ワイズエンド
無数の銀が敵意を覆い、戦局が反転する。それが戦いを終わらせる転換点となることを願いながらも、私の思考は未だ凪の異能にとらわれていた。常軌を逸した多重起動を吞み込んでも、現状には到達できない。
一つ、凪のコインは間に合うはずがない。
二つ、凪のコインが融け落ちない理由がない。
三つ、そもそもコインはどこにあった?
疑問を一つ一つ、紐解いていこう。
一つ目はどうにか分かる。単純にコインが速い。凪を軸に周回軌道するコインの大群は、風切り音を立てるほどにすさまじい速度で飛翔している。
二つ目も、速度をもってすればおそらく可能だ。高速で動かすことで、コインを空気で冷却する。あるいは空気中の抗精神力と接触させるというべきか。とにかく、凪はコインに集中するはずだった異能を空間に逃がした。だからコインは融解しない。
三つ目。これについては、時間が教えてくれた。焦音、風切り、息を呑む音。それらが収まるにつれ、コインの姿が消えていく。
「透明な、コイン?」
思い出す。観鈴が喫茶店の庭に払い込んできた料理の代金たち。一度は元に戻したけど、また透明化していたのだろうか。
「ていうか窃盗じゃん」
「これは俺のだ」
「拾ったものは常盤君のものじゃないよ」
拾得物横領は立派な犯罪だ。どうしよう。今から謝って許してくれるかな。観鈴の方を見ると、困った笑顔。
「あれ、私がさっき頼まれて消したんです」
「あ、そう」
ちゃんと私物だったか。ああよかった。
「俺に言うことは?」
「ごめんなさい」
そりゃそうか。どう見ても財布に収まる量のコインじゃないしね。
「柏木さん、その子頼む」
「あ、うん」
会話の時間は終わってしまったらしい。凪の向かう先では、宗像君が再び目をぎらつかせ始める。
「ずいぶん派手な切り札だが、それで何か変わるのかよ」
左手に溜めを作り、三連続の炎の矢。状況が変わるかって? 当然だ。
白い光は透明なコインを一時的に白熱させ、けれどもすぐにその影響を回帰させていく。宗像君がアドバンテージを持っていた遠距離射撃が完全に無効化される。二度三度と連撃し、凪の異能が完全に火閃の威力を制圧していると悟ったらしい。
「クソ」足元を強く踏みつけ、炎を地面に投げる。
「宗像、質量弾だ」
「あ、また」
「凪の能力は重いものは動かせない。石とかを融かして投げればいい。あとは接近戦だ」
「うるせえ」
もしかして、勝利の近道はこの男を現場から遠ざけることなんじゃないだろうか。けれども私の足は地面に根を生やしたように動かない。たぶん、きっと、恐怖のせいで。
「椎名、次はお前だ」
しゃがみこみ、宗像君は足元に手をかざす。出来上がる溶岩土。そのままアンダースローで放られる一撃はコインの防壁に命中し、確かにその質量で風穴を開ける。助言の甲斐あって効果覿面、おかげで戦況は再び振り出しだ。
「何考えてるの?」
「僕だってこんなことしたくないんだ(笑)」
私の両目が吊り上がったことに満足したのか、侭は笑顔を崩す。
「凪は今、何をなそうとしている」
唐突な質問。意図を考えつつも、「宗像君を気絶させて、止めること?」と答える。
「そのために凪はどうすればいい」
「そりゃ当然――」
言いかけて、言葉に詰まる。超能力ありの異種格闘技。私は詳しくないけれど、相手の意識を奪うには相応の威力を持つ攻撃が必要だ。でも、凪は今ケガをしていて接近戦はできない。超能力は防御には使えるけれど、攻撃には向かない。つまり凪は今、手詰まりともいえる不可能に挑戦している?
