前哨戦
スローター。意味するは無量の殺戮。困惑する私をよそに凪はてきぱきと準備を進めていく。倉庫小屋から取り出したのは組み立て式のテーブルと椅子、それからパーティーグッズなのか、穴の開いた抽選箱と紙束。くじ引き大会?
「これ、あっちの森に持ってくから」
私に紙と箱を持たせて、カシオペア家屋の奥を指さす凪。ピクニックにちょうどよさそうな山林だ。密集した木々の一部にけもの道が見える。言う間に凪は森に分け入って、ひらけた広場に品々を並べていく。
「ねえ、スローターって?」
「今考えてる」
作業に集中しているのか凪の言葉はおざなりだ。一通り会場の設置が終わったら、今度は晴に頼んで子供たちをそこに誘導していく。何か目的がありそうだし、とりあえずは静観でいいかな。
「何だよ急に」
「私たちお兄さんたちみたいに暇じゃないんですけど」
「ああ、みんなに頼みがあってさ」
集まった子供たちを満足げに眺めてから、凪は手でメガホンを作って宣言する。
「これからみんなには、殺し合いをしてもらう」
「ちょ、ちょっと待って」
せっかくの静観が一瞬でキャパオーバーだ。割って入った私に、凪は苦笑を見せる。
「一回言ってみたかった」
たぶん子供部屋にあった古い映画の影響だろう。肩をすかす私の後ろから侭の声。
「でも、だいたい似たようなことはやるよ」
「どういう意味?」
振り向くと、侭は子供たちを指さす。こちらも私と同じように不満と汗を顔に浮かべている。
「早く説明しろよ」と声を荒げる健太を手で制し、凪は一同を改めて見渡す。
「俺は今日一日、お前らのケンカを止めるべく頑張って調べたり働いたりしたんだよ」
「ケンカしてないです」
唯花が小声で訂正しても聞かぬフリ。大丈夫、この人言うほど調べても働いてもないから。
「そうなんだよな」意外にも凪の反応は肯定。「そこが問題だった」
話したいのか、後ろから侭が一歩前に出る。
「争いを止めたいのに、争いが起きてない。由々しき事態だ。だから僕らは考えた。争え」
なるほど。だいたい分かった。私は侭の後ろから素通りして、そのまま唯花の横に腰を落とす。
「え、あの?」困惑する唯花。
「気にしないで」単にあいつらと同じ立場にいると思われたくないだけだから。
「は、はあ」
侭は私の寝返りに分かりやすく侮蔑の視線を送ってから、説明を続ける。
「遥か古代の時代から、争うことは権利の主張に使われてきた。知識も教養も前提としない、言語よりも原初のコミュニケーションツールだからね。それらは時とともに姿を変え、けれども決してなくならない。狩りの腕前、舌戦、略奪、政、人と争いの歴史は紐解くととても長い。どう思う?」
急に話を振られた子供――学はぎょっとして、それでも真面目なのか答える。
「争いはよくないと思います」
「ほう、なぜ?」
「ケガするし、女の子もいるし、それに『違い』もあるし」
周囲をちらちら見ながら恐る恐るの回答。けれども筋は通っている。侭も満足げだ。
「そうだね。僕らには得手不得手があり、禁じ手がある。のろまなカメはウサギには走り勝てない。勝てないくせに負けを認めない。ではどうすれば、僕らは平等に争うことができるのか」
「まあぶっちゃけ、俺らもガキのころに同じ問題にぶつかったんだよ。ケンカしようにもお互いの得意分野が違いすぎて、なんか勝った気がしないってやつ」
遠く昔に思いを馳せる仕草を見せる凪。たぶんあったんだろうなあ、侭を殴り倒してすごい負け惜しみ言われたとか。
「知らねーよ」
当然ながら、子供たちの反応は冷ややかだ。もちろん私も。
「二人とも、早く話進めて」
「はいはい」
ある程度語って満足したのか、侭がこっちに来て座る。ここは観客席じゃないんだけど。
「あ、残り俺が説明するやつ?」
「よろしく」
「はいよ」
