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第三十章

 伊武が何もかも諦めた瞬間、目の前に人影が現れた。

「……椿君?」

 直巳だった。オリジナルアルケーと、死体から剥がした量産型シールドを持っている。

「――シールド展開!」

 直巳が叫ぶ。盾と剣には、天使遺骸から吸った魔力を込めてある。

 薄い光の盾が――誰よりも大きなシールドが展開し、Agの放ったフリアエの一撃を、見事に弾き返した。その後に続く攻撃も、すべて。

「よしっ! 成功!」

 一発勝負だった。どんな物理攻撃でも弾くシールド。PORの兵士達で使えるのならば、自分にも使えるはず――そんな可能性だけで、直巳は怪我をした足を無理矢理動かし、伊武の前に立った。

 POR兵に使えるのだから、直巳にだって使えるはずだ。ただ、それだけの根拠だった。成功する確証はない。ただ、伊武が負ければ自分も死ぬのだ。やる価値は十分にあった。

「立てるか! 伊武!」

 シールドを張ったままの直巳が伊武にたずねる。

 妙にテンションが高いのは、恐怖を押し殺すためだった。二人分の命がかかっているのだ。怖くないわけがない。冷静に対処できるわけがない。だから、空元気で押し切る。

「う……あ……」

 突然の出来事とダメージの大きさから、伊武はすぐに反応できなかった。

「立て! 伊武!」

「う、うん!」

 伊武は初めて、直巳に強い口調で呼ばれた。その衝撃と興奮で、痛みも何もかも忘れて、ただ立ち上がった。

「まだやれるな!?」

「うん!」

 またも反射的に返事をする。やれるも何も、武器はないしアブエルも出せない。

 直巳のシールドが切れた。そこを狙って、Agはまた攻撃してくる。

「頼むぞ――シールド展開!」

 直巳の前に、もう一度シールドが開いた。これで二回目。最高でも、後一回しかでない。

「伊武、俺がAgを無効化したら、すぐに攻撃しろ。武器は渡す」

「う、うん!」

 直巳が何を考えているのかはわからないが、伊武はすぐに返事をした。どうせ一度死を覚悟したのだ。直巳の指示で死ねるのなら、そちらの方が何倍も幸せだ。それに、今死ぬなら直巳も一緒だろうし。

「行くぞ――Ag!」

 直巳はシールドを展開したまま、Agに近寄る。天使遺骸から吸った魔力を無理矢理に流し込んでいる直巳のシールドは、大きさも持続時間も、POR兵の比ではなかった。

「おらあああ!」

 直巳は痛む足をひきずりながら、シールドごとAgに突っ込んでいく。Agも攻撃をするのだが、すべてシールドに弾き返される。

 そして、直巳はAgの懐に潜り込むと、アルケーを後ろに放り投げた。重さによろけながら、剣のノールックパス。危険すぎるが、相手が伊武だからこそできる。

 直巳がアルケーを手放した瞬間、シールドが消えた。

「つ、椿君!」

 心配する伊武を他所に、直巳は笑った。余裕ではない。開き直っているだけだ。

「予定通りだ! シールドは邪魔だからな!」

 直巳とAgの間を遮るものは、何もない。

 最初からシールドを消すことを考えていた直巳と、急にシールドを捨てた相手に驚くAg。どちらの行動が速いかは、言うまでもない。

 直巳が左手で、ギリギリAgの指先を掴んだ。ここに武器はない。

「おま……え……男……は……まれ……に……ちか……よ……」

 Agが何か言っているような気がしたが、直巳には関係ない。

 全ての意識を左手に込めて、直巳は力を開放した。

「神秘呼吸――吸収!」

 直巳の神秘呼吸が、Agの魔力を容赦なく吸い取り始めた。量産型アルケー、剣や盾についた魔石の反応を感じる。まずは優先的に装備の魔力を奪っていく。それが終わると、今度はAgの体からも魔力が流れ込んでくる。何を使っているのだろうか、かなりの量がある。

