左小指のサテライト
意見の統一も無事終わり、とにかく情報収集の準備が整った。私は晴を引き連れる凪を引き連れて、まずは健太たちの部屋に向かう。
「よし、行くか」
「先に話通してきますね」
逸る凪をやんわり制して、晴が部屋に入っていく。聞き耳を立てるわけではないけれど、所在もなくて聞こえてくる音に耳を傾ける。
歓声じみた子供たちの騒音、少ししてそれは困惑のオノマトペに変わり、話し合いらしき音が交じり始める。晴の声は聞こえないけれど、何度か「約束」という言葉が聞こえてきたから、うまく事を運んでくれているらしい。
やがて扉が開き、晴の顔が見える。真っ先に凪を探す両目は、少し傾斜気味だ。
「もしかして、ダメだった?」
「話してくれるそうです」
「よかった」
「こういうの初めてで、緊張しました」という言葉が、私に常識という概念を思い出させる。
「今度埋め合わせするから」
「楽しみです」
男ども抜きで甘いものでも食べに行こう。そんな妄想を膨らませつつ、凪と侭を連れて部屋に入る。
扉の先で迎えたのは三対の目。凪を見て少しだけ強張ったけれど、うまく晴が説明してくれたらしい。昨日よりかはいくぶん平和的だ。
「晴姉が頼むから、しょうがなくだから」
健太が晴を見て、晴が凪を見て、凪が私を見る。許しが出たと判断して、ようやく私たちは床に足を降ろす。ここからが本番だ。
「唯花たちと距離を置いてる理由は、どうして?」
「あいつらのせいで翔人がケガしたから」
健太の言葉は少し震えていた。つまり、超能力絡みだ。
「誰かが翔人をケガさせたのを見たってこと?」
「見てないけど、あいつらだ」
判断の基準は問うまでもない。翔人のケガが子供たちにも分かるくらい普通ではなかったのだろう。私の推測を肯定するように、健太が声を荒げる。
「オレが翔人を見つけた時、あいつは火傷してた。火なんてどこにもなかったのに」
「火傷」
晴は何か思い当たる節があるのかもしれない。ほとんど無意識に凪の二の腕に手を触れながら、けれども何も言わない。
「そのことを唯花たちはなんて言ってた?」
「『わたしたちじゃない』って。でも、信じられないだろ」
信じられないのも当然だ。だって二つのグループは分かり合おうとしていなかったのだから。それが分かっているから、晴の顔つきも沈んでいく。隣の凪が「なんとかしろ」を目で訴える。
「動機は。ケガをさせる理由はあったの?」
思わず口をつく短絡思考。しかも、運の悪いことに心当たりがあるらしい。健太の顔がぐしゃりと歪む。
「翔人と唯花は、ちょっとケンカしてたかも」
「ケンカってどんな」
「ええと、確か」
「ちょっとタイム」
記憶をたどろうとする健太を柳の腕が捕まえ、部屋の奥へと連れていく。恵那も交えて少し内緒話をした結果、どうやら議論は否決したらしい。
「言えない」とだけ、柳から冷淡に告げられる。
「晴にもか」「この晴さんにもか」
「言えないようるさい」
二人が余計なことをしたせいで嫌われてしまったらしい。「そろそろ宿題やるので」と恵那が控えめに退却を要請してきて、私たちはすごすごと部屋を出る。
その足で向かうのは当然、能力者たちの部屋だ。先ほどと同様に晴の仲介を経て、インタビューの権限を得る。
「――って言ってたけど、そうなの?」
「違う!」
やんわりと健太たちの話を伝えてみると、いろはを中心に否定轟轟。加害者の自覚があるのなら罪の意識でケンカも収まっていただろうし、これは予想通り。
「私たち何度も言ったよ。私たちじゃないって。そんなことしないって。でも信じてくれないし」
主張するいろはは怒気混じり、唯花は少し涙声だ。怯えがない分、いくらかこちらのほうが聞き出しやすそうだ。
「翔人がケガした時、私たちみんな遠くにいたんだから」
それぞれ潔白を証明するいろは、唯花、学、野乃。断言するわりに、なんだかその言い方に弱気を感じてしまうのは気のせいだろうか。
「アリバイ工作の臭いがするね」
器用に私にしか聞こえないようささやく侭。びっくりするから耳元で話しかけないでほしい。
「遠くって、具体的には?」
数秒の間。目線による作戦会議らしきものが開催され、返ってきた答えは「言えない」の一言だった。
「言えないのは、なんで?」
「約束だから」
「あ、バカ野乃」
うっかり口を滑らせたらしき野乃は顔を青くする。実に分かりやすい隠し事の気配だ。
「約束って?」
答えてくれないと思いつつも問いを投げると、無言で首を振られてしまった。期待を込めて晴からも頼んでみたけれど、結果は同じ。よほど話したくない内容らしい。
「あと、翔人と唯花がケンカしてたって言ってたけど、本当?」
「誰が言ったんですか」
答えてきたのは唯花ではなくいろは。分かりやすく怒気をまとっている。
「ごめんね。それは黙秘で」
「じゃあ私たちもモクヒします」
唯花は何かしゃべりたそうにしていたけれど、結局いろはの剣幕に押されたらしい。「黙秘します」とかわいく頭を下げる。
「分かった。ありがと」
ひとまずはこれで十分だ。拒絶されてちょっと泣きそうな顔の晴の手を引いて、そのまま部屋を出る。
リビングに戻ってきて、聞き耳を立てる愛子さんに愛想笑いを投げつつも作戦会議。新しく得られた情報は三つだ。
翔人のケガは火傷で、おそらく能力によってできた。
