第二十九章
地上。復旧したモニタにスミスがしがみついている。
沈んでいた財宝を見つけた探検家は、こんな表情をするのだろうか。
「すごい……すごいぞAg! これだ! これこそ私の求めていたものだ! もう出来ていたのか! ああ、今すぐにライフルでもマシンガンでも届けてやりたい! それらを操るところがみたい!」
興奮しきっているスミスを尻目に、アイシャは冷静だった。
どうやら、Agは人間ではないらしい。まるで戦闘用のロボット――いや、科学で動いているわけでもないのだから、ロボットではない。
「自走式の鋼鉄の処女、と言ったところかしら」
アイシャが嫌悪を込めて言うと、スミスが反応して振り向いた。興奮のあまり、汗をかいて髪が乱れている。気持ち悪い中年男が本性を現わした。
「それもいいな! タカミヤ! だが、あれは殺戮人形だ! ああなる前は人の形をしていた! あぁ……気づかなかった……どう見ても人間だった……」
スミスはモニタにキスをするぐらいに、近寄っていた。
ただ喜んでいるだけじゃない。性的興奮でも感じているんじゃないかというぐらいに盛り上がっている。この男は人形に興奮する性癖でもあるのだろうか。
アイシャはスミスは放っておくことにして、モニタの中で動きまわり、伊武と戦うAgを見ていた。Agは人ではない殺戮人形――何かが引っ掛かる。
「あのドールが自由に作れるとしたら! 痛みも感じず、年も取らず、病気にもならない、人を超えた力でいくつもの武器を操る殺戮人形……ああぁ……なんて素晴らしいんだHg……やはり君は天才だった……」
スミスは相変わらず、モニタの前で恍惚の表情を浮かべている。どうやら、スミスが本当に欲しがっていたのは、アルケーではなく、この殺戮人形を作る技術らしい。恐らく、スミスはHgに、この技術を寄越せと言っていたのだろう。そして、Hgはそれに応えることはなかった。存在を認めることすらしなかったかもしれない。
Agを作ったのはHgで間違いないだろう。そして、そのHgはもういない。ならば、Agはあれを作れるのだろうか。自分自身を。好き勝手に動く人形を――いくつもいくつも――。
そこで、アイシャは自分の中で引っ掛かっていたものの正体を知った。
殺戮人形。体は作れるだろう。簡単ではないし、無限ではないが、腕の良いクリエイターと、豊富な素材があればなんとかなる。
なら、中身はなんだというのだ。人間のように話し、考え、戦うことのできる、あの中身も作れるというのか。魂と呼んでもいい。
人形の魂――Hgの研究――欲しがっていたもの――聖堂乙女の核――。
「聖堂乙女の核……?」
アイシャは、その魔術具の名前を口に出して言って、ようやく気づいた。
ああ、そうか――聖堂乙女。セイドウオトメ。読み方は間違っていない。
だが、あれは書き方が違う。意図的に変えられていたのだろう。回収した天使教会が、自分達が持っていてもおかしくないような字に。
「聖堂乙女の核」の本当の名前は恐らく――「青銅乙女の核」だ。
その昔、意志を持って動いたと言われる魔術の人形があった。名前を「青銅の箱」という。
それそのものに関連しているのか、似た別のものかはわからない。だが、その名前や、Hgの研究成果から推測するに、「青銅乙女の核」は、人形に魂を与える魔術具なのだろうと考えられる。だからHgは欲しがった。自分の作った人形に魂を与えるために。
そこまではわかった。だが、アイシャの疑問は解決していない。
Agは、「青銅乙女の核」を手に入れる前から魂を持っているではないか。
アイシャ達に会う前から、「青銅乙女の核」を持っていたとでも言うのか。そんなものが世界中にいくつもあるというのか。そうだと仮定しても、いくつもの疑問が残る。
「Ag……あんた、何なのよ……」
モニタの中では、伊武が異形の殺戮人形と戦っていた。
「アブエル! もっとだ! もっと魔力強化を寄越せ!」
伊武はAgから離れた場所で、限界まで魔力強化をかけていた。
Agの攻撃自体は、アブエルさえ出さなければ、そこまで恐れるものではない。いくら強いとはいえ、通常の攻撃だ。今の伊武には、天使贄も超回復能力もある。
だが、Agの恐ろしさは、一撃の威力ではない。その手数だ。一度捕まれば、20を超える武器で、一斉に攻撃される。そうなれば、天使贄だろうが超回復能力だろうが、あっと言う間に限界を迎えてしまうだろう。
それに、Agは痛みで怯んだり、出血でダメージを負うことがない。機械を相手に戦ってると思った方がいい。
ライフルがあるからアブエルは出せない。近寄って捕まるわけにもいかない。
一本ずつ、あの武器を落としていくしかないだろう。長期戦を覚悟した。
「まれ……い……」
Agが繋げて長くなったアルケーを伸ばして、攻撃してきた。伊武はそれを切り落とす。
武器はガチャ、と音を立てて地面に落ちた。さすがに、繋がっていない武器までを操ることはできない。また拾われてはいけないと、伊武は蹴って遠ざけた。
「ね……え……あなた……だけ……」
Agが近寄ってきた。今度は、同時に攻撃を仕掛けてくるつもりだろう。複数の武器の射程に入るのは危ない。
「ちっ……」
伊武は距離を取った――が、Agは構わずに詰めてくる。
シンプルだが、有効な作戦だった。ここは屋上だ。そのうち逃げ場がなくなる。屋上から落とされては、さすがの伊武でも助からないだろう。
