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見えないものなどありはしない

 観鈴が長い語りをやめた時、私は言葉を失っていた。彼女は苦しみ、悩み、決断し、その結果猫が消える事件が起きた。明かされる第三者、守るための秘匿と騙すための秘匿。そして、目的を邪魔する私たちへの敵対。想像していなかった形でパズルは額面に嵌っていき、私に事件の輪郭を押し付ける。


「どうして」


 疑問が言葉としてこぼれる。真実は見えてきた。けれども私の心は未だ納得にたどり着かない。この背の凍る感覚はそうだ、風邪を引いた友達の見舞いに行ったら、首にネギが巻かれていた時のそれに近い。


「どうしてそんな勘違いを?」

「その、ごめんなさい」


 反射的に観鈴が頭を下げる。震えた声を聞いて、自分の口調が思ったより強まってしまっていたことに気づく。


「ええと、謝ってほしいわけじゃなくて、単純に疑問に思っただけ」


 彼女の誤解を正さなければ。開こうとした口を自分の右手で覆う。今さらそんなことをしても、きっと傷つけるだけだ。


「柏木さんは、君の行動のせいで事態が悪化したって言いたいんだよ」

「椎名君、ちょっと」


 私の決意を踏みにじるように横から突き付けられる言葉。軽蔑の視線をやると、意外にもその目は笑っていなかった。


「そうだな。知るべきだ」


 凪も後ろから同調する。


「教えてください」


 本人に頭まで下げられては、教えないわけにもいかない。もしかすると、私は自分が糾弾されないために観鈴をダシに使っていただけなのかもしれない。


「分かった。教える」


 いずれにせよ、「今後」のための情報共有も必要だ。


「ココアでも淹れるか」


 誰に言われるでもなく凪が席を立ち、ココアの在庫がなかったのか紅茶を四つ浮かせて戻ってくる。テーブルにぬるい赤が行き届いたのを合図に、私は沈黙を開く。


「最初に説明しないとね。超能力は、魔法じゃないってことを」

「何が違うんですか?」


 不可視のハテナを浮かべる観鈴。


「文月さんは能力で猫たちを生き返らせたと思ったみたいだけど、そんなことはできないんだ」

「……」


 返事はない。けれどもうつむき唇を噛むその表情は、彼女自身がそれを半ば自覚していたことを如実に表していた。


「一人の能力で起こせる現象は一つだけ。透明になる能力で起こせるのは、視覚への作用。猫たちは生きている姿を偽装されていただけ」


 きっと観鈴の異能核は秘匿なのだろう。姿を隠す、死を隠す。起こす現象は優しく、けれども優しさゆえに真実をぼやけさせた。

 猫の生存を隠すことで被害を遅らせられていたのは事実。でも彼女が猫の死を隠していなければ、事件はもっと早く明るみに出ていたはずだ。


「だから最善手は、最初の被害者が出た段階で警察に任せることだった。能力を解除すればこれはただの動物虐待事件で、きっと警察も動いてくれた」

「ちょっと待て」


 凪が話に割り込む。


「解除できなくて困ってたって話だろ?」

「うん。そこも勘違い」

「へ?」

「常盤君の能力だと実感しづらいかもだけど、本来超能力に解除の概念なんてないんだ」


 凪が首をひねり、観鈴も倣う。侭は分かっているのだろうけど、何も言わない。説明を続けよう。


「能力を使うと、世界にその効力が現れるよね? それは視覚的な影響だったり、物体の特性を変質させたりすることなんだけど、実は、能力を使うのをやめてもそれらは消えたりしない」


 能力の影響はあくまで抗精神力による影響の鈍化、あるいは肉体の代謝によってだけ遷移する。今回の事件で言うと、観鈴によって消された猫たちはしばらく透明な状態を維持していた。それを可視化するために侭に施してもらった眼球変質も、水晶体の細胞が入れ替わるまで数日は続くはずだ。


