空白の事件現場
通りの入り口まで戻ってきて、手がかりになりそうな場所が複数。さて、どこから探ろうか。
「図書館と病院と神社だと、どれが一番近い?」
「病院だな」
決定も待たずに歩き出す凪。とはいえ状況はきな臭さを増している。私も倣うべきだろう。
駅とは反対方向に進路を取り、遊阿多川を横切って進む。その道中で、不意に凪の足が止まる。
「どうしたの?」
横からのぞくと、橋を渡り切った先、坂の下に病院らしき建物が見えた。けれども凪の視線はその少し手前に向いている。
「変だ」
首をかしげつつ歩みを再開する。追いついてきた侭も眉をひそめ、「予定変更だね」と息をつく。二人の視線の先には公園くらいしか見えないのだけど、何か異変が起きているらしい。そして私には教えてくれないらしい。
「いや、教えてよ」
聞こえない文句を風に流し、私も後を追う。
二人の足が止まった場所は無人の公園。深山公園と掲示されるその場所は、やはり私の目からはいたって普通の公共施設だ。
レンガブロックに黒いプレート、砂張りで小さな生垣に囲まれた十二メートル四方。フェンスもない古いタイプだけど、そこは異変のうちに入らないだろう。だというのに、二人の目は怪訝に細められていた。悪い予感、いや確信がする。
「教えて。何が消えたの?」
「全部だ」二人の声が重なる。
やっぱり。侭はさらに状況を補足する。
「もともとここにはブランコと鉄棒とシーソーがあったんだ」
目の前には何もない。ただただ砂の箱庭だ。
「まさか全部透明になってるってこと?」
慎重に敷地内に侵入し、公園の端から手分けして、本来の姿を手探りで確かめる。けれども何もない。しゃがんで地面をなぞっても、手のひらにまとわりつくのは砂ばかり。
「おかしい」予想に反した結果に、侭も訝しみの感情をあらわにする。
最初から何もなかったかのようだ。透明になるどころではなく、すべてが消えていた。
「侭」
「分かってる」
凪に促され、侭は虚空に手をかざす。きっとそこには何かしらの遊具、手の動きからシーソーか何かがあったのだろう。けれどもすぐに首を振る。
「ダメだ。これは僕の能力じゃ戻せないよ」
異能核の推測が間違っていた? それとも複数犯? なんのため? アンチサイキックで干渉できないということは、遊具は異能の影響下を離れて変質している? 私の頭はめまぐるしく回る。回るけれどもまとまらない。水を入れすぎたホットケーキミックスのように、細かい情報がかき混ぜられるだけだ。
「……」
侭が何か言いたげに私を見て、ため息を吐く。意図は分からないけれどがっかりされたらしい。ちょっと申し訳ない。
それから井垣さんに追加の確認を入れたり、偶然近くを通りかかった人に状況を尋ねて断られたりした結果、この奇怪公園はおよそ十日前から顕現していたことが分かった。透明猫事件の発生(推定)よりも前で、例の少女が頻出するようになった時期と合致する。事件と関係していてもおかしくない。
「柏木さん、ちょっといいかな」一通り公園を調べ終えた侭が戻ってくる。
「例えばだけど、透明化と今の現象を結びつけることはできる?」
少し考える。
「不可能じゃないと思う。異能核、つまりどんな能力なのかの種類によるけど」
「例えば?」
「例えば、犯人の能力が透過じゃなくて消去だった場合。透過は物質の姿だけを消すっていう一形態として実現できるよね?」
異能とは精神の具現。タガが外れた能力者ほど、その異能を拡大解釈させて幅広く使いこなす。
「なら、仮に相手の能力を消去だと仮定しよう。その能力者が猫と公園を消す理由は思い当たる?」
納得しつつ侭から次の確認。こっちの答えは考えるまでもない。
「分からないよ。異能犯の動機は個人の世界に依存しすぎる」
通常の凶悪犯罪にたがわず、異能犯罪は現実と自身のギャップを埋める防衛反応として行われる。
通常と違うのは、超能力者の主観は異能に汚染されているということだ。汚染された心を異能という理外の方法によって動かすがゆえに、彼らの思考回路は通常の犯罪心理学に当てはめられるようにはできていない。そして、災害で変容した右左脳の原風景を突き止めるには、私の想像力はあまりに貧困で陳腐だ。
