消えた第一人者
発覚した新事実、旅行先のごまかし。少しずつ見えてきた「約束」の正体。そこに悪意がないことを祈りつつ、私は再び奥の森。最前線で飛び交う氷雷泥をよけながら、目的の子を急いで連れ出す。
「今忙しいんで誘拐しないでください」
たぶんスローターが面白くなってきたんだろう。ふくれっ面で私の立ち位置を怪しくしてくるいろは。はきはきとした物言いからは能力者側のリーダー格たる自信が感じられる。
「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあって」
「事故のことなら教えませんよ」
いろはは自分の指先を後ろ手に隠しながら私を見上げてくる。ミニチュア版の理香みたいでかわいい。
「そんなこと言わずに、教えてよ?」
最初の聞き込みの時、いろはは何かの意図をもって凪を連れ込んだ。唯花は理由を知らなさそうだったから、もしかすると一人だけ違う情報を持っているのかも。だとすると、約束と無関係に聞き出せる。私の浅知恵をどう解釈したのか、いろははさらに表情を強張らせる。
「天音さん、私が犯人だと思ってますよね」
「え?」
ああ。警戒の原因はこれか。隠された指先。ついさっきそこから出ていたのは小さな炎で、やろうと思えば火傷もさせられる。
「ふふ」
「何ですか」
思わず笑ってしまう私。いろはは噛みつかんばかりだ。
「いやだって、無理だし」
いろはの異能は炎だ。でもそれは指先から手のひらサイズの火球を作る程度で、人を入院させるには力不足だ。それこそ宗像灯弥レベルでないと無理だろう。
「超能力って実は、人をケガさせるには向いてないんだよね」
少しだけ抗精神力の手ほどきをすると、おとなしく聞き入ってくれる。自分では無理だと思いつつ、疑われることに不安があったのだろう。それを払拭できるというだけでも、私が来た甲斐があったというものだ。
「だから、いろはくらいの力じゃ火傷は無理だよ。安心して」
「じゃあ、すごい超能力者ならできるってことですか?」
「ん、まあそうだけど」
予想外の反応。私が肯定を示すと、いろははなぜか安堵の息を吐く。
「心当たりがあるってこと?」
「……はい」
この答えが意味するところはすなわち、真犯人の可能性。
「どんな人?」
「分かりません。暗かったので」
勇み足で尋ねるも、しかしいろはの反応は芳しくない。聞けば、見た目をよく覚えていないらしい。
「どこで見たの?」
「海です」
つまり山か。もう少し揺さぶればボロが出てきそうだ。聞き込みのプランを組む私の視界にちょうど良く唯花の姿が映る。
「唯花、ちょっと来て」
体を引きながらも素直さゆえか近づいてくる唯花。
「あの、さすがに二人抜けると野乃と学が大変なんですけど」いろはは不安げだ。
遠くから感じる視線は凪のもの。放っておくと人数不利を理由に自分が参戦しかねない。手短にいこう。
「言えないことは言わなくていいから、教えて」
比較的協力的な態度からして、二人とも今の状況を変えたいのは間違いない。無言は肯定と受け取ろう。
「海に行ったっていうの、あれ嘘だよね?」
「言えません」
毅然としたいろはの答え。「約束だから?」と聞くと、その首が縦に落ちる。
「みんなには内緒で教えてくれない?」
「ダメです。約束なので」
なかなか強情だ。正直答えは出ているようなものだから、そのまま突きつけることもできる。でもそうなると確実に騒ぎになるし、愛子さんの耳にも届いちゃうんだよなあ。もう少しだけ揺さぶってみようか。
「斎藤さんに命令されてたとしても、私はばらさないから」
いろはが見たという不審者。この上なく好都合な容疑者Xなのにその存在が秘められていたのは、あるいは不審者すらも庇うべき対象だから。そんな軽い気持ちで投げた疑いの種。すぐに、後悔する。
私の目を覚ましたのは、耳元で爆ぜる炎の音。遅れて、いろはの口から「は?」という怒気。
「もしかして、斎藤さんのこと悪く言ってます?」
「違うよ。ごめん、違うから」
慌てて釈明するももう遅い。そもそも疑っていたのは事実だ。
空気が熱を帯び、私の皮膚を焦らす。火傷するほどではない、けれども確実な激情。
「わっ、なにあれ」
騒ぎを見つけたのは学。巻きあがる火柱に驚愕しつつ、こちらに走ってくる。後ろにほかの子供たちも続き、あっという間に囲まれる私。
「いろはちゃん、どうしたの?」
「天音さんが、斎藤さんの悪口言った」
涙目で私に指先を向ける唯花。
「斎藤さんが犯人だって、翔人をケガさせたって言ってた」
そこまでは言ってない。否定をする暇もなく、子供たちのざわつきが瞬時に広まっていく。いつの間にか、私の周囲は囲まれている。
「斎藤さんを悪く言うな」
学が手のひらをこちらに向ける。見えるのは紫色の絶縁破壊。ほかの子たちも泥団子を私の方に向けて構えてくる。
「わ、ちょっと待って」