「だから、文月さんが能力解除と思っていた技術は、実は光学操作の能力を『見える』側に傾けて使っていただけってこと。ちょっとやってみて?」


 異能核はそう簡単には揺らがない。けれども現象の指向性は発想力によって操作可能だ。観鈴は数秒も立たずして、見える状態に姿を戻した。


「……すごい」


 見えるようになった自分の両手をしげしげと眺めている観鈴だけど、言われてすぐここまでの操作ができるのはすごいことだと個人的には思う。


「なんか変じゃないか?」


 空になったカップを持ち上げては落としてを繰り返していた凪が、やや不満げに声を出す。


「何が?」

「いや、観鈴は普段から能力解除として能力を使ってたんだろ? それが急にできなくなったことに説明がつかない」


 意外と鋭い指摘だ。話がややこしくなるから説明を省くつもりだったけど、避けては通れないらしい。


「それはたぶん、境界破壊が起きてたんだと思う」

「なんだそりゃ」


 どう答えたものか。少し考え、言葉を作る。


「今回の場合は、慣れない力を無理に使いすぎてオンオフできなくなったみたいな感じ」


 能力には、異能核とは別にいくつかの性質が存在する。それらに過剰使用で強い負荷がかかったとき、電気の絶縁破壊のように異能は境界の向こう岸へと移り飛ぶ。だから境界破壊。父に何度か聞かされた概念だけど、実際に見るのは初めてだ。


「境界を超えるときに異能が増幅されるらしいから、今回みたいに強力な力を使い続けることができたんじゃないかな」

「そういえば、ずっと消え続けてたのに全然疲れなかったです」


 観鈴が納得を示し、凪は「なるほど?」と納得度およそ四割で曖昧な言葉をこぼす。


「俺そんなんなったことないけどな」

「それはまあ、ほかにもいろいろ条件があるらしいから」


 条件は解き明かされていない。この分野の研究者がほとんどいないから、きっと今後も明かされないだろう。


「でも、境界破壊は能力を使わなければそのうち沈静化するらしいから、そこは安心していいよ」

「あ、はい」


 抗精神力はある種世界と異能とのずれを修正する抑止力がごとく作用し、彼女をすぐにただの超能力者に戻すだろう。どうして超能力者からただの人間には戻らないのか、そんなことは知らないけれど。


 観鈴の認識を改め終えたところで、私はこれまでの捜査の経緯を一つ一つたどっていく。観鈴は驚いたり顔を蒼くしたりしながら説明を聞き、開口一番はやはり謝罪の言葉を口にした。


「すみませんでした。誤解とはいえ、私常盤さんにひどいことを」

「全然気にしてないよ」

「なんで椎名君が答えるの?」


 確かに本人は気にも留めない様子だけど。


 襲われるように仕向けたのは私たちだし、そもそも私たちが透明化を解除したから事件が広がったのも事実だ。ついでに言うと、凪が犯人と間違えられた最大の理由は、観鈴の知人と鬼気迫る戦いを繰り広げたからで、つまるところが自業自得と言える。


「凪の笑顔は邪悪のそれだからね」

「お前には言われたくない」


 文句をつけ合う男二人。というか、凪のアレ、やっぱり笑ってたんだ。ウソでしょ?


「ま、俺も悪かったよ。ごめんな、怖い思いさせて」


 予想外に穏やかで優しい言葉。観鈴の頭に両手を重ね、消沈する顔立ちをすいと上に向かわせる。


「……でも」


 なおも慙愧に堪えかねやるかたなしの観鈴に、侭は指を一つ立てる。


「じゃあこうしよう。今後僕らが困ったとき助けてほしい。それでどうかな?」

「はい。私にできることなら」


 ちょっと侭の顔つきが不穏だったのと回数制限がないのが気になるけど、観鈴が納得したのなら良しとすべきなのかな? いややっぱり止めとくべき?


「ほかに気になる点は?」


 あ、こいつ話題流したな。侭の小癪な誘導に素直に引っかかり、観鈴は顔を上げる。


「どうしてあの喫茶店の人は私が見えたんでしょう?」

「柏木さん、答えてあげて」


 自分で答えなよ。どうせ知ってるだろうに。


「それはたぶん、抗精神力の影響だと思う」


 あの喫茶店は三上さんと一部の非能力者のコミュニティによって形成されている。だから普通の場所より能力が作用しづらくて、透明化も少しだけ低減された。そう説明すると、観鈴はふわふわと首を揺らしながら、「そーなんですね」とうなずいてくれた。うん、分かってないなこれ。


「そういうこと」


 適当にはぐらかしておこう。この話は重要じゃないし。


 この先は言葉に出さない。デリケートな問題だからだ。三上さんはたぶん、目を患っている。室内なのにずっとサングラスだったり、私たちの特徴が観鈴に伝わってなかったり、目が見えない前提で考えると得心のいく行動が多い。

