願いと呪い
さて、事態をかき回そうと息巻いたはいいものの、まずは家事手伝いの任務を片付けないと。愛子さんに指示されるままゴミ捨てや掃除をこなし、そのあとはひたすら根菜類をみじん切りだ。カレーの残りがミートソースを偽装するのを見届けるころには、窓から差す光は少し西側に傾いていた。
「調べるのはいいけど、あんまり刺激しないようにね」
「はい。分かってます」
早々に戦力外通告されていた凪と侭をテレビの前から連れ出して、最初の聞き込みに向かう。
「で、誰から聞くんだ?」あくびを噛み潰す凪。
「もちろん、健太からでしょ」
被害者である翔人と仲が良かった健太であれば、何かしらの情報を握っている可能性は高い。それに理由は一つだけじゃない。
「だとしたら、俺行かないほうがいいんじゃないか」
「いや、ちゃんと仲直りもしてほしいし」
「えー、めんどくせ」
頭をかく凪には悪いけど、まだ五日も続くこの仕事中にギスギスビクビク過ごされてはたまったものじゃない。凪だって悪気があるわけじゃないんだから、話せば分かり合えるはずだ。逃がさないように二人の腕を取りつつ、健太たちの部屋に向かう。
数回のノック。返事はない。
「入るよ?」
返事がないのを了承と受け取り、ノブを回す。鍵の開いた部屋に入ると、迎えてくれたのは子供たちの六つの目だった。温かい歓迎、からマイナス摂氏三十度くらいかな。テーブルを囲んでボードゲームをやっていた子供たちが一斉にこちらを見てくる。
「何しに来たんだよ」
真っ先に声を荒げたのは健太。やはりリーダー格なのだろう。同調するように男の子と女の子が文句を上げる。煙たがる凪と侭を脇にどけてから、対話を試みるのは私の役目だ。
「何って、自己紹介に決まってるでしょ。これから五日もいるんだから、お互いのことを知らなきゃね」
面食らう子供たちに先制して名乗り、後を追わせる。それなりに礼儀は叩き込まれているらしく、ちゃんと名前を教えてくれた。すでに聞いてた健太と、あとは柳と恵那ね。なるほどなるほど。
「名乗っただろ? もう帰れよ」
健太は手を払って私たちを部屋の外に追いやろうとしている。頑なな拒絶の意思。さすがにこの状態で事件のことを聞いても答えてくれないだろう。少しずつ緊張をほぐしていかないと。
「好きな食べ物とかある?」
「そうめん以外」
「それ、面白そうなゲームだね」
「ふつう」
「最近学校で何が流行ってるの?」
「カバディ」
「天音、親戚のおばさんみたいだな」
「凪は黙ってて」
けらけらと笑いながら私を指さしてくる凪と、後方ですごろくゲームの盤面を注視している侭。この二人はいつも通り私の味方はしてくれないらしい。だとすると、私自身の手で情報を獲得する算段をつけなければ。
愛子さんの話を聞く限り、子供たちは直接的に対立しているわけではない。空間に線を引き、互いに距離をとっているだけだ。それはつまり争いたくないという気持ちの表れで、実際に凪が能力を見せた時も、反応は敵対というより恐怖寄りだった。
「超能力についてどう思う?」
「……」
「どうして唯花たちとケンカしてるの?」
「……」
そして愛子さんに聞いていた通り、子供たちは対立の原因となる超能力については一切話してくれない。互いに目を見合わせることすらせず、沈黙を貫いている。超能力の単語が出た瞬間にもれなく肩が震えたから、抱いている感情はやっぱり恐怖だ。
「怖いことなんてないと思うけどなあ」
感情を察したのか、凪がのほほんと声を出す。
「待って」
忠告をするより早く、凪の周りに舞うすごろくの金券。それは子供たちの目の前で渡り鳥のごとく鶴翼を作る。
結果、何が起きるかというと、絶叫だ。
「きゃああああ」
男の子も女の子も平等に黄色い悲鳴をまき散らし、逃げたりなぜか私を殴りつける。そして、すぐ近くの凪に視線が合うや否や、腰を抜かして後ずさっていく。騒ぎに飛んできた愛子さんは複雑そうな顔をして、義務的に凪の頭頂部に一度だけゲンコツ。
「超能力は怖い、か」
ぼそりと、けれどもかすかな落胆をにじませながら部屋を出ていく凪。それを漠然と眺めていた健太の顔にあったのは恐怖。そしてそれだけでなく、後悔。
「分かった。じゃあ今は聞かない」
これ以上詰め寄っても何も出てこないだろう。別に私は、この子たちをイジメに来たわけではないのだ。彼らの対立は本意ではない。それが分かっただけでも収穫だ。ひとまず諦めて、その場に腰を下ろす。
「いや、出てけよ」
トゲのある声を出したのは健太。凪がいなくなったおかげか、いくぶん落ち着いた様子だ。私としてもこれ以上刺激したくはないのだけど、聞くべきことは聞いておかねばならないのだ。
