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猫と猫好きと猫嫌い

 街灯もほぼない神社への道、前を歩くのはほとんど話したことのない男子生徒。かなり気まずい雰囲気だ。宗像君も同じ気分になったのか、間を埋めるべく話題を提供してくれる。


「なんで柏木はそこまでこの事件を追いかけるんだ? 確かに変な能力が悪さをしてるみたいだけど、結局は猫が消えてるだけだろ?」

「うん、まあそうだけど」


 台詞からして、侭は透過猫の下りを説明してはいないらしい。


「猫たちは透明になっても気ままに生きてるわけだし、正直そこまで執着するほどでもない気がするんだよな」

「……」


 宗像君の言葉は正しい。見えなくても触れなくても猫たちは平常運転だ。事件が目立つのなら国家も動くだろうし、私がいなくても凪と侭は事件を解決するまで動き続けそうだ。だとすると、私が事件に積極的に関与する理由は、それこそ法的根拠の怪しい契約書一枚ということになる。


「なんでだろ」


 宗像君は思い悩む私を見て、ふと表情を緩める。


「まあでも、あいつらにも多少は人の心があったみたいで安心したよ」

「どういうこと?」

「これは言うなって言われたんだけど、椎名の奴、柏木がケガしないように護衛しろなんて言うからさ」

「へえ?」


 意外な事実に声が出る。人でなしに見えて、思ったより私は女子扱いされているのかもしれない。


「最近はフリークハイドとかも出るしな」

「それはまあ、そうだね」


 またもや登場する犯罪組織の名前。正直あんまり好きな話題でもないのだけど。やんわり断る言葉を選ぶうち、宗像君は話を進めてしまう。


「一応ギルドらしいから犯罪者しか狙わないって噂だけど、国会爆破とか考えるとどうもな」

「まあ、怖いよね」


 正確には、フリークハイドが狙うのは犯罪者ではなくて能力者だ。罪を犯していない能力者に対していきなり攻撃を仕掛けた事例もいくつもある。彼らあるいは彼女らは、きっと自身に埋め込まれた鉛の棒に突き動かされているのだろう。


「先週も何だったっけな、『夜が許せない』とかでピカピカ光ってた男が制裁されて、病院送りになったらしくてさ。別にそこまで悪いことしてたわけでもないと思うんだけどな。いや、超能力使うのはまずいんだけど」


 つらつらと読み上げられていく事件の例。なんだかんだで男の子はああいう後ろ暗い組織の話題が好きなものなのだろうか。それにしては、少し不服そうに話すものだけど。


「なんか、詳しいね」


 指摘すると、その表情が少し曇る。


「ボスと二千五百円のためだ」

「へ?」


 唐突に出てくる謎の金額。


「柏木が無理しないように怖がらせとけって、椎名からのお達し。あ、言うなよ。口止めされてるから」

「うーん?」


 つまり侭は、宗像君にお金を払ってでも私を怖がらせたかったと?


「あいつ、柏木に惚れてんじゃないの?」

「えー、嫌だなあ」


 好きだ嫌いだはともかく、そのアプローチで迫られるのは損しかない。


「せいぜい異形の集団を怖がってくれ。俺たちの安寧な生活のために」


 猫が家族の一員であることは当然の前提らしい。不思議と不機嫌でもなさそうだから、金銭面の補助でうまく飴鞭されてるんだろうなあ。


「引くほど怖かったって伝えておくね」

「よろしく頼む」


 宗像君は楽しげに笑い、それからため息を吐く。


「ま、俺としちゃフリークハイドよりもあいつらのほうが怖いけどな」

「あいつら?」

「常盤と椎名」

「ああ、確かに」


 ちょっと麻痺しかけていたけれど、納得だ。


「特に常盤はおかしい。俺バイト先であいつが小競り合いしてるの何度か見てるんだけどさ、堅気の顔じゃないってアレ」

「それはうん、そうだね」


 宗像君のバイト先はスーパーヤクマル。とすると、常連客らしい凪が何度も訪れていることになる。そりゃあ玄関先で即刻拒否するよね。私だって事情がなければあんな顔で殴られにかかる人とは距離を置きたい。


