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真犯人

 火傷まといの凪を先頭に、精神的にボロボロの私、余裕しゃくしゃくの侭。ちぐはぐな三人組を作って落日荘に戻ると、入り口に井垣さんの姿があった。


「いつも通り、地下室に連れて行ったぞ」

「ありがとうございます」


 侭が言葉で、凪が片手で礼を示し、私は軽く会釈をしてその場を通り過ぎる。


 井垣さんの言葉通り、地下室の椅子には宗像君が縛り付けられていた。まだ気を失ったまま、座ったままぐったりしている。


「どうするの?」


 暗い地下室とロウソクの明かりのせいで、なんだか拷問でも始めそうな雰囲気だ。不安になって凪に問いかけると、「尋問と処置」という短い言葉が返る。処置って何?


「その辺はお楽しみにして、まずは起こそうか」


 侭が宗像君に近づき、頬をぺちぺちと――いやバチンと強く張る。何度か繰り返すと、短くうめきながら相手が意識を取り戻す。


「ここは?」

「教えない」


 侭が意地悪く口元を歪めながら、宗像君の首元に手を置く。緩く首を絞めているようにも見えたけど、能力を使っているのだろう。ほどなくして宗像君は半目状態でおとなしくなった。


「今弱めたのは?」「意識」ちょっと便利すぎない?


 侭は凪に何事か手で指示を出し、部屋を退出させる。それから私に向き直る。


「これからこいつの記憶を消す」

「そんなこと、できるわけない」


 これまでの六年間、人間の精神に直接干渉する超能力は確認されていない。いや、確認されていないだけで実在を否定するわけじゃないけれど、侭の能力はそういうたぐいのものではないはずだ。


 けれども侭は微笑を崩さない。


「人間の思考は、微弱な脳の電気信号によって成立しているって話だよね。詳しくは知らないけど、情報は脳細胞の一つ一つに書き込まれて、ニューロン細胞の発火によって呼び起こされるわけだ。つまり、人間の記憶はシナプスのつながりの強さと言える」

「それを弱化させるってこと? なおさら無理でしょ」


 理屈を通せれば確かに物理作用だけで記憶に干渉できるけど、脳細胞一つ一つに作用できる能力など、それこそ精神操作以上にバカげている。


「その通り。だから消すのは僕じゃない。宗像自身だ」

「……なるほど」


 言いたいことは分かった。忘れさせるんじゃなくて、忘れてもらうんだ。今回の事件が示したように、侭の能力は弱化させる対象をある程度は選ぶことができる。頭に触れれば、記憶や思考への干渉程度までは選択できるのだろう。そして、忘れる記憶はもちろん、抗精神力によって決定される。


「だから宗像君を起こしたんだね」

「そういうこと」


 宗像君に忘れさせたい記憶、つまり今回の事件の記憶を強く意識してもらえば、それを捕まえて弱めることができる。理屈としてはそんな感じなんだろう。正直完全には納得できないけど。


 凪が数々の証拠品を持ってきて、宗像君の目の前に浮かべる。なんだか怪しい儀式みたいだ。ある意味そのものか。

 侭は戦々恐々する宗像君を満足そうに眺めたあと、ゆっくりとその頭に手を置く。


「さて宗像。事情は分かったかな。頼むから一回で成功させてくれよ? 失敗したら人格壊しちゃうからさ」


 この日一番の凄みのある笑顔だ。絶対これ楽しんでやってるよね。


 淡々と、時に悪辣に宗像君の罪状を読み上げていく侭。体の自由は効かず、能力も封じられ、トラウマを無理やり思い出させながら記憶を消される。自業自得とはいえ、なかなかひどい処罰だ。


「三、二、一、ゼロ……で消すからね」

「椎名君、人の恐怖心で遊ばない」

「はいはい」


 しっかり性格の悪さをアピールしたあと、再度スリーカウント。今度はフェイントもなく力を発動させたらしい。宗像君はすぐに目の照準を失う。それからたっぷり十分間、痙攣したり唸ったりしたあと、ようやく静かになった。


