見えない猫と消えた猫
さすらい猫はどこ行かず、晒されこうべの目は虚ろ、九の御霊も消え失せて、残るはうつつ幻ならず。
犯人は猫を消している。繰り返し言葉にしてきたその前提を元に推理を重ねてきたせいで、私は現象の定義を誤っていた。何と浅はかなることか。
五所川原の結末を目の当たりにした私たちは、すぐにほかの透過猫のもとに向かった。昨日見つけた四匹と、昨日は透明だった二匹の猫たち。六匹の透過猫たちには予想通り「本体」があり、それらはみな白骨化した猫の遺骸だった。能力によって生前の姿を偽装されていなければ、個体の特定にもっと時間がかかっていただろう。
黙々と現場を写真に収め、代わりにため息を置いてゆく。
「これやってると、なんだか僕が殺してるみたいだね」
侭の暗くも明るくもないブラックジョークのなりそこないにも言い返す気になれない。
一日かけて現場を回り切り、アジトに戻ってくる。机に上半身を置くと、ひんやりした大理石の感触が心地いい。このまま眠ってしまって見舞いたくなる。そんな甘えを許さないと断言するように、侭がホワイトボードに「第三回透明猫議会」の文字列を書き下して見せつけてくる。
「まだ続けるってことだよね?」
一応、確認しておく。以前二人は死者が出るような事件なら身を引くと言っていた。これはその状況ではないのか。
「もちろん」即答したのは凪で、少しして侭が言葉を付け足す。
「確かにこれは悪質な器物損壊事件で、スピンオフの出番じゃない。でもだからと言って僕たちに行動を止める理由はない」
「なんで」
「やめてほしい?」
「それは……」
言葉に詰まる。猫とはいえ被害者が出た。それはつまり真相究明に危険が伴うことを意味していて、私たちが掲げた捜査終了のボーダーラインだったはずだ。けれども今調査をやめてしまっては、何も得られない。
「それが答えだよ」侭は私の胸中を見透かしたように断言する。
「とにかく、これは決定だ。僕らがやる以上、柏木さんにも協力してもらう」
契約書をちらつかせながら言われると、どうにも断りづらい。断りづらいのだ。
「じゃあ、うん。やっぱり現状整理からだね」
やはり一番重要な発見は、今まで消去能力に位置すると思っていた透過猫が、透明化能力の亜種だったということだ。あまりに強力な光学作用ゆえに、あれがただの立体映像だという発想が出てこなかったのが口惜しい。
「猫が消されているって前提が崩れたから、これまでの推理は全部組みなおさないと」
インビジブルの敵対反応、光学作用という共通点からして、透明猫と透過猫は両方とも同質の能力、何かを隠す異能核だと推測できる。つまりきっと、この二つは同一犯。そうなると、一つの不満が生じる。
「椎名君、どうして私の推理が間違ってるって教えてくれなかったの?」
透明猫と透過猫、私の中でその二つを隔てていたのは能力のかかり方だ。侭が戻せないと断言したせいで、私は透過猫を能力作用が完了したあとだと判断した。けれども実際には能力は作用し続けていて、侭が戻せないと言ったのは単に猫の本体に触れることができなかったからだ。
「せめて戻せない理由だけでも教えてくれたらよかったのに」
私の真摯な訴えに、侭は軽蔑的な声音を返す。
「能力をどこまで開示するかは僕次第だろ。僕は自分が意図した状況で、意図した形でのみ情報を与えたいんだ」
自信満々に自分勝手を盾にされても困る。困るけど、開き直られると私に言える文句はなくなってしまうのは事実で、実にもどかしい。
「余談は十分かな?」
侭が私の不満を押し流し、話を進めにかかる。
「僕の功績によって、今までの有力説だったインビジブルvsイレイザーの構図に無理が出ることが分かった」
侭の言う通り、イレイザーから猫を隠そうと透過させるという考えは過去のものとなった。何せ猫は死んでいる。