「ま……りょ……が……この……なに……!」

 直巳が魔力を吸い始めてから、Agが反撃に出る間で、ほんの一瞬だった。

 Agはすぐに直巳を攻撃しようと武器を向ける。

「ここまでか……!」

 直巳はAgから手を離すと、文字通り転がりながらAgから離れた。離れ際に、いくつか攻撃をもらったが、まだ生きているので良しとする。

「まりょ……すいと……そう……か……そう……のうりょ……」

 Agが、直巳に魔力を吸われたことに気づく。

「でも……まだ……うごけ……」

 接触時間が短すぎて、Agの魔力をすべて吸うことはできなかった。

「――それで――十分!」

 直巳の後ろから、オリジナルアルケーを持って伊武が突っ込んでいく。体中から血が噴き出す。興奮状態のおかげで痛みはないが、体の動きは怪しい。

 それでも、この一撃ぐらいは持つ。

「死ねぇぇぇぇ!」

 伊武が雄叫びと共に、オリジナルアルケーを上段から一気に振り下ろした。

「……ふ……ふふ……装甲……展開……」

 Agがシールドを展開しようと盾を前に出して――出なかった。アルケーの持っている魔力は、すべて直巳に吸われていたから。誰でも使えるように、魔石から魔力を取っている量産型アルケーは、魔石の力が切れれば、それで終わり。3回を迎えることなく、盾は無効化された。

「う……そ……わた……つくっ……アル……が……」

 伊武の渾身の一撃が、Agの腕を切り落とす。そして、そのまま返す刀で、体の表面をなぞるように、すべての武器を叩き斬った。

「――終わりだ」

 伊武がアルケーで、Agの首をはね飛ばす。

 首の無いAgは、糸の切れた操り人形のように膝から地面に崩れ落ち、倒れた。

「勝った……の……かな……」

 伊武がアルケーの先端で、Agの体を突く。まるで、虫の死骸をいじくるように。

 Agが動かないことを確認すると、伊武はAgの持っていたフリアエを取り返した。

 妖剣フリアエ。Hgが作り、伊武が奪い、さらにAgが奪い、また伊武の手元に戻った。まるで伊武の因縁そのもののように、向こうとこちらを行き来している。

 伊武はフリアエを背後のアブエルに突き刺して隠すと、アルケーを直巳に返した。

 直巳はアルケーを受け取ると、それを杖代わりにした。Agを倒すために無理をしたので、太ももの傷が開いている。戦闘が終わり気が緩んだ瞬間、立っているのも難しくなった。

「椿君……早く……治療を……」

「そうだな……下に戻らないと……って……下にはPORがいるのか……」

 Agとの戦い、天使降臨、兵士の投入――すべてPORラボの、スミスの罠だ。Agを倒したところで、彼らが大人しくなるとは思えない。

 もう一戦しなくてはならないだろうか。相手に優秀な魔術師がいるとは思えないが、武装した兵士が多数いる。それに、アイシャ達がどうなっているかもわからない。そう簡単に殺されるとも思えないが。

 策を練る直巳の視界に、Agの遺骸があった。

「伊武。Agは、「聖堂乙女の核」持ってたよな?」

「うん……そのはず……」

「それ、持っていこう。スミスとの交渉で、少しは有利になれるかもしれない」

 スミスなら、直巳達を殺して奪い取ろうとするだろうが、無いよりマシだろう。

「うん……そう……だね……」

 伊武は直巳の意見に賛同すると、Agの遺骸に近寄った。体中、至る所が開き、砕けている。武器は一つもついていない。もはや、壊れたマネキンでしかなかった。

 伊武がAgの体の中をしらべると、胸に小さな球が入っていた。これではない。さらに探すと、壊れていない下腹部に、見たことのある金属製の球が入っていた。戦闘前にAgが見せびらかしていた、聖堂乙女の核だ。

「あった……」

 伊武がそれを奪い取ろうと、手を伸ばす。

「伊武! 危ない!」

 直巳が叫んだ瞬間、Agの体が動き出し、伊武に絡みついた。羽交い締めなんていう、格好の良いものではない。壊れた腕や足を、とにかく伊武に絡みつかせているだけだ。

「Ag……まだ……!」

「伊武!」

 直巳がアルケーを構えて、伊武に近づく。

「椿君! 来ないで!」

 伊武が叫ぶと、直巳は伊武の目の前で動きを止めた。

「駄目……椿君が……捕まったら……危ない……」

 伊武はフリアエを抜こうとしたが、Agは自分に密着しているため、あんな大きな剣では攻撃のしようがない。それに、首をはねても生きているのだ。どこを攻撃していいのか、検討もつかない。