「どうだ?」凪が尋ねる。

「手ごたえは問題なし。井垣さん呼んでくるよ」


 侭は右手を押さえ、肩で息をしながら部屋を出ていく。なんだかんだで、燃費が悪いところは虚偽ではないらしい。


「確認とかしなくていいの?」


 扉が完全に閉じたあとで、こっそり凪に聞いてみる。


「いいよ別に」返事はなぜか眉を少し傾かせながら。


「原理がどうあれ、侭は仕事をミスしない。仮に消えてなくても宗像にはどうにもできないしな」


 ああ、そうか。本日何度目かの納得だ。この記憶処置は、記憶処置という名の脅迫に近いものなのだろう。消えればよし、消えてなくても宗像君は立場上記憶が消えたフリをしなければならない。記憶が残っていることがバレれば、今度はもっとひどい目に遭わされるから。なんていうか、えぐいシステムだ。


「このあと学校でどう接すればいいのやら」


 宗像君の記憶が消えたとしても私たちは覚えている。絶対ぎこちない感じになるよね。

 私の困り顔を察したのか、凪が小さく首を振る。


「いや、宗像には転校してもらう」

「え、なんで?」


 記憶消去の処置が終わったのならそのまま日常に返せばいいのに。


「弱めても記憶が消えたわけじゃない。きっかけがあるとそのうち思い出す、なんだとさ」

「へー」


 おそらく侭の受け売りなのだろう。言われてみれば、同じ状況を再現するというのは記憶喪失のメジャーな対処法だ。


「……いや、マナーと常識は?」

「柏木さん、固いなあ」


 屈託なく笑う凪の顔。朗らかで、さっきまで戦っていた鬼気迫る形相とは別人のように見えた。こっちのほうがいいな。


 やがて招聘された井垣さんが気絶した宗像君を抱えていく。どうやったのか転校の手続きも済んでいて、これからすぐに移動するらしい。きっと特例転校制度の悪用だろう。目覚めた時、彼はどこまで覚えているのだろうか。せめて、つらい記憶を忘れられていることを祈りたい。




 哀れな加害者がいなくなり、とうとう空間に静寂が訪れる。これですべて終わったのだろうか。燭台の赤が、私の心を映し出すように揺らぐ。


「約束通り、柏木さんの仮契約は満了だ」


 侭が引き出しから契約書を取り出し、燃えるロウソクであぶり焦がす。


「あとは野となれ山となれ。どこへなりとも消えるがいい」

「あ、はい」


 なんか弟子を放逐する武術の師範みたいな言い方が気になるけど、無事脅迫からは解放してもらえたらしい。


 息を大きく吸い、酸素を頭に送り込む。


 事件は解決し、犯人は捕縛され、私は義務から解放された。すべてが終わりを告げてよいと言っていたのに、私の頭だけがそれを拒む。もう一度、確かめるように言葉を継ぐ。


「この事件には真犯人がいる」

「……真犯人か、まだ解決していないことなんてあったかな」


 薄暗い地下室で、侭の言葉がロウソクの炎を揺らす。


「あるよ」


 本当は、この先を言う必要はないのだろう。凪も物言いたげに私に視線をくれる。ためらう心とは裏腹に、私の口は淀みなく言葉を紡ぐ。


「思い返すと、この事件にはいくつかのおかしな点があった。例えば、執拗に自分の能力を偽装する弱化能力者とか」

「そんな風に思ってたんだ。悲しいよ」


 最たる違和感は最初に見つけたさわれない猫。もしあの時侭が猫を戻していれば、見つかる亡骸の数はもっと少なかった。なのに侭は私に言われるまで猫を持ち上げようともしていない。私の無粋な脳は、そこに事件を長引かせたいという不透明な意図を見出してしまう。