「翔人ってどんな子なの?」
「翔人は関係ないだろ」
「あるよ。みんなの生活を預かるんだから、住んでる子のことは知っておきたい」
「……」
一瞬の沈黙。健太は無言のままに柳と恵那にアイコンタクト。審議結果は、どうやら可決したらしい。
「おとなしいけど、すごい奴だよ」
「親切だし、勉強もできる子」
「影のリーダーみたいな感じだよね」
健太の言葉を皮切りに、続々と子供たちから意見が集まる。事件との関連性はともかく、かなり信頼されている子みたいだ。
「あとは唯花が――いや、何でもない」
言葉を止める健太。さっきの言えない連呼とは違って、止めた理由は恵那の視線だ。目は呆れているから深刻な理由じゃなさそうだけど、なんだろう。
「翔人は唯花と仲いいの?」
「オレらはあんまり話さないけど、翔人はよく話してた」
「すごいよね」「うん」
イマイチすごさの尺度が分からないのだけど、能力者無能力者の壁を超えてコミュニケーションを図れる人物で、それは子供たちにとって尊敬に値するらしい。
「超能力、怖い?」
ちょっと意地悪したくなって尋ねてみると、一斉に「怖くない」の合唱が起こる。少し強張った声は怖いのを隠しているだけじゃなくて、困惑も大きいのだろう。これまで向き合ったことのなかった他者との違いに直面しているわけだし。ある意味社会勉強としては良いのだけど。
「もういいだろ。帰れよ」
気恥ずかしくなってきたのか、健太は手を扇いで私を追い払う。今の時点ではこれが限界かな。
ドアノブに手をかける私の背中に、もう一言だけ健太の声。
「ケンカは嫌いだ」
「そうだね。私も同意見」
言われなくともなんとかしますとも。背中を押された気分になりながら、部屋を後にする。
部屋を出た私はその足で能力者側の部屋に向かう。健太たちの様子からして、きっと事件について有益な情報は得られないだろうけど、会う前に希望を捨てる理由もない。
すぐ隣の能力者グループの部屋は、先ほどと異なり静かだった。昼寝でもしてるのかな。一応、扉をコンコンと叩く。
「どうぞ」
あれ? 今聞こえたの凪の声だった?
不審に思いつつも部屋に入る。声の主はやはり見知った顔で、部屋奥のテーブルを子供たちと囲んでいる。
「凪、なんでいるの?」
「呼ばれた」
視線は一つ隣に伸びる。さっき話しかけてきた子、唯花だ。相変わらず髪を指で撫でつけながら、私の方を見る。
「超能力、見せてもらってました」
「そうなんだ?」
凪がちょっと上機嫌に見えたのはそのおかげか。
「でも、どうして?」
「……あんまりいないので」
そうだね。こんなのが往来を闊歩していたら私はこの世の終わりを予感するね。無言の皮肉が通じたのか、夏休みの宿題たちが空から私を襲撃する。
「能力、興味あるの?」
聞いてみると、唯花は首を小さく傾げ、そのまま真横にスライドさせていく。視線の先にいたのは別の子。机の名札がいろはという名前を示す。しっかりした雰囲気の子だけど、奇妙奇天烈に惹かれるお年頃だったりするのかな。
「……なんとなくです」
明らかに嘘だと分かる間を置いて返ってくる言葉。問い詰めても教えてくれないんだろうなあ。凪が囮になっている間に自己紹介を済ませておこう。唯花といろはと野乃と学。学だけ男の子だ。
遊覧飛行はしばらく続き、やがていろはが凪の非常識を悟ったのかノートに帰還命令を出す。そのまま自然と始まる紙と鉛の四重奏。やや拒絶の色はあるけれど、子供たちの態度に健太たちほどの緊張はなさそうだ。これは素直に凪のおかげと受け取ろう。
「ちょっと聞いてもいい?」
顔を上げる子供たち。期待に拳を握りつつ、情報収集開始だ。
「どうして健太たちとケンカしてるの?」
「ケンカ、してないです」
「じゃあ、あのテープは?」
「ああしないと向こうが怒るので。私たちは何もしてないのに」
「何かあったの?」
「言えません」
「言えないけど、あいつらが悪いと僕は思いました」
書いてる読書感想文に引きずられてそうな言い分だ。ともかく、思った以上に成果がない。
困った私に「ごめんなさい」と頭を下げるのは唯花。長い髪がふわりと揺れ、なぜか少し悲しげに見えた。
「約束したので、わたしも健太君たちも、言えることはないんです」
約束。誰と、何の約束だろうか。
困惑する私をよそに、言葉を拾うのは凪。
「五つの約束?」
「そうですけど」
「マジか。懐かしいなあ」
知った顔で視線を遠くする凪。察するに、凪がいた時代から受け継がれる由緒ある概念らしい。
「凪、五つの約束って何?」
