第二十八章
5体の天使達は、一斉に、「天使の奇跡」を放つ。
アブエルに守られている伊武と直巳は助かった。アブエルは魔力を使用することなく、「天使の奇跡」を防ぐことができる。それでも、5体同時は初めてだった。アブエルが溶けてしまうのではないかというほどの光に包まれる。
POR兵達は、全員がシールドを出して防ごうとして――無駄だった。シールドが防げるのは物理的なダメージだけ。「天使の奇跡」はシールドを突き抜け、鎧を突き抜けて、彼らの体に直撃した。少なくとも、陣形の外側にいた者達には直撃。どのような現象が起きるかは、この後のお楽しみだ。
降臨時の、「天使の奇跡」が止んだ。今、屋上には5体の天使がいる。
このまま、天使達が去るまで、アブエルを盾にしてやり過ごす。それが当然の判断だろう。ただでさえ混乱した戦場に、天使まで来たのだ。
天使達が去った後に、仕切り直し――いや、それでいいのか。
「伊武! 天使を狩れ!」
直巳が伊武に言うと、伊武はすでにフリアエを握っていた。
「うん……そう言うと……思ってた……椿君……気をつけて……」
「大丈夫。相手も動けないはずだ」
伊武はうなずくと、天使達の元へ走っていった。
直巳は、オリジナルのアルケーを握りしめて祈る。敵はこないだろうが、「天使の奇跡」が、また飛んでくるかもしれない。それはもう、賭けだった。
伊武が手近にいる天使へと駆け寄っていく。
天使狩りは久しぶりだ。天使遺骸を手に入れてアブエルに食わせれば、傷も癒えるだろう。残りは高宮達に渡してやれば、戦力も回復する。
まずは一匹――伊武が天使の両腕を落とそうとフリアエを構えた。
その瞬間、何者かに抱きつかれた。
「――私を差し置いて、天使狩り? 余裕じゃない」
「Ag……どうして……動け――」
言い終わる前に、全身に鋭い痛みが走る。腕も胴体も足も、文字通り全身。
あらゆる箇所が刺され、斬り付けられた。一瞬で、全身同時に。
伊武はフリアエの柄で、背後にしがみつくAgをはじき飛ばした。
伊武は体制を整えると、背後を振り返った。なぜ、彼女は、「天使の奇跡」を受けてなお動くことができるのか。そして、あの攻撃の正体はなんなのか。
伊武が振り返ると、天使の放つ光の中に、Agが立っていた。
天使降臨の衝撃でベールは破れ、ドレスもボロボロになり、ほとんど裸に近い。
そのAgの姿を見て、伊武は絶句した。
「Ag……それ……どういう……こと……?」
Agの全身から、武器が飛び出している。腕も胴体も足も、あらゆる箇所の皮膚が蓋のように開き、様々な武器が飛び出していた。中には、長すぎる骨のようなアームに繋がれた武器も多数ある。それらがすべて、触手のように独立して動いていた。もう、皮膚についていた蓋は壊れてしまったのか、しまうこともできないようだった。
だというのに、Agの体からは一滴の血も流れていない。
「あなた……人間じゃ……ない……?」
伊武の言葉に、Agは笑った。どこから声を出しているのか。
「人間かどうか……そんなに大事なことですか?」
Agが両手を広げると、全身の武器がガバッと広がった。先ほどは、この状態で抱きしめられたのだろう。これまで使っていた武器は、使っては体内に隠していたのだろう。だから、彼女はいつ見ても、両手に何も持っていなかった。
Agは人形だった。全身に武器を詰め込んだ――いや、武器を人の形にくるんだ殺戮人形。
生物でないから、「天使の奇跡」が通用しない。ただ、降臨時の衝撃だけは耐えることができなかった。物理的なダメージ以外は、何も効かないだろう。
伊武はAgに向かってフリアエを構える。
「……化物」
「ハハッ! お前が言うことか! 伊武希衣!」
Agが襲いかかってくる。伊武はAgを迎え撃つふりをして、かわした。
そのままAgを無視して、離れた場所にいた天使の両腕を落とした。
「まず……一匹……」
拾った天使遺骸を二本とも背後に放り投げると、アブエルが飢えたピラニアのように、それに食いついて飲み込んだ。
