未知の住人
「本気なんだね?」
愛子さんは私の顔を見るなり、その意図するところを察したらしい。買い物袋を凪に押し付けつつ言う。
「本気です。事情を教えてください」
「はーああ」
盛大なため息。視線はなぜか、横でばてている侭へと向かう。
「ほらね。僕の言った通りになった」
当人は得意げだ。買い物をしながらまた余計なことを言ったのだろう。そのおでこを思い切り弾きながら、愛子さんは小さくうなずく。
「まあ、話すだけならタダか」
諦めたように自答して、リビングへと向かう。無言を肯定と受け取り、私も後を追う。
「ちょっと前までは、こんな風じゃなかったんだよ」
子供たちを遠ざけてリビングの扉を閉め、それからお茶を一杯飲み干して、ようやく愛子さんは語り始める。
「翔人がケガしてから、あいつらの間に妙な溝ができちゃってさ」
「翔人ってどいつだ?」
「たぶん、今はいないんじゃないかな」
尋ねる凪に、思案顔の侭。私も侭と同じ認識だ。翔人という名前には覚えがあった。
「ほら、さっきクソガキがわめいてただろ? 『翔人を返せ』って」
「ああ、あのクソガキ」手を叩く凪。
「話、続けていいかクソガキども」
もしやこの二人の口が悪いのは愛子さんのせいなのでは? 奇妙な納得を覚え始める私をよそに、話は続く。
「翔人ってのは侭の言う通り、うちの子の一人でね。気が利くいい子なんだけど、今ちょっと入院中でさ。夏休みの少し前だったかな? 斎藤さんと子供たちとでピクニックに行ったんだけど、翔人が大ケガしたとかで病院に運ばれて、それからみんなギクシャクしてんの」
草原に砂を撒くように投げられる情報たち。斎藤さんなる人物は昼の会話にも出てきていた通り、休暇中のお手伝いさんとみていいだろう。少しずつ咀嚼しつつ、私は問いを返す。
「小学生の夏休み入りって、三週間前くらいでしたよね?」
「そうだね」
「そこから入院ってなると、けっこう大きなケガってことですか?」
「うーん、らしいけど。本人と医者曰く。少なくともかなり巻いてたし、包帯」
愛子さんは自信なさげだ。語り口が伝聞系だったのも含めて、実際にケガの瞬間を見たわけではないのかもしれない。
「ケガの理由を聞いたりは?」
「教えてくれなかったよ。本人も回りもだんまりだ。斎藤さんもそのまま休みに入っちゃうし、私もう困っちゃう」
茶化した物言いのわりに言葉尻は萎んでいて、愛子さんの疲弊っぷりが見て取れる。
「言い争いとかはしてないんだけどね、ただ結果的に『そういうの』と『そういうのじゃないの』で対立しちゃってるからさ、時代的にアレじゃない? 私も踏み込みづらくてさ」
脳裏によぎるのはさっきの男の子の怯えた顔。
シンプルに考えると、能力者の誰かが翔人を傷つけて、それが原因で対立が起きたという構図か。でもだとしたら、詳細を話せないのはなぜだろう。
「教えてくれないっていうのはどんな感じですか」
「何もなかった、事故だって一点張りかな。ケンカしてるくせにそこだけ揃ってるのが怪しいよねえ」
「なるほど」
責任のなすり合いではなく、事実の否定。子供たちには共通の秘密があって、翔人のケガはそれを隠すために必要とか?
