誰がための犯行声明
「隕石から逃げた時、気づいたらあの場所にいたんです」
言葉はまるで懺悔のように、晴から地面に流れて落ちる。
前回の死源、私が放った神域級精霊術「白唱の九十九、光輪――救世の永遠」がシドに命中していないことは凪が見ていた。仮面の裏側を知った今となっては、ちょっと安心だ。「白唱の九十九、光輪――救世の永遠」の威力だと確実に無傷じゃすまなかったし。
「逃げた時に使ったのってThe rENDの、由宇さんの力だよね」
「……はい」
晴の言葉は地面に向かう。他人の能力について語ることは彼女にとって後ろめたいことに該当するらしい。だよね。私もそう思う。嘘じゃないよ。
「はあ」
時間もあまりないし、私の自己嫌悪はこの際置いておこう。今は翔人の件に集中だ。
「ここの死源にワープして、結局晴はどこまで見たの?」
晴が一部始終を目撃していれば話は早かったけど、そうなっていればきっと子供たちのケンカは起きていない。予想通り、晴の首は力なく横に振れる。
「異界から出た時にすれ違ったんですけど、その時の翔人はケガしていませんでした」
そのまま「ちゃんと注意できてれば」とシームレスに懺悔室を形成する晴。でもその時の格好って黒ずくめの不審者姿なんだよね。姿見せなくて正解だったと思うよ。
そして気になる点が一つ。晴の語りが示すのは、ワープ先が死源の内側であったこと。それ単体でものすごく気になる事実だけど、今考えるべきは別の可能性。
「死源から出る時、鍵使った?」
「はい」
脳内に想起されるのは死源の出入口。晴が手をこまねく間に翔人が偶然近づいて、それを見つけてしまう。通れるのは三回まで。
「仮に翔人が死源の中に入っちゃったとして、内側に危険なものとかはあった?」
私の言葉で可能性に気づき青い顔。ややあって、晴はゆっくりと首を振る。
「とても静かな異界でした。さみしくなるほどに」
慈しむような言葉。静寂は凍傷の原因にはなり得ない。そうなるとやはり、死源が攻撃してきたという線は捨てるしかなさそうだ。
怒涛の質問も一区切り。一度深呼吸をし、両手を額に当てつける。覚悟を決めて、話を進めよう。
「晴の能力について、教えてもらっても?」
ある程度は分かっている。そして、私が分かっていることも晴には伝わっているだろう。けれどもロジックに不確定は利用できない。私は晴と分かり合って、そのうえで唯花たちを救いたい。
「……それは」
逡巡と拒絶。たぶん無意識なのだろう。左手で右手をかばう仕草を見せる。分かっている。相手の能力について根掘り葉掘り聞くのはアンチマナーだし、嫌がっているならなおさらだ。でも、知らなければ前に進めない。嫌われてでも、私は前に進みたい。
「全部じゃなくていいよ。ただ、確認だけできればいいから」
なおもためらいを飲み込み続ける晴。何度か息を吸い、吐いて、それから尋ねる。
「唯花のため、ですか?」
その言葉の意味するところは、晴が私の意図を察したということ。首を縦に振ると晴はまたも逡巡し、しかし最後には決意を固めたらしい。左の手袋をするりと外し、手のひらをこちらに差し出す。
「……わたしの力は、なんというか、劣化コピーなんです」
言葉とともに能力を発動したのだろう。表面に雪の結晶が生まれて風に融ける。冷気を操る異能。その印象は、見たばかりの唯花の能力と一致する。
いわく相手の異能をストックし、およそ二割の出力で自在に行使する接触型能力。手のひらそれぞれに能力を保存できれば複合能力者という例外も生まれうる。
「わたし、自分がないんです。だからずっと誰かの顔色ばっかり見てて、それが能力に反映されちゃったのかもしれません」
「そう?」
慎み深い性格は晴にとってコンプレックスらしい。でも見た感じそれは判断基準を周囲の和や凪に置いた結果というだけで、晴自身はむしろしっかり者だ。心配はいらないし、むしろとても頼りになる。
「というかそれ、コピーじゃないと思うよ」
「え?」
晴が態度を変えたのは翔人のお見舞いに行ってからだ。病室で呆然とする晴は明らかに何かを察していて、けれども翔人は何も話していなかった。つまりはそういうことだ。今だって、手を握るそばから私の考えは伝わっている。
「握手することで相手を理解する能力、とかじゃない?」
「……そう、なんでしょうか」
そもそも晴自身、その性質を知って手を握ってきたはずだ。かなり核心を突いたつもりだったけれど、その表情はなぜか薄暗い。
「そっちはなんというか、生まれつきの特技みたいなものなので」
「ジエンド前からの?」
「はい」
