真夜中の対立
刻々と時の歩みは夜を追う。悩みながら家事をこなし、子供たちに夜ご飯を食べさせてから風呂宿題と歯磨きの号令。終わってからようやく大人組も食卓だ。少し伸びた残り物のパスタを囲みながら、現状を整理する。
少なくとも、今の状況は子供たち自身にとっても好ましいものではない。不安定な精神が冷戦のストレスによるものなのは明白だし、子供たち自身も事態を好転させたいことは確認できた。
「どうにかして秘密を教えてもらわないと」
「大変だな」
意外なのが、この凪の反応だ。行儀悪く頬杖をついたまま、パスタに空中で結び目を作っている。スピンオフの創設理由からして、凪は率先してこの問題を解決にかかろうとすると思ったのだけど。「冷たくない?」とやっかんでみても、反応は味気ない。
「助けが欲しいなら声上げるだろ」
それができないから困っているだろうに。唯花の反応を見るに、困っているのは確かなのだ。
「声なき声ってあるよ」
「声なきは声でなきとに同じかな」
「いや、一句詠んでないで」
「凪、季語ないよ」
「じゃあ夏」
この自由律たちをどうしてくれようか。話が進まない。
「まあいいや。侭は?」
「興味なし。そもそも僕は子供が嫌いだ。奴らは自分が世界の中心だと思い込んでいる。思い込み以上に思考を廻らせようとしない。大人が作った道の後ろを歩いておきながら先人に唾を飛ばす。そもそもどいつもこいつも群れてて気分が悪いんだよね」
「あーはいはい」
こっちはこっちで変なスイッチが入っちゃったし。
「疲れるでしょ、こいつらの相手」
愛子さんはカウンター越しに笑い声を飛ばす。
「こういうときどうしてました?」
「愛情とスキンシップ」
突き出された右拳が歴史を物語る。私には無理だ。
「愛子さん、嘘はよくないよ」
「暴力主義者が何を言ってんだか」
反論はいいけど、私を盾にするのはやめてくれないかな。食べづらいんだけど。
「というか、本当に手伝ってくれないの?」
「んー、ちょっとな」
「一応組織として動いてるから、大義名分がないとね」
二人の返事は渋いまま。観鈴の時みたいに勝手に動けばいいのに。違和感が、くっついて固まった固ゆで麵のように喉の奥に突っかかる。
「全面的に、天音に任せるよ」
唐突に侭が立ち上がり、凪も「風呂入ってくる」と後に倣う。
これはあれか。二人は子供たちとの距離感を計りかねているのではないだろうか。仮説を裏付けるように、聞こえてくる派手な足音。
「アイちゃん!」
大声の主は健太。すれ違う凪たちにぎょっとしつつ、子供特有のフルチャージでリビングに突入してくる。
「家の中で走るな」
「早歩きだし」
「はいはい。で何の用?」
「大王ゲームやるから入ってよ」
「えー」
愛子さんの目がちらりと私を見る。
「あっちのお姉ちゃんにしときなさい」
「……やだ。アイちゃんがいい。あの人強そうだし、アレの仲間だし」
私を見る目に怯えはない。ごにょごにょと御託を並べ立てるあたり、純粋に愛子さんと遊びたいらしい。
いじらしい子供心を受け止めて、愛子さんはめんどくさそうに息を吐く。
「私これからお皿洗うんだけど」
「お手伝いさんに任せればいいじゃん」
私の今の立ち位置はハウスキーパーか。侵入者扱いよりマシだけど、まだまだ先は遠そうだ。
「悪いけど、片付けやっといてくれる?」
「了解です」
斜め下へと引っ張られながら出ていく愛子さん。なんというか、人の親になるって大変だ。
皿を洗うこと二十分。扉を開けて戻ってくる愛子さん。
「あーもうガキどもが言うこと聞きゃしない」
ちょっと申し訳ないけどおばさん臭いつぶやきをこぼしながら腰を叩いている。
「隣の部屋に四人もいるんだから、わざわざおばさん誘わなくてもいいと思わない?」
言って、バキボキと音を鳴らしながら伸びをする。静かに息を吐くその背中は、お疲れ気味だ。
「慕われてるって、いいことじゃないですか」
「だといいんだけど」
私の言葉に返るのは乾いた笑い。照れ隠しというには少しドライだ。
「あの子らには言えないけど、子供ってどうも苦手なんだよね」
「へ?」
意外な言葉。民家を改造し、人手を募り、国や有志のわずかな寄付金で多くの子供たちの世話をする。善意だけでは続かない、誇り高い仕事だ。そんな仕事をしているはずの愛子さんから出た「子供は苦手」という言葉が、少し気になった。
「苦手なら、どうして孤児院を始めたんですか?」
愛子さんは席を立ち、なぜか窓の外を見上げる。少し曇り気味の夜空の奥、何かを探すように、見据えるように、まっすぐだ。
