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戦いの火蓋

 六年前、突如としてこの世にもたらされた超能力。人々がそれを拒絶したのは災害のせいなのだけど、実はもう一つ理由がある。宿った力そのものに宿る暴力的側面、敵意のせいだ。


 人を容易に傷つけうるエネルギーの放出、あるいは血肉を糧とする超常の顕現。能力暴走による人格への影響。どれもが非凡を異質へと挿げ替える理性として作用し、だから私たちは能力を恐れた。


「燃やしてやる。骨ごと、全部」


 常識の崩落。目の前には暴走する異能使い。空間を満たすのは、純然たる敵意。差し向ける掌は白燃し、凪の心臓に狙いを定める。


 無言のまま、凪は構える。左腕を斜めにして前に出し、ケガをした右腕を脇にしまうオーソドックスな臨戦態勢。オーソドックスでないのは、構えの前方に浮かぶ五枚のコインと、およそ普段の彼とはかけ離れた狂気の形相だけ。


 恐れるな、突き止めろ。自分に言い聞かせ、一閃。戦いの火蓋は、落ちるよりも早く私の目を焼いた。


「柏木は一つ勘違いしてる。俺は炎使いなんかじゃない」


 指先から硝煙を上げる宗像灯弥。網膜に焼き付いた光景が確かなら、掌から発せられたのは、炎ではなく熱閃。熱したフライパンに水滴を垂らすような音が、凪のコインが融け消えたことを私に伝える。


「なるほどね。この威力だと、焼却能力というより消却能力と形容すべきか」

「それ何が違うんだよ」


 威力に戦慄しているのは私だけ。冷静に次のコインを浮かばせる凪と、私の横でへらへらと笑う侭。


「ムカつく奴らだ」


 歯ぎしりをさせながら、宗像君は再び空間に熱を弾けさせる。熱閃を放った左手と違い、右手の光は掌に留まり敵意を凝縮させている。猫を燃やしたのは間違いなくあちらの技で、威力においても間違いなくあちらが本命だ。

 抗精神力を考えると人体が燃え尽きることはきっとない。それでも当たれば、間違いなく命に関わる大火傷を負わされるだろう。数メートル離れた私まで伝わる熱が、その超越を物語る。


「一応、ルール決めとくか」


 ゆらりと、渡り鳥の小隊のようにコインを整列させながら、凪は指を立てる。


「意識が落ちたら負け、でいいか?」

「は?」


 声音は怒気混じり。当然といえば当然だ。宗像君はそれこそ凪の命を奪うほどの威力で熱閃を放った。それなのに凪はあまりに平常運転で、ゲームを取り仕切るかのよう。神経を逆撫でされたと思うに十分だ。


「まあいい。どうせ全員燃える」


 舌打ち一つ、宗像君の顔から感情が消える。左手の指先から、二発三発と光が瞬く。


「あぶね」


 慌てて距離をとる凪。コインを融かした熱閃の余波が、凪の包帯を燃やす。


「逃げるなよ」


 遠距離の炎は思ったより連射が効くらしい。凪がコインを構えるそばから光が襲い、次の瞬間には空間には何もない。


「言っとくけど、土でも鉄でも同じだからな」

「だろうな」


 もはやSF映画のレーザー銃だ。転がる凪の残像を光が貫き、私を再び戦慄させる。回避とともに投げつけた公園の石ころも、宗像君が右手を突き出すと音を立てて融けていく。


「意味ねえって」


 私はケンカには疎いけど、だんだん分かってきた。これが俗にいう、防戦一方ってやつだ。


 光の矢が三本凪の足元をかすめる。できるのはコインを犠牲にした防御か、決死の回避だけ。合間を縫って凪のサイコキネシスも相手に向かうけど、そもそもが非殺傷だから当てたところで意味がない。力なく投げつけられたコインが宗像君の顔面に当たり、せせら笑いを生み出す。