凪はテーブルの上に置いてあったホワイトボードに何かを書き記していく。
「スローターってのはさ、ルール決めのことなんだ」
そして、ホワイトボードをこちらに向ける。文字と、両脇に書いてあるのはウサギとカメ? かな。予想より絵心のあるポップな絵柄にちょっと困惑。「スロースターター」反射的に書いてある文字を読み上げる私。
「そう。のろまだ」
言って凪はペンを裏返し、背についているクリーナーで文字列を消していく。
「スロー、ター」
出遅れ者が虐殺を起こす。なんのこっちゃ。
「のろまの星取り。いらない星を取って、カメでも戦えるルールに変えた」
「カメは虐殺できないと思うけど」
私のもっともな指摘に対し、凪は言葉ではなくペンを渡す。
「じゃあ次、天音の番。俺はウサギだから」
「ああ、そういう?」
なんとなく趣旨が見えてきた。少し考えて、文字を五つ書き足す。
「ストロベリーイーター。早食い競争で」
「上出来だ」
凪は満足げにうなずいたあと、凪は手を使ってホワイトボードを一掃する。ウサギとカメも消えちゃって、ちょっともったいない。名残惜しむ私の前で、凪は詳細説明なのか何事か追加で書き出し、こちらに見せる。
「一、最初に。二、三、四、五。どういうこと?」
「いや、途中からしゃべったほうが早いなってなった」
「テキトーだなあもう」
グダグダの凪の説明を整理して、私が改めてホワイトボードに書き写す。結局説明する側に回ってしまう自分の意志薄弱たることよ。とにかく、提示されたルールは五つだ。
一、最初に、両者の敗北条件と基本ルールを用意する。
二、敗北条件を満たすか基本ルールを破った側の敗北となる。
三、ゲームはラウンド制で行われる。ラウンドの勝敗は基本ルールに準拠する。
四、勝利したチームは単語をランダムに与えられ、ルールや条件を改変できる。
五、変更後のルールは審判以外は確認できない。
「つまり、ルールに手を加えられるゲームってことだよね」
「そういうこと」
直接戦闘で有利ならルールに手を加えやすいし、頭が良ければルール改竄を読み切ってゲームメイクができる。おそらく、凪と侭が互いの偏りある技能を活かすために作ったルールなのだろう。珍しく人道的だ。でもほんと、言葉遊びが好きだこと。
「戦いって納得しないと後を引くからさ」としみじみ語る凪、侭もうなずく。
子供たちの反応はどうだろうか。互いに顔を見合わせて困惑を表現しているけれど、視線はホワイトボードに集中している。新しい遊びに食いついた顔だ。
「ケンカはダメだって斎藤さん言ってた。五つの約束違反だし」
「でもこれ、ケンカかな?」
さざめきは二つの波を作り、やがて両グループの代表同士で話が通る。審議の結果、最終的に凪の提案を受け入れることにしたらしい。
「俺らが勝ったら翔人のこと謝ってもらうからな」
「私たちが勝つから、誤解してたこと謝って」
健太といろはから提示された互いの報酬は実にシンプル。あんまり欲のない子たちだ。
あとは基本となるルールだけど、どうなるかな。
「ある程度は俺らが決めるけど、いいよな」
凪はホワイトボードをまた消して、ルールの枠組みを作っていく。後ろの子供たちの文句は届いていなさそうだ。やがて出来上がったルールに侭がいくつか修正を加えたものが、私たちの前に示される。
能力ありチームの敗北条件:一ラウンド十分の間に、能力を一度も使わない。
能力なしチームの敗北条件:一ラウンド十分の間に、能力を一度でも使う。
基本ルール一:攻撃に使用できるのは水風船、泥玉、能力のみ。
基本ルール二:ラウンド中に相手の的をすべて破壊すると攻撃側の勝利、それ以外は防御側の勝利。
基本ルール三:ラウンドごとに攻撃と防御を入れ替える。
雑にまとめると、泥団子合戦みたいな感じかな。
