砂の異界の意思はいずこか。飛来する石礫、騒音、爆発、途絶える意識、消える侵入者。ひと時を経て私の思考を支配するのは、不思議を通り越して不気味な現象たちだ。


「いっつもこんななの?」

「侵入者以外はね」

「へえ」嫌だなあ。


 情報を得るという意味では、さっきの場所に戻って土下座の人を探すべきなんだと思う。だというのに私の体は吸い寄せられるように街の方へとふらふらと戻ってしまっている。隣の侭ともども、面倒事に関わりたくない思いのほうが勝ってしまったのだろう。


「あ、常盤君」


 示し合わせたわけでもないのに街の前に戻ってくる凪の姿。なぜかコインをたくさん空中に浮かせたまま、何やら考え事をしているようだ。手元のペットボトルを見る限り、あちらも当初の目的は未達成。アクシデントだろうか。釈然としない表情が私たちの姿を見つけ、気まずそうにたわむ。


「よう、奇遇だな」

「首尾はどう?」


 侭の問いかけに考えるそぶりを見せる凪。そしておそらく思考を諦めたのか、一言だけ返す。


「侵入者、いたぞ」

「え?」

「謎の黒ずくめだった」


 ペットボトルと一緒に返ってきたのは不可解な答え。補足される情報もさらに不可解だ。

 もしや同一人物だろうか。それなり広い砂漠だけど、凪と遭遇してから私たちの方に走ってくることは不可能じゃない。


「私たちのほうにも侵入者いたんだけど。いつ会った?」

「さっきまで戦ってた」


 凪の答えは否定。あと、頭の痛くなる情報をついでのように足してくるのはやめてほしい。詳しく話を聞くと、全身黒ずくめの大男が超能力で巨石を鉈のように振るって凪を上空高くまで放り投げたとか。信じがたい。


「なるほど。それじゃあ凪は負けてのこのこ帰ってきたわけだ」

「勝負はまだついてない」


 侭に煽られて奮起した表情を見せる凪。そのままリベンジマッチに行きそうな背中を引き留めて、私たちのほうの状況を説明する。


「――ってわけで、こっちにも侵入者がいて、ちょっと混乱してるところ」

「へえ」


 さほど驚きを見せない凪。ともすれば「大変だな」と付け加えられそうな他人事っぷりからして、考えるつもりがないだけだろう。


「まあ、おかしな状況でもないと思うよ」


 代わりに答えるのは侭。


「というと?」

「鍵は一度に三回まで人を通す。だから、土下座男の白鳥さんはシドとやらと一緒に入ってきたと考えれば辻褄が合う。助けてくれなんて言ってたあたり、無理やり閉じ込められたのかも」

「なるほど」


 凪の話しぶりからして、シド氏は相当の威圧感と戦闘力を持つ人間らしい。気弱そうな白鳥さんとの関係性を邪推することは難しくない。


「問題点があるとすれば、侵入者が二人だけだと穴がまだ閉じないってことかな」


 入る時も言っていた情報だ。実際、穴は三人目の私が入った時点で姿を消した。つまりもし穴が閉じていなければ、白鳥さんはすぐに逃げればいいだけの話になる。


「三人目もたぶんいるぞ」


 上空から見た影の存在を主張する凪。吹き飛ばされながらよくそんなに冷静に観察できるものだ。


「……じゃあいったん、その仮説で」


 受け身受け身で渡される重要情報に辟易しつつも、一応は筋の通る考えができた。あとは検証なんだけど。そう思った私の耳に飛び込んでくる、聞き覚えのある声。


「おーい」


 音のする方を見ると、さっきの青年、白鳥さんだ。私たちを追ってきたらしい。へろへろと擬音づけるのがふさわしい手の振り方で私たちに存在を主張する。


「必ず俺を助けてくれるって言っただろ。置いていかないでくれよぉ」


 砂漠によく通る情けない声。微妙に私の言葉を都合よく解釈されているのが実に不安だ。


「あれか?」

「うん。あれがさっきの人」


 凪は白鳥さんと私の方を一度ずつ眺め見て、踵を返す。


「それじゃ、二周目だな」

「お願いだから一緒に話を聞いてあげて」


 関わりたくないのは分かるけど、あの人が何かを知っていそうだったのは確かで、話を聞く価値はある。というか、凪が黒衣のシドに会いに行ったところで戦うだけなのだから、そんなの後回しにして私たちの護衛をしてほしい。


