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消える被害者、増える加害者

 時計が一巡し、今日は木曜日。大事な転校初週が終盤戦に差し掛かってきたというのに、私の交友関係は変人二人とその関係者に終始していて実に危険だ。


「今日こそ理香たちとお昼を食べよう。そうしよう」


 冷凍食品を弁当箱に詰めつつ、少し早めに家を出る。気持ちのいい朝だからというわけではなく、なんとなくだ。


 足を向けるのは昨日見つけた猫だまりの一つ。昨日の今日で手がかりが見つかるとも思えないけど、近所なら立ち寄るくらいはすべきだろう。


「図書館は、準備中かな」


 窓の向こうに慌ただしい雰囲気と若干の視線を感じつつ、駐車場を一周する。私を出迎えたのは昨日と同じオレンジ色。花壇の奥の方で青い目と赤い首輪を揺らがせている。


「こんにちは」


 冷凍フライとか食べるかな。鞄に手を入れつつ、疑問。


「あれ、見えてる?」


 猫たちは毎日透明化をかけなおされているはずだ。けれども目の前の猫は昨日と同じ、それどころか透過率ゼロパーセントで小首をかしげる。


「まさか事件終了、なわけないか」


 判断はほかの猫たちを見てからでいいだろう。新情報と無視されたアジフライを弁当箱に収容しつつ、最後にひと撫でしていこうと手を伸ばす。


「ん?」


 口からこぼれ出るのはまたも疑問符。理由は指先が触れた、猫らしからぬ冷たい感触。濡れていて、指で押すと小さな抵抗、連動して少し上のチューリップが揺れる。つまりはチューリップだ。


「さわれない?」


 伸ばした五指は見事に猫の頭をすり抜ける。透明化、完全消失、今度は見た目以外の消失。いや、地面を通り抜けないあたり生物との接触判定の消去のほうが近いか。細かい違いはどうでもいいとして、公園の消失現象ともまた違う。犯人は消失現象のバリエーションを試そうとしている? それともまったく違う複数の能力者?


「今日もお昼、屋上かなあ」


 混乱で大合唱する思考回路にげんなりしつつ、学校へ向かう。すぐに私は自分の認識の甘さを思い知ることになる。


「ここだな」

「……うん」


 甘く見ていた。まさか学校を抜け出して現場検証に駆り出されるなんて。


「やれやれ。昼休みになるまで待ってあげたっていうのに、まだ文句が言い足りないとはね」


 後ろの外道が何か言ってるけど、昼まで待ったのは理香が鬼の形相でサボりを止めてくれたのと、そもそも凪が寝坊でいなかったからだ。


「猫は」

「朝いたのはあっちの方」


 花壇に向かうと、朝と変わらずオレンジ猫は座っていた。草葉の陰に隠れるように、私たちの様子を静かにうかがっている。


「さわれないな」

「だね。これは透明猫ならぬ透過猫と呼ぶべきか」


 凪と侭とで交互に事実確認。侭のほうは深いため息のおまけつきだ。これを元に戻す重労働を思い浮かべているのだろう。


「侭、戻せるか?」

「やってみるよ」


 もう一度ため息をつき、猫の額に手をかざす侭。けれども少し待って、小さく首をかしげる。


「変だね。この猫は元に戻せない」


 見た目、接触判定、あるいはすべて。ここまで消され方のバリエーションが増えてくると、どうしても共通項が見いだせてしまう。犯人の能力はやはり透過ではなく消去?「イレイザー」という侭のつぶやきが、私の思考を悪い方向へと誘導する。


 猫たちは要素を部分的・段階的に消されている? いや待て。透明猫は能力減衰の影響を受けていた。だとすると完全変質して戻せない透過猫の現状と合致しないのでは? でも、代謝によってじっくり透明じゃなくなっていく可能性も捨てきれない。そもそも見た目以外が消えた猫はどうやって生きている?


 錯誤する私の思考。現場に交差する複数の理解不能。もしかしたら近いのかも。不謹慎な期待を心の奥底に沈め、一度学校へと戻る。




 わずかな遅刻を拝領しつつ教室に戻り、理香と男二人との無言のバトルに胸を痛め、ついでに宗像君から怪訝の視線を刺され、そんな居心地悪い午後の授業時間。これを乗り切った後にもらえるご褒美が地下室での謎会議なんだから、なんというか理不尽だ。


「じゃあ、第二回透明猫議会を始めます。……なんで私が司会なの?」

「僕らには向いてないんだ」


 侭の言葉はにべもなく、凪は言葉すらなくボスと戯れている。別に嫌いじゃないからいいけどさ。


「手始めに、現状の整理からやるね」


 ホワイトボードのマグネットを端にどけて、点を三つ打つ。


「物体の姿を消す、物体の接触判定を消す、物体を完全に消す。今起きてる現象はこの三つ」


 いずれの作用も科学技術で再現する手段はないから、異能の仕業と考えるのが自然だ。


「透明猫、透過猫、消滅猫って感じかな」


 侭がホワイトボードを指さしながら一つ一つを名付けていく。


「消滅猫」

「ああ、消滅猫はまだ確定してなかったね」


 性格は悪いけど侭の言う通りだ。私たちが見つけていないだけですでに完全に消えている猫もいるかもしれない。

 私の不安を煽るだけ煽って、侭が「続きを」と促してくる。


「消え方は三種類。素直に考えると、物体のあらゆる要素を消す能力者が少しずつ猫を消しているって考えるのが自然だけど、私はこれらが複数人による仕業だと考えてる」

「なんでだ? 全部消す力だろ?」


 凪の疑問はもっともだ。視覚作用と物理作用を同時に起こせる異能核は珍しいけど、存在しないわけじゃない。異能犯の単独犯罪率を考えると、一人の人間が現象を起こしていると考えるほうが自然だろう。でも、いくつか納得できない点がある。