「おめでとう」私の思考を読み取ったのか、侭は乾いた拍手を叩く。
「全部間違いだよ」
「え?」
「凪は戦闘員。役割はこれ以上なく明確だ」
侭は視線を戦場に、戦う凪に見据える。凪はもう、笑ってはいなかった。汗と火傷にまみれながら炎をくぐり、バランスの崩れた打撃で宗像君に向き合っている。
「でも今、あいつは傲慢にもそれ以上をなそうとしている。だから僕は親切にも、手伝ってあげるのさ」
「手伝うって」
今まで侭がやってきたことは全部宗像君のサポートだ。凪を勝たせないことが、なんで助けになるんだろう。
「はあ」
侭は困る私を見て、不機嫌そうに浅く息を吐く。
「僕が欲しいのは、均衡だ」
「均衡」
「そして、この場所から絶望を奪いたい」
「絶望?」
格好つけるのはいいんだけど、もうちょっと分かりやすく教えてくれないかな。ああダメだ。もう教えてくれない顔してる。
「たぶんですけど、凪さんは私との約束を考えてるんじゃないでしょうか」
「うわあ」
急に真横で女の子の声が。いつの間にか観鈴が戻ってきていたらしい。声の調子からしてケガとかはなさそうかな。
凪が観鈴とした約束。犯人の動機の看破。そのためには情報が必要で、それを得る手段として、戦う。
「もしかして、異能痕を使って自白させようとしてる?」
確かに、容疑者を興奮状態にさせて自白させる方法はメジャーだ。超能力犯罪においてもそれが可能な理由はある。そうでなくても、能力という意志を吐き出させ続けることで相手の本心を聞けるかも。でも、あまりにも危険な話だ。
「それならちゃんと話を聞くほうが」
「話してくれるとでも?」
「……」
返す言葉はない。超能力者の世界は個人に寄りすぎている。心の内側をさらけ出すことが不可能なように、その動機を分かり合うことは難しい。
「だから凪は戦いを選んだ。僕はその背中を打つ。それだけの話だ」
「うーん」
一応、侭の行動原理は分かった。戦いを手段とするかはともかく、私もそれを助けたい。でもだとしたら、何もできない私は何をすべきなのだろうか。
私が無力感に苛まれる間も、不毛な戦いは続く。
「いい加減、倒れろよ」
「やだね」
炎の矢は戦い始めたころよりも威力を下げ、白い光にも赤が交じる。人の体力や精神力は無限じゃない。でもそれは凪も同じ。攻撃をしのぎ続けて精神的に優位に立ってこそいるけれど、攻撃を受け続けているのは凪のほう。負傷が重いのも凪のほう。渦を巻き続けるコインたちも、いつまでも熱を受け止められはしない。そもそも、あのレベルの出力が続くはずがない。
「柏木さんは、自分の役割を果たすべきだ」
侭はこの状況においても不敵な笑みを崩さない。ベンチに腰を下ろしたまま、持参した水筒で紅茶をすすっている。なんでこの人はこんなにも他人事でいられるの?