「ああ、早くも話が飛躍したね。さわれないから持ち上げない、そこにどんな不可思議が? 妥当や不能に作為を見出すのは控えることを勧めるよ」


 ぺらぺらと扇がれて飛んでくる言葉の礫。垂れ下がった柳眉に反して吊り上がる口元が、私の不穏を助長する。


「それに、イレイザーのTRICKが変質型だと言ったのも柏木さんじゃないか」

「うん、その通り」


 侭の言葉は正しい。でもだからこそおかしい。そもそも私が事件を誤解していたのは、侭が名付けたインビジブルやイレイザーなんて名前のせいだ。


「僕のセンスに文句があると?」


 ケタケタと怒りを真似た笑い声。問題はここだけじゃない。


「夜の見張りで常盤君に向かわせた路地ってさ、喫茶店を起点にして巡回するなら、必ず最初に通る場所だよね。それに、文月さんと常盤君が争うきっかけになった『強い光』って案も、椎名君がほのめかしてた」

「いい推理だね。僕の頭脳がタイムリープしてるって前提にはなるけど」

「それならまだマシなんだけど」


 私の想像上の侭はもっと悪辣だ。だって、宗像君が犯人であると最初から知ったうえで、観鈴に凪を襲わせようとしているのだから。


「井垣さんの情報網を使えば、クラスメイトの能力を探るくらいはできるよね?」

「だとしても、消却能力と透明猫の因果はつながらないよ」

「猫たちは宗像君の家で殺されていた。同じ場所で異常現象が繰り返されれば、これもきっと井垣さんの情報網に引っかかる」


 それ以前に、宗像君は日常的に能力を使っていた。目を光らせていれば、もっと前から情報を得ることだってできる。


「だから私は、椎名君が猫をあえて戻さなかったって思ってる」

「思うだけならご自由に。仮定を重ねれば人は空だって飛べるからね」

「否定するなら、これから井垣さんを起こして聞き出すけど?」


「やめてやれよ」半分寝ぼけた凪の声。私と侭のやり取りにまったく興味がないのか、「終わったら起こしてくれ」と目を閉じてしまう。様子からして、凪は侭の思惑には巻き込まれていなさそうだ。


 侭は話に交ざってこない凪に不機嫌そうに目をやり、嘆息。


「まあ、結果的に事態を攪乱してしまったとは思ってるよ。でもしょうがないだろ? セオリーがないならアクシデントも重なるって」

「偶然だと言いたいと」

「僕に言わせるとそうなるね」


 確かに、可能性はゼロではない。私の思考にはバイアスもかかっている。でも、多すぎる。単一犯を意識させ、それが無理なら名前を付けて対立を示唆し、私が情報を得ようとするたび手を引っ張った。思い返せば侭が事件について主張した発言は、そのほとんどが事態を混乱に向かわせている。長引かせようとしているとしか思えない。