「どう? 何か思いつくことない?」
愛子さんは若干の期待を含んだ目で私たちを眺め見る。きっとスピンオフに依頼を出した理由はここにもあるのだろう。隣で侭がゆっくり首を振る。
「残念だけど、僕らともちょっと事情が違うんで」
「どういう意味?」
「僕らの世代は能力を隠す。その理由は明白だ」
躊躇なのか一瞬渋い顔を見せる愛子さん。
「イジメられるんでしょ? それはニュースで見たよ」
「そう。異物は排斥される。だからそうならないために僕らは異質を内に秘める」
侭の言う通りだ。善悪を度外視すると、イジメは自分たちの常識の外にいる人間を排斥する歪んだ自浄作用としての側面も持つ。だから、新たに発生した特異な存在を除け者にすることで身を守ろうとする論調には、歪んでいても筋がある。
「なるほどなあ」
ごく一部の例外が角砂糖を空中で分解しているけど、これは無視しよう。とにかく能力者が異常に類するがゆえに対立は起きていた。
「でも今の子供たちにとって、能力は異常じゃない」
侭の言葉は正しい。
ジエンドは六年と半年前。つまり十歳の能力者は、三歳半で異能を持たされたことになる。常識どころか自我もはっきりしないだろう。ほとんど生まれつき持たされた力が、同世代の半数近くに備わっている。だから若い能力者ほど能力に対する異物感や嫌悪感が少ないし、大人がいない場所では子供同士遊びに使っているという話もよく聞く。
「子供たちにとって異能は個人差で、諦めなんだ。怖くとも羨ましくともその溝は埋まらない。だから自身と共通する常識に寄り添うように集まる。ケンカする前からなんとなくグループできてたんじゃない?」
「ああ、それは確かに」
思い当たる節があるらしい。愛子さんは顎に手を当てて小さくうなずく。
「じゃあ、もともと対立は起きていたってこと?」
「いや、逆に棲み分けされるはずなんだけど」
存在を認識しつつ、どこか理解のできない存在として遠ざける。それが今の子供たちにとっての常識であるのなら、表立っての対立は起きない。
愛子さんは理解できないまでも侭の言葉を呑み込んだらしい。「ああ、そうなの」と諦め混じりで両手を上げて見せる。
「ちなみに、翔人って子は誰と仲良くしてましたか」
「健太が仲良かったかな。ほら、さっき泣いてた子」
「なるほど」
そうなると、翔人自身は非能力者の可能性が高いかな。脳内で情報を整理しつつ、次の質問。
「斎藤さんってお手伝いさんですよね?」
「そうだよ」
「その人に連絡つきませんか」
ピクニック先で何が起きたにせよ、斎藤さんはそれを間近で見ているはずだ。期待したのだけど、愛子さんの表情は渋い。
「ちょっと難しいかなあ」
「まさか、音信不通とかですか?」
驚いて聞きなおすと、愛子さんは破願する。
「あ、違う違う。単に来週まで休暇ってだけ。いい人だけど、ちゃんとした雇用契約で雇ってるからね。休みの日は邪魔しちゃ悪いし」
「なるほど」
確かに父も「有給は命より重い」と戯れていた。口ぶりからして電話はできそうだけど、少し待ったほうがよさそうだ。しかしそうすると、いよいよもって聞けることが少なくなってくる。
「ほかに変わったことはなかったですか?」
愛子さんは首をひねりながら何度か唸り、それから何か思い出したのか指をパチンと鳴らす。
「そういえば、晴が突然帰ってきたね」
「へぇ、晴?」
話半分で舟をこぎ始めていた凪が、脊髄反射のごとく問い返す。
「うん。珍しく連絡なくね。びっくりしたけど病院の手続きとかで忙しかったから助かったなあ。見習えクソガキども」
「変だな。晴はそんな無駄遣いするタイプじゃないんだけど。どう思う侭」
「幻覚? ああそうか家出だ。凪、また殴ったりした?」
「殴ったことあるみたいな言い方やめろ」
「おいガキども里帰りのどこが無駄遣いか言ってみな」
軽い暴力で聞き込みがお開きになりつつあるのを感じながら、私はこのケンカに奇妙な違和感を抱き始めていた。
被害者がいて、加害者がいて、事情を知る大人もいる。にもかかわらず事件の全容がどこからも見えてこない。皆が示し合わせて真実を秘匿しているかのようだ。
子供たち、翔人、そして斎藤さん。いずれにせよ、本人たちに直接話を聞く必要がありそうだ。私はカップに残った紅茶を飲み干し、立ち上がる。
超能力の由縁はジエンドであるため、ジエンド以降の出生者は能力を持っていません。