「たぶんね、怖かったんだと思う」
返ってきたのは、少し意外な答え。面食らう私に破願しつつ、愛子さんは続ける。
「私さ、これでも昔は看護師やってたのよ。大きな病院で白衣着て、クソガキからボケ老人までまとめて面倒見るありがたーいお仕事。似合わないとか言うなよ?」
「言いませんって」
子供たちを捌くのと同じように、病気で弱った大人や子供を叩いて元気づける、そんな不良看護師の様子がありありと浮かんできた。
愛子さんは癖なのか、葉巻かタバコを吸うときのように、息を溜めて長く吐き出す。
「わりとやりがいあったし、嫌いじゃなかったんだけど、災害が起きたじゃない?」
六年半前の大災害、ジエンド。多くの被害者は即死だったけれど、能力暴走や治安の悪化によっても理解できないほどの死者が出た。思い出すのは疲弊した父の姿だ。病院がエンドターミナルと揶揄されていた当時の惨状は、医療従事者にどう映ったのだろうか。
「人の死に多く直面して、怖くなったってことですか?」
「ううん。私は災害のちょっと前に辞めちゃったから、そういうのは見てないんだ。なんにもせずに、ただ生き延びちゃって、これからどうしよっかなって考えながら、何もしてこなかった」
一度だけ、復興支援のボランティアで死源のすぐ近くまで出かけた時のことを思い出す。地震が起きたわけではないにもかかわらず荒れ果てた街と、とうの昔に割れたガラスを茫然と眺める人たち。人の善性のもろさに、幼い私は少し怖くなった。愛子さんの表情は、なんだかその時の人たちみたいだ。
「何もしなくても子供たちは死んでいって、でも、何もしてないのに誰も私を責めてこない。目をかけてたガキがいつの間にかいなくなってて、子供って簡単に死ぬんだってなって、それで、ちょっと折れた」
異能災害での死亡者数は大人が七割、子供が三割。けれども、災害直後に限定するとその比率は逆転するらしい。それはそのはずで、他人の子供の面倒を見て生きていけるほど、生き残った人たちに余裕がなかったからだ。生きるために犯罪に手を染めた人も、すべてを投げだして逃げた人もいた。でもそれを責められるほど、潔白ではいられない。
「逃げるみたいに、っていうか本当に田舎に逃げ帰ったんだけどさ、夜中に見た空がめちゃくちゃきれいでね。そういえば、あっちは星が全然なかったなって気づいたんだ。昼も夜もどんよりしてて、真夜中みたいだった」
「それで、カシオペア、ですか」
愛子さんはイタズラが見つかった小学生のように、頭をかく。
「そういうこと。道標があれば、子供たちが迷わずに済むかなってね。まあ、実際集まった子の三分の二は妙に覚悟決まったクソガキだったんだけど。雄吾の奴め」
懐かしさにちょっと苛立ちが混ざる語り口。聞く限り、二人は今とほとんど変わらない悪ガキだったんだろうな。でも、その二人が与えた影響は小さくなさそうで、なんだか悪い気はしない。
「だからさ、たまに自信なくなるんだよね。曇りときどき夜、みたいな天気だと」
だからこそ、今を思って気持ちを落とす彼女を見るのは、少し悲しい。
「ほら、今日はもうおしまい。また明日よろしくね」
私の感情を察知したのか、努めて明るい声を出す愛子さん。そのまま背中をバンバン叩かれて、追い出されてしまう。
追い出された先の廊下には、いつからいたのやら壁に寄りかかる男二人。
「聞いてた?」
「さあな」凪はとぼけている。
「助けの声、聞こえたよね」
「何のことやら」侭はしらばっくれている。
二人の顔は、少し赤い。
「まったく、もう」
やっと分かった。思えば、フリークハイドの情報網をもってすれば、事前にカシオペアの状況を得ることなどたやすかったはずだ。事前に知っていたからこそ私を誘って、私に事件を解決させようとした。それはなぜか。
「親孝行、したいんだよね」
きっと恥ずかしかったのだろう。だから第三者の私に全部を任せようとした。私としてはいい迷惑だ。本当に。
「ほら、手伝ってあげるからさ」
凪と侭の手を、無理やりに取る。伝わるのは温かい血潮の流れ、正しき人の手だ。ぐっと握ると、二人揃って降参の息を吐く。
「しょうがない。秘密兵器を呼ぶか」
ため息一つ腰を上げ、凪はどこかに電話をかける。会話の内容はこちらには聞こえてこなかったけれど、その表情は穏やかだ。誰が来るのかは楽しみに待つとしよう。
佐部愛子②:愛子の癖は喫煙によるものではなく、凪と侭のやらかしに対し冷静であろうと頑張った結果できたものです。