これをもとに戦って、少しずつルールを変えていくわけだ。とりあえずは殴り合いにはならなさそうでひと安心。子供たちも審議の結果問題なしと判断したようだ。
「能力なしチーム、敗北条件満たせなくないですか?」
学が手を挙げて自軍の不利を訴えるも、凪の「能力でラウンド取って変えればいいだろ」の一言で納得させられてしまう。争いの起点を考えても、このスタート地点は妥当だろう。
基本ルールが決まったあとは、ルール改変用の単語の準備だ。エキスパートいわく五十音を無作為に選んでから決めるのが主流らしい。スマホのアプリで文字を選んで、凪が用意したくじ引き用紙に一人ひとりがペンで単語を決めていく。
「これ、見せていいやつ?」
「「見せないほうが面白い」」凪と侭の声が重なる。
「なるほど」
スマホ画面に示された「な」の文字。あんまりセオリーが分かってないけど、何を入れようか。悩んだ末、「仲間」と書き込んで抽選箱に放り入れる。
「準備できたな」
全員が書き込み終わったのを見て、凪が両拳を突き合わせる。いや、殴り合いじゃないでしょ。
「ストップ凪。始める前に一度ルール改変の説明をすべきだ」
「あ、そうだな」
侭の言葉で凪は抽選箱に手を突っ込み、紙片を一つつかみ取る。
「ラウンド取ったチームは、こんな感じに一つルールを取り出すわけだ」
広げて見せられた紙には、「愛子さん」と書かれている。文字列を見て「げ、俺のじゃん」とうめく凪。
「ま、いいか。引いたルールは、今あるルールの好きなところに足したり入れ替えたりできる。例えばだ」
紙をホワイトボードに貼り付ける凪。
基本ルール一:攻撃に使用できるのは水風船、泥玉、能力、『愛子さん』のみ。
「こんな感じ」
いや、どんな感じよ。けしかけろと?
「あるいは、こういう手もある」
今度は侭が紙を別の場所に移し替える。
基本ルール二:ラウンド中に『愛子さん』をすべて破壊すると攻撃側の勝利、それ以外は防御側の勝利。
愛子さんで遊ぶな。
「てにをはとか助詞は好きに使っていいけど、あんまり悪用はダメだね。その辺は審判に任せるよ」
侭は言いつつ、紙を破って私に手渡す。はいはい、捨てときますよ。
「審判は天音で」
「了解」
有無を言わさず役目を押し付けられるけど、これは私がやったほうがよさそうだ。
その後いくつか確認と実例を繰り返したのち、子供たちもルールを理解したようだ。凪と侭は満足げにうなずいて、それぞれ能力者・非能力者のそばに立つ。
「もしかして、二人も参加するの?」
「僕らは現場監督。不正がないように見張っておくよ」
ホワイトボードを見つめながら、表情筋を上向かせる侭。楽しそうなのはいいことだけど、なんだろう、不安になってきた。
十分ほど凪による執拗な柔軟運動を挟んで、私の合図で試合は開始される。最初の攻撃側はじゃんけんで勝った凪、つまり能力者チームだ。
あれこれ話し合ったわりには、ただのサバイバルゲームみたいな感じになったようでひと安心。特殊な要素があるとすれば、超能力の使用が解禁されていることと、大人げない年長さん二人が陣頭指揮を執っていることくらいか。
すぐさま能力で投擲攻撃を仕掛ける凪と、やり過ごしながら大樹の裏でこそこそ作戦を話す侭。たぶんこっちは罠でも仕掛けるつもりなんだろうなあ。二人とも加減する気ゼロでお姉さんとっても不安。
それはそれとして、思うことが一つ。
「退屈だ」
審判はラウンド中特にやることがないし、戦況のすべてを把握するにはこの森は少し視界が悪い。私これ、いる意味あるのかな。ぼんやりと戦いを眺めていると、横道から晴の姿。爆音を聞きつけてきたのか、小走りだ。
「今、どうなってます?」
「一応、健全?」
状況を説明すると口元を波線に歪めて理解を示す晴。反応を見る限りスローターについてはすでに知っているらしい。
「やらないでって言ったのに」でも、認めているわけではないと。