「猫を消す方法が何種類もあるっていうのがちょっと変な感じがするんだよね」


 異能犯罪は犯人の精神構造と世界の乖離を減らすためのもの。だから、結果として発生する事象は一種類であることがほとんどだ。今回のように多種多様な消え方をしている理由が説明できない。


「自分の能力を試してるって線は?」侭が別の問いを投げる。


「だとすると犯行動機が固まってないってことになるから、猫に執着する理由に違和感が出ると思う」

「僕らが見つけていないだけで、虫とか人とかが消えてる可能性はあるよ」

「それは、まあ」

「柏木さんはちょっと複数犯にこだわりすぎじゃないかな?」

「……」


 侭の言葉は正しい。たぶん、この推理には私の願望が紛れ込んでいる。でもきっと、それだけじゃない。頭をフル回転させて、論拠をひねり出す。


「一番引っかかるのは現象の性質の違い。図書館で見つけたさわれない猫、アンチサイキックで元に戻せなかったよね?」

「そうなのか? 侭」

「うん。まあそうだね」

「元に戻せないってことは、あの子はすでに能力の影響下を離れているってことになる」

「なるほどそう来たか」と納得する侭と、「どういうことだ?」と首をかしげる凪。


「猫や遊具は、もう消し終わったってこと」

「んん?」


 首の傾きを大きくする凪。

 私はロウソクを一つ手に取り、備え付けのマッチで火をつける。


「例えば、手から炎を出す能力者がいるとするね」

「ああ」

「その人に対して椎名君がアンチサイキックを使ったとする。どうなる?」

「火が消える」横から侭が答える。

「そう。じゃあ次」


 ロウソクをもう一本手に取り、一つ目から炎をもらい受ける。


「能力を使って火事を起こしました。このとき椎名君が能力を使うとどうなる?」


 ぼんやりと火を見ていた凪の目に焦点が宿る。


「火は消えるけど、火事は消せないな」

「そういうこと」


 現象が完了しているから、公園の遊具と猫は元に戻らない。遊具はずっと消えたままだし、猫も細胞の代謝が終わるまでは消えっぱなしだろう。あれ? もしかして餌も体内を通り抜けて餓死確定とかじゃないよね? 一応地面と酸素が例外っぽいから餌も食べられるとは思うけど。犯人の目的が猫を衰弱させて楽しむとかなら大変だ。


 発散する思考をロウソクの火と一緒に吹き消し、燭台に戻す。


「だから、戻せない猫と戻せる猫がいるのは変だと、私は思う」


 私自身違和感のある推理。侭はやはり思うところがあるらしい。自分の手を少し眺め、けれども反論はしない。


「じゃあ二つの性質に合わせて、犯人をそれぞれインビジブル、イレイザーと仮称しよう」


 侭は言葉とともに、裏返したグラスとホワイトボード消しをテーブルに並べる。


「柏木さんの意見だと、消去能力者、つまりイレイザーは猫の当たり判定を物理的に消し、同じく公園の遊具も消した。対してインビジブルは猫の姿だけを消した。こう考えると、確かに見えてくる関係がある」

「つまり」凪が手を上げる。「インビジブルはイレイザーから猫を隠してたってことか?」

「どう思う? 柏木さん」

「少なくとも私はそう考えてる」


 違う現象が一つの対象に対して起きている。だとすると、まず考えるべきは対立構造だ。猫を消さんとする凶悪犯と、それに気づいて止めようとする善意の能力者。想像するのはあまりに簡単すぎる構図だ。


「善意の能力者、ね」

「何?」


 含みのある反応を示す侭。超能力者と敵意の関係について揶揄しているのだろう。小言の一つでも飛んでくると期待したけれど、当人は思わせぶりな態度を演じて満足したらしい。続きをどうぞと手のひらを差し出すだけだ。まあいいや。なんだか慣れてきた。


「情報は更新された。次はどうする?」

「また、喫茶店かな」


 これまでの状況証拠を見る限り、インビジブルの正体は喫茶店に出没する自称猫の訪問者。三上さんの話から受ける印象としても、きっと悪者じゃない。いずれにせよ事件の関係者だから、見つけて話を聞き出すメリットは大きい。


「そういえば椎名君、電話はかかってきた?」

「音も沙汰もないね。僕らは信用されていないらしい」

「確かに、状況的に信用できないのかも」


 侭個人への信用はともかくとして、異能犯は世界から認識を切り離された状態に近い。誰の助けも得ずに日夜猫を消し続け、精神に負担をかけ続ける。喫茶店で猫の食べ物を漁ったりしているところから、おそらく家にも帰っていない。全部想像だけど、真実だとしたらかなり差し迫った状況だ。


「困ってるなら、助けたい」

「そうだね。震える猫に分厚い服を着せに行こう」


 侭の微妙に同意しづらい言い回しに首を固まらせつつ、私たちは再び@ネメントに足を向ける。

天音が図書館の人たちに警戒されているのは、昨日凪たちと一緒にいるのを見られたせいです。刻々と進む変人認定へのカウントダウン。果たして取り返しのつくうちに事件を解決できるのか。

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