「でも手伝うんだな」

「……うん」


 理由は、分かっているのと分かっていないものが半分ずつ。それに、彼らの感情を垣間見た今なら、純粋に手伝ってあげたいと思う気持ちもなくはないのだ。

 私の思いに答えるように、明かり代わりにしていた端末がメッセージの通知を告げる。


「椎名君からだ」


 インビジブルが見つかったのだろうか。メッセージ画面を見る。見て、辟易。


「『しゃべってないで仕事しろ』だってさ」

「ああそう」


 私に素直に背中を押させたくない理由でもあるんだろうか。というかタイミングが怖い。発信機とかつけられてないよね?

 答えは出ない。出るわけないから仕事に戻ろう。


 前方でとぼとぼ歩く宗像君と同じくらいの角度で、私も神社の方へと足を進める。けれどもふと、その足が止まる。


「どうしたの?」


 駅前の路地で止まったのは前の足。指さし代わりに顔が動く。視線を追うと、そこには昼間も見かけた猫の姿があった。接触判定は消されたまま、気にしたそぶりも見せず優雅に香箱に擬態している。まさか、一見しただけで透過されていることに気づいたのだろうか。


「あの子がどうかした?」

「……レクタだ」

「ああうん、レクタね」めんどくさい飼い主だ。


 宗像君は一瞬猫に近づこうと路地に向かったけれど、数歩で引き返して戻ってくる。


「もしかして撫でたかった?」

「挨拶だけで十分だ。元気そうならそれでいい」

「そう?」


 宗像君には猫たちが見つかったとだけ話している。もっと狂喜乱舞するかと思ったけれど、思いのほか冷静で少し意外だ。まあ、今は見える猫より消える猫。レクタを置いて先を行く。




 駅を左手に踏切を越え、少し歩いた先の神社に到着する。放課後にパトロールした時と変わりなく、事件の気配は目には見えない。

 おあつらえ向きの生垣を見つけ、そこに二人で身を潜める。


 ここはきっと災害に取り残された場所なのだろう。賽銭箱の格子は破れているし、境内に人が立ち入った形跡もない。お決まりの縄と鈴も取り外されているようで、これでは事件解決を祈ることもできない。


「なあ、おい」


 隣に座った宗像君がトゲのある声音で私の肩をつつく。


「何?」

「チョップの周りにあるあれ、なんだよ」

「……ああ、あれね。うん」


 文句を言われるのも当然だ。猫、チョップの周囲には侭がどこからか調達してきたワイヤーメッシュ、すなわち鉄柵が張り巡らせてある。


「椎名君が、ああしないと逃げちゃうからって、椎名君が」


 一応釈明させてもらうと、私は反対したのだ。怪しいし、重いし、そもそも透過猫なんだから柵で囲っても無意味だし。結局は侭の「ベストを尽くさず後悔するのは嫌だ」という謎の熱意に押し負けてしまっただけで。今思うと、これは宗像君を利用した私への侭からの嫌がらせだったのだろう。


「あいつらは動かないよ。もともとここらの猫たちは理知的で棲み分けができてるんだ。チョップもレクタも五所川原もちゃんと自分の領域を分かってる。あ、ボス以外な。ボスはボスだから」


