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気がかり、あるいは容疑者その三

「ちょっと寄り道してもいい?」


 駅を渡って喫茶店に行く前に、私は別の方面に向かう。目指したのは深山公園と逆方向、自宅の近くだ。


「この辺、何かあったか?」と首をかしげる凪の言う通り、近辺では透明猫も透過猫も見ていない。けれどもここには手がかりがある。


「少なくとも、生鮮食品はあるよ」


 スーパーヤクマル。その周囲に目当ての人間を探す。


「うーん、やっぱりいないか」


 まあ、自分たちで追い出してしまったのだから当然だろう。近くで掃除をしている薬丸さんの姿を見つける。


「薬丸さん、こんにちは」

「やあ、三人ともこの間はありがとう。おかげで変な人も来なくなったよ」

「その変な人のことなんですけど、今どこにいるか知りませんか?」


 探し人は例の黒服だ。

 私の言葉を聞いて、再び凪が首をかしげる。


「あの人はインビジブルじゃないだろ」

「違うだろうけど、あの人はインビジブルにつながっている可能性が高いと思う」


 三日前に中断された思考を再開させよう。

 黒服は毎日この場所に来て、何をするでもなく立ち尽くしていた。おそらく人を待っているのだろう。けれど待ち人は来たらず、つまり行方不明だ。行方不明者への対応として、待ち続けるという対応は効率的ではない。警察に連絡するなり探しに行くなりすればいい。そうしなかったのはなぜか。できなかったからだ。


 なぜ警察を頼れない? 行方不明者に警察が対応しないのは、案件が警察の管轄から外れているからだ。

 なぜ探しに行かない? 探しに行くことに意味が薄い、あるいはあの場所で待ち続けることに意味があるからだ。

 そして黒服は、透明猫の事件が発生して数日後から人を待ち始めた。


「私が思うに、あの人は透明人間の知り合いをここで待っていたんじゃないかな」

「なるほど?」


 凪が分かったのか分かっていないのか釈然としない返事をする。もちろんすべては想像だ。だから直接確かめに来たのだけど、いないのならば仕方がない。


「薬丸さん、もしあの黒服がまた来たら、ここに電話するように伝えてください」


 スピンオフ、というか侭の連絡先が書かれた紙を渡す。紙面には番号だけでなく、点線で透明人間の姿も書き記しておいた。私の予想が正しければ、黒服のほうからコンタクトをかけてくるはずだ。




 改めて喫茶店に到着し、扉をくぐる。


「いらっしゃい。また来てくれたんだね」


 三上さんは相も変わらず柔和な笑顔でサングラスの下に笑顔をのぞかせている。


「昨日、例の女の子の猫、来ました?」

「うん。来たよ。柏木さんたちの話もしておいた」


 やった。「何か言ってました?」


「反応はあったけど、猫語には自信がなくてね」


 状況再現なのか、にゃあにゃあ言い出す三上さん。成人男性の猫真似はなかなかきついものがあるな。


「一応、電話番号は渡しておいたよ。かけてきたりしてない?」

「いえ、ないですね」


 侭が履歴画面を見せつつ成果の乏しさを説明する。並ぶ井垣さんの名前の中に宗像灯弥の名前が見えて、ちょっと同情。夜中に呼びつけられてるし。


「あ、そうだ。どんな姿でしたか?」


 事情を理解した三上さんであれば推定インビジブルの容姿を確認してくれているはず。けれどもその表情は苦い。


「それが、見れてないんだ」

「透明だったってことですか?」

「なんて言えばいいのかな」


 三上さんは表現に迷い、窓の外を見やる。


「どんな姿をしていたかを話すのが難しいんだ」

「見れなかったってことですか?」

「たぶん君らより少し年下なんじゃないかとは思うよ」


 詳細は説明せず、言葉を止めてしまう三上さん。サングラス越しに見える目は閉じていた。これ以上聞くこともできず、私は話題を変える。


「庭の方、見てきていいですか」

「うん。ご自由に」


 庭先には小皿に食器にコインたち。またもや見た目だけが透明になっている。完全消失した物体は、今のところは見つからない。


「消えてたら見つからないと思うよ」

「そうだけど」


 今日は猫の出迎えもなし。まるで何もかもが私たちを避けているかのようで、少し憂鬱だ。


 その後猫だまりを巡回し、神社と病院で見つけた二匹も図書館と同じく透過猫になっていることを確認する。きっかけは明らかだ。


「不思議だね。昨日柏木さんの指示で僕が元に戻した猫が、みんなさわれなくなってる。これはイレイザーの仕業かな。昨日はインビジブルの犯行だったのに。どうして猫に攻撃している犯人が変わったのかな。誰のせいかな」


 明らかなのに、私の喉元に釘を突き刺してくる侭の性格の悪さたるやだ。つまりこれは、犯人の対策なのだろう。消しても元に戻されるから、戻せないようにした。自分が引き起こしてしまった事件の悪化に胃を痛めつつ、けれどもそれ以上の情報も見つからず、その日はお開きになる。




 翌日の金曜日、さらに事態は動く。日課のごとくに猫のメッカを巡礼し、混乱と共にアジトに戻る。侭は疲れたのか、硬い椅子ではなく部屋隅のソファに陣取って脱力中。しょうがなく私と凪とでホワイトボードに作った猫の勢力図を更新する。


「透過猫、増えてたね」

「だな」


 昨日の今日で何が起きたのかは分からない。けれども事実として、猫だまりにはさわれない猫たちが増えていた。木曜日時点では三匹だけだったのに、今日は透過猫を六匹も発見できた。新たに見つかった三匹は宗像家のレクタ・チョップ・五所川原。ちなみに飼い主への連絡は侭の無慈悲により無期延期中だ。