「やれやれ。探偵さんには人を信じる善き心というものがないらしい。決定的な証拠もないというのに人を悪人と決めつけるなんて、傷つくよ」

「あるよ。証拠」

「ほう」


 笑顔の中に、隠しきれない別の笑み。怪しく光る双眸をにらみ返し、私は手のひらを両方開いて突き返す。


「降参の宣言か、それとも無実の僕に自白でも期待しているのかな」

「もちろん違うよ」


 証拠は空っぽ。それこそが何よりも決定的だ。


「さっきの戦いで確定したのは、宗像君が物理的に燃焼を引き起こす能力者だってこと」


 手のひらを握り、人差し指をその鼻先に突き付ける。


「物質の燃焼には光と熱、それから臭いが付きまとう。なのに公園や殺された猫たちにはそれが存在しなかった」

「……野外だし、時間が経てば臭いだって消えるんじゃないかな」


 早く話を進めろと言いたげな言葉。お言葉に甘えて、真の証拠を開示するとしよう。


「でも、事件現場はもう一つあった。宗像君の家っていう、炎なしでは成り立たない場所が。あの場所で私が臭いに気づけないのは、どう考えてもおかしい」


 鼻を突く敵意、物がない宗像君の部屋、当然消臭剤の香りもしない。だから、臭いが消える理由は一つだ。


「弱化させてたんだよね。私が炎使いの可能性にたどり着かないように」

「可能性の話ならそうだね。でも、やったのが僕とは限らないよ」

「なら、ほかの可能性がなくなるまで調査を続ければ、認めてくれる?」

「……」


 ようやく、減らず口の勢いが衰えてきた。私が本気だと悟ったのだろう、侭は苦々しく笑い、「余計なことをしすぎたか」とぼやく。その態度も、果たしてどこまで本当か。


「ようやく、認めるんだね」

「……ご明察だ」


 沈黙とともに、笑顔。その笑顔をわざとらしく手で覆い、凄みのある形相を作る。


「認めよう。柏木さんの言う通り、この僕こそが事件の黒幕、真犯人だ」


 ロウソクがふっと炎を弱め、消え入るように暗闇が訪れる。闇の中、近づいてくる足音。


「誓って言うけど、理由あっての捜査妨害だ。僕は僕の目的のために事件を長引かせたということを理解してほしい」

「それを非難してるんだけど」


 悪ぶれど、悪びれない。理解不能を見せつけながら、暗がりの真横から声がする。


「理屈が必要ならつけようか。僕はこの事件に正しき終わりを与えたかった」

「……どういうこと?」

「確かに僕なら、宗像灯弥をもっと早くに捕縛できた」

「それ戦うの俺だろ」

「今いいところだ。凪はゆっくり寝ててくれ」

「あーそう」


 流れていく平熱の茶番をよそに、私の思考はギシギシと回る。もしも宗像君がもっと早くに捕まっていれば。空想の尾張市で凪に蹴り倒される宗像君。助かるいくばくかの猫。そして、観鈴。


「あれ?」


 人知れず解決する事件。私たちは観鈴の正体にたどり着けない。彼女は、どうなる?


「理解できたようだね。この事件には終わりがない」


 いずれは野茂さんが無理やり収拾を付ける。あるいは凪が異能犯として観鈴を捕まえる。事態は収まる。でも、そこに彼女の心の平穏は、きっとない。


「だから、猫殺しを放置してまで事件を長引かせたと?」

「人の心は猫の命より深く沈む」


 秤にかけて、重いほうをとった。そう主張する侭。


「できる範囲の努力はしたつもりだ。宗像を猫と会わせないように忙殺させたり、掘り返した亡骸を使ってインビジブルの奮起を促したり、柏木さんがバットで殴られないように調整したりね。結果を見る限り運も悪くなかった。でも、避けられない犠牲もある。そうだろ?」

「……うん」


 暗闇の明度を落とす侭の声。確かにその行動は私の倫理には符合しない。でも、彼なりの思いやりと葛藤が受け取れて、非難するのも――


「今掘り返したって言った?」

「それが何か?」


 こいつ、墓荒らししてやがる。


「最低」

「こんなものが下限なら、世界はもっと良くなってるよ」


 詭弁・虚誕の薄明主義者。椎名侭の一人舞台にスポットライトは当たらない。代わりのように押されたスイッチ、照明が周囲を照らす。

 まばゆい光でぼやける視界。直後に私が捉えた侭の顔。


「けどまあ、当たりだ」


 広義すれば、それは笑顔。細く歪む、三日月。蛇のようでも、狐のようでもない、紛れもない人間の笑顔。だというのに、これまでの表情で一番本物らしく見えた。水たまりに膜を張るガソリンのような鮮やかさで光り、私の心を恐ろしくえぐる。


「正解だよ」


 そして、手を叩く。鳴り響く拍手は、なぜだか私を空恐ろしい気持ちにさせた。


「うまく隠したつもりだったけど、何でもお見通しということか」

「当然。椎名君の考えてることなんて、全部知ってるよ」


 お見通されたというのにずいぶんと清々しく嫌味を向ける。私はもう皮肉を返すので精一杯だ。


「そうかそうか。じゃあ隠してもしょうがないね」


 侭は凄みのある笑顔を元の薄っぺらい表情に戻し、それから指を鳴らす。合図を受けたかのように凪が力を振るい、壁掛けのホワイトボードを反転させる。


「柏木さんの言う通りだ。この事件は僕が企み、目論み、支配した。当然だろう? それが異能制圧組織、フリークハイドの役割なのだから」


 そこには、Freak hideのマグネットがおどろおどろしく踊っていた。

椎名侭②:キャラクターコンセプトは嫌な奴。頑張ってコンセプト通りにしていきます。

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