「やるしか……ない……か……」
伊武は覚悟を決める。ある程度の被害は覚悟してでも、Agの懐に飛び込むしかない。
相討ち上等は伊武の専売特許だ。まずは徹底的に攻撃力を奪う。
「いく……ぞ!」
伊武がAgに飛び込んだ。予想通り、触手のように武器が襲いかかってくる。
「それぐらいは……見える……かな」
伊武はフリアエで、一本、二本と武器を切り飛ばしていく。だが、襲ってくる武器の数は、まだ10以上ある。
いくつかの武器が伊武の体に刺さった。
「ぐ……まだ……いける……」
残りの武器が飛んでくる前に、出来るだけ破壊してやろう。そして、一度離れる。回復したらまた飛び込んで――これでいけるはずだ。
伊武はダメージを無視して、Agに接近する。いくら武器が多くても、人間の体から伸びているのだから、体を破壊すれば大きなダメージを与えられる。
Agの右腕が、フリアエの射程範囲に入った。右腕――因縁の箇所だ。
「お返し……させて……もらうっ!」
伊武がAgの肩に向かってフリアエを放つ。かわせない。完璧な一撃だった。
フリアエが届く直前、Agが壊れた顔で、にやりと笑った気がした。
「絶対……魔……そう……こ」
Agが何か言った気がして――その時には、もう遅かった。
「……迂闊……だった」
ガキン、と音がしてフリアエが弾かれる。
Agの肩口に、シールドが展開されていた。絶対魔術装甲――アルケーの持つ能力だ。
Agは量産型アルケーの剣と盾、両方を拾って装備していた。まだ、シールドの使用回数が残っている盾もあったはずだ。
伊武はAgの攻撃を無力化することができない。相討ち上等のはずが、一つもダメージを取れなかった。
Agの全身から、あらゆる武器が伊武に襲いかかり――命中した。
「ぐ……うあ!」
伊武が苦悶の声をあげる。天使贄でのダメージ転送をするが、間に合わない。超回復能力が発動する前に、新たな傷が生まれる。
いくつもの武器が、何度も伊武の体を刺し、切り刻んだ。
「――アブエル!」
伊武は咄嗟にアブエルを出現させた。
当然、Agは対天使弾頭を詰めたライフルをアブエルに向けた。
「やれ! アブエル!」
伊武の命により、アブエルが大きな手でAgを攻撃する。狙いも何もない。ただ、大きく異常な力を持った手が、Agを叩きつぶそうとしただけだ。
「てん……し……まれ……かわ……い……そ」
Agはさすがにアブエルを恐れて、伊武から離れようとする。だが、完全には逃げ切れずに何本かの武器がアブエルに押しつぶされて外れる。
「アブエ……わた……ころ……」
それでも、自分の体が壊れながらも、後ろに逃げながらも、Agはアブエルに向かって弾丸を放った。狙いを定める必要はない。巨大なアブエルに、至近距離で撃っているのだから。
一発、二発、三発――四発目を撃った所で、伊武がフリアエを投げた。ライフルに刺さり、真っ二つになる。伊武は唯一の武器を失うことになったが、とにかく死なないためには、こうするしかなかった。
「――」
体中に穴を開けられたアブエルは、不可思議なうめき声をあげて暴れ始めた。
「か――がはっ」
アブエルのダメージが伊武に返ってきた。もう、どこに傷を負ったのかはわからないが、伊武は血を吐いて倒れた。
アブエルは魔力を使って自らの傷を癒やし始めた。あれだけあった魔力が、あっと言う間に減っていくのがわかる。もし、天使遺骸を食わせてなかったら、今ごろはどうなっていたかわからない。
アブエルは銃弾の苦しみで暴れ始めた。伊武も巻き込まれかねない。
「消え……ろ……アブ……エル……」
伊武がアブエルの姿を消す。最大の武器であるが、今回に限っては最大の弱点でもある。
伊武はまだ生きている。今はAgと離れているし、武器もいくつか壊した。
ただ、代償が予定とまったく違う。肉体的ダメージ、魔力の消耗。フリアエの消失。
まだ生きている――まだ、というだけかもしれないが。
それでも、Agのライフルは壊した。傷も少しずつだが回復はしている。Agの通常武器による攻撃だけであれば、なんとか抵抗できるかもしれない。
伊武は地面に手をつきながらも、何とか体を起こしてAgを見た。
Agの武器は、予想以上に減っていた。これなら耐えきれるかもしれない。
だが、一本。新しい武器を装備していた――伊武が良く知っている武器だった。
妖剣フリアエ。Agは伊武の投げたフリアエを回収し、自らに装備していた。
「嘘……でしょ……」
伊武はもう、笑うしかなかった。これでもう、アブエルを出すことはできない。
Agが近づいてきて、フリアエを振りかぶる。
あの時のことを思い出す――Hgが、自分の右腕を落とした日のことを。
長い年月を超えて、今度はAgがフリアエで自分を殺そうとしている。
「そういう……運命……だったの……かな……ねえ……Hg……」
四つん這いの伊武が、自嘲の笑みを浮かべる。避けるだけの体力も気力もなかった。
伊武は地面に着いた自分の手を見つめる。直巳からもらった指輪が、屋上のライトを反射していた。
直巳からもらった指輪をつけながら、見ながら死ねるのなら、悪くないと伊武は思った。
ただ――椿君が逃げてくれればいいけど――無理かな――ごめんね。
Agの腕が動き、天使用のギロチン、妖剣フリアエが、伊武に向かって振り下ろされた。