スローターのせいでヒートアップしているのか、子供たちの攻撃性は真に迫っている。隣で唯花が「ひ」と怯えを漏らす。自分が争いを激化させてしまったと思ったのか、「ごめんなさい」と両手で頭を抱えたままうずくまってしまう。そうなると大人としては、頭を抱えたい気持ちを抑えつつ、「大丈夫だよ」というほかない。
飛んでくる泥玉と、頬をかすめる雷と炎。さてどうするか。まあ、ジャージだから泥に当たってもいいんだけど。ここの土あんまりおいしくなさそうだしなあ。
ふいと、周囲に風が湧く。
雷撃が霧散し、炎が立ち消える。後ろからゆっくりと歩いてくる、凪。
「それはダメだ」
怒りはない。いつも通りの、冷静すぎる一言。子供たちを我に返らせるのに十分に作用したらしい。それぞれがはっとした表情を見せ、意気消沈とうなだれる。その頭一つ一つに「よし」と頭を置いていく。
「どうしたんですか」
縁側からエプロンをつけたままの晴まで走ってくる。
「何でもないよ晴姉。だよね?」
いろはが私をくいとみる。「う、うん」子供に気を遣わせてしまった。
「うそはダメ」
晴はうずくまる唯花をそっと抱き寄せつつ、私と凪とに一瞥をくれる。下がる柳眉は不安と非難が半分ずつ。
「ごめん、ちょっと踏み込みすぎちゃったみたい」
できるだけ公平になるよう気を付けつつ、状況を簡潔に晴に話す。一通り聞いてから、晴は小さくため息。
「天音さんの言った通り?」
「うん」
いろははばつが悪そうだ。改めて話を聞くうちに自分が事実を誇張していたことにも気づいたらしい。晴に言われるまでもなく、「ごめんなさい」と小さく頭を下げてくる。
「私こそ悪口言ってごめんなさい」
「よし」
どことなく凪と似たような言い方で晴がにこりと笑い、私たちに仲直りの握手をさせる。これで落ち着けるかな。
「いろは悪くないじゃん」
「斎藤さんの悪口言った天音さんが悪い。何も知らないくせに」
外野から飛んでくる文句は健太と学。敵対中の立場を忘れて私に唾を飛ばそうと口をすぼめてくる。
「何も教えてあげなかったのは誰?」
「う」
晴に一喝されてさすがに悪いと思ったのか、健太たちも口をつぐむ。
「嘘ついてるのは悪いと思ってるけど、約束したんだ」
「……その約束で傷つく人は出ない?」
「出ない、と思う」
学の自信なさげな、けれども確かな返事。晴も約束を盾にされては追及の手を緩めざるを得ないのか、ため息で諦めを手渡してくる。晴がダメなら、私にできることもたかが知れている。
「斎藤さんは誰かにケガをさせるような人じゃない。それは間違いない?」
「うん」
学をはじめ、方々から肯定の返事。今はこれが限界だろう。
少なくとも斎藤さんは故意の犯人じゃない。考えてもみればそうか。こんな辺鄙なところで身を粉にして働く人が、悪人であるはずがない。反省しつつ、質問を続ける。
「休んだ理由は分かる?」
子供たちは顔を見合わせて、「知らない」と一言。言えないのではなく、知らない。
「旅行の帰りにいきなり休むって言いだして、それきり」
学はしょげた様子だ。嘘をついているようにも見えない。
「やっぱり、変です」
晴も首をかしげている。
「斎藤さんがこんな急に休んで、しかも遊びにも来ないなんて」
詳しく聞くと、去年数日だけあったという斎藤さんの休日は子供たちと全力で遊ぶことに費やされたらしい。労働基準法的にグレーな感じはするけれど、今年の事例との温度差を感じる。
「斎藤さん、早く帰ってくればいいのに」
健太の何気ない一言。それを契機に巻き起こる、子供たちの大合唱。内容は「ケーキが食べたい」とか「肩車してほしい」とか「宿題教えてほしい」とかバラバラで、斎藤さんが与えてきた愛情の広さ深さを主張している。
「ごめんなさい」
文句と愚痴の中に交じる、小さな謝罪。声の主は晴の腕の中にいる、唯花だ。
「どうしたの?」
背中を撫でる晴に対し、返事はもう一度「ごめんなさい」とだけ。そのまままた泣き出してしまう。
「全部わたしのせいなんです」
何も分からない。目で周囲に聞いてみても、泳ぐ目たちが不透明さを教えてくれるだけ。
唯花は何かを知っている、でも何を? 教えられないのはなぜ? 罪の意識はどこから? 疑問がよくない想像を掻き立て、嫌悪と好奇心が私の心をかき混ぜていく。
よし、決めた。唯花の頭を乱暴に撫でつけ、そのまま自分の頬を両手で叩く。
「晴、夕ご飯の仕込み、任せてもいい?」
「いいですけど、なんでですか?」
「ちょっと遊びに行ってくる」
言えない、知らない、休みでいない。ないない尽くしのオンパレード。こうなったら被害者に直接話を聞くしかないだろう。
子供たちから天音への呼称はお姉さんや苗字呼びではなく名前呼びで統一しています。代名詞を使わないのは晴という姉がすでに存在するというためであり、名前呼びなのは生まれを気にせずに家族として過ごさせたいという愛子の教えを守るためでもあります。なお斎藤さんが苗字呼びなのは愛子がそう呼んでいるためです。