「でも」
「出力も格闘戦も相手が有利。派手な超能力を過信したせいで凪が負ける。そう言いたいんだよね」
そこまでは言ってない。でも、私の懸念から希望的観測を取り除くと、きっと侭の言葉のようになる。
「それはありえないよ」
「どうして?」
言う間に、凪の体を炎がかすめる。防御壁がだんだん機能しなくなってきている。まずい、直撃する。よかった、当たらなかった。
私の焦燥と苛立ちをひとしきり眺めてから、侭は満足げにため息を吐く。
「柏木さんは凪の能力、どう思う? ほかの人と比べて劣っているように見える?」
突然の問い。意図は分からなかったけれど、思うままを答える。
「異質だけど、劣ってはいないと思う。あれだけの数と速度で物を動かせる能力なんて、見たことないし」
きっと凪の能力の本質は、超高速・超精密での多重操作だ。いわば動かすことに特化したサイコキネシスと言える。戦闘で役立つかはともかく、ほかの事例と優劣をつけるものじゃない。
侭はうなずく。
「僕はそうは思わない。出力も範囲も異常なほど弱々しい。あんなもの、どう考えても欠陥品だ」
てっきり凪の隠された切り札の話でも聞かされるのかと思っていたら、ずいぶん辛辣な言葉が返ってきて面食らう。
「何が言いたいの?」
「役割の話なんだ。状況がどれだけ不利でも、能力に差があっても、その程度の事実であいつが負けることはないし、許されない」
「許されないって――」
「僕が最初に会った時、凪が動かせたのはコイン一枚だけだった。だから、今の光景は二千三百日の研鑽の結果に過ぎない。それを才能や仕様なんて言葉で片づけられたら、さすがのあいつもへこむんじゃないかな」
六年間、毎日のように力を使い続ける。それは周囲の迫害を無視して自分の内面世界と向き合うということ。いったいどれほどの覚悟と理由があって、そこまで人生を捧げられるのだろうか。私には想像すらつかない何かがあるのだろう。
「凪の役割は勝つことだ。戦闘員なんだから、勝ってもらわないと困る」
なおも言い切る侭。これはきっと、彼なりの不器用な信頼の形なのだろう。
「あれが凪の役割。僕の役割は、あいつに味方をせずに助けてやること」
理解できない超能力者二人の信頼関係。でもだとしたら、私に任された役割とは何なのだろう。
「ちょっと、考える」
両手で顔を覆い、思考に潜る。目を閉じる寸前に見えた侭の顔は、なぜだかとても温かく笑っているように思えた。
宗像灯弥は猫を燃やしている。宗像灯弥は全部を灰にすると言った。私を殺して骨にするとも。骨と灰。同じ文脈で出た二つの単語。彼の中で意図して使い分けられている。そして戦う前の葛藤。きっと彼は人を燃やしたくない。たぶん猫も。
「分からない」
灰と骨がなんだというんだ。どっちも燃やした結果にしか思えない。白旗を上げたくなる私の耳元で、救いの声。
「ノナ、あの人に懐いてました。気難しい子だから、いじめる人には絶対近づかないんです。だから、いい人だって、思いたかった」
耳元で嗚咽の音、そして直後に金属音、焦熱。
「善人が猫を刺したり燃やしたりするわけないだろ」
嘲笑うかのような、泣き叫ぶかのような宗像君の声。そうだ。猫の遺体には刺突痕があった。猫たちは意図して刺され、意図して燃やされた。そこに彼の宇宙の根源がある。因果。炎と痛み。ふと、疑問。
「あれ?」
逆転の発想、なんかじゃない。これはただの、私の眩暈。でも、湧き出てしまったそれは、私の思考をぐるぐると支配し、口をつく。
「ねえ宗像君」
「なんだよ」
「猫は燃やして殺したの? それとも殺して燃やしたの?」
私の背中を押した呪い、かつて私を突き落とした呪い。呪いの名は、好奇心。今度も抗うことを許さず、私の髄を操作する。
鬼気迫る戦闘中、まるでとぼけたように投げつけられた私の問い。きっと怒る、きっと炎が飛んでくる。
「知りたいのは、俺のほうなんだよぉ」
でも、聞こえてきたのは、弱々しい吐露だった。戦闘が三度止まり、隣の観鈴が前に出る音。私も目を、開ける。
真横でサムズアップする外道は見なかったことにして、正面。消耗しきった二人の姿。炎の最中に、観鈴が近づく。
