黒点
日が昇り朝、とうとう四日目だ。相変わらず子供たちを連れ立ってサバイバルゲームに精を出す凪たちを捨て置いて、私は晴とひたすら家事だ。
「喰らえ」「やめて、やめてってば」
窓の外からは大人が子供をイジメる声が聞こえる。ああ、もう。目が冴えるなあ。
昨日の思いつきの通り、本当に凪はチーム替えを実践してしまったらしい。審判権限でルールを見ると「一ラウンドごとに仲間を入れ替える」と大胆不敵な改竄がなされていた。よくもまあ都合よくワードを引けるものだね侭さんや。
「偶然だよ」出窓からいきなり現れて一言だけのたまって去っていく侭。心を読むな。ていうかこれ、攻守交替ルールが消えちゃったからずっと能力者チームが攻撃することになるけど、いいのかな。
いきなり本義を見失うルールの追加をされた子供たちに混乱が襲い掛かるのも無理はない。結果として散り散りになる子供たちと追いかける凪と侭という構図が出来上がる。
「あっちはもう、ほっとこう」
皿についたケチャップの汚れを水で流しつつ、頭の中で現状を整理する。
子供たちは死源に行った。そこで翔人がケガをした。ケガの原因は翔人と斎藤さんしか知らず、教えてもくれない。けれども唯花は罪悪感を抱えている。
唯花が言う「わたしのせい」というのは、髪飾りを探すために翔人を死源という危険区域に踏み入らせたことだろう。あるいは不慮の事故で翔人にケガをさせてしまった可能性もある。
「――さん」
死源の周囲に充満する抗精神力の低下。それはつまり能力暴走が起きる可能性の高さを示しているわけで、だとすれば例えば境界破壊なども起きやすくなっているかもしれない。その痕跡を見つけられないだろうか。一度件の死源に行ってみるのも手か。
「天音さん」
「わっ」
急に後ろから声をかけられたせいで皿を水桶に落としてしまった。洗い直しだ。
「野乃じゃん。どうしたの?」
背後にあったのは小さな来訪者。いろはの少し後ろにいることが多かった女の子だ。
「お手伝いします」
「あら、ありがとう」
おっと、思わずおばさん臭い感じの反応をしてしまった。野乃も普段から手伝いをしているのか、慣れた様子で子供用の足場をシンクの近くまで持ってきている。
「天音さん、まだ調べてます?」
どうやら今日の手伝いは打算あってのものらしい。少し申し訳なさそうに皿を受け取りながら、野乃は私をちらと見る。
「調べてるよ。やっぱりイヤ?」
「……分からないです」
肯定も否定もしない言動。約束は守りたい、でも真相究明が事態を変えてくれることも期待したい。その両天秤で揺れているのだろう。優しい子だ。
ほかの子と比較してだいぶ静かな野乃と、無言のままに皿を洗う。言葉少なく自分の仕事を果たそうとする姿勢はどこか凪に似ていて、それはつまり晴を経由して伝わった風土の一つなのだろう。その洗う手が、決心したかのようにひたりと止まる。
「昨日、変な電話があったんです」
「電話?」
「夜中に電話があって、ちょうどわたし、トイレに起きてたんで出たんです。でも、相手の人が何もしゃべらなくて」
無言電話だ。
「そういうの、よくあるの?」
施設ともあれば番号は公開している。イタズラの類も多いかも。そんな期待を否定するように、野乃は首を横に振る。
「初めてです。こんなこと今までなかったのに」
そして、不安をあらわにするように皿を水桶に流し落とす。
「なんだか怖くて。今までの普通がなくなって、みんな壊れちゃうんじゃないかって」
「……」
負の連鎖。ふと、そんな言葉が頭をよぎる。常識の外から現れる不条理に流されて、不安と無知に身動きを封じられ、挙句には身の回りすべてから不幸を見出してしまう。好奇心ゆえに痛い目を見た私と真逆で、でも同じ苦しみだ。
「大丈夫だよ」
気づけば私は野乃の頭を撫でつけて、斎藤さんに聞いた言葉を繰り返していた。
「でも」
「大丈夫。大事なものは壊れないから」
声は震えていなかっただろうか。言葉に根拠などない。しいて言うなら経験だけだ。ないから私は頼る、すがるし、決起する。この言葉を嘘にさせるわけにはいかない。
洗い物を終わらせたら今度は掃除だ。あらかたは晴が終わらせているから私の仕事はチェックだけ。力仕事も凪たちが早朝深夜で済ませてくれている。
「あいつらも、やる気がないわけじゃないんだよね」
不器用ながらも子供たちのためにできることをやろうとしている。その結果が空回りだとしても、私は理解してあげたい。
玄関口に野乃の話に出た電話機を見つける。今の時代に珍しい据え置き電話の生き残りだ。ダークグレーの本体の上には張り紙で「施設名以外は教えない」「返事は明るくはきはきと」などと注意書きがしてある。大人の字だ。
「履歴、ってどうやって調べるんだっけ?」
探したら受話器台の下に説明書があった。ページをめくりながら着信履歴を探っていく。確かに、昨日の夜十二時から一時の間に一件、二件、三件。ぴったり二十分おきに着信が入っている。いずれも発信は公衆電話から。
「三回とも同じ人かな」
この電話が子供たちのケンカに関係してくる可能性は薄いだろう。でもそれはそれとして、繰り返されるなら対応しないと。とりあえずは「夜中の電話には出ない」と書いたメモを張り紙に追加する。