「今まで完全に透明で見つけられなかったってことなのかな」

「さあな」


 凪は事件に対して深く考えないスタンスを貫いている。それでも声音が示すのは、私と同じ疑念と否定。


「誰かさんが犯行をエスカレートさせたことが原因かな。おかげで事件が動いた。僕としては感謝してもいいけど、急がないと次は本当に消失猫を見ることになるかもね」


 働かないくせにやっかみだけは投げてくる侭。ところであの手は何だろう。お茶を持ってこいとでも言うのだろうか。


「でも、私たちにできることってほかにあるかな」


 方々に助けの手紙は出してきた。井垣さんか薬丸さんか、はたまた例の猫の子本人か。やがては返事が来る。けれども待つだけに時間を費やすには、事態はいささか剣呑だ。


「お茶とお菓子を用意してくれれば、次の手を考えるよ」

「それはいいけど」


 手渡した湿りせんべいと酸化紅茶にげんなりしつつ、侭は体を起こす。


「人の心の内側に切り込む異能犯罪において、手がかりなき手詰まりはよくあることだ。そんなときのために、僕らには必殺のやり方がある」

「何するの?」


 井垣さんの力でも借りるんだろうか。私の期待を、凪のげっそりとした顔が打ち消す。


「見張るんだ」

「……ああ、うん。そう」


 思ったより力技だった。まあ、詰まったら探っていくしかないのは至極当然の話なんだけど。


「三上さんの話によると、インビジブル候補の女の子は夜間に現れる。透明化の処置もその時に行うだろうし、透過猫の出現位置も調べ上げた。ここまで分かったんだ。もう張り込むしかないでしょ」

「問題は、どうやって捕まえるかだよね」


 今のところ、猫を消す透明少女の目撃例はない。これはつまり、能力者自身が姿を消している可能性を示している。


「猫を消す瞬間を捕らえる」凪のシンプルな提案。

「もっと賢い方法ないかなあ」


 言ってはみたけれど、なかなか難しい。ペンキを吹き付ければ一時的に見えるようになるかもしれないし、強い光を当てれば光学迷彩の許容量を超えられるという案も否定できない。侭と二人でいくつか仮定を出してみるものの、いずれの案も不確定だ。とにもかくにもインビジブルを見つけなければ。


「時間はどうする」

「九時以降がいいと思う」


 スーパーヤクマルの閉店時間を過ぎれば、街の明かりは一気に落ちる。私が犯人なら、動くのはそれより後だ。


「それじゃあ、夜九時に駅前に集合でいい?」


 うなずく凪と、なぜか侭の首は横に振れる。


「二十分遅らせよう」

「なんで?」

「見たいテレビがある」


 絶対嘘だ。けれども反論の余地は与えられず、私は落日荘を追い出されてしまった。しょうがない。今のうちに家で寝ておこう。




 ライトアップの足りない寂れた街並みをひた歩き、約束通りの九時二十分。閉店ムードの尾張市駅の前には、意外なことに三つ影があった。凪と侭とはいいとして、見知った顔がもう一つ。


「宗像君、どうしてここに?」


 そこにいたのは猫好きのクラスメイト。薄手のTシャツにチノパンというラフライクな格好で、少し不機嫌そうに眼鏡をいじっている。


「僕が呼んだんだ」


 問いに答えたのは侭。こちらはなぜかジャージを着ている。校章の刺繍があるから学校指定かな。深い青をベースに、上下側面に黒いラインのアクセント、暗いところで見づらいグッドデザインだ。隣で懐中電灯を浮かせている凪も同じ格好をしている。まあ服装のことはこの際どうでもいい。


「呼ばれたっていうか捕まったというか」


 宗像君はかなり不満げだ。


「やっとバイトが終わって帰れるところだったのに。まあ報酬も出るし、ボスのこともあるし、手伝う分にはいいけどさ」


 バイト上がりに強制残業の申し出を受けたらしい。つまりまだボスは返してもらえていないと。不憫だ。


「もしかして、時間をずらしたのってこのため?」

「その通り。人手はいるだろ?」


 目的地は神社病院図書館の三か所だから別にいらないと思うけど。でも、宗像君を捕まえられたのは幸運だ。


 実のところ、宗像灯弥というクラスメイトは私の中では犯人、特にイレイザー候補の一人として捜査線上に残り続けている。

 猫に詳しく、毎日干渉する時間がある人間。それだけで疑う理由としては十分だ。ただし、猫が好きなら危害を加える理由が浮かばない。やはりここでも動機不十分が足枷だ。まあ、別に疑いたいわけじゃないからいいんだけど。


 侭が宗像君に場所を伝え、「それぞれ指定の場所で待機ってことで」と指示を出す。私は宗像君とペア、残りの二人は一人一か所だ。


「犯人見つけたらどうすんだ?」


 凪がコインを浮かせながら問いかける。


「何はともあれ話がしたいかな。捕獲できる?」

「了解」

「手荒な真似は避けてね」

「相手による」


 凪は目と歯をギラギラさせている。一応釘だけ刺しておこう。


「戦いになるかはともかく、ちゃんと観察はしてくれないと困るね」侭も呆れ顔だ。

「分かってるよ」

「この間みたいに徒労になったら僕は笑うけど、文句はないね?」

「しつこいな。勝てばいいんだろ」


 口ぶりからして前例がいくつもあるんだろうなあ。侭は諦め気味に肩をすくめて見せてくる。というか、戦うなって言ってるんだけど。もうちょっと長めの釘はないものか。


 若干の不安は残ったけれど、いつまでもここに待機する意味もない。私も諦めて仕事に取り掛かるとしよう。

容疑者たちのナンバリングは天音が出会ったり見かけたりした順番でつけられています。クラスメイト二人はほとんど同着。

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