∞+1
②
状況を整理しよう。私たちはさっきまで砂の街を後にして死源の入り口へと向かっていた。でも気づいたころにはいつの間にか街の方に戻っていて、おまけになぜか砂まみれだ。
「常盤君、『始まった』ってどういう意味?」
「死源の中ではこういう怪現象が起きるんだ」
凪の答えはほぼほぼ私の想定通り。
「教えてくれなかった理由は?」
「起きないこともあるから」
こっちの答えはちょっと想定外だ。
「あんまり先入観を持ってほしくないんだ」
ばつが悪そうに頭を書く凪。その気づかいはありがたいけど、今必要なのでしょうか。教えといてよそこは。そして、話しながら気づいたことが一つ。
「常盤君だけ砂まみれじゃないね」
「みたいだな」
私と侭とはもれなく砂だらけで、侭に至っては未だに口の中の砂を吐き出すのに難儀している。なのに凪は怪現象の直後から砂を払った様子もない。
「ん」
不意に凪が片手を伸ばす。ぱし、とその掌に収まったのは、こぶし大の石ころ。遅れて短期記憶が投擲らしき放物線を認識する。
「え、今の何」
「さあ?」
もしや侵入者か。石が飛んできた方向を二人で眺めてみたけれど、それらしき影は見えなかった。
「これも怪現象だな」
意識を失わせて、砂や石を浴びせにかかる怪現象ってところか。謎が増えた代わりに一つ分かった。凪が砂まみれにならなかった理由は、たぶん今みたいに無意識で砂を弾いたんだろう。そういうの得意そうだし。
「私はこれを解き明かせばいい、で合ってる?」
「そういうこと」
自分がこの旅行に呼ばれた理由がやっと分かってきた。
「現象は死源の超能力、意志そのものだ。意志の先に中心はある。だから任せた」
断言しつつ、行動は丸投げ。彼自身、こういった謎解きが得意じゃないということが見て取れる。
「これまでは椎名君がなんとかしてたんだよね」
「いや、あいつもこういうのは苦手だよ。な」
「得意ではないだけだよ」
砂との戦いを終えつつある侭が苦言を呈す。これは苦手って意味かな。透明猫の件からしてややこしい案件に強そうだから、ちょっと意外だ。
「じゃあどうやって碑文までたどり着いてたの?」
「……凪」
なぜか凪へと話を振る侭。促された凪は苦笑する。
「前回はまあ、時間をかけて壊したというか、穴をついたというか。そもそも俺は館の壁殴ってただけで何がなんやら。なあ侭?」
「そうだね」
何がそうだねなのか分からないけれど、前回の旅程が息苦しいものだったのは二人の反応から見て取れる。
「そういうわけでさっそく活躍のチャンスだよ。柏木さんの意見を聞こうじゃないか」
「もうちょっと情報が欲しいかな」
かくいう私も正直異能推理には自信がない。それ以前に、砂が降ってきて意識を失うなんて現象に対し、何を見出してどこへ行けばいいのか皆目見当もつかない。曲がらないスプーンの二本目を投げ捨てる。
「探索続行だね」
侭が私の匙を受け入れて、次の方針が決まる。内側は一度通ったから、自然と視線は外周方面だ。オアシスやら砂山やらを廻りつつ、ぐるりと一周すれば何か見つかると思いたい。
「俺はあっち側行くよ」
「じゃあ僕はこっちか。柏木さんは?」
「え、一緒に行かないの?」
ナチュラルに戦力の分散を図る凪と侭。驚きを返すと、「このほうが効率的だ」と身も蓋もない返事。
「どっちについてくる?」
侭の言葉を受け取る限り、幸運にも私は行く先を選んでもいいらしい。さあどちらについてゆくべきか。安全なのはたぶん凪の近くだ。謎解きという面でもいろいろ聡い侭は放置して凪の補助をするほうが堅実と言える。よし、決めた。
「椎名君のほうで」
理由は簡単だ。こいつの情報は信用できない。
「じゃ行くか」
「ちょっと待って」
無策で分かれたら合流に支障が出てしまう。ナップザックを漁りつつ作戦を考える。
「はいこれ」
「ペットボトル?」
「目印。壁に着いたら置いといて」
