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絶対には、なれない

「そんな――」


 言葉を呑み込む。語られた過去から提示されたのは、一つの仮説。


 この死源において肉体とステータス上のダメージはある程度同期する。攻撃を受ければケガをし、ポーションを使えば治療される。事実として、凪の火傷は相応に癒えた。ならばもし、その作用がケガ以外・ダメージ以外にも適用されれば。


 突き付けられた最悪の仮説、死源のルールを利用した死者の蘇生。私にとって、あまりに無謀な試みに思えた。そして、無謀だからこそ私の思考は真相に追いつく。


「だから、私たちを使ったんですね。実験台に」

「その通りだ」


 細見さんは声もなく、吐く息だけで笑う。


「バカげた話だ。おそらくこれも失敗に終わっていたのだろう」

「だったらどうして」

「諦めきれなかった。諦めるわけにはいかなかった」


 淡々と語られるのは決意。災害以来ずっと同じことを続けてきた、続けていく。振り抜かれた剣のようにまっすぐな言葉に、背筋が底冷えするのを感じる。


 これは検証だったのだ。データ上の復活が現実の死を覆せるか。だからこそ細見さんは塔を建てた。生命力と現実の体の両方を殺すには、落下死が最も確実だったから。


 能力犯罪は他者に理解できない認知の歪みによって引き起こされる。細見さんの動機は理解でき、共感でき、でも私にとって相容れないものだ。


「そんなの、間違ってる」


 きっとこの言葉は彼の信念に土足で踏み入るものだ。分かっていたけれど、糾弾せずにはいられなかった。だって、当の結月さんがそんなことを望んでいないのは明らかだったから。


「天音」


 珍しく、凪の刺すような声。拳はきつく握られていた。


「悪いのはジエンドだ。被害者に間違いなんてない」


 何を思って、誰を思って絞り出された言葉なのか。それを聞くこともかなわない。


「いいや、天音の言い分が正しい」

「え?」


 意外なことに、後ろから飛んできたのは侭の援護射撃。戦いの行く末も動機語りも無視して館を観察していた侭が、満を持したと言いたげに隠し部屋の扉を開ける。垣間見える結月さんの寝室は館と同じ空間とは思えないほど清潔で明るくて、私の胸を締め付ける。


「細見さん、あなたは間違っている」


 反論はない。聞く気もないのか、侭は言葉を重ねる。


「方針を間違えたんだ。この人を救いたいなら、ただ愚直にそれだけを願えばよかった。賢者になるべきではなかったんだ」

「どういう意味だ」


 細見さんが目を細める。


「言葉通りですよ。いえ、分かっているのでは? 細見さんは能力を知りすぎた」

「……知りすぎた、だと」


 何か思い当たることがあるらしい。私には見当もつかないけれど、少しずつ細見さんの顔が歪んでいく。後悔と、嫌悪だ。


「まさか、いや」


 何度か言葉を地面に落としたのち、動かなくなる細見さん。置いていかれた私はそれを呆然と見守るだけ。その傍らにコツコツと靴音を立ててわざとらしく寄り添うのは侭。


「さて、ここで理解の及ばない天音に一つヒントを開示しよう」

「お願い」


 飽きずに私を罵倒しつつも、侭は上機嫌だ。ゲームを楽しんでいた時とは違う、普段通りの嘘くさい笑顔で顔を歪ませている。


「この人の能力はなんだったかな」


 触れた対象を停止させる。境界破壊による遠隔化、死源の核を利用した大規模化、特筆すべき出力はあれど、基本的にはできることは一つ。


「生き物の時間を止めること、でしょ?」

「正解」


 侭は新品のびっくり箱を手渡すかのように、私ににやけ面を向ける。


「でも、だとしたらおかしい。だったらなぜ、結月さんは止まっていない?」

「いや、止まってたでしょ」


 細見さんが意識を取り戻した瞬間、結月さんは手を伸ばした姿勢のまま完全に静止していた。すぐに姿を隠されてしまったけれど、間違いない。


「僕が言っているのは、過去だ」

「過去?」


 未だにピンとこない私を前に、侭はたいそうご満悦だ。手を叩き、そのまま手のひらを放心したままの細見さんにスライドさせる。


「そこの賢者は、『死人のように眠る彼女を抱きしめ続けた』と言っていた。『ぞっとするほど冷たい体を背負って運んだ』ともね」

「言ってたけど」

「動かない石像に使う表現じゃない」

「……言われてみれば?」


 侭が語るのは伝聞を元にした推察。少なくとも細見さん本人の反応を見る限り、間違ってはいないのだろう。でも、それが何を意味するのか。屈辱的な二つ目のヒントが飛ぶ前に思考を回し、考え至る。


「超能力の性質が変化してる?」


 時間停止と整合しない現象。それはつまり、能力そのものが違うということ。サインや異能痕の性質が個人に応じて多少の揺らぎを見せるのはよく聞く話だ。同じことが異能核そのものに起きたとでも言うのだろうか。