私の諦めに対し、侭は顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。
「逆に言うと、単独犯の可能性が高いと?」
「確率的には。でも、組織の線もあるかも」
利害の一致、あるいはリーダーとそれに従う能力者の構図があれば複数犯の可能性もある。件数は少ないけれど、大規模な異能犯罪ほど組織単位で行われていると聞く。
「犯罪組織ねえ」
凪は半信半疑だ。いや、下手にギルドなんてやってるせいで非認可組織に軽蔑意識があるのかも。小競り合いとかあったりするんだろうか。
「あんまり関わりたくはないな」侭も肩をすくめている。
実際、名のある犯罪組織がこの件に絡んでいた場合、私たちは下手に手を出せなくなるだろう。けれども、一度その発想に至るといろいろと連想できてしまう。
「でも、手口がけっこう近いんだよね」
「何に?」
「フリークハイドとか」
「ああ、あれね」侭は共感し、「何が?」凪は未だに分かっていない。
「こんな感じに、派手な犯罪が好きな集団がいるって話。たまにニュースにもなってるでしょ?」
「高校生はニュースを見ない」
いやいや断言するな。
「前にもあったじゃん。去年の国会爆破事件とか知らない?」
「それなら知ってる。あれか」
「そう、あれ」
思い出すのは、書斎で珍しく不愉快そうに語る父の姿。
ギルドという名の超法規的措置が取られるには、相応の契機が必要だ。力は闘争を呼び、闘争は勢力を形どる。一部はギルドとして暴力を振るう理由を得て、一部は闘争の末に消えていった。けれどもそうならなかった団体もある。
中でもフリークハイドは最大級の犯罪組織として異能史に名を刻んでいる。縄張り内の能力者を皆殺しにしたとか、国会議事堂を占拠して爆破したとか、いわくつきの団体の一つだ。真偽のほどはともかく、実際に国会議事堂は倒壊し、場所を移した。
能力を知らしめるかのように乱用するその手口が、正直今回の事件と符合する。
「もしもだけど」考えながら、私は少し恐ろしい気持ちに駆られる。「もしもあの手の犯罪組織が犯人だったら、二人はどうするの?」
黒服と戦っていた時の凪のイメージがフィードバックする。けれども不安をよそに、当の凪から返ってきたのは「スピンオフの出番じゃない」という一言だけだった。
「心配しなくても、行き過ぎた犯罪者なら警察も動くよ。僕らがギルドとして介入できるのは、あくまで平和的な小競り合いが起きている間だけだ」
「そっか」
少しだけ安心した。だとすると、ここまで派手に消してくれてむしろ助かったのかもしれない。
その後は予定通りに猫たちのたまり場を巡回していく。当初の予定だった病院を探し、喫茶店方面に戻って神社。そこから私の家のすぐ近くにある図書館。いずれの場所にも半透明の猫たちが鎮座していた。調査の候補地が増えたのは悪くないけど、得られる情報は多くない。
「宗像役に立たねえな」
ぼやく凪の言葉の通り、三匹とも宗像君の情報にはない猫たちだ。
「そもそも駅の反対側だし、生活圏も違うでしょ」
「それもそうか」
ちなみに見つけたのは最初に見た子猫、路地で見たキジトラ、そして喫茶店で出くわしたオレンジ色。つまり全員既知の面々。思ったより街の猫は多くないらしい。
逃げようとしたオレンジ猫を凪が餌で引き留めて、侭の力で半々透明に対症療法。やっぱりだ。ところでそれボスの餌じゃなかったっけ。
「さて柏木さん、何か分かることはあったかな?」
「うーん、全然」
しいて言うなら窓ガラス越しに刺さっている図書館員さんたちの視線がだんだん敵対的なものに変わっているくらいか。星明かりも催促していることだし、今日は諦めてお暇するとしよう。
作中世界はおおよそ私たちの現実と同じ歴史をたどっています。スマホの所有が当たり前になったくらいの時期から大きく異なり始めたイメージで作っているので、その想定で緩く読んでください。