そんなバカな。それじゃまるで超能力者じゃないか。いやでも、超能力が蔓延している以上、ジエンド以前からそういう力を持つ人間がいてもおかしくないのかな? 言われてみると、私の心を理解した左手に別の異能が残存しているのも変だ。心の理解と異能のコピーが一対一でないのなら、その二つが別の能力であるという考え方もさもありなんだ。
「上書きの話、しましたっけ?」
「上書きしないなら手袋で保護したりしないだろうし」
私の当て推量に感嘆したのか、「ほへー」と形容しがたいほわほわした息を漏らす晴。やたらかわいいのは置いといて、とりあえず、第一段階はクリアだ。
「すみませんでした」
確認が終わり、考え込む私を怒っているとでも感じたのだろうか。晴は所在なさげにキョロキョロしたあと、唐突に謝罪を口にする。
「何が?」
「その、何度も天音さんたちの邪魔をしてしまって」
「あ。ああー、はいはい」
どうにも晴は、死源での戦いについて糾弾されると思っているらしい。私としては好戦的すぎる凪の所業について逆に謝罪したいくらいなんだけど。
「でも、『力の差を見せつける』とか言うのは、ちょっと意外だったかも」
死源でのやり取りを茶化すと、晴は首をかしげる。
「それ、天音さんが言ってませんでした?」
「ん?」
違和感。そして即座に浮かんでくる可能性。晴の記憶を検めると、私たちが聞いた敵対的な言葉のほとんどを晴も私から聞いている。つまり、そういうことか。
「……白鳥さんだ」
あの全身嘘つき人間は音を操る。私たちの会話を捏造して伝えることなど造作もないだろう。
「どなたですか?」
「ほら、あの時死源で一緒だった」
カラクリと人相とを説明し、恨みをおすそ分けする。
「器用な人なんですね」
騙された仲間なのにのほほんと笑う晴。本当にあの時の仮面と同一人物なのか疑わしくなるね。
「そういえば、どうしてあんな格好で死源探索なんてしてたの?」
これは素朴な疑問。ゆったりしているだけの普段着と違って明確に隠す意図があるから、単にファッションセンスがずれているというわけではないだろう。
晴は少し考える仕草を見せる。「言いたくないなら」と助け船を出すべきか考えるうちに、決心がついたらしい。
「人を、探しているんです」
小物入れから取り出したのは、死源の鍵。晴が触れると、【X】【仮面を纏い、真実を探せ】の文字列が虚空に投影される。凪たちの鍵とはまた異なる、碑文。
「災害の時、わたしを助けてくれた人にもらったんです」
「助けた?」意外な言葉に声が高くなる。
「はい。瓦礫の下敷きになったわたしが潰されないように道を作ってくれて」
奇妙だ。鍵を渡した人物ということは、凪たちの言う「あの男」と同一人物、あるいは関連する可能性が高い。けれども凪と侭は敵意をむき出しにし、晴は助けられたという。
「どんな人だった?」
「すみません。顔は見えなかったので。でも、男の人だったと思います」
The rENDの三人も含めて資格者は全員が少年少女。六年半前ならそれこそ唯花たちと同じくらいの年だ。子供を巻き込んで、何かを企んでいるのだろうか。
「なんとなく、今の凪と雰囲気が似てるかもしれません」
「うーん」
晴としては、「かっこいい男の人だった」という程度のニュアンスなのだろうか。いま一つ凪の見た目や雰囲気に特徴を感じないから、人物像が浮かばない。とりあえず凪そのままの見た目で悪い顔でもさせてみるか。お、意外と似合うかも。
黒幕(仮)の妄想はともかくだ。話題を碑文に戻そう。
「もらったその鍵に書かれていた通りに顔を隠して死源に来てたってこと?」
「はい」
なんだか釈然としない。書いてある文字にそんな意味があるとも思えないのだけど。
「顔を隠していると、ちょっと冷静になれますし、明確にいつもと違う自分になるのも、けっこう楽しかったりもします」
申し訳なさそうに手をもむ晴。凪の仮面もなんか趣味っぽいし、一緒にいると似通ってくるものなんだなあ。
「それに、死源の雰囲気はあの時の人に似てるんです」
「雰囲気?」
「なんて言えばいいんでしょうか。あの場所にいると、なんだかあったかさを感じて」
それはおそらく、晴自身の能力が死源の本質を捉えているのだろう。異界の核と鍵は同じデザインで、きっと同じ由来を持っている。だからこそ真実を捉える晴の力がそれらに共通項を見出した。
晴が感じたのは、厳しさや冷たさでなく、温かさ。だとすると、私が中心で出会ったマステマは、あの痛みと敵意の塊はいったい何なのだろう。疑問は尽きないけれど、答えに至れるとも思えない。
「ま、そのうち分かるか」
情報だけ頭に入れて、あとは活きる機会を待つのみ。今は今の問題に対処しよう。