「弱すぎだろ。そんなに俺に燃やしてほしいのか。ただのサイコキネシスの分際で、俺の異能に盾突ついてんじゃねえ」


 巨大な線香花火が宗像君の掌で弾け飛ぶ。熱と衝撃が私の頬を叩く。


「まずいね」隣で侭が声を曇らせる。


 そもそも凪は右腕にケガを負っている。観鈴を捕まえた時の弱化のせいで、片目も正常には見えていない。この状況で戦うのは、明らかに無理がある。そもそも、なんで戦いになってしまったんだ。話し合うチャンスだってあったのに。


「椎名君、二人を止められない?」

「僕にできると思う?」


 侭は腕をまくり、細腕をアピールする。あんまり思わない。


 言う間に、体勢を整えた宗像君が再び火閃を凪に放つ。かわす。放つ。防ぐ。放つ。


「ああもう」


 本当に嫌になる。どうして超能力者はこんなにも血の気が多いのか。というか事前に相手が炎使いだって話したんだから対策してほしい。

 公園の左右に視線をやると、小さな水道が見えた。蛇口は取り外されているけど、弱化の能力を使えば動かせるかもしれない。


「あの水道管、ちょっと破裂させてくれない?」

「断る」


 にこやかな拒絶。


「戦闘は凪の役割だ。僕がでしゃばるべきじゃない」


 徹底した不干渉。これは、信頼なのだろうか。ある意味で戦っている二人ともを軽んじた言葉。宗像君からもトゲのある視線が飛んでくる。


「椎名、ずいぶん余裕じゃないか。何なら二人まとめてかかってきてもいいんだけどな」

「僕は弱い者いじめはしない主義なんだ」


 宗像君の目が不愉快に歪む。言葉の代わりに飛んでくるのは火球。しかし、侭はそれをわずか数センチのところでかわす。なんだかんだで戦闘慣れしてる。


「熱っ」


 あ、違った。冷や汗かいてるし、余裕ぶった表情のわりにはギリギリっぽい。


「……危ないし、僕らは座って見てようか」

「一人でどうぞ」


 提案を切り捨てたら、本当にベンチに座って観戦し始めた。ヒートアップする眼前の戦闘とは対極的だ。ある意味珍しいほどの非戦闘主義。


「どこ見てんだよ」


 視線が外れた一瞬の隙をついて、凪が距離を詰める。左腕を盾にした右腕の一撃。衝撃が宗像君を宙に浮かせる。


 背を地面に擦りながら数メートルほど転がる宗像君。しかし、痛みにうめき声を上げたのは凪。当然だ。攻撃に使ったのは、ケガをした右腕。骨にヒビが入った状況で全力で相手を殴るなんて、正気じゃない。


「こりゃダメだな」


 ぼやきつつ再び距離をとる凪。追い打ちの炎が肩を貫く。防御に使うコインも、精神力だって無限じゃない。予想の延長線にある被弾が、私に幻痛を与える。


「やっぱり、まずいね」


 繰り返される言葉。水筒片手に観戦モードだった侭が、しぶしぶとコップをベンチに置く。


「だからとっくにまずいんだってば」

「あーはいはい」


 助けを求める私を鬱陶しそうに払って、侭は深く息を吸う。


「このままじゃ埒が明かない。さっさと接近戦で燃やしにかかるべきだ」

「へ?」

「それから、能力は威力よりも範囲を優先したほうがいい。凪は抗精神力が低いから、それで十分倒せる」

「な、何言ってるの?」


 理解が追いつかない。


「何って、ハンデだよ。今のままじゃ勝負にならない」

「……なんで?」


 分からない。命がかかったこの状況で、友達に害するような言葉を平気で言えてしまう、椎名侭という人間が分からない。私の絶望は侭めがけてあっという間に落ちていき、だから侭には届かない。


