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条理の存在理由

 光らないまぶしさを越えて視界がひらける。立ち並ぶビルの亡骸、砕けたコンクリートが作る砂塵、災害に怨嗟を唱える無音。私が想像した死の情景は、そこにはなかった。


「砂漠?」


 目の前にあるのは黄土色の丘陵地帯。なだらかな砂山群、まばらな四角はきっと街並み、そして遥か遠くにオアシスらしき何か。六年半でここまで荒廃するものなのだろうか。同じ国とは思えない千夜一夜めいた情景が私の常識を万力にかける。


「砂漠にしては、少しうるさい感じだね」


 一足先に入った侭は周囲を見回している。言葉の通り、無音無人のはずの空間には似つかわしくない、都会の喧騒のようなざわつきが私の聴覚を制限している。なんだこれ。


「とりあえず地面はあるな」

「モンスターの気配もなし。上々だね」

「え?」


 異常を前にしても冷静な二人の口から出る、信じがたい感想。それはつまり、過去の死源にはその手の危険空間があったってこと?

 引き返そう。全身と全霊に撤退を命じられた私が振り返るのと同時に、閉じていく次元の裂け目。


「あ、ああ……」


 なんとか空間をこじ開けようとしても、空気は形ある壁として私に無駄を悟らせるだけだ。なんなんだこの四次元ナタデココは。


「ご覧のように、鍵を使って生み出した穴は三度人間が通ると消えてしまうんだ。一人でも二人でもなく、三人。僕はここに何らかの意図を感じざるを得ないわけだけど、柏木さんはどう思う?」


 壁の向こうに残るのは立ち入れない無限砂漠。それを見て立ち尽くす私を背後から突き刺す侭の声。明らかにこの状況を予見・誘導したそれは、いつもの二割増しで邪気に満ちて聞こえた。どう思うかって言われると、とりあえず帰りたい。


「死源とは最も多くの死者が出た場所、つまり最も多くの能力者が生まれた場所だ。すなわち、ここには行き場を失った異能が澱んでいる」

「つまり?」

「空間そのものが異界化してるってことだよ」


 やられた。まず危険の有無を最優先で確認しておくべきだった。


「そういうことは先に言ってよ」

「先に言ったら来ないでしょ?」

「そりゃ来ないよ」

「そんなもったいない」

「命のほうがもったいない」


 文句を言っても侭は煩わしげに耳を塞ぐだけだし、凪は「今回は安全だったんだしいいだろ?」と信じられない安全意識だ。


「ああ、もう」


 幸いここに人はいない。大きめに声を吐き出して、それから大きく吸い込む。


「それで、私はどうすればいいの?」

「いいね。順応してきたじゃないか」


 うるさいなあ。


 侭はけたけたと笑いながら前方を指さす。


「死源を紐解き、碑文を探す。それがフリークハイドの役割の一つだ」

「碑文?」

「つまりは鍵だよ」


 侭の視線は凪の手元。握られたままの謎物質だ。


「あれこそが僕らを真実にいざなう死の秘宝。凪」


 侭の合図で凪が底面を爪で小突く。すると空中に映し出されるおぼろな文字列。侭が前回見せたものと似ていて、けれども違う文章だ。お預けにされた謎の続きを、私は読み上げる。


「【ん】【戦場は十二の刃によって引き裂かれた】。どういう意味?」

「僕らはそれを探してる」


 なるほど。分かっていないわけだ。凪から鍵を借り受けて物体を観察する。石とも木ともつかない不思議な質感。思ったより重くて、爪でひっかいても線一つ残らない。これを加工したり発光させたりするのは難儀だろう。犯人はSFと日本語に造詣が深い石工技師、なわけないか。


「真ん中の【ん】って何?」

「知らん」


 円形に投影された碑文とやらの中心にある謎の一文字。侭が前回見せてくれた鍵にも【<】の文字があった。アナグラムか何かだろうか。全然分からない。


「ありがと」とりあえず、鍵を凪の手元に返す。


 気になったのは、引き裂くという言葉。この言葉に件のThe rENDを連想してしまうのは疑問の先物買いが過ぎるだろうか。

 困惑する私を尻目に、侭が端末を手渡してくる。


「柏木さんにヒント追加で」


 画面に映っていたのは、どこか暗い空間に投影される文字列。


「【ヒ】【二つ目の勝利は真実の先にある】。……何これ」

「前回の成果」


 つまり、碑文とやらは死源の中にもあるらしい。いや、手持ちの鍵は死源から強奪してきたのか。でもだとしたら最初の死源に入る手段がない。鍵は全部で七つか八つ?