「僕らの異能は精神や願望の表れだ。望まぬ使い方を続ければ、その姿も望まぬ方向に変容していく。思うに最初は、ただ単に死を遠ざける力だったんじゃないかな」


 吐き捨てるような侭の言葉。よせばいいのに、私の頭は最悪の想像を巡らせる。初めはただ死を遠ざける異能、けれどもそれは知識の蓄積や死源の管理という実務により洗練し、ついには生き物の時間を止める力へと姿を変える。より便利で使い勝手がよく、キネシスの枠内に収まるように。


「死への反逆は時間停止という対症療法になり果てた。さあ次の問題だ。どうして、結月さんはまだ生きている?」

「治癒の力のおかげ、だよね」


 細見さんが意識を失う間、確実に結月さんの時間は進む。彼女の慣れた様子から、決して少ない回数じゃないだろう。目を開ける間蝕まれ続ける命。それがまだ最後を迎えていないというのなら、答えは一つ。彼女自身の力に違いない。


「眠気や疲労にも作用しているから、厳密には『生命を正常な状態に保つ力』と表現すべきだね。とにかくその力により、結月さんはまだ死なずに済んでいる。この意味が分かりますか?」


 侭の言葉の矛先が細見さんに向かう。その声音は、思いなしか少し厳しい。理由はなんとなく、分かる。思い出すのは、私を治した時の結月さんのつらそうな顔。超能力に潜む代償、敵意。


「私は、若菜さんに、何を、どれほどの」


 愕然とへたり込み、部屋の向こうの結月さんへと這うように顔を向ける細見さん。絶望の二文字が、全身から揺らぐ。


「もちろん無意味とは言わない。ここまで命がつながったのは、二人分の妄執のおかげだ。でも、賢しく理解されたその力では、死の運命を断ち切れない。細見さんがやっていることは、自分のわがままに他人を巻き込んだ、ただの、苦痛の停滞だ」


 六年と半年。ひと時も休まず力を使い続け、眠気と痛みを耐え抜いて、誰よりも会いたい人に会えず、声も聞けず、ただひたすらに鉛の棒に脳を焼かれ続けた。その努力が報われるどころか、彼女の苦痛を長引かせている。そう聞かされた細見さんの絶望は、もはや私には想像も及ばない。


「……これではまるで、私が大罪人のようではないか」


 塔に登る前と同じ言葉。けれども声音に色も裏もなく、それはただ、疲れ果てた青年の嘆きに聞こえた。




 戦いは終わった。もう細見さんに立ち上がる気力がないことは明白だ。でも、私はどうするべきなのだろうか。


「なんとかならないの」そう言いたくなる言葉を呑み込んだ。隠し部屋のベッドの上、静かに眠る結月さんの顔色は青白いというよりも真っ白で、血液に酸素が供給されていないことは明らかだ。呼吸はなく、脈も凍結されている。見た目は、ほとんど死体にしか見えなかった。


「本当は、もう分かっているでしょう」


 とうとう部屋に踏み入って、結月さんのそばに腰を下ろす侭。その後ろ姿から感情は読み取れない。


「この人はもう、死んでる」


 慈悲か敵意か、侭が言葉を突き刺す。


「そんなはずはない。私が止めた。止めたんだ」

「死は覆せない。ジエンドに巻き込まれた人間は死ぬ。すべてを奪う絶対則の前では、時間を止めたところで緩やかな負けと同じだ」


 細見さんが意識を失うたび結月さんの時間は動く。永遠に停止し続けることなどできない。侭が突きつける事実など、とっくに細見さん自身も気づいていたはずだ。

 死に抗い続けるせいで二人が向き合えないのは、ひどく残酷な所業に見えた。


「だから細見さん、あなたは選ばなければならない。その人を諦める覚悟を」


 侭の言葉が、細見さんの首を締めあげていく。けれどもなぜだろうか。追い詰める侭の笑顔が、苦しそうに歪んで見えた。


 きっと侭は、何度も諦めて、何度も諦めさせてきたんだろう。静かな死の中で、死という避けられない運命を。同じ立場で、同じ覚悟へと導く。そのために、現実を受け入れさせている。そう見えた。だからだろうか、侭が「あるいは」と言葉を止めた時、私は思考を停止させたままだった。


