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第三十五章

 伊武は、Hgの話を黙って聞いていた。これで、伊武は知りたかったことのすべてを知ることができた。

 Hgが自分を殺そうとした理由も、ようやくわかった。

 Hgは、少女の自分を愛していた。唯一、自分が心を許した少女のことを。そして、少女も自分と同じ気持ちで、自分のことを愛してくれていると信じて疑わなかった。

 だが、伊武はHgと違い、アブエルと、成長した体を受け入れたと思っている。

 伊武はHgと再会した時に、泣いてアブエルを嫌がり、成長した体を憎み、Hgに助けを求めなかった。それをすれば、Hgは成長した伊武のことも受け入れたかもしれない。

 少女の体を殺したアブエルが許せなかった。しかし、少女の死を認め、とどめをさした伊武は――もっと許せなかった。

 最初、Hgは伊武とアブエルが少女希衣の仇だから殺そうと考えた。

 そして、「青銅乙女の核」の存在を知ると、Hgの作る、「本物の伊武希衣」を穢す存在になるから、殺そうとした――伊武は人形蒐集家の老婆のことを思い出す。

 人形蒐集家のジレンマとロジック。Hgは、それを伊武でやろうとしていたのだ。

 Hgの狂気を知った伊武は恐怖を。そして、別の気持ちも抱いていた。

 Hgは、自分と同じように――いや、自分よりも、かつての自分を愛してくれている。それが、どんなに歪んだ愛だったとしても。

「Hg……」

「なあに?」

「あなたは……一つ……勘違いを……している」

「ふうん……教えて?」

 座り込んだままの伊武に、Hgはしゃがみこんで目線を合わせる。

 幼い自分。一番可愛らしかった時の自分――少女希衣が、じっと自分を見つめている。

 伊武はまた過呼吸を起こしかけて、目をそらした。

「アブエルが……ついて……こんな体になって……戦い続けるしか……なくなって……普通の……生活を失って……悲しんでないと……思う?」

 少女希衣の両手が伊武の頬を掴み、顔を覗き込んでくる。

 伊武の方が力は強いはずなのだが、逆らえなかった。無垢な瞳から目がそらせない。

「普通の生活って……どんなこと?」

「それ……は……」

「教えて?」

 いつかの自分の声がたずねる。

 あなたの失ったものはなに? 私から奪ったものはなに?

 伊武は熱に浮かされたように、心のうちを語り始めた。

 Hgに向かってではない。過去と現在の自分に向かってだ。

「女の子らしい……可愛い顔……小さくて華奢な体……それに似合う……可愛い洋服……」

「うん。それから?」

「そういう……ものが……当たり前の……普通の……女の子としての……生活……」

「他には?」

「他にも……たくさん……ある……数え切れない……ぐらい……」

 うつろな目で、押さえ込んできた気持ちを吐露する。Hgは――少女希衣は、それを黙って聞いていた。

「Hgと……過ごしたみたいな……時間……もっと……長く……ゆっくり……それで……ちょっとずつ……大人になって……」

「――そうだね。希衣は、そういうものを一気になくしたんだもんね」

 少女希衣が、伊武の手を握る。伊武の手は大きく、ゴツゴツとして力強かった。剣のタコだっていくつもあった。そういうものを、少女希衣の手が撫でていくたびに、責められているような気がになる。恥ずかしくなって、手を隠したくなる。

「希衣、辛かったね」

 少女希衣が、伊武の首に、きゅっとしがみついてくる。

 伊武は少女の細い体を感じると、はらはらと涙を流し始めた。

 少女希衣は床に落ちていた花を拾うと、伊武の頭に挿した。

 昔、Hgが伊武にしてくれたのと、まったく同じ手付きで。

 花のついた伊武希衣を見て、少女希衣が笑いながら言う。

「ぜんぜん、似合わないね」

 伊武は今すぐに頭の花をもぎ取りたくなったが、体が動かなかった。

 右肩の古傷が開き、痛みと共ににじみ出した血が服を濡らし、地面に垂れていく。

 少女希衣が、伊武の耳元で囁いた。

「ねえ、希衣――私になりたくない?」

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