「『あの男』によると死源は鍵と対応する。十二の碑文を集めるのが俺らの目的」


 十二個? ああ。知らない要素がどんどん出てくる。漫画とかならもう読むのやめてるんだけど、これ現実なんだよね。

 そもそもうかがい知れる範囲でも二人にとって死源への侵入は初めてじゃない。凪を問いただすと、案の定「三か所目」という答えが返ってきた。


「ちなみにもう一か所の碑文は?」

「なんだっけ」


 写真は撮っていないらしい。凪が過去と戦うのを侭が眺めること数分。どうにか記憶の片隅から引きずり出された最後の一つを合わせると、こんな感じだ。


 一つ、【<】【世界を俯瞰せよ。向かい合う者こそが真なる敵だ】。

 一つ、【ん】【戦場は十二の刃によって引き裂かれた】。

 一つ、【ヒ】【二つ目の勝利は真実の先にある】。

 一つ、【+】【時間は過去から逃げ、未来へと近づく旅人である】。


「どう? 何か分かる?」


 特に期待もしていなさそうに侭が尋ねる。


「うーん。微妙」


 十二の刃というのは推定十二個あるという碑文、あるいはそれに対応する鍵のことだろう。けれどもほかの要素については不明瞭な表現が多い。「二つ目の勝利」という言葉からして、一つ目もあるのだろう。して、勝利とは?


「俺が思うに、この碑文はジエンドの真相とかを示している」


 凪は得意げに言ってのけるけれど、根拠を聞くと「なんとなく」ときた。なかなか難しい。これは全部集めれば何かしらつながりを見せる類の暗号なのだろうか。あるいはそれぞれが別個に何かを表している? そもそも意味なんてあるのかという疑問も浮かぶ。一文字シンボルのほうは見当すらつかない。結局諦めて、「分かんないや」と匙を投げるほかない。


「でも、新しい懸念が増えた。鍵が六つあるなら、ほかにも死源に入ってくる人がいる可能性があるんだよね」

「その通り」侭は指を鳴らす。

「だから、空間の謎を解きつつ侵入者から鍵を強奪するっていうのが僕らの目的なわけだ」


 仮説が正しいなら残す鍵はあと四つ。超能力者諸君の喧嘩っ早さを踏まえると、侭の言う通り争いになる可能性を考慮すべきだろう。


「あ」


 思い至るのは、死源の入り口で侭が見せた怪訝さのワケ。


「さっきのゴミって、そういうこと?」

「たぶんね」


 死源が開くというわずかなタイミングで、真新しい投棄物。すなわち人の気配だ。


「歴史あるゴミである可能性は?」

「あのジュース、先週発売なんだ」

「偶然やってきた度胸試しの子供たちとか」

「柏木さんがそれを信じられるなら信じるといい」

「……やめとく」


 抵抗してみるも、結果は見るも無残だ。


「なんだ?」


 首をかしげている凪に、侭が「侵入者」短く告げる。


「そりゃいいな」


 よくない。でもまあ、凪にとっては碑文とやらの手がかりだ。共感できるかはともかく、その喜びは理解できる。でも両拳を突き合わせるのはやめてほしい。なんかまた争いになりそうで怖いんだけど。


「そうだ」


 不穏な素振りをしていた凪が動きを止め、上着の内側から何かを取り出す。


「これ、渡しとく」


 手のひらに載せられるのは硬質の湾曲楕円。上半分には飛び出た三角と丸い穴が二つずつ、下半分には円柱型。これは鼻かな。早い話が猫のお面だった。絶妙にゆるいデザインが、個人的にかなり好みだ。


「顔を隠せと?」

「必要ならな」


 確かに、不法侵入者同士の遭遇ともなると、顔を把握されないほうがいいのかも。試しにもらったお面を身に着けてみるも、穴が小さくて前がほとんど見えない。フェイスペイントとかのほうが楽でいいのでは?


「転びそう」

「今はいいよ。俺も普段は着けないし」


 言いつつ自分のお面を取り出す凪。こちらは彫りの深い犬のお面だ。破損を補修した跡なのか、左右で少し意匠が違って見える。


「ちなみに椎名君のは?」

「デザインが気に入らないとさ」


 口ぶりからして渡してはいるらしい。見やると不服そうな表情の侭。ヘビだね絶対。見てないけど絶対そうだ。


「しいて言うならキツネ」

「そっちかー」


 着けてくれたりしないかな。私が投げた期待の視線を手で払う侭。


「いつまでも入り口で遊んでたら日が暮れる。もう質問はないね?」

「いや、全然あるけど」


 というか謎が増えっぱなしで一つも解消していない。


「異界化とか侵入者とか碑文とか、いろいろ黙っていたことについて納得のいく理由を求めます」


 正当な権利を主張する私に対し、眼前の人でなしはため息一つ。


「柏木さん、リスクとリターンは等価なんだ。引きこもりの探検家の家に財宝があるとでも?」


 つまり、死源に足を踏み入れる勇気に対する報酬と言いたいわけね。正論じみた暴論をこねるのはやめてほしい。


「じゃあ一つ約束して。今日を乗り切ったら、死源について知ってることを全部教えてもらうから」

「それは柏木さんの活躍次第だ」


 微妙にはっきりしない返事だ。そもそもこれも謎なんだけど、素人の女子をこの危険渦巻く異空間に連れてくる理由が分からない。


「結局、私に何をしろと?」

「すぐに分かるよ」


 言うなり前方に見える廃墟街の方へと歩き始めてしまう。凪もいつの間にか先に行ってしまっていて、あらゆる意味で私は置き去りだ。


「遭難とか怖くないのかなあ」


 弱音を吐いても返事はなし。耳を刺激する内緒話のような喧噪に嫌気がさしてきた。しょうがない。諦めて二人の後を追いかける。言質はとれたんだ。まずは手柄を立てるとしよう。