「……本当に親切心のつもりだったんだ」
炎が揺らぐ。観鈴が近づくのを拒むかのように。
「あいつは死んでた。寿命だった。だから燃やした。猫の亡骸って寂しくて、苦しくて、だから燃やしただけだった」
猫好きの偽りない言葉。炎は悲しみに揺らぎ、次第に小さくなり。
爆発した。
「でも! あの猫は灰になったんだ。燃やしただけなのに」
何を言っているのか分からない。
「死んだあいつは灰になって、親父は灰にならなかった。なあ教えてくれよ。親父は死んだのか? 死んでたでいいんだよな?」
彼はいったい、何の話をしているのだろう。
「あの日さ、俺は親父に助けられたんだ。変な力の渦からかばってもらって、落ちてきた瓦礫からも身代わりになってくれた。でも、位置が悪かったんだ。親父が俺に覆いかぶさったまま死んじまって、建物も揺れてて崩れそうで、急いで逃げないと俺も死んでたんだ。だから」
ああ。そうか。分かってきた。彼が何に悩み苦しんでいるのか。あの災害の日、無数に起きた殺人のうちの一つ、恩人殺しだ。
「だから燃やしたんだ。手に入れたばかりの力が、使えって叫んでた。親父は骨になって、俺は脱出できた。それでよかったはずなんだ。でも」
「猫の死骸は骨にはならなかった」
言葉を発したのは侭。それが宗像君の苦しみを肩代わりするためなのか、それともさらに追い込むためなのか。私には分からない。
「そうだよ。あの猫は灰になった。死んでたからな。じゃあ、親父はどうだったんだ? なんで灰にならなかったんだ? 教えてくれよ。柏木はそういうの詳しいんだろ? 頼むよ」
叫びには涙が混じってすらいた。けれども私は答えない。生物には抗精神力がある。だからきっと、宗像君の推測は正しい。正しいからこそ、答えるわけにはいかない。
「だから、確かめるために猫を殺し続けたんだね」
「ああ。死んだ直後と死にかけと、生きている猫、何匹か燃やして、それで納得するつもりだった」
けれども犯行は止まらなかった。だんだん凄みを増していく宗像君の顔が、その先を物語っていた。
「でも」宗像君は拳を握り、そしてほどく。
「納得できなかったんだ」
言葉は、ぽつりと地面に置かれた。投げようとしていた石を、諦めて河原に落とすような、そんな素朴さが、事件の本質を物語っていた。
「分かってたんだ。親父がなんで骨になったのか。でも、もしかしたらって思った。もっと燃やせば、違う結果になるかもって」
無駄を悟りながらも止まることができない、脳に埋め込まれた鉛の棒。真実の追求ではなく、自分の望む答えに固執する。周りを、命を巻き込んで、一生埋まらない現実とのギャップに苦しむ。異能犯罪の、典型例だ。
「実に惜しいね」
侭がコップのお茶を地面に傾ける。流れていく水の流れが、私に覆水盆に返らずという言葉を想起させる。
「ノナを燃やしたことは、許しません」
宗像君の目の前に足を進める透明人間。炎を浴びるリスクを一身に受け、それでも観鈴は言葉を止めない。
「でも、気難しいあの子と遊んでくれて、ありがとう」
言葉は涙とともに。本当の意味で、彼女は愛猫の死を受け入れた。そう思えた。凪の「納得したか」という言葉に、涙混じりで小さくうなずく。
「よし」
泣き出した頭に手を置いて、凪は観鈴を下がらせる。ボロボロの体を引きずって、自身は前へ。それこそが自分の役割だと言いたげにだ。
「俺は納得できない」
宗像君も同様にボロボロ。攻防の中でコインによって手痛い反撃も受けていたのだろう。凪ほどじゃないにせよ、火傷の跡が見える。赤く焼けた腕が、凪の襟元をつかむ。
「なんでこんな力があるんだ。人殺しになんて、なりたくなかった」
「ならなきゃいい」
「無理だ。俺には分かる。敵意には抗えない。だって」
少し震え、そして震える宗像君の声。
「猫を燃やした時、気分がよかったんだ」
その表情が悲しみに満ち、そして別の何かに上書きされていく。
「最初から人を燃やしておけばよかった。衝動に身を任せればよかった。常盤、お前なら分かるだろ? この気持ちが。否定なんかするなよな。お前だって笑ってた。この力は、どこまでいっても殺しの――」