そのまま玄関口にある箒を持って外に出る。凪たちから逃げてきたのか、扉のすぐ近くに柳と学の二人が体育座りでだべっていた。シャッフルされたから今は同じチームだったかな。
「どう? 調子は」
「天音さん、あの二人なんとかしてよ」「オーボーだ。リフジンだ」
そうだね。その通りすぎて何も言えないや。私には何もできないのだけど、ここ数日の交流であれらの押し付け先が私であるという偽情報が広まってしまったらしい。ため息を一つ呑み込む。
「ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「人の話聞けよ」「何ですか?」
「ピクニックの日、斎藤さんか翔人か唯花か、何か変わったところとかなかった? 変なところじゃなくて、普段と違うところ」
柳学コンビは「どうだろ」と自信なさげに記憶を頼り、それでもいくつかの情報を教えてくれる。
「翔人は行く前からなんか元気なかったよ。重い爪? つめてる感じ」
思いつめてた理由は唯花とのケンカだろう。
「唯花は普段通りでしたよ。しいて言うなら帰りに車の座席代わってほしいって言われました。窓側、いつも譲ってくれるのに」
これは何だろう。翔人のケガを知りたがったということか。
「斎藤さんは?」
一番気になっているところについては二人とも首をかしげる。
「いつも通りだったよな」
「うん。翔人がケガしたあとすぐ病院に行って会ってないし、あんまり事件のあと見てないんですよ」
学がちょっと寂しげに漏らす。私の感覚からすると、それは少し変だ。斎藤さんは休みの間もずっと子供たちの家事のことを考えているほどの子供好きだ。それが洗濯物もやり残したまま休みに入ってしまうだろうか。もちろん人の心は不確定だから断定はできないけれど、私の心が違和感を訴えるのも事実。
頭の中で可能性を考えてみたけれど、どれもしっくりこない。いずれにせよ、斎藤さんにもう一度会って確かめる必要があるだろう。
「ありがと。助かったよ」
「じゃああの二人止めてくれよ」
「それはみんなでやってね」
「ケチ!」
文句ありありな柳と学をチョコレートで黙らせて、次は誰に聞こうか。ちょうどいいタイミングで視界の端に映る唯花の姿。次はあっちに行ってみよう。
木々を横切って、楽しそうに折れ枝を振り回す凪から凶器を押収して、侭はいないな、とにかくひと気のない方向に進む。確かこの辺に見えたんだけど。
「あ、いた」
低木の隙間に隠れるように、というかまさに隠れている唯花の背中があった。ワンピースに木の葉と泥をまぶしつつ、遠巻きにスローターを見守っている。あーあー、髪が地面についちゃってるよ。
とりあえず同じ高さまで目線を落として、後ろからつついてみる。
「何やってるの?」
「ひゃ」
驚かせてしまった。ふふふ。
横に並んで細枝の隙間から唯花と視界を共有する。見えたのは最前線、二つの陣営の中心地だ。今は凪と侭が泥と土とを投げ合い、たまーにだけ雷とかが飛んでいる。
「やっぱり、唯花は参加しないんだね」
初日からたまに見ていたけれど、唯花が超能力を使ったところは見ていない。遠巻きに寂しげに、ただ眺めているだけだ。
「……人数多いとずるいから」
明らかな嘘。きっと争い事そのものに忌避感があるのだろう。「じゃあ私が入ろうか」と言うと絶望をにじませた顔がこちらに向いてくる。
「ゾクゾクするね」冗談だよ。
「え?」
「あ、冗談だよ」おっと危ない。
唯花は小さく息をついて、再び戦況観察の任務に戻ってしまう。パタパタと音を立てるサンダル姿は悲しげで、一人にしたくない。追いかけつつ、ついでに背中や頭に付いた葉っぱをむしる。
「ヘアゴム、いる?」
「ありがとうございます」
お礼を言うものの、唯花は私の手からそれを受け取ろうとはしてくれない。あくまで翔人との約束を信じるつもりらしい。痛むし目に入ると危ないから結ばせたいんだけどなあ。かわいい感じにしたい。
「昨日、翔人に会ったよ」
唯花の背中がピクリと震える。聞きたいけど聞けない、そんな好奇心が体だけを揺らしたように感じた。おせっかいを焼いてもよさそうだ。
「けっこう元気だったよ。唯花のこと話したら心配してた」
「そうですか」
唯花はそっけなく答えつつもその肩が目に見えて下がる。ちょっとは息苦しくなくなるといいな。
さて、私もそろそろ家事の続きに戻ろうか。そう思って膝に力を入れた時、思い出したように唯花が声を発する。
「……斎藤さんに会ったって、本当ですか?」
「会ったけど、どうして?」
「いえ、どうでした?」
どうと言われても、どう答えよう。
「普通に話して、いろいろ家事のコツとか教わったけど、どうして?」
「ありがとうございます」
「うん、どういたしまして?」
結局どうして? どうして教えてくれないの?
理由は分からないまま、無言が再び場に落ちる。長居は無用かな。
腰を上げ、家屋に戻る途中ですれ違うのは柳と学。
「二人とも、向こうにサボりがいるからよろしく」
「了解、とっちめるよ」
「よくないですよね、サボり」
「うんうん」
ちょっと心配だけど、いったん唯花は周りの子たちに任せよう。私も私の仕事をやらないと。
子供たち一言解説。唯花は優しい、翔人は聡い、健太はガキ大将、いろははリーダー、野乃は引っ込み思案、恵那は無口、学は真面目、柳は地味。