「対立じゃないなら、協力?」凪が考えなしに言う。
「そっちはあとで考えたいかな」
動機については情報が揃ってから考察したい。
「そもそも、イレイザーは実在するのかな」こちらは侭の意見。
「うーん。消去の能力者自体は存在してる、はず」
「その心は?」
「公園の遊具の件もあるけど、猫の状態がちょっと気にかかるんだよね」
写真を生前の姿と合わせ、一組一組テーブルの上に並べていく。
「例えばこのオレンジ猫。この子は一度透明な状態を観測してるから、少なくとも一週間前までは生きていたんだけど。どう思う?」
「きれいに白骨化してるな」
凪の答えにうなずく。
「そう。そこがおかしい」
「どこが?」
首をかしげる凪に改めて写真を近づける。遺体は侭の力で生前の姿をかすかに残し、けれどそれ以外は無情なまでに普通の骸だ。
「白骨化するのが早すぎるし、きれいすぎる」
「あー、そういうこと」
手を打つ凪に見せるように、一枚一枚猫の頭蓋を示していく。
「ほかの子たちも共通して、異様にきれいに骨だけ残してる。だから私は、これが能力行使の結果だと考えてる」
自然に即さない振る舞いには人為が絡んでいる。そして、他者を傷つける人為とはすなわち悪意だ。
「つまりは、イレイザーだね」
「うん」
公園の遊具を消した消去能力と、猫を骨以外消した消去現象。いずれも変質型に位置するから、同一線上に配置しても違和感がない。
透過猫たちの猫の骨が残ったのは、おそらく抗精神力が作用して半端に消しきれなかったのだろう。発見がもう少し早ければ、骨にこびりついた血肉の残骸を目の当たりにすることになっていたのかも。
「イレイザーは猫を消し飛ばして殺し、その後インビジブルが犯行を秘匿した。素直に解釈するとこんな感じかな」
侭が背筋の凍る仮説を朗らかに提唱する。私は異議を唱えたい。
「猫の殺し方なんだけど、ひょっとしたら能力じゃないのかも」
写真の一角を指さす。
「ここ見て。穴が開いてるでしょ」
オレンジ猫の首筋、頸椎にあたる個所には、一センチほどの薄ひし形の貫通痕がある。それはつまり、死前か死後のいずれかに行われた、刺突殺傷を意味する。
「これはたぶん、小型のコンバットナイフか何かで刺した跡。ほかの猫たちにも共通しているから、直接の死因はこっちだと思う」
「二度手間じゃね?」
凪が刺突痕を指でなぞりながら疑問を口にする。消去能力によって直接死に至らしめればいいと言いたげだけど、私の見解はノーだ。
「抗精神力を考えると、直接相手を死に追いやるような能力は考えにくいから」
凪が「猫にもあるのか」と意外そうな声を上げる。
「あるよ。人間と同じか、ちょっと強いくらい」
野生動物は人間よりもシビアな現実を生きているし、伝聞による認識のアップデートもしない。人類が日常的に能力を使っていれば超能力の認識も芽生えるかもだけど、今の社会常識じゃありえない話だ。凪が能力を見せびらかしていることを考慮に入れても、遺伝子に刻まれた猫たちの世界を変えるには歴史が足りない。
「だから、よっぽど強い能力じゃない限り、たぶん凶器は包丁か何か」
「ペネトレイターが猫を刺し、イレイザーは体を削り、アンダーテイカーが弔って、インビジブルがすべて隠した。これなら辻褄が合うね」
楽しげに拍手する侭。これ以上捜査線上を渋滞させるのはやめてほしい。
「冗談はともかく、イレイザーとインビジブルが組んでいるなら理屈は通る」
「うん」
二人組の猫殺しが犯行を行い、そして痕跡を隠蔽した。これだけならうまく説明できるけど、残念ながら起きた事件はこれだけじゃない。
「問題は、透明猫と公園」