 幸か不幸か、侭の発言は宗像君の信用に足るものではなかったらしい。一瞬自分の手に炎を宿したけれど、すぐに遠距離戦法を再開してしまう。


 戦闘が膠着し、だから私は侭の肩をつかむ。


「なんで、あんなこと言うの」

「僕には僕の役割がある」


 振り返る顔は柔らかくほころぶ。けれども私には、真顔で見下ろされているように冷たく映った。


「侭の言う通りか」


 同意の声は、なぜか凪の方から。火閃の隙間を縫って、あろうことか自分から距離を詰める。


「バカなのか?」


 当然、応戦する宗像君。両手に光球を携え、接触必死の接近戦。

 迫る焔手を一重でかわし、熱閃焦牙の出端を弾く。苛立ちとともに増していく火勢を、ほとんど動かず捌き切る凪。戦闘と言うにはあまりに危険で、あまりに驚異的だ。


「制御が甘い」

「うるせえ」


 火槍、赤雷、灼熱手刀。およそ左手一つで対処できるはずもない波状攻撃。それでも凪が致命傷を受けずにいるのは、超能力のおかげだろう。自己操作で回避を加速、炎の発射口をずらして散らし、コインで視界を妨げて、それでも不可避なら鋼の身代わり。何度かは防ぎきれずに体で受ける。


「正気じゃない」


 全身に火傷を作りながら、凪は形相を緩めない。固まった空気を吐き出すように笑い、死線の中に身を投じていく。


「あれ、楽しんでるでいいんだよね?」

「本人いわくね」


 そもそも、接近してもケガのせいで大した一撃を与えられていないのだから、近づくことにはリスクしかない。今だって、合間に打ち込むコインの一撃はほとんど無視されている。


「このイカレ野郎が」

「お互いにな」


 何度目か分からない、炎の拳が空を切る。なんだろう。戦いは間違いなく凪の命に届く。だというのに私の頭は、違和感を抱き始めていた。けれどもその正体は見えず、戦闘はことさらに加速し、赤い脅威は網となって空間に広がっていく。


 その戦いが、不意に止まる。


「きゃ」


 ぼとりと、融けた何かが落ちる音。音の源、宗像君の背中側には灼けた金属バットのシルエット。


「誰だよ」


 空間を覆う炎が飛沫を上げる。状況が、動く。


「ああ、そうか。透明人間か。せこい真似しやがって」


 宗像君の推測はきっと正しい。姿を消せる能力者であり、戦いに横槍を入れる理由もある。でも、おかしい。

 肩で息を切らしながら凪を糾弾する宗像君。言葉など聞こえなかったかのように、凪はゆっくりと空間に近づく。そして、肩の高さに掌を置く。


「観鈴、約束は」

「……ごめんなさい」


 聞こえてくるのは鈴の鳴る声。安全のために観鈴はアジトに残してきたはず。でも、おかしいのはそこじゃない。


「なんで、見えないの?」


 昨日の夜の捕物帳。その後遺症で今だって私の左目は変質していて、透明人間を捉えられるはず。なのに、揺らぐ空間は何者をも捉えない。


「これは思わぬ拾い物かもね」


 ほくそ笑む侭。私の胸に去来するのは空恐ろしさ。眼前の不可視が事実なら、観鈴はこの短い期間で能力の解釈を塗り替えたことになる。意味するは常識の超越、ある意味では異能犯罪者の資質とでもいう異質だ。