「しょうがないな」


 懇願の気持ちが届いたのか、ため息一つと引き換えに凪の足が止まる。そのタイミングで白鳥さんも私たちに追いついた。はあ、気の進まない事情聴取の始まりだ。




「改めて自己紹介しようか。俺は白鳥光也。そっちの彼は初めましてだよね?」

「……徳川」

「嘘です常盤凪です。あとこっちは椎名侭」


 二人してどうしてそんな誠意に満ちた偽名を名乗りたがるんだろうか。


「ええと白鳥さん、とりあえず話を聞いてもいいですか?」


 この空間について知っていること、どうやって入ったのか、一つ一つ聞き出さないと。白鳥さんは小さくうなずき、「うまく説明できるか分からないけど」と前置きしつつ話し始める。


「ここには大学の先輩に誘われて来たんだ」


 自身も大学生だという白鳥さんは、一つ年上の日暮という男の提案でこの死源、正確にはこの死源を囲っている山林地帯に遊びに来たらしい。


「日暮さんがタケノコ掘りに行きたいって急に言い出してさ。俺自身そんなにタケノコ好きなわけじゃないんだけど先輩の頼みだし、それに『この時期のタケノコは刺身で食える』なんて言われて気になっちゃってさ。君らはタケノコ好き?」

「まあ、普通ですけど」


 第一印象に反して口数の多い人らしい。どう急かすか考えるより早く、凪から「本題は?」と直球の指摘が入る。


「ああ、そうだった。人と話すのなんて三日ぶりくらいだから舞い上がっちゃって」


 頭をかく白鳥さん。


「タケノコを掘ってる途中で変なものを見つけたんだ。次元の壁っていうか、よくあるゲームの世界の端みたいな。先輩と気になって体当たりしたり石投げたりして遊んでたんだけど、そしたら急に砂漠にいたんだよね」


 つまる話が、意図せず死源に迷い込んでしまったと言いたいらしい。


「偶然通り抜けられちゃったりすることってあるの?」


 隣の凪に小声で聞くと、「ない」と一蹴される。となると、可能性は二つだ。


「白鳥さん、砂漠に入り込む前に変なこととかありませんでしたか? 空間に穴が開いているのを見つけたとか、誰かが穴を開けたとか」

「どうだろう、急だったからよく覚えていないんだ」

「砂漠に入った時、穴はどうなりましたか?」

「すぐ消えて絶望したよ。そこからは地獄だった」


 手持ちのタケノコでのサバイバル生活を語り始める白鳥さん。豊富そうなレパートリーを聞き流しつつ、少し情報整理だ。


 可能性の一つ目は、この人か日暮氏とやらが鍵を持っていて意図的に死源に入ったパターン。でも話を聞く限りはそういう感じはしないし、二人が侵入した時点で穴が消えたという点が侭の情報と反する。

 考えるべきはもう一つの可能性だ。二人はシドの開けた穴を偶然見つけて迷い込んだ。これなら現時点での情報とつじつまが合う。


「――だから俺は、竹林を枯らすにはパンダを野に放てって通説には異を唱えるよ」

「つまり白鳥さんは出口が見つからなくて助けを求めているということですね」

「ん。ああ、そうだね。それもあるんだけど」


 知らぬ間に謎の方向にそれつつある雑談を切り落としつつ確認する。白鳥さんの反応はなぜか芳しくない。


「俺が困ってるのは日暮さんのことなんだ」


 一緒に死源に入ってきたというわりに行方の知れない日暮さんとやらのことは、私としても気にかかっていた。砂漠、三日間の遭難、重苦しい口調が一瞬最悪の可能性を想起させるも、白鳥さんは苦い笑顔を作る。