「カシオペアの基本ルールみたいなやつ」
指を五つ折りながら凪が説明してくれた概念をまとめる。どうやら、集団生活における約束事の一種らしい。
一つ。正義のないケンカをしないこと。
二つ。悪意を持って人の心を欺かないこと。
三つ。傷つけた相手には必ず謝ること。
四つ。友達を助けるために全力を尽くすこと。
五つ。約束に対して真剣に向き合うこと。
みんな仲良くを徹底させるいい約束事だ。成り立ちに先代の愚かな争いが関わってきていることは想像に難くない。
「ちなみに破るとどうなるの?」
「いろいろ呑まされる」
「いろいろ?」
「ウコンとか煮え湯とかスピリタスとか」
思い出したのか、喉からかすれた息を吐いてみせる凪。最後のはさすがに冗談だと思いたい。
罰則の真相はともかく、唯花たちの決意は固い。これ以上対立の原因について話を聞くことは難しそうだ。そうなると、私の議題も自然と繰り返される。
「じゃあ、翔人について教えて」
「え」
声を漏らしたのは唯花。目を見開き、それから伏せる。明らかに何かを知っていそうな反応。少し待って、ようやく「どうしてですか?」と言葉が続く。
「どんな子か知りたくて」私は健太にしたのと同じ説明を繰り返す。
「健太たちが褒めてたし、気になる」と補足すると、沈んでいた唯花の顔がぱっと明るくなる。
「かっこいい子です」
「それは唯花だけじゃない? でも優しくていい子です」
「早く帰ってこないかなあ」
「だよな」
思い思いに出てくる意見は総じて好意的だ。
「ちなみに健太のことはどう思う?」
一転、沈黙。代表していろはが「ガキ大将」と断定した言葉も否定されない。溝はまだ深そうだ。
その後もあれこれと遠回しに事件について探りを入れてみたけれど、はぐらかしと「言えない」の連呼で阻まれてしまう。しまいには「帰ってください」と追い出される始末だ。ここが潮時かな。
「また来るね」
居座る気満々の凪を引っ張りつつ、部屋を出る。
「あ、そうだ」
部屋を出る時、思いついて聞いてみる。
「ケンカは好き?」
「……嫌いです」
か細いけれど芯のある唯花の声。これで私も大手を振って事件を収めに行けるというわけだ。
「ありがと」
不安そうな子供たちに笑顔をプレゼントして、そのままに部屋を出る。
「俺はわりと好きだ」
聞いてもいないのに暴力性を表明してくる凪。ドアが閉まるまで待てるだけの常識は身に着けてくれたと、好意的に解釈するとしよう。
リビングに戻ってきて、愛子さんにお茶を出されつつ大人の作戦会議。
何も話してくれないなりに明らかになったのは、翔人の重要性だ。この子の不在が二つのグループの対立の遠因となっている可能性は高い。問題は、ケガをしたという以上の情報が出ないこと。
「本人に聞けばいい。病院いるんだろ?」
「ああ、確かに」
対面の愛子さんに期待をスルーパスすると、意外にも渋い顔。
「いるにはいるんだけどね」
轟米病院という名前を教えてくれつつ、愛子さんはマドラーでマグカップをコンコンと叩く。
「お見舞いに行ってもあんまり会ってくれないんだよ」
「面会謝絶ってことですか?」
長期入院するほどのケガだ。そういう可能性を考慮に入れていなかった。
「いや、違う違う。ケガはもうほとんど治ってるらしいよ」
火傷だか何かで、骨も折れていないと愛子さんは語る。
「よく分かんないけど、会いたくないって言われちゃってさ。私も何度かしか顔見れてないし、『絶対に誰も連れてくるな』なんて言われちゃうし」
「ふてえガキだな。誰が入院費払ってると思ってんだ」
「そりゃ国だよ。小中学生、医療費負担ゼロだし」
「え? 俺ん時、入院費稼げってさんざん働かせたのは?」
「五年も前のことなんて覚えてないね」
私の記憶が正しければ、医療負担は五年前にはもう変革されてたかな。なんか勝手に過去の自分を壊されてハートブレイクしてる凪はほっといて、翔人がお見舞いを拒絶する理由は何だろうか。
「ただいま」
考えるうち、リビングに侭が帰ってくる。そういえば健太たちの部屋に置いてきちゃってたな。なんとなく上機嫌で、作り笑いも剥げかけだ。
「もしかして、何か分かった?」
侭はしたり顔でポケットに手を入れ、何かを取り出して私に見せる。
「すごろくの、駒?」
「とりあえず、勝ってきたよ」
「遊んでんじゃねえ」
狩ったネズミを見せびらかす飼い猫みたいだ。こういうって褒めてあげなきゃダメなのかな? やっぱり。
「駒返せ泥棒」
どたばたと健太と柳と恵那とがリビングに突入してくる。まあ、仲良くなれたのならよしとしようか。
柏木天音⑦:ここ数か月で最も成長したのは図太さ。