言葉は、最後まで続かなかった。
「もういい」
短い凪の言葉。その真意は、きっと慈悲。光景はなぜか、スローモーションに凝縮されて視界に映った。
地面を揺らす右足の踏み込み、しなる腿から爪先のライン、百八十五センチの高さで弧を描く、鈍い衝突音、振り抜かれる靴先、流星。そして最後に、白目をむいて意識を落とす宗像君の顔。
つまるところ、恐ろしくきれいな蹴りが、すさまじい威力で入った。
凪が左足を地面につけるのと同時に、宗像君が頭から落ちる。ようやく朝が静けさを思い出した。そんな静かな決着だった。
「決まったね」侭がベンチから腰を上げる。
「あれが凪の必殺技が一つ、ハンドレッドアーツだ」
「え? ハンドレッド? 何?」
必殺技って、物理じゃん、あれ。蹴りじゃん。
「自己操作による達人の百パーセントの模倣、を続けた結果出来上がった、練度の極まった蹴りだ」
やっぱ物理じゃん。
「常盤君、ケガで動けないんじゃなかったの?」
「いやいや、戦闘員なんだからその程度で機能不全になるわけないでしょ。柏木さんはバカだなあ」
こいつは戦ってないくせになんでこんなに偉そうなんだ。
対照的に、凪はすでに平常運転だ。冷徹も狂喜も脱ぎ捨てたフラットな表情で、つかつかとこちらに向かってくる。
「侭、拘束頼む」
「結局サウザンドとハンドレッドで決着か。インフィニティ使えばよかったのに」
「弾の無駄だろ」
また知らない技名が出てきた。男の子ってホントそういうの好きだなあ。
侭は懐からロープを取りだし、宗像君に巻き付け始める。両手を背中側で接合、両足も先端で縛って折り曲げて、これガチな拘束技術だ。こなれすぎてちょっと気持ち悪い。
一方で凪は井垣さんに電話をかけ、顛末を報告している。
「井垣さん、すぐ来てくれるってさ」
こんな朝早くからこき使われる井垣さんも不憫だ。
「いろいろあったけど、文月さんの依頼もこれで完了、でいいのかな?」
「……はい」
真実が望むものであったかはともかく、それは白日に晒された。納得するしかない。煙の臭いは未だ周囲に充満し、殺意の痕跡を残し続けている。それでも今日、新たな死者はでなかった。もう猫が殺されることはない。それを報酬として生きていくしかない。観鈴も自分の気持ちに整理をつけたのか、ゆっくりと立ち上がる。
「私、そろそろ帰らないと。野茂さんが待ってるので」
失ったものばかりではない。それを思わせる強い瞳をしていた。少しだけ、羨ましい。
「うん、元気で」
「またな」
凪が動くほうの手を上げる。横顔は少しだけ微笑んでいるように見えた。
一度だけ礼をして、観鈴は帰り道を歩いていく。
「そうだ」
五メートルほど歩いた観鈴に、侭が思い出したように声をかける。
「依頼の報酬は、そのうち徴収に行くから」
「はい」
観鈴はもう一度ペコリと礼をして去っていく。かわいそうだけど、この男のアレはそういうさわやかなもんじゃないと思う。
それから少しして、井垣さんが運転するバンが土手の上に止まる。こちらもかわいそうなことに、井垣さんはまだ寝間着姿だった。ライトグリーンにクマ模様。意外とかわいいパジャマ着てるな。
「いいのか? クラスメイトなんだろ?」井垣さんが縛られた宗像君を後部座席に押し込みながら言う。
「大丈夫。僕らのほうで処置するんで」
「そうか、まあ警察よりはそっちだな。じゃあ先に戻るわ」
井垣さんは侭の言葉の何に納得したのかは知らないけれど、小さくうなずいて車を発進させる。
時計を見ると午前五時。今日が日曜日でよかった。早く帰って十二時間くらい眠りたい気分。いやそれよりもシャワーを浴びたい。
三々五々解散の運びといきたかった私の肩を、侭がつかむ。
「まだ終わってないよ」
「ああ、やっぱり?」
「ここからは楽しい事後処理の時間だ」
常盤凪③:初期プロットでは単独主人公だった男。作中世界にふさわしい主人公像を突き詰めていった結果、なぜか視点保持者に向かなくなってしまったため天音と交代することにしました。