 Agは伊武の耳元に首を寄せて、壊れた体をカタカタと震わせている。何か言いたいのだろうが、首がないので話すことができない。

「くっ……気色の悪い……」

 伊武は恐怖よりも何よりも、強い嫌悪を感じていた。それこそ、見たこともない大きな虫にしがみつかれているような、生理的な嫌悪感。

 もはや見ることすらかなわないAgは、両腕、両足で伊武の体をまさぐる。そして、伊武の首を見つけると、締め上げようとしてきた。

「……くっ……離せ……離せ!」

 伊武は、自分の首に伸びてきたAgの腕を掴む。

 そして、何か使えるものはないかと辺りを見回した。武器になるようなものは――あった

「ぐぬ……おおお!」

 伊武はAgを背負ったまま、屋上のヘリまで走る。そして、掴んでいたAgの腕を取ると、一本背負いのように、力任せに屋上の外に投げ捨てた。

「……落ちろ……落ちて……砕けろ!」

 伊武の体からAgが離れる。Agの体が屋上の縁を越えて――落ちなかった。

 Agは必死にもがき、片手一本で屋上の縁を掴んでいた。

「はぁ……はぁ……」

 息を荒げながら、Agを見下ろす伊武。

 Agは指先を震わせながら、上ろうとしている。放っておけば上がってくるだろう。

「……フリアエ」

 伊武はフリアエを取り出すと、しがみついているAgの指先に狙いを合わせた。

「……死ね」

 Agの指にストンと、フリアエが――ギロチンが落とされた。

 何も掴むもののなくなったAgが、地面へと落ちていく。

 しばらくすると、ガチャンという音が聞こえた。

 落ちたことを確認すると、伊武は安堵の溜め息をつき、直巳の元へ戻った。

「終わった……けど……聖堂乙女の核……も……落ちちゃった……ごめん……ね」

 申し訳なさそうにする伊武に、直巳は、黙って首を横に振った。

「伊武が無事でよかった。あれで、まだ動けるなんてな」

「うん……首を……落としたから……大丈夫だと思ったん……だけど」

 伊武は、屋上に転がるAgの首に目をやる。他の外れたパーツと同様に、ピクリとも動く気配がない。顔の上半分が砕けているため、どんな表情をしているのかはわからなかった。

「下……戻る? 私……まだ……戦えるよ? 天使遺骸も……あるし……」

 アブエルに天使遺骸を食わせれば、また回復はできる。あの時、天使降臨が起きてくれて本当に助かった。スミスは全滅させるつもりで狙ったのだろうが、直巳や伊武にとっては恵みの雨に等しい。

「伊武は戦えるけど……アイシャ達が人質になってる可能性がある。少なくとも、有利な状況じゃない」

 もし、下でアイシャがスミス達に勝利していれば、一人ぐらい屋上に来るはずだ。それがないということは、捕まっているか、戦っているかだ。

 最悪は――いや、それもないだろう。もし、アイシャ達が全滅しているのなら、残りのPOR兵やスミス達が屋上に来るはずだ。

 ということは、下でにらみ合っているか、直巳達が出てくるのを待っているか――待っている理由。力の無いアイシャ達を人質にして、直巳達を殺すためだろう。直巳ならそうする。

 直巳がギリっと奥歯を噛む。どうする。どうすればいい。せめて、アイシャ達に魔力があればスミス達に負けることもないのに。この手元にある天使遺骸の魔力、アイシャ達に渡すことができればいいのに。