「まあまあ」
なだめつつも空いた椅子を勧める。ちょうど話し相手が欲しかったところだ。
「昔からあの二人はこんなケンカしてたの?」
「……昔はもっとひどかったんですよ」
少し語気を強める晴。聞くと、晴が住み始めたばかりのころは毎日のようにケンカをしていたらしい。
「二人とも子供だから手加減もなしに殴り合って、その場は凪が勝つんですけど、そのあとで侭さんがひどい罠で報復するんです。ほら」
晴が指さす先には横たわった丸太。一見すると山林の憩いだけど。
「あれが倒れたせいで凪が三針縫ったんです」
「うわあ」
よく見ると丸太の断面には人為的につけられた切れ込みがあった。子供のケンカでやっていい仕込みじゃない。
「でも、そんなに仲悪かったの?」
私が知る限り、あの二人はときおり口ゲンカや罵り合いをするものの、それが友達や悪友の範囲を出たところは見たことがない。
「たぶん、やり方を探していたんだと思います」
何のやり方だろう。私の疑問を察して、晴は目を遠くする。
「最初は人助けでした。災害の時、凪は走り回っていろんな人を助けてましたし、途中からは侭さんもそれに連れまわされてました」
「へー、意外、でもないか」
無表情で子供に手を差し出す凪の姿はちょっと想像できる。晴の口ぶりからしてやめてしまったみたいだけど、真人間だったころもあったんだなあ。残念。
「凪はかっこよかったです」
「あ、そう」
本人的に重要要素であろう無駄知識を挟みつつ、晴の話は続く。
「いじめっ子を懲らしめたり、悪い大人に立ち向かったり、いろいろやりました。でも、なんだか二人とも楽しくなかったみたいで」
「それで、行きついた先がケンカだと」
「そうなんです」
過ぎ去りし日を相手に、ほとほと困り果てる晴。
二人の心境は分からないけど、想像はできる。サバイバーズギルト、メサイアコンプレックス、PTSD。耳障りよく定義するのもはばかられるような、感情の投棄先。二人は戦いにそれを見出してしまった。つまり、お互いを利用した、虚しい自罰だ。
争いは続く。最初は秘密裏になされていたらしきそれは、いつしか晴の目にも見える場所で堂々と延々と繰り広げられるようになったという。
「血だらけで帰ってきた二人を見てとうとう愛子さんの堪忍袋の緒が切れて、それでみんなで考えたのが、五つの約束なんです」
ケンカしない嘘つかないの五原則。凪本人から聞いたものだ。
「約束って、あいつら守ってたの?」
「はい。約束なので」
「ふうん」
短い聞き込み調査の中でも感じられた、この施設における約束という言葉の大きさ。よく言えば絆、悪く言えば呪縛として子供たちを制限している。これがあるから侭と凪は大人になれた。でも、約束のせいで今の子供たちが縛られるのは、ちょっと悲しい。
「……破っちゃえばいいのに」
再び泥玉が爆発し、煩わしい音を立てる。子供たちの怯えと怒りが具現したかのようで、なんだか嫌な気分だ。
「約束は、守らなきゃいけないものじゃないですよ」
私のぼやきを包み込むように渡される、晴の言葉。簡易椅子の上で足をパタパタ揺らして、夏の熱気を忘れさせる。
「約束は、守りたい人のために、守りたいから守るんです」
視線の先には、やはり凪がいる。子供たちをぐいぐい振り回しながら泥を能力で逸らす姿。きっとあの手は、晴を引いた手なのだろう。
「それに、約束を破ったら、いろいろ飲まされて大変です」
少しの苦笑とともに、実感を込めて晴は言う。まさかこの子もスピリタスを飲まされた過去があるのだろうか。
侭の報復でできたケガは一章でほんの少しだけ触れたこめかみの傷です。血まみれになった凪は「マジふざけんなよ」とぼやきつつ倒れた侭を背負って帰り、愛子と病院の先生から「マジふざけんなよ」の波状攻撃を喰らって入院しています。