お互い壁に到達するまで直進して、その地点に目印として私が持ってきた軍手と、入り口で押し付けられて持て余していたペットボトルを置く。そこから半周すればもう一つの目印が見つかって、晴れて周回調査完了というわけだ。
「怪現象で砂に埋もれる可能性は?」侭からのもっともな指摘。
「あるかもね」
視界を周囲に向ける。ビルの上部にはよく見ると砂が積もっていて、異能が街自体に作用していることが分かる。でも、見失ったら見失ったで死源の謎を解くヒントになると言えなくもない。「足元注意で」と方針を定めておくにとどめよう。
「何か分かったらすぐ連絡して」
「了解」
返事するや否やつかつかと歩いていく凪。遅れて私たちも逆方向へと歩き出す。入り口が南だから、私は東で凪は西だ。時間は十四時ちょっと過ぎ。半周するまでの時間で死源の広さも計れそうだ。
「そうだ、柏木さん」
凪の姿が豆粒くらいになってから、唐突に声を上げる侭。
「一つ言い忘れていたことがあるんだけど」
「なに?」
「ここ、たぶん電話通じないよ」
「ウソでしょ」
慌てて画面を確認する。確かによく見ると、通信状況はオールレッドだ。
「そういうのは早く言ってよ」
「忘れてたんだからしょうがない」
絶対嘘だ。ケタケタと私の不手際を嘲笑う侭。こちらを選んだ私の選択はきっと正解で、でもしんどい旅になりそうだ。
砂を踏み、謎の音聞きひた歩く。街を東に抜けたあと、待ち受けていたのはひらけた丘の集まりだった。砂漠なんだから当然なんだけど、ちょっと味気ない。いや、現実の砂漠にはいるはずのサボテンやらスカラベやらもいないから、なお空虚だ。
「死源には許可されていない動植物は存在できないからね」
「へー」
この椎名侭という男は、質問には答えてくれないのに自分の言いたいことは話してくれるらしい。情報はありがたくいただくけど、ちょっと煮え切らない。
さっき侭は死源の材料が元の空間だと言っていた。残っていたビル以外は死源の結界?的なものに間引かれたということか。
「あれ、もしかして私たちも間引かれる?」
「歴史によると二か月くらいは大丈夫」
ジエンド後の一番遅い生還者が二か月後くらいにニュースになっていたことを思い出す。当時は変だと思ったけれど、死源に閉じ込められたのなら納得だ。
「あれ?」納得ついでに、ここで一つ疑問が生じる。
「どうやって死源から出たの?」
死源内の致死率は高い。けれども生還者はゼロじゃなくて、一万人くらいはいたはずだ。その人たちが異界にいたなんて証言をしたニュースはなくて、だから私も高をくくっていたのだけど、なんにせよ出られないという話と矛盾する。あるいは異界の形成前は結界はなかったのだろうか。
「それ以前に、私たちどうやって帰るの?」
「質問が多いな」
存在しないコバエを払うように空間を叩く侭。シンプルにひどい態度だ。
「出る手段はあるよ。教えないけど」
「いや、教えてよ」
「教えたら柏木さん出てくでしょ?」
「うん」
なんだろう、「どうして空は青いの」なんて聞かれた気分だ。
「まあ、ここの空は灰色なんだけど」
私の詩的な感想に眉をひそめる侭を置いて少し先に歩く。教えてほしかったら自分も情報を開示するといいよ。
死源の脱出方法、過去の異界、好きな食べ物、聞けども聞けどもはぐらかす侭の減らず口に辟易しつつ歩くこと十分。私の視神経はようやく意味のある情報を補足する。
「あれ、何かな」
指さすと侭も気づく。少し先にはこげ茶色の小さな円柱。小さなと言っても私たちの腰の高さくらいはある、明らかな人工物だ。
「気になるなら近づいてみたら?」
他人事なのが癪に障るけど、確かめずに素通りするのも厳しい性だ。地獄に巻き込まれるアリのごとく、私の足は謎のオブジェに近づく。
「砂、というか泥かなあ」