 指を折りながら一つ一つ猫たちの特徴を並べていく宗像君。


「ほんとに猫好きなんだね」

「……昔は嫌いだったんだけどな」

「そうなんだ?」


 今の甲斐甲斐しさから見ると、少し意外な事実だ。


「親父のことも嫌いだったし、じいちゃんも親父のことが嫌いだった。俺の周りには、誰かを嫌いな誰かがたくさんいたんだ」


 暗闇のせいなのか、バイト帰りで疲れているせいなのか、宗像君は私にというより、自問に自答するように前を向いたまま話し続ける。


「でも、あの災害で俺を生かしたのは親父だった」


 災害から生き残ったということは、必然的に宗像君も大事な人を失っている。空が暗いというだけで残酷が当たり前に顔を出す、心痛い世の中だ。


「病院でさ、じいちゃんから『生き残ったのがあの人でなしじゃなくてよかった』って言われたんだ。ひどい話だよな? 俺は親父の死体から逃げてきた人でなしだってのに」


 サバイバーズギルト。その言葉だけが私の中に浮かぶ。肯定されることによってそれを自覚するというのも皮肉な話だ。私は何も答えることができず、だから宗像君はしゃべり続ける。


「だからかな、猫の世話を買って出たのは。じいちゃんが猫好きで、でも年のせいであんまり動けないから、代わりに。そしたら猫は好きになったんだけど、じいちゃんのことがあんまり好きになれなくなっちゃってさ」

「そうなの?」


「家族から孤立してたじいさんだから、そんなもんだ。死んじゃった後まで悪く言うほどじゃないけどな。ただまあ、終わってみれば嫌いな人間は増えてて、残ったのは嫌いだった猫が好きになったってことだけ。んでもって俺は、嫌いになった人間の好きだったものを守り続けてる。おかしな話だよな?」

「……そっか」


 その悩みに答えることはできない。人は他者からいろんな要素を受け取り、託され、あるいは奪って生きている。周りから得た何かを噛みしめることは、成長することだと私は思う。けれどもその言葉は宗像君の求めるものではない。彼はきっと罰を求めているし、私にはそれを与える権利がない。


「そっか」


だから無意味な口慰みをもう一度繰り返し、沈黙に場を預けるしかできない。暗闇で宗像君の表情は見えない。けれども小さく息を吐き、おそらく落胆したのだと分かった。


「ま、俺の話は十分だろ。柏木こそ、どうしてここまでしてあいつらに付き合ってんの?」

「私はそうだね、知りたいから、かな」


 話すつもりはない。間を持たせるために少しだけ。私の言葉をどう解釈したのかは分からないけれど、宗像君は厳しい言葉を返す。


「知ることが必ずしも正しいとは限らないよ」

「……それは知ってるつもり」


 私がやっていることは自己満足だ。こぼれたミルクを眺めながら、どうしてお皿が割れてしまったのか悩んでいるだけ。肯定も否定もされない孤独な石積み作業は、暗闇の中で時間とともに無意味に繰り返されていく。




 二時間が経過する。待てど暮らせど、何も現れない。チョップは変わらず眠そうにあくびをし、首を落とし、ときおりどこか虚空に視線をやる。


「ここはハズレかな」


 宗像君の言葉に同意し、私は集中を少しだけ緩める。インビジブルは複数個所で透明化を実行しているし、そもそも毎日かけなおしているという保証もない。一日目で何かが見つかると考えるのは楽観視が過ぎる。


「常盤君たちのほうで何か見つけられればいいけど」

「同感。じゃないと、毎日深夜バイトになりそうだ」


 ああ、考えたくなかったことを言葉にしないでほしい。気落ちした私に追い打ちをかけるように端末が震える。


「椎名君のほうも収穫なしってさ」

「じゃあ、頼みの綱は常盤だけか。よりによって」


 あんまりな言い方だけど、うん、否定できない。会って数日で判断するのも早計だけど、凪は地道な見張りとか調査とか苦手そうだ。


 とにかく今は信じるしかない。何かが新しい事実が分かって、明日こそは八時間ちゃんと眠れる。凪を信じよう。

宗像灯弥②:人生の情念を猫にそそいでいることもあり、凪や侭とは違った意味で浮き気味な存在だったりします。ただし周囲は猫マニアたる彼の性質を理解しており、奴らのように避けられたり恐れられたりはしていません。

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