唯花と翔人の間には、何らかのわだかまりがあった。
子供たちには隠し事があって、それを明かさない約束をしている。
「よく分かんねえな」
「分からないということが分かったとも言える」
凪が早々に匙を投げ、侭がその匙をテーブルクロスでくるんで隠す、いつもの流れ。
「一個ずつ掘り下げてみるしかないかな。気になることとかある?」
私が場を取り仕切るのもいつも通りだ。
「そもそも、犯人は誰なんだ」気だるげに意見を出す凪。
「そこはまだ何とも」
健太の怯えようからして、能力が事件に絡んでいるのは間違いない。でも、だからと言って唯花たちを犯人と推定するのは短絡的だ。境界破壊による暴走も考えられるし、ほかに犯人がいるパターンもある。不幸な事故の可能性だって否定できない。
「ううん、違うかも」
「何がだ?」
健太たちが唯花たちだけを疑っている以上、相応の理由があるはずだ。第三者が犯行に関われないと断言できる状況だったのか、あるいは犯行動機となりうるほど唯花と翔人のわだかまりが深かったか。なんにせよ、確かめておきたいことはある。
「晴の目から見て、子供たちに犯行は可能?」
「それは、その、分からないです」
晴の答えはしどろもどろ。これはイエスと受け取っていいのだろうか。
「可能なわけだね」
迷う私の背中を、侭のトゲのある言葉が押す。晴は悲しげな顔をして、それから諦めたのか、「可能と言えば、可能です」と白状する。
「具体的にはどんな能力が?」
なおも詰める侭。晴は逡巡し、「そこは、プライベートなので」と答える。踏み込むかを目で問うてくる侭に、私は首を振る。
「能力はまだ知らなくても大丈夫」
これ以上聞くのは晴にも子供たちにも悪い。切り上げて次の話題に行こう。
「あとは、敷かれている緘口令の正体だけど」
分かりやすく提示される課題。晴にさえ話すことができない、約束という呪縛。
「言えないのはたぶん、言うことによって不利益が生じるから」
ケンカ中の子供たちの間に共通認識として存在する、ある種の口裏合わせ。それはつまり、隠している秘密が全員にとって共通である可能性を示している。
「例えば、ここにいる子供たち全員で翔人をイジメていた、とかね」
「嫌だなあ、それ」
侭からの陰湿な意見にも一考の価値ありだ。確かにそれなら状況を秘匿する理由になるし、何より翔人がケガした理由として十分すぎる。
「いじめはないですよ」
晴の断定は心強いけれど、これも根拠には欠ける。可能性として頭の端っこには残しておくべきだろう。
「一人一人に話が聞ければ、もうちょっと違うのかもしれないけど」
子供たちは示し合わせてはいるけれど、口の堅さは十人十色だ。現に健太や野乃が口を滑らせかけている以上、個別に面談できれば聞ける話も増えるはず。
「難しいだろうね」
難色を示す侭。私も同意見だ。子供たちはほとんどの時間グループで行動しているし、さっきの話で私たちへの警戒も強まってしまった。何より、孤立させて話を聞き出すのは性格が悪くてやりたくない。
「もう一回だけ、話聞きに行ってみよう」
しつこく聞くと嫌われちゃうかも。ためらいを椅子と一緒に吹き飛ばし、私は立ち上がる。大丈夫。フォローは晴に任せよう。
「晴、ちょっと手伝ってくれない?」
「はーい」
いいタイミングで愛子さんの声。私の一歩は前に出ることなく、空中静止だ。
「すみません。そろそろ夜ご飯の準備も手伝わなきゃなので」
「あ、そうだね。私も行くよ」
「天音さんは子供たちを頼みます」
「料理下手はいらないってさ」
家事全般ダメダメな皮肉売りに辟易の視線を支払いつつ、私の足は浮きっぱなし。困ったな。これをどこに振り下ろそうか。
キッチンへと消えていく頼みの綱を見送って、再び私たちは無援の烏合と成り果てる。
「さて天音、次はどうする?」
「うーん」
考える私の両手が凪の異能で勝手に動く。踊れと?
促されるままフラダンスもどきを演じながらも、頭の中には雲がかかる。催し事はそれなりに楽しくはあるのだけど、互いを徹底して避け合う現状は、踊って仲直りするような状態でもない。子供のケンカが三週間続いている時点で、それは異常事態なのだ。踊っている場合じゃない。
「あいつらの世界は閉じたままだ」
凪の抽象的な見解が、現状を的確に示す。子供たちは自分の近くに壁を作り、溝を作り、互いを遠ざけている。確かに近づけばケンカになるから合理的ではあるんだけど、一度も話し合わずに籠城するのは誤解を作りかねない。
「でも、お互い話し合うには価値観が違うと思っちゃってるんだよね。どうにかして平和的にテーブルにつかせられないかな」
「それなら、いい手があるな」
私の発言に反応を示したのは、意外にも凪。何かを思いついたらしく、周囲のメモ用紙で宙に渦を作る。
「あれか」
侭が同意を示し、そしてなぜか台所の方に視線をやる。愛子さんと晴は奥の方で揚げ油と格闘してくれている。私たちもそろそろ仕事に戻らないとなんだけど。
やがて凪は浮遊する紙を数枚抜き取り、あくどい笑みを浮かべる。
「スローターをやろう」
直訳すると大虐殺。物騒なワードのわりに、凪の言葉は奇妙なほど楽しげだった。
常盤凪⑦:施設生活が長いためこう見えて凪はかなり料理ができます。ただし誰かがやるなら自分はやらない主義なのでめったにやりません。