「あるいは、僕に一生の忠誠を誓うか」


 細見さんが虚ろな目で侭をにらむ。枯れ果てた悲しみの後に残った憎しみ、それすらも食らいつくすというのか。


 沈黙に置かれたのは侭の言葉。その手には死源の鍵が握られていた。


「世界を捨て、自身を捨てるというのであれば、助けてあげなくもないですよ」

「死源の、鍵?」


 鍵の作用について明るくない細見さんは、はじめ困惑し、次に期待し、それから戒めるように心を閉ざす。穴の開いた風船に空気を吹き込むがごとく、自虐的な息が漏れる。


 状況が分からないのは私も同じ。説明を求めるより早く、侭は私を通り抜けて歩き出す。


「死源の鍵が持つ権能は一つじゃない。この超常の塊には、異能を強め、吸い上げ、閉じ込める効果があります。これで、その忌々しい死を超える」


 天蓋で眠り続ける結月さんの傍らにしゃがみ込む侭。


「しかし、君はさっき言っていたではないか。死を覆すことはできないと」


 その手が触れる先は手首のすぐ近く。脈を計るかのように、橈骨動脈に鍵を添える。


「それは賢者の賢しい研究成果に過ぎない。死を知らず、異能を知るがゆえの無知です」


 そして、意地の悪さに少しの茶目っ気を混ぜて笑う。


「不幸にも僕は愚かで、幸運にも死をよく知っている。だから、苦痛の停滞は無意味じゃない」


 少しの自虐と、たぶん残りは決意。珍しく語気を強めた侭の指先から異能が奔り、鍵を経由して結月さんへと流れていく。


 噴き出す汗と、乱れる呼吸。流れる時間は侭から生気を奪い、代わりに青白かった結月さんの表面へと、少しずつ血の巡りを足していく。


「彼は何をしている?」


 質問の矛先は私。


 死の弱化。かつて侭は言っていた。「弱化できるのは慣れ親しんだ概念だけ」と。目の前の光景は、侭の周りにいくつもあったであろう、誰かの死を私に思い浮かばせた。だから私は、こう答える。


「たぶん、細見さんと同じです」


 私は何を誤解していたのだろうか。六年半もジエンドに抗い続けてきた人間が、同じ志を持つ人間に、何も思わないはずがない。手を差し伸べないはずがない。


 見守る私たちを意にも留めず、侭の戦いは続く。微調整のためか途中からは鍵は傍らに置かれ、それでもなお極限の集中状態。長い長い能力行使が続き、続き、続き、やがて終わる。手を離した侭の薄ら笑いが、結果を物語っていた。


 絶対の死が鳴りを潜め、だから死者は目を覚ます。


「若菜さん!」


 瞳から大粒の涙を流し、幼ささえ感じさせる声で駆け寄る細見さん。抱きしめるその手をそっと握り返し、結月さんは微笑みを見せる。


「真司君、なんだ、そんな顔、できたんだね」

「俺も、びっくりしてます」


 角だらけの異形と薄汚れた死に装束。にもかかわらず、互いを支え合う二人の姿は神々しく、輝いて見えた。


 隣で侭が、わざとらしく息をつく。


「僕はついてる。異界を支配するほどの異能が二つ、こんなに安く買い叩けるなんてね」


 聞いてもいないのに、悪ぶった言い訳をまくし立てる。この子はどうして素直に褒めさせてくれないのかな。


 伸びる私の右腕をやんわりと振り払って、でもいつものように嫌味は言わない。その顔がなぜか泣きそうに見えたから、気づけば私は微笑んでいた。「大丈夫だよ」と、言ってあげたくなった。


「……何がだよ」


 少し間を置いて、ようやく返す減らず口。今に限っては、少し在庫が足りてなさそうだ。文句あり気な目で私の方を見ながらも、それ以上は何も言わなかった。

 ふと、私たちをじっと眺める視線に気づく。凪だ。隣で号泣する理人と違って、穏やかな笑顔を見せる。


「どしたの?」


 まさかこっちも褒めてほしいとか? 自意識過剰な邪推を手元に手繰り寄せ、少し違和感。


「いや、何でもない」


 凪は笑っていた。でも、なぜだろうか。その笑顔に喜びの共有ではない、別の意図を感じ取ってしまったのは。違和感は一瞬で流れるように過ぎていき、だから私はその真意には気づけない。




「君たちには、なんとお礼を言っていいのか」


 平静を取り戻した細見さんは、少し気恥ずかしそうに頭を下げる。侭はまるで礼など聞かなかったかのように、淡々と鍵の注意事項を説明していく。鍵の異能は目減りしていくから定期的にメンテナンスさせること、遊びに来たときは全力をもってもてなすこと、当然ながら命の価値は安くないということ。


「力を渡す代わりに、僕の命令には絶対服従してもらいます」

「ああ。もちろんだ」


 高圧的な命令に朗らかに対応されてしまい、さすがの侭も立つ瀬がないらしい。すごすごと引き下がって戻ってくる。


「あと、よろしく」

「はいはい」


 すべてのボスは打倒され、死源のギミックはクリアした。最後に残るのはゴールにたどり着くことだけだ。


「塔の頂上、あそこに死源の核があるんですよね? あの扉を開けてください」


 あと、できれば敵の動きも止めてもらえるとありがたい。

もともとサブタイトルに読点はなかったのですが、「絶対に離れない」と誤読されそうなので区切りました。

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