犯人
私は探偵が嫌いだ。だって、彼らは真実の奴隷だから。どんなに残酷な事件でも、解き明かさずにはいられない。真実の名のもとに、犯人を追い詰めずにはいられない。だから私はここにいて、でも今日はそれだけが理由じゃない。
朝日も昇らない早朝の三淵公園。高校周辺に二つある公園の、消えてないほう。冷たい曇り空の下、私はそれを見ていた。
「全部消えろ。消えろよ!」
言葉とともに爆ぜる光。昼間のような明るさが、犯行を照らし出す。
「消えた。消えたぞ。やった」
足元には猫の遺体。観鈴の能力で模倣しただけの、命の偽物。光に包まれたそれは空間に溶けるように立ち消えていき、言葉の通り何も残らない。
「やった。俺はやり遂げた。ざまあ見ろクソ親父」
彼が何に憤り、何に歓喜しているのか。私には何も分からない。去来する悲しみを押し殺して、晒された真実に手を伸ばす。
「やっぱり、宗像君だったんだね」
「……柏木?」
驚きに見開かれる目。一瞬をもって怪訝に歪み、笑顔に変わる。
「朝の散歩か? それともあいつらに透明猫関連でこき使われてたり?」
教室で見た時と変わらない、少し皮肉屋ながら人懐っこさも感じさせる宗像灯弥の笑顔。ある意味当然だ。これまでだって、私たちの前に嘘をつき続けてきたのだから。
「そうだね。しいて言うなら、猫殺しの犯人が分かった。かな?」
「猫殺し?」
表情は懐疑、そして怒り。初めて聞く情報がたちの悪い冗談であることを疑っている。そういう顔だ。この嘘を信じられたらどんなに気が楽だろう。でも、真実の奴隷は偽の結末を許さない。だから私は突き付ける。
「犯人、宗像君、だよね?」
「……は?」
理解できないフリをしている。しらを切っても無駄なのに。私は自己嫌悪のフラッシュバックを黙らせて、言葉を継ぐ。
「宗像君が猫を殺した。でしょう?」
「いや、ちょっと待ってくれ。なんでそうなるんだ」
なんでそうなるのか。それは私が言いたい言葉だ。これほどの猫好きがどうして猫を殺し続けたのか。知りたくもない事実を私は知らなければならない。
「宗像君なら猫を捕まえられて、炎の能力なら犯行を実現できるから」
「炎? 透明化は?」
せせら笑い。私が荒唐無稽なことを言い出したと、そう言いたいのだろう。
「目撃証言が取れたんだ。猫は透明になったんじゃなくて、光によって殺されたって」
「意味が分からない。あいつらは透明になっただけで生きてただろ。それとも、何か進展があったのか?」
狼狽を見せる宗像君。事件を進めたのは自分自身なのに。
「そもそも、俺は炎使いじゃない。人の能力を勝手に推し量るなよ。非常識だ」
「非常識は、知ってる」
にじり寄ってくる宗像君。同じだけ距離をとりながら、私は推理をさらけ出す。
「部屋の中。ロウソクはあるのに、マッチもライターも置いてなかった」
「猫がさわると危ないだろ」
「自炊してるって言ってたけど、ガス止まってるよね?」
「カット野菜とレトルトでも自炊って言うだろ」
「調べたら、宗像君の家から毎週生ゴミが出てるんだって」
これは侭を介して得た井垣さんの情報だ。炎がないと成り立たない生活。なのに火種が存在しない。これは彼が能力者である可能性を示している。日常的に能力を使いこなす常識は、異能犯罪者のそれと同義だ。
「はぁ」
一瞬、暁の暗がりに光が奔る。不機嫌そうな宗像君の顔は、けれどもすぐに呆れに変わる。
「まあ、柏木も結局椎名の一味だし、そういうの好きなんだな。でも、仮に俺がそうだとして、なんで猫を殺すんだ」
「そんなの、私が知るわけない!」
思わず、語気が強まる。
「なんでこんなことしたの?」
「話にならない。ちゃんと説明してくれ」
眉間にしわを作る宗像君。私もきっと同じ顔をしているはずだ。どうして、人は証拠を欲しがるんだろう。どうして私に、したくもない糾弾をさせるのだろう。
「猫たちの視界ね、透明でもちゃんと見えてるんだよ?」
「それが?」
「見えてるなら、宗像君の家に遊びに来てるでしょ。事件を知らないはずがない」
「……」
反論が止まる。宗像君は透明猫を知らないと言った。猫たちが来なくなったとも。でも、それは嘘だ。野良猫は餌をくれる人間のもとからそう簡単に去ったりしない。観鈴は猫を透明にし始めてから数日は被害が出たと言っていた。
