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春風と外道と私

 ありていに言うと、私は今迷走しているのだと思う。


 階段を探して、上に向かう。どんなに方向音痴でも屋上に行くことは簡単だ。この校舎は人が多かった時代に建てられたみたいだけど、それでも二つ階段を上るだけ。無人の空き教室が並んだ廊下を一目見て、最後の階段。上り切って鉄ノブに手をかける。塗装の端々に赤さびが目立つ古い扉が、ザ・屋上って感じ。


「……開かない?」


 左右前後とドアノブを動かすけれど、ガチャガチャとミリ単位で動くだけ。よく考えると当然で、落ちたら死ねる高さの屋上を生徒に開放するほうがおかしい。つまらないけど監督責任ってそんなものなの。


「もしかして、騙された?」


 一瞬の後悔。けれども信心浅い私を叱るように、ドアの向こうから声が聞こえてくる。


「それで凪、今朝の遅刻は何が原因だったのかな?」


 話を切り出したのはやや線の細い声、椎名君。口ぶりから常盤君もその場にいるみたいだ。ということは、鍵は超能力で開けて閉めたってことかな。


 聞かれた常盤君は、「ああ、猫がさ」と今朝の顛末を話し始める。猫が透明にされていたのを発見したこと、まだ子猫らしいこと、お腹を空かせていたので魚と牛乳を適当に与えたこと、実のところ猫に牛乳はあまり相性が良くないとさっき知ったこと。


「事件性は?」正直具体性に欠ける常盤君の話に、椎名君が輪郭を与える。

「さあな。でも動くべきだ」

「じゃあ井垣さんに調査依頼出しとくよ」

「予算ないだろ」

「頑張って稼ぐしかないね」


 いったい何の話をしているのだろう。壁越しで届く声も小さいから、自然と壁に耳をつけ、目を閉じる。


「侭のほうでなんか情報持ってたりは?」

「一応、怪しい人物に心当たりはあるけど」

「マジか。誰だ?」


 誰だろう。耳が冷たいからもっと大きな声で話してほしい。と思っていたら、次の声はいくぶんクリアになる。


「この人」

「ああ。確かに」


 常盤君の乾いた笑いが頭上に響き、そこでようやく扉が開かれていたことに気づく。どうしよう。「こんにちは」とりあえず挨拶してみる。


「やあ。転校初日から盗み聞きとは、ずいぶん尻尾を出すのが早いじゃないか」椎名君が堂に入った愛想笑いで嫌味っぽく言う。


「いや、呼んだの俺らだろ」ガチャン。常盤君は手を差し出して私を立たせてくれる。優しい。


「柏木さん、だったっけ? 改めて俺は常盤凪。あっちのクソ野郎は椎名侭な」

「ちょっと待って今鍵閉めなかった?」

「さあ?」

「何のことやら」


 今ちょっと分かった。この二人、人でなしだ。


 壁を背にして距離五十センチ。ある意味友達より近い距離感で男子二人に囲まれると、なかなか圧があるものだ。常盤君が指を一つ立てる。


「最初に聞きたいんだけど、なんで呼ばれたと思う?」


 少し考えて、答える。


「犯人じゃないことの証明と、事件解決への協力要請?」


「根拠を聞こう」椎名君が先を促す。

「まず前提として、私は二人と初対面だよね? だから、この場に呼んだ理由は今日のインプットに限られる」


 私の持つ要素は、転校生であること、透明化事件とやらの一部を知っていること。そしておそらく、能力についてある程度の理解があることも今朝知られている。

 逆に彼らからのインプットは、超能力に対して何かしら思い入れがあるということと、変人として周囲に避けられていることだ。透明猫の事件性を懸念し、動くべきとも言っていた。だから、事態を解決する意志がある。事件の解決には、動機と凶器と、犯人が必要だ。


「不可解が起きた。同じタイミングで転校生が来た。私だったら、まずその人物の素性を知りたがる」

「まあ、間違いじゃないな」常盤君は静かにうなずく。


「じゃあ、もう一つのほうは?」椎名君は淡々と話を進める。

「こっちはたぶん私じゃなくてもよかったんだと思う。教室で分かりやすく『例の件』なんて言ったりしたから。つまり、事件に興味を持ってくれる人を集めてた」


 加えて、私が屋上に着いた途端に話が始まったというのも変だし、話を聞かれないための屋上なのにわざわざ入り口近くに陣取っているのも変だ。矛盾している。そもそも大事な話なら今朝二人が教室から出て行った時に済ませておくべきだし、実際しているのだろう。さっきのやり取りは私に聞かせるための芝居だと考えるのが妥当だ。


「人を呼び寄せようとしたってことは、今の人員だと事件の解決に問題が出るってことだよね? だから私は、二人が協力者を求めてると思った。違う?」


 常盤君は「なるほど」とつぶやき、それからうなずく。「そうだったんだな」

「え?」


 一人納得してしまう常盤君に代わって、椎名君が私に解を渡す。


「柏木さんの考えは悪くなかったよ。でも、考えるべき前提がいくつか抜け落ちてたんだ」

「前提」

「そう。前提。例えば、凪がこの質問をした理由とか」

「私の立ち位置をはっきりさせるためじゃないの?」

「ある意味ではそうだよ。でもその考えに至るには、凪が明確な答えをもって、確認のために問いを投げたという前提が必要だ。それで凪、実際のところは?」

「特に何も。人となり? が知りたかった」


 言って、常盤君は大きく背伸びをする。数歩下がったおかげで隙間ができ、そこから春先の冷たい風が私に吹き付ける。


「寒っ」

「あ、悪い」


 その言葉で察する。二人は私に詰め寄っていたんじゃなくて、単に強い風から守ってくれていたんだ。なんだかちょっと狭量になりすぎていたみたいだ。


「でも、あんな意味ありげに聞かれたら、誰だって勘違いしちゃうよ」

「俺はときどき、無意味に意味ありげだ」


 そんなことを自信満々に宣言されても困る。


「まあ、柏木さんの無様な早とちりはともかくだ」


 椎名君がスマホで時間を確認しながら言う。なんかさっきからこの人性格悪くない?


「僕らが協力者を求めてたってのはある意味本当で、その点では合格かな」

「『合格』ってことは、椎名君のほうには何か考えがあったってことだよね」

「そう」


 言ってなぜか、常盤君に視線をやる。


「柏木さん、放課後空いてる?」

「あ、ごめん。先約があって」

「案内したい場所があるんだ。詳しい話は今朝の河原でするよ」

「え、あの?」


 一方的に言い渡して、二人は早々に屋内に戻っていく。参った。放課後は委員長にいろいろ案内してもらう予定なんだけど。一応「行かないからね」と聞こえるように言ってみても、二人の背中は振り返ることはなかった。

柏木天音①:主人公の一人です。作中で最も悩み多き人間として苦悩に立ち向かってもらいます。

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