「このこと、凪には内緒にしておいてください」
手袋をはめなおしながら、晴は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいけど、話しちゃったほうがいいんじゃない?」
「……いちおう、顔を隠せって言われてるので」
晴はあくまで碑文に力があると信じているらしい。あるいは、おまけのように付け足された「心配もかけたくないですし」の言葉のほうが真意なのかも。
確かに凪は猛反対しそうだけど、それにしたって敵対するよりはいいだろう。ちょっと考えて、それから気づく。
「別に隠したままでもいいのか。謎の覆面助っ人、とか」
凪も侭もあくまで敵対者に対して攻撃的なだけであって、味方をしてくれる人間が増えることには反対しないはず。晴が信じる碑文の文章は、一人でやれとは指示していない。そもそも前回もThe rENDに利用されてパーティー組んでたわけだし。
晴は「うう」と渋い顔。その選択肢に気づいていないわけでもないらしい。「だって、前もその前も敵でしたし」とイタズラがバレそうな子供のような反応だ。凪がお兄ちゃんぶるのも分かる。
「大丈夫。一緒に謝ってあげるから」
頭に手を置くと、柔らかい髪が縮こまる。うつむきがちな、微笑。
「……ちょっと、考えさせてください」
強い能力者が味方になるのは私の安全確保という意味でも非常に重要だ。問題は、能力かぶりで凪の存在意義が薄れることくらいかな。
「ところで、サイコキネシスのほう、なんか強くない?」
晴の言葉を信じるのなら、コピーできるのは二割の性能となっているはずだ。にもかかわらず、大岩を軽々と動かしたり複数人を飛ばしたりと、シドとしてのサイコキネシスは常軌を逸している。
「これも、助けてもらった時にもらったんです」
右手を宝物のように胸に抱え込む晴は、なんというのだろうか。
「初恋?」
「いえ、別に。わたしが好きなのは凪だけなので」
「あ、そうなのね」
意外と冷たい反応だ。一途とみるか刷り込みとみるか。
「恩義を感じてずっと手袋で守ってると?」
「……それもあります」
少し判然としない答え方だ。ちょっとにやけている表情からして、これも凪絡みなのだろう。
「まあ、どっちにしろ、あんまり無理しないでね」
フリークハイドに味方するにしても、そうしないにしても、いずれにせよ晴は死源に潜ることはやめないらしい。ケガなどさせては凪に申し訳が立たない。
「ほら、約束」
左手の小指を出すと、おずおずと指を絡めてくる。おお。
これは一種の生命の神秘と言えるのだろう。ただ指と指が触れているだけ、そこに何の生産性もない、約束という儀式。けれども自分のそれより遥かに良質な皮膚が密着する、感覚を共有する、これほどの快感もないだろう。野良猫が自分の指を舐めてきた時のような、あるいは夏場に浴びる雨のような、よく分からない原初の全能感だ。満たされていく。よく分からないけど満たされていくぞ。
「……天音さん」
「え、何?」
一瞬じとっとした目で私を見て、晴は表情を崩す。
「何でもないです」
さて、ひとしきり堪能したあとで指を放して、名残惜しさを断ち切るために一度深呼吸。
晴がここまで話してくれたのは、ひとえに唯花を、翔人を、子供たちを助けたいから。この真摯さに報いるのが、スピンオフの一員たる私の仕事だ。話を前に進めよう。
「あと一つ、教えてもらっていい?」
「翔人の秘密のこと以外なら」
やんわりと釘を刺してくる晴。さて、私の望みは晴の審査を通るだろうか。
「その翔人の秘密さ、晴が翔人なら、誰かに教えられる?」
晴の眉毛が小さく下がる。首を傾けて、私に一瞥。それでやっと真偽は可決したらしい。渡されたのは「難しいかもです」という控えめな答え。
「そっか」
晴のおかげで分かること、それは翔人の抱える秘密の重さ。誰にも明かせないような大事な秘密。そして晴が介入しないなら、秘密はきっと誰かを傷つけるようなものではない。となると、あとは唯花次第だ。
「ねえ晴。私の思いつき、聞いてもらっていい?」
頭の中で浮遊している要素を元に作戦を組み上げ、晴に一つ一つ説明していく。その表情が怪訝に傾き、不安に駆られ、けれども最後には決意に変わる。
真実はどこにある。喉の奥底で荒れ狂うのは私の悪癖たる好奇心。抗うすべはないけれど、今日のところは観客席にでも座ってもらおう。
心の中でパンドラの箱に鍵をかけ、人差し指の代わりは小指。最後の作戦が始まる。
次回から解決編です。今回は珍しく犯人が分かっていないので予想してみてください。