 砂漠まがいの異空間。幸いにも照り付ける灼熱は上空には見えない。半袖のままでも脱水症状や火傷の心配はしなくてよさそうだ。半面、靴をうずめようとする砂の感触や、鼻腔を刺激する乾いた香りは本物で、ちぐはぐな感覚が私の脳をかき混ぜる。


「とりあえず、今向かってる先が中心でいいんだよね?」


 砂埃ではっきりとは見えないけれど建物だ。鍵を祀る神殿のような役目があるのかもしれない。そう思って尋ねてみると、先導する凪の返事は「さあ?」とそっけない。


「少なくとも、俺は違うと思ってる」

「え」

「中心は異界の本質だ。あの街は違う」


 言葉少なな凪の言葉を解釈すると、死源という異空間を作り上げる核である中心地点は、その空間と深く結びつく何かに基づいているらしい。


「砂漠だとピラミッドとか?」

「あればな」

「うーん」


 見回してみると街並みのほかにはまばらに砂丘がいくつか、それから遠方の山陰に見えるのはオアシスだろうか。植物もないし、どちらかというと水たまりとか表現したほうがよさそうだ。少なくとも、王墓も叡智の番人の姿もない。変わったものといえば、二百メートルも歩いていないのに遅れつつある侭の姿くらいか。


「何もないね」

「だろ?」

「何もないから、ヒントを求めて見える建物に向かっていると」

「おう」


 土地そのものの危険性を度外視すれば、凪の行動は合理的だ。まずは目前の建物群を調べてみよう。


「着いたな」


 建物と砂漠の境目で、凪が足を止める。街並みを一望して中心ではないと悟ったのか、「任せた」とその場でしゃがみ込む。その理由は、なんとなく私にも分かっていた。

 なんというか、「らしくない」のだ。遠目には砂塵で隠れて見えなかったけれど、立ち並ぶ建物はいわゆる現代建築のビルであり、砂でコーティングされたコンクリートそのものだ。いくつか中に入ってみたけれど、それこそ都会のビジネスビルの様相で、私の頭の中にハテナマークが種植えされていく。


「死源の材料は元の空間だからね。ここは変異が少ないってことだ」


 かつて自動だったドアの隙間を抜けた私を迎える侭の声。やっと追いついてきた。


「椎名君、奥の方調べに行きたいんだけど、準備いい?」

「ちょっと待って」


 体力なし男が呼吸を整えるまで一分。歌声のように響く何かのわめき声が静寂を埋めていく。


「この音、なんだろうね」

「さあな」


 凪は暇を持て余したのか、石の礫を異能で浮かせてお手玉をしている。音に片耳を塞ぐ姿勢が示す通り、BGMとしてはあまり快い響きではない。


「ん?」


 一瞬、雑音多重奏の中に日本語の響きを聞き取る私の耳。


「今、タケノコって言ってた?」

「そう聞こえたな」


 正確には、「生のタケノコ」だ。和音が途切れた一瞬を縫って聞こえてきた一言が、加速度的に私の混乱を乗算していく。


「空耳、かなあ」

「知らん」


 状況的に幻聴と断定するしかないのだけど、それにしてもやけに印象に残る。一応は頭に残しつつ、今は無視することにする。


「晩御飯の心配とは余裕だね」


 空元気を補充した侭が微妙にずれた皮肉を言うのも無視して、とりあえずは街の中を探索だ。


「……何もなかったね」


 探索すること十数分。目につくビルのほとんどに入ってみたものの、死源の鍵も侵入者の影もなしだ。凪と侭の視点から何か目につくものがあったかと尋ねてみても、首は横に振れるのみ。


「ほかの場所探そっか」


 二人の賛同を得て、私たちは来た道を百八十度反転して逆戻る。次に探すのはオアシスか砂山か。そんな話をしながら街を出て、砂っぽい街並みから砂漠に景色がシフトして、ラクダでもいないかななんて思いながらぼんやり歩いて――




 気づくと街の入り口にいた。


「あれ」


 違和感に気づいたのは数秒を置いてから。髪と肩から砂の束がこぼれ落ちる感触。何が、何かが起きた?


 隣で呆然と空を眺めている凪と侭とを揺り起こし、同じく驚きに駆られるのを確認する。


「始まったか」


 凪のつぶやきが、異界の雑音に紛れて溶けていく。死の源、死源。その実態はどうやら、私が想像するよりも謎深いものらしい。

余談ですが、本作の天音パートはギルドの活動記録から抜粋されているという設定があります。日誌を渡されたタイミングは次章が終わってからであり、本章は後日の天音が思い出しながら書いています。

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