インビジブルがイレイザーの味方だとすると、猫を透明化して見つけにくくする理由がない。それに、インビジブルが隠蔽行為を行っていたとすると、一番目立つ公園の状態を偽証しないのも分からない。
「もしかすると犯人は三人いて、透明猫と透過猫の能力者も別なのかも」
あまり可能性を広げても仕方がないけれど、行動に矛盾が生じるのであれば仕方がない。頭の痛くなる思いで吐き出した私の発言は、しかし侭にあっさりと棄却される。
「いや、その二つは同じ能力者だよ」
「どうしてそう思うの?」
「異能を消した時の感触が同じだったからね」
つまり、侭の能力は異能から犯人を特定できるらしい。ちょっと信じがたい。信じがたいけど、それがアンチサイキックの作用だというなら今は信じるしかない。
「犯人は二人。それらの行動は統率されていない。このちぐはぐさに犯人たちの動機が隠れているってことだ」
「そうだね」
行動に一貫性がないということは、すなわち犯人たちの意思が一貫していないということだ。そういう面では、組織立った犯行より意図の異なる二人が互いの我を通すために犯行を重ねている可能性が高い。推理小説なんかでよく見る、結果的共犯行為だ。
「じゃあ、いよいよ動機の話に入るわけだ。柏木さんはどう見る? 犯人たちはなぜこんなことをしていると思う?」
正直なところ分からない。分かりたいけど、分かる気がしない。けれども今ある情報を元に、私は考えを下さなければならないのだ。責任感で唇を動かし、持論を展開する。
「イレイザーの動機は、まあシンプルに『消したい』だよね。その後先は分からないけど」
猫にせよ公園にせよ、起きた現象は消去一択だ。きっとイレイザーには異能犯特有の能力衝動みたいなものがあって、何かを消さずにはいられないのだろう。問題は次だ。
「インビジブルについてはもっと分からない。喫茶店の噂話を参考にするなら、インビジブルのターゲットは猫だけ。でも事件を防ぎたいのか隠したいのか、行動に一貫性がないのが全然分からない」
猫に対して能力を使えれば何でもいい? だとしたら凪に襲い掛かる理由も分からない。彼女は事件に対して何か思うところがあり、その信念に基づいて行動しているはずなのだ。
「やっぱり、インビジブルを捕まえたいな」
動機の不可解さをなしにしても、イレイザーが影も形も見せない今、インビジブルは現状唯一の直接的な手がかりと言ってもいい。彼女は日々猫を消して徘徊しているから、見つけることも難しくはないだろう。
「三上さんに無理言って押さえてもらおうか」
「ううん、どうだろ」凪の提案にはちょっと渋い声で応じる。
「三上さん、そういうのやってくれなさそうだし、なんというか、あんまり考えたくないんだけど、私たちよりインビジブルの味方なんじゃないかなって気がするんだよね」
「僕は最初からあの人が胡散臭いと思ってたんだよ」
どうにも襲い掛かってきたインビジブルに、私たちの情報が正しく伝わっていない気がしてならない。私たちだけで対処すべきだ。
「じゃあ宗像頼るか」
「これ見せたらショック死しちゃうかも」
凪の次の案はひとまず保留。
「何はともあれ、インビジブルを捕まえるには透明化能力への対策が必要だよね」
「だな。何も見えないんじゃなあ」
凪も首を大いに振る。いくら追い詰めたとしても、視界をいきなり百パーセントカットされては追いかけようがない。
「ん?」
見えない、見えないのに見える。見えない。頭の中に小さな違和感。けれどもその根本に思考はなかなかたどり着かない。結局この日はあれでもないこれでもないと議論の末、時間切れで終了となってしまった。
柏木天音②:天音がやっていることは推理というより理解不能にどうにか理屈をつける作業に近いです。それができる限り推理と言えるよう、本作では超常現象に制限と法則性を持たせることを重視しています。