 今、ここにある天使遺骸の魔力を吸収して下に行き、アイシャ達に触れて魔力を届ける。不可能だろう。スミスが直巳達の怪しい動きを許すとは思えない。

「天使遺骸はあるのに……何か、他に手は……」

「あ……そうだ……」

 突然、伊武が何かを思いだしたように、貯水塔の裏へと歩いていった。先ほどまで、直巳が隠れていた所だ。

 伊武はすぐに戻ってきた。大きなカバンを手に持っている。

「椿君……これ……何か……役に立つ……かも……」

 伊武がカバンを、直巳の目の前に置く。

「これは……戦いの前に、Aに渡されたやつか」

 中身も伝えられずに渡されたカバン。まだ開けていなかった。

「武器にしちゃ軽いし、形も武器とは思えないんだよな……とりあえず、開けてみるか……」

 直巳が慎重にカバンを開ける。横から伊武が覗き込む。

 中に入っていたものを見て、直巳と伊武は顔を見合わせた。

「まさか、だな」

「うん……でも……偶然じゃない……考え抜けば……こうなるの……かも」

 直巳はカバンの中身を取り出すと、天使遺骸を自分の側に集めた。

 これで、形勢逆転できるかもしれない。



 ガシャンと派手な音がして、アイシャ達の目の前に壊れた人形が落ちてきた。

「勝負ありね」

 アイシャは屋上から落ちてきたAgを見て、スミスに言う。

 スミスは、ボロボロになったAgの遺骸を、しばらく放心状態で見つめていたのだが、ボリュームのダイヤルをゆっくり回すように、笑い始めた。

「……ふ……ふふっ……ははは……うわはははは!」

 とうとう気が触れたかと、アイシャが汚いものを見るような目でスミスを見る。

 スミスはひとしきり笑うと、髪をかき上げ、乱れを直した。

「いや……失礼。まさか、ここまで思い通りに行くとは思わなくてね」

「予想どおり? Agが負けたことが?」

「そうだよ。理想的な展開だ。Agの負けでいいんだ。彼女が我々に協力してくれるとは思っていないからね。そこの体が手に入れば、研究は飛躍的に進む。それで十分だ」

 スミスはAgを裏切っている。戦いが終わった後、Agが殺戮人形の技術を素直に提供することはないだろう。それならば、殺戮人形の体が手に入った方が良い。それはわかる。

「人形遊びするのはいいけど、あたし達をどうするかが、すっぽり抜けてるわよ」

 Agは強い。それに勝った直巳と伊武は、もっと強い。Bにでもわかることだ。

 スミスはアイシャの言葉を聞くと、バカにしたように、うんうんと頷いた。

「タカミヤの言うとおり、より強いのは勝った君達。しかし、我々が恐れていたのは、Agの方だ。だって、君達には勝てるからね。我々には人質がいるのだから」

「人質って、私達? なら無理よ。私達は、あんたと何人かを道連れにして死ぬ。人質はいなくなって、あんた達は上から戻ってきたメスゴリラと真っ正面からぶつかるのよ。死ぬわ」

 アイシャ達は魔力が不足しているとはいえ、死ぬ覚悟があれば戦える。銃弾を浴びきる前に、何人かは殺せるだろう。そして、自分達は死ぬ。人質になる気はない。

 そして、スミスはククッと笑った。お嬢さん、何を言っているんだ? とばかりに。

「人質というのは合っている。君達は人質だ――が、人質の人質がいるんだよ。おい、連れてこい」

 スミスが近くにいる兵士に声をかけると、兵士はどこかへ連絡し始めた。

「人質の人質……? あんた、何を――」

 アイシャの耳に、離れた場所から車輪の音が聞こえてきた。。

 車でもない。バイクでも自転車でもない。もっと小さな車輪の音。

 それが見えた時、アイシャは怒りのあまりか、別の感情が、ゆがんだ笑みを浮かべた。

「あんたぁ……やっちゃいけないことやったわねぇ……」

 アイシャが表情を見たスミスは、嬉しそうな表情を見せる。

「反応有り――人質の価値有りというわけだ。君達はみんな、彼女を救うために、こんなバカげた戦いをしているのだから」

 兵士が、少し離れた場所で車椅子を止めた。

「これが我々の人質――Agに助けを求めた理由――椿直巳の姉」

 スミスが合図すると、兵士は拳銃を取り出して人質に突き付けた。

「アイシャ……ちゃん……ごめんね……」

 弱々しい声。今にも泣きそうな表情。戦いに向いていない、優しく弱い人間。

「これが我々の人質――椿つばめ、だ」



 そのころ。屋上では直巳が天使遺骸から魔力の吸収を行っていた。

 天使遺骸の魔力量は多い。直巳といえど、吸収しきるのは時間がかかるし、負担も大きい。とはいえ、今の状況ではどれだけ無理をしても、急ぐ他にはなかった。

「――よし、次でラスト!」

 直巳は最後の天使遺骸から魔力を吸収し終わる。

 そして、近くにある壷へと魔力を注ぎ始めた。

 他の天使遺骸の魔力もすべて、これに注いでいる。

 Aに渡されたカバンの中身は古ぼけた壷だった。

 悪魔が封印されており、悪魔達の魔力貯蔵庫でもある、ソロモンの壷だ。

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