「離れてろ」


 凪は優しく観鈴を突き放し、宗像君の方に向き直る。


「悪いな、邪魔が入った」

「いや、好都合だ」


 両手の指先から赤を迸らせる、その表情。私はまた、動けなくなる。焦りと怒りと、凪とよく似た狂気の笑み。

 おもむろに突き出された宗像君の掌。その行き先は、凪ではない。


「ひっ」

「何してんだ」


 焦熱をコインで受け止める凪。延長線上にいるであろう観鈴が、腰を抜かして落ちる音。


「よく考えるとさ、誰でもよかったんだ、人間なら」


 再び指先に灯る敵意。再び発射される炎は今までのレーザービームより遅く、けれども広く大きい。コインを貫通して地面に落ち、再び観鈴を怯えさせる。


「動くなよ」


 透明人間周囲に炎上網を張りながら、宗像灯弥は低く言い放つ。これは、人質だ。


「外道が」隣の侭が顔を歪める。「――甘い。あれじゃ逃げられる。やり直せ」

「人でなし」


 思わず罵倒が口をつく。今は糾弾すべきはこっちじゃない。


「卑怯者」

「うるさいな」


 不機嫌そうな宗像君の顔が、矛先が、こちらを向く。


「燃やすための力を燃やすことに使って何が悪いんだよ」

「人や猫を傷つけちゃいけないって、それだけの話でしょ」

「違うね」


 照準がこちらを向く。背筋が凍るより早く身をかわす。


「熱っ。痛い」


 灼ける。右肩が重い。かわせない。かわせるわけがない。不可能を体に教えられ、私は地面に転がる。


「力は敵意だ。柏木は能力ないんだろ。じゃあ分かんねえよ。毎日燃やせ燃やせって頭の中からガンガン焚きつけられておかしくなる感覚なんて」


 空間に満ちる炎が笑うように光を揺らがせる。呼応して、宗像君も笑い声をがなり上げる。熱が彼の皮膚を焼いても、意に介さないほどに。


「なあ、常盤だってそうだろ。結局お前がギルドなんてやってるのも、力を使う理由が欲しいからだ。人を殴る理由に正義なんて使ってんじゃねえよ異常者が」


 神社で過去を話してくれた夜の冷静な態度は完全に失われている。能力の酷使に伴う人格の一時変容。燃え上がる炎が彼自身の限界を警告しても、宗像君は声を上げて苦しげに笑うことをやめない。


 哄笑を止めたのは、凪の吐いた短いため息だった。


「これ以上、オレをイラつかせないでくれ」


 内包されていたのは怒りや威圧ではなく、穏やかで冷静な懇願。だというのになぜだろう。言葉はひどく冷たく響いた。まるで周囲の気温が一気に下がったかのような感覚。冷や汗すら背を伝う。

 その不可視の殺気はきっと宗像君にも伝わったらしい。両手から立ち上っていた火柱が立ち消え、炭化。初めて小屋を脱走したハムスターのように周囲をキョロキョロと見まわし、やがて止まる。


「あっそ」


 視線の先にはより弱き者。敵意のぶつかり合いにすくんで動けない観鈴。能力も制御を失い、空間に点滅している。


「じゃあもういいよ。まとめて死ね」


 静止の間もなく、宗像灯弥が腕を振るう。指先から生じる熱閃は常人に回避を許さず、その範囲は防御を許さない。頭が現実を追い越して、見せつけるのは大火傷を負う観鈴の姿。赤く爛れた皮膚、水疱、露出する骨、涙すら乾き切る紅蓮の悪夢。


「やめ――」


 遅すぎる私の声は、響くより前に困惑に変わる。


「え?」


 困惑は喉の内側と、もう一つ。宗像君の方からも。当然だ。彼は観鈴を焼き切ろうと広範囲に炎を放った。凪がコインでガードするには遅く、仮に守れたとしても数枚では容易に溶かしつくして呑み込むほどの炎量だ。だから、観鈴が顔面蒼白のまま無事に座り込んでいる事実は、辻褄が合わない。

 超能力が跋扈する社会。辻褄を合わせるために歪むのは、いつも現実のほう。


「なんだよ、それ」

「ただのサイコキネシスだろ」


 平然と受け応える凪。けれども周囲に舞うコインたちは、私の想像も優に超えていた。能力で物を一つ動かすには、腕一つ分の集中力が必要。だとしたら、目の前の光景は何なのか。


 凪の周囲を廻る、無数のコイン。炎の赤を白銀に変えながら、嵐のように軌道する。思い出すのは、凪が語っていた能力の仕様。三メートル、千四百グラム。硬貨一枚の重さは、およそ五グラム。


「単純計算で三百枚弱か。よくやるよ」


 隣でせせら笑う侭の声が、私の想像を補完する。


「さあ、ここからが本番だ。頑張れ宗像」


 侭の悪辣を責める気にもなれない。それほどまでに格が違う、能力の練度。まるで機銃掃射のようにその軌道は、宗像君を捉えていた。

この作品における戦闘シーンの大半は背景で流れていきます。小説という媒体と相性が悪いというのもありますが、一番の理由は天音が戦闘に興味がないためです。

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