遠めに一見した感想はそんな感じ。デコボコとテカテカの流線形は、水気の多い泥団子を磨き上げずに床にぶつけたときの見た目に近い。自立するか正直怪しい風貌だけど、あれでさわったらカチカチだったりするのかも。
私が泥の塔に手を伸ばす瞬間。
「だ、だめだあああ」
丘の陰から聞こえてきたのは男の声。まず大声にびっくりして、なんだかマヌケな響きに脱力して、後ろの侭が砂を踏む音で緊張を取り戻して、それで。
ピピピピピ。
「え?」
泥団子からおよそ聞こえるはずのない、電子音。伸ばしたままの私の手が無意識に虚空をつかんでにぎにぎされる。
耳がつんざく、熱い痛み。どこかというとたぶん目で、それから遅れて耳にも麻痺が。何が言いたいのかというと、ここまでの情報は私の記憶が後から再構築した走馬灯のようなもので、たぶん電子音の次にしたのは破裂音なんだと思う。
「柏木さん、生きてる?」
キンキンと頭の中で反響する侭の声。遅れて自分が空を見上げていると気づく。背後の砂は地面で、つまり私は気を失って倒れていたらしい。
「何が起き――うえ」
話そうとした口の中にじゃりじゃりとした泥の感触。
「おいしい?」
「大人がおままごとをしない理由を思い知った気分」
上体を起こすと泥が飛び散る。スウェットの湿り気と重みが付着物の量を私に教えてくれる。状況的にアブダクションできる結果は一つ。
「……オブジェが爆発した、で合ってる?」
「だいたいそんな感じ」
よしよし。だんだん調子が戻ってきた。じゃあ目の前の土くれは泥だったものの残骸か。顔面と後頭部をサンドで砂されたけど、ケガも大したことなさそうだ。泥の表面がまだ潤っているから、思ったよりも気絶していた時間は短いらしい。
「それで、ええと。あ、そうだ」
ようやく思考が現実に回帰し、戦慄する。さっきの瞬間、聞こえてきたのは異音だけでなく、制止を促す別の声。つまりは侵入者だ。
「さっきの声の人は」
「ああ、その人なら」
侭は視線を下に落とす。何事かと思ったら、私よりもさらに低い位置に頭を置いた男の人の姿があった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
細い声で誰にでもなく謝罪を繰り返す。姿勢はほとんど土下座に近く、それなりに身長がありそうな体格と反して、かなり不気味だ。
「ほら、被害者は息を吹き返しましたから」
「でも」
「話し相手は僕じゃなくてこっちの柏木さん。さっき言ったじゃないですか」
「……分かったよぉ足利君」
削がれる緊張感。代わりに押し付けられるのは厄介事の気配。あとその偽名は何? かき混ぜられる私の思考をよそに、土下座のままの姿勢で向き直り、土下座のような土下座をする青年。
「俺を助けてほしいんだ」
なんだろう。これ断ってもいいのかな。隣の侭を見ると、「任せる」と言いたげに一歩身を引いている。
猛烈に回れ右をしたくなったけれど、この人は死源への侵入者。敵意が感じられないにせよそのまま野放しにはできない。
「話を聞くくらいなら」と妥協を示すと、震えながら頭をこすりつける男の人。
「よかった。改めて俺は白鳥。よろしくね、柏木さんと足利君」
「あ、どうも」
私の手を握ってぶんぶんと上下に振ってくる。どうでもいいけど、偽名を名乗るなら私の分も代返しておいてほしかった。
白鳥さんはひとしきり感謝の意を述べてから、ようやく手を放す。
「もうダメかと思った。こんなル――」
③
暗転。目を覚ますと頭の上には砂がかかっていた。
「どういうこと?」
心臓の電源を切られたかのような唐突な意識消失。隣の侭は気絶していて、さっきまで話していた男の人は影も形もない。
「え、どういうこと?」
うわ言を繰り返すも、ひこを返すほど死源の山は高くない。
白鳥光也①:「にぎやかさが欲しい」という理由で異界に放り込まれたかわいそうな青年です。超常の洗礼に死ぬ思いをしつつ、待ち望んだ助けの手に乾坤一擲を賭したところから本編に合流します。