「ここに入ってくるなり、なんていうのかな、豹変? しちゃって」

「豹変」


 日常生活ではあまり使わない言葉だ。非常識に囲まれながらこんなことを思うのも変な話だけど。


「急に態度がおかしくなるし、暴力振るいだすし、おまけにアレとか」

「アレ?」


 言いよどむ白鳥さん。


「普段はちゃんと隠す人なんだよ。でも極限状態でハイになってるのか、人目もはばからず使いだしちゃって」

「ああ、なるほど」


 何のことかと思ったら超能力のことらしい。


「さっきの泥の塔はそういうことですか?」

「そうなんだよ」


 爆弾を作る、あるいは泥を操る異能のどちらかか。


「最初は泥細工で満足してたんだけど、そのうち俺までボコボコにしだしてさ。しかも逃げてもいつの間にか元の場所に戻されたりするし、もう怖くてたまらないよ」


 腕やお腹を見せてくる白鳥さん。確かによく見るといくつも痣が残っていて痛々しい。どうにか逃げ出した結果が私たちとの遭遇、ということらしい。


「元の場所に戻される現象って、何度も起きてるんですか?」


 私たちが知りたい情報の二つ目。壁内を覆う巨大な異能について尋ねると、白鳥さんの首は縦に落ちる。


「信じられないかもだけど、ここには変な法則が流れているみたいなんだ。定期的に時間をリセットするとか、あるいはループするみたいな」

「ループ」最初に会った時に言いかけていた言葉だ。

「デジャヴと言ったほうが近いのかも」


 白鳥さん自身も信じられていないのか、首をかしげる。


「一時間に一回くらいかな、急に意識が遠のいて、そのあと気づいたら元居た場所にいるんだ」

「五十三分十一秒」急に声を上げる侭。

「え、何?」

「さっき数えた、現象と現象の間の時間。気絶してた時間と合わせると、ほぼ一時間だね」


 つられるように時計を確認すると十五時十分。二手に分かれた時が十四時ちょっとすぎだったから、確かに砂まみれになる間隔は一時間くらいだ。


「あれ? 入ったのは十三時半くらいだったよね?」

「そうだね」


 最初の現象は十四時、つまり入ってから三十分で起きている。現象は人ではなく世界に対して発生しているということか。


「白鳥さん、前回戻されたのは何分前ですか?」

「十分くらい前かな」


 予想通り私たちと同じタイミングだ。


「話を総合すると、一時間に一回、この空間は私たちをリセットしにかかる、って感じですか?」

「俺の感覚だとそんな感じだね。この三日間、逃げては戻され逃げては殴られ、日暮さんの恐怖に晒され続けてきたんだ」


 白鳥さんはつらい記憶を思い出しているのか、両手で自分の肩を抱え、けれどすぐにやめる。


「でもようやく同じ境遇の人たちに巡り合えた。しかも入ったばかりなのにその落ち着きっぷり。きっと外に出る方法も知ってる。そうだよね?」


 私はノーだけど、一応は肯定しておくべきなのだろうか。


「正直タケノコのストックもないし限界だったんだ。大学の課題もやらないとだし。ああそうだ、日暮さんの悪行を警察に打ち明けよう。国家権力によって世界の平和を取り戻すんだ。これはいわば弱者による革命」


 何かのスイッチが入ったのか熱く語り始める白鳥さん。時間もないし話を打ち切るべきか迷うその背後に近づくのは凪の姿。


「革命とクーデターの最たる違いは思想の有無。俺たちは強盗犯じゃないわけだから――ぐえ」


 軽快にしゃべっていた白鳥さんが白目をむいて地面に落ちていく。


「よし」

「え、何」


 私の思考が追いつくより早く、しゃがみこんで白鳥さんのポケットやら鞄やらを探り始める凪。


「いや、何してんの」

「話も終わったしいいだろ」

「そういうことじゃなくて、何してんの」

「蹴り?」

「違う!」


 なんで不服そうなんだこいつは。本気で糾弾されている理由を理解していない暴力主義者に説教すること数十秒。ようやく私の意図を介した凪は、それでもやはり耳を塞ぐ。


「こいつの話は信用できない」

「なんで?」


 確かに場所が場所だから簡単に信用すべきではない。でも、聞く限りはいきさつも話の内容もおかしくなくて、まだ疑うには早いと思う。

 対する凪の答えは「経験則」の一言。どこでこんなの経験してきたの。


「凪の勘を信じたわけじゃないけど、嘘である可能性は否定できないね」


 いつの間にか物色に参加している侭が言う。


「根拠は?」

「しいて言うなら、閉じ込められたってわりには恐怖が見えない」

「言われてみれば?」


 砂漠もどきでのサバイバル。現代人ならそれだけで発狂しそうなシチュエーションだけど、白鳥さんの語りからは楽しさのようなものもにじんでいた、気がする。


「ま、調べりゃ分かるだろ」


 凪は宣言しつつ追い剥ぎに戻る。その倫理観はともかく、ここまで来たら私としても止める理由もない。行く末を見守ろう。


「何も持ってないな」


 服の裏地から口の中まで調べに調べたけれど、結局白鳥さんの持ち物から鍵は見つからなかった。まずい、このままじゃ私は極悪人の片棒を担がされてしまう。


「やれやれ。これで満足かな柏木さん?」

「もういいだろ柏木さん」

「主犯を押し付けるのやめてくれない?」


 とにかく起こさないと。頭を打って気絶した人間って揺らしていいんだっけ。こんなことなら、お父さんともう少し話しておくんだった。

椎名侭③:侭は常人離れした時間認識能力を持ちますが、これは副産物でありそういう超能力ではありません。

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