「猫殺しは猫を探す必要なんてなかった。だって、放っておいても猫のほうから来てたから。違う?」
言葉に詰まる宗像君。私はただ、邪推を続ける。
「張り込みやった時、レクタの姿を見て驚いてた。たぶんチョップも。あれは、そういうことだったんだね」
あの時点で、宗像君の家に来る猫の大半は燃やされている。彼にしてみれば、殺したはずの猫が悠々と寝ころんでいるのだから、平静でいられるはずもない。むしろ取り繕えたのが不気味なくらいだ。
「……確かに月の初めくらいに、透明な猫は来てた」
しばしの沈黙を挟んで、ようやく宗像君が口を開く。
「でも、ああいうのって人には言わないのが常識だろ。柏木、お前ちょっとおかしいよ」
「うん、知ってる」
宗像君の主張には筋が通る。結局超能力なんていう不確かなものを凶器にしているのだから、いくらでも言い逃れはできてしまう。だからこそ、今日なんだ。
「夜中のうちに、椎名君から連絡来たでしょ? この場所にボスを放したって」
「ああ、来たよ。だから今探してるんじゃないか」
この状況、明らかに怪しい侭からの情報提供。でも、宗像灯弥にこの場所に来ない理由はない。大の猫好きであるなら寝る間を惜しんで猫を探すし、そうでないなら相応の理由でここに来る。
「宗像君、二十分くらい前からいたよね」
「は?」
「見てたから」
私は異能犯を理解できない。手がかりなき手詰まり、言い知れない言い逃れ。心の内側に形成されるバリケードを崩す、いわく必殺のやり方。
「ずっと、見てたから」
そう、見張るのだ。観鈴に話を聞いた瞬間から作戦を行動に移し、この場で半透明のまま待つこと三時間。宗像君が汗だくでこの場所に現れる瞬間も、ボスの姿を見つけて歓喜する瞬間も、何かの葛藤の果てにその手に炎を宿す瞬間も、全部見ている。
「推理もどきは私のわがまま。勝負はもう、とっくについてる」
宗像君の顔が、静かに歪む。
「全部知ってて、俺に猫を殺させたのか」
驚くべきことに、朝もやの中から見えるその表情は、本当に怒っているように見えた。
「俺がどんな思いで、ボスを。クソ」
「それは大変だ。でも気に病むことはないよ。だってそれ、石ころだから」
苦しむ宗像君の真横。突如として空間に出現する、椎名侭の姿。早朝の闇の中ですら容易に判別できる、嘘つきの笑顔だ。
「は?」
「理解が遅いね。僕らが追っていたのは透明人間じゃなくて秘匿人間だった。幽玄秘匿の前では、石ころは猫と等価なんだ」
「……は?」
「それにしてもすごい火力だね。石ころとはいえ、跡形もなく燃やし尽くすなんて。燃焼罹患とでも名付けようか」
「ふざけんな」
光が爆ぜる。赤熱する右手が空を裂き、侭の方へと伸びる。
「危ないな。これだから犯罪者は」
するりと避けてせせら笑う侭。ところでなんで私の後ろに隠れるの?
「二人して、俺をバカにするのもいい加減にしろよ」
掌を数度爆発させながら、宗像君が怨嗟を吐き出す。静かな、けれども今までとは質の違う怒り。敵意だ。気圧されつつも、背中を無理やり押されて私は前に出る。
「もう一度聞くね。どうして、こんなことをしたの?」
宗像君は言い分を考えているのか目を逸らし、けれども言い逃れが不可能であることを悟ったのか、長く息を吐く。そして、私にそれを投げつける。
「全部灰にするためだ」
「ええと、つまり?」
「灰だ。骨じゃない。それとも柏木が死んで骨になってくれるのか?」
主張の意味がまったく理解できない。今理解できるのは、光る掌、迫る赤。つまり、攻撃。
「きゃ」
問答の終わりを告げる異能の波動。私が死を覚悟するより早く放たれたそれは、攻撃を知覚するよりも早く空間に立ち消える。
「もういいだろ」
目の前で赤熱するのは五枚のコイン。言葉と共に前に出る、スピンオフの戦闘員。凪だ。
「能力不正行使により、制圧する」
「制圧はこっちのセリフだ。まとめて灰にしてやるよ」
薙ぐ風が硝煙の臭いを運んでくる。戦いが始まる。私には、それを止めるすべはない。
宗像灯弥③:本章の犯人。本作は怪しくて疑われまくっている人間が普通に犯人になる画期的なシステムを採用しています。つまり、真の謎解きはここから。