 きっと侭はことの真偽を握っている。そう確信をもって視線をやったけれど、得体の知れない笑顔が貼り付けられたままだった。


 私の泳ぐ目を数秒ほど眺めてから、侭は満足げに席を立つ。


「さて、懺悔大会が終わったところで本題に入ろうか」


 引き出しに立ち寄りいくつかの写真を抜き取ってホワイトボードに張り付ける。配慮のかけらもない、猫の遺骸の写真だ。観鈴が「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。


「透明化事件はここに決着した。よってスピンオフの仕事はいったんの収束を見るわけだけど、一つの謎が残っている」

「みんな知ってるからもったいつけなくていいぞ侭」

「凪はドラマを理解すべきだよ。まあいい」


 侭は写真を人差し指の裏で小突く。


「最後の謎はもちろん、『誰が猫を殺したのか』だ。インビジブルは捕まえた。けれどもイレイザーの正体は未だ霧に包まれている」


 これがただの小動物虐待でないことは、観鈴の話からも明らかだ。侭がイレイザーと称した、猫を骨だけ残して消し去るような悪意の第三者が野放しになっている。だからこそ、目撃者として観鈴をここに呼んだのだろう。


「犯人はどんな奴なんだ?」


 凪が机越しに写真を裏返しながら、優しく問いかける。


「背は凪さんと同じくらいで、独り言の癖があって、手が光る人、です」


 凪と同じくらいの背丈で、光を発する作用のある能力者。先ほどの語りにあった通りだ。人相に関する情報は出てこない。あとは、猫たちを殺した時に発していた、「殺してない」「殺すしかない」という錯乱した言葉くらいか。


「すみません、私能力使ってる間は目も悪くなっちゃうんで。あんまり役立つ情報ないかもです」

「大丈夫だよ。十分必要な情報はもらったから」


 観鈴の話は何よりも大事な情報、すなわち犯人の能力についての情報を含んでいた。多少の驚きはあったけれど、異能と犯行可能性、それらを加味してもほぼ決まりとみていいだろう。私は今度こそと、大見えを掲げる。


「犯人が分かった。決着をつけよう」


 星は見えた。あとはどうやって事件を収束させるかだけ。考えを巡らせる私たちの前に掲げられたのは、小さな手のひら。


「あの」


 上目がちに伏せられた目は迷いを示している。まだ何か明かしていない重要情報があるのだろうか。


「何だ」


 答えたのは凪。


「犯人、分かるんですか?」

「まあな」


 意外だ。凪も真犯人にたどり着いたらしい。あ、違うや。こっち見てる。促されて観鈴の視線もこちらにスライドする。


「犯人のひとと、話をさせてほしいんです」


 観鈴の表情に怒りのこわばりはない。まさか遠隔ストックホルム症候群的な何かで感情移入してしまったとか?


「何を話す」


 凪のそよ風がごとき問いかけ。地下室のロウソクが揺れ、炎が消える。それに呼応するかのように、「やっぱり、大丈夫です」と暗い顔が首を振る。


 きっと、観鈴なりに悩んでいるのだろう。この事件の起こり、行く末、相容れぬ犯人、つまり、真実だ。

 だから私はマッチをこする。力の限りに思いをぶつけ、目の前の暗がりに炎を宿す。


「好奇心は猫を殺すよ? それでも知りたい?」

「いえ、あの、私は」

「知らずに逃げて、それでも前に進める?」


 動揺が止まる。私の言葉は、観鈴に届いただろうか。届いたと信じたい。だって、少しして顔を上げた瞳には、恐れの闇だけじゃなくて、光が灯っても見えたから。


「……知りたいんです。どうしてノナは殺されたのか」


 真実を求めることは人の持つ本能だ。解き明かし、悔やみ、悲しみ、それでも前を向く。苦境の中で人を前に進ませるのは勇気という光。私が求めたものと、同じ光だ。だから、私は彼女の味方をしたい。


「いいよね、常盤君」

「問題ない」


 実際に戦う立場になる凪の心強い返事。


「助けてくれるんですか?」

「おう、約束だ。あとは任せろ」


 不安げな観鈴の頭に、凪がぽんと手を置く。ちょっとデリカシーにかけるその手つきは、けれども暖かい灯火となって観鈴の心に染みていく、そう思う。


 約束は済ませた。だからあとは、完遂するだけだ。脳内で加速していく過去と嘘。渦を巻く推理は葛藤を弾き飛ばし、私の脳内を鈍色の光で満たし始める。

次回から解決編です。真相を推測できる要素は並べていますが、読者への挑戦をやるタイプの作品ではないのでゆるりとお楽しみください。

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