アブエルに魔力が満ちるのを感じる。急激に傷が治っていく。それでもまだ、魔力が溢れるほどに余っている。やはり、天使遺骸は格別だった。
伊武はそのまま、別の天使を狩りに走った。
無視されたAgは、ガシャガシャと武器を動かしながら、伊武をじっと見つめた。
「私を無視するな――希衣!」
伊武に襲いかかってくる、Agという名前をした殺戮人形。
「お前より……天使が……大事……」
伊武がフリアエでAgを突くと、無数の武器に受け止められた。伊武はそのまま、フリアエを横に振り抜いてAgを吹き飛ばす。
その隙に、伊武は次の天使を狩った。新たに2つの天使遺骸が手に入る。
伊武はそれを、直巳がいるであろう、貯水塔の後ろに放り投げた。
「これで……二つ……」
「私を見ろぉぉぉ! 希衣ィィィ!」
またもAgが襲ってくるので応戦する。捨て身になって襲いかかってくるAgは、先ほどまでの強さとは比較にならなかった。
しかし、伊武も傷が回復しつつあり、魔力も充実している。
逃げる伊武。追うAg。二人は互いに、致命的なダメージを与えることができない。
その時、POR兵の何人かが立ち上がり、伊武とAgに向かって襲いかかってきた。
「が――がぁぁ!」
わけのわからない声を上げて斬り付けてくる。
まだ動けることに驚いたが、恐れる相手でもない。伊武は適当にあしらおうとする。
だが、先ほどまでとは身のこなしも、斬撃の速度も違っていた。
「……速い!?」
伊武が防御が間に合わないほどに速い。止む無く、体をひねって急所を回避する。伊武の背中に、強烈な一撃が入る。
「ぐ……」
伊武は背中に斬られた熱を感じる。超回復能力が完全に動いている今、そこまで恐れる傷ではないが、想像もしていなかった自体だった。
どうして急に、あれだけの強さを手に入れたのか――考えるまでもない。以前も、これと同じ事態に遭遇しているのだから。
「魔力暴走……か……」
兵士達の身につけている装備は、魔力を身体能力に変換する機能がある。「天使の奇跡」を受けた何人かは、魔力暴走を起こしたのだろう。膨大な魔力は、強大な力に変換されるというわけだ。魔力暴走に苦しみながら。
起き上がったのは6人。同士討ちをする者、天使に襲いかかる者、Agに襲いかかる者と、もはや誰が敵かもわかっていないようだった。本人の意識があるかも怪しい。
Agは怨嗟の言葉を吐きながら、暴走した兵士に応戦していた。暴走した死兵には、さすがのAgも手こずっているようだった。
これは伊武にとってはチャンスだった。この間に天使達を狩ればいい。
伊武はAg達を無視して、残りの天使も狩った。
2本はアブエルに食わせたので、4体分、8本――両手いっぱいの天使遺骸を持ち、直巳の元に戻る。獲物を持ち帰る猟犬のように、素早く、忠実に。
「椿君……天使遺骸……持ってきた……」
直巳の前に、天使遺骸を無造作に転がす。
「ありがとう、伊武……これで、大分楽になる。アブエルの食事は?」
「もう……済ませた……傷も……治った……」
伊武が体をひねり、背中を見せる。傷口がはっきり見えるわけではないが、ここまで動けるのなら、だいぶよくなったのだろう。直巳の足の方が、よほど重症だった。
「後は、Agだけか」
「うん……今は……暴走した……PORの兵士と……戦ってる……」
伊武はAg達の戦闘に耳を澄ませる。
武器同士がぶつかる音の他に、叫び声や断末魔の声が聞こえる。ほとんどが兵士達の声だったが、Agの苦しむ声も聞こえてきた。
どちらが勝つだろうか。自分も参加して、漁夫の利を得るか、それとも、もう少し様子を見ていた方がいいか。体力も魔力も回復したとはいえ、温存しておきたい。
ここを切り抜けたとしても、スミス達と戦う必要があるのだ。高宮家は、全員魔力が不足している。AとBも、数人なら殺せるだろうが、銃を持った数十人の兵士を殺しきるほどの力はないはずだ。
考えた結果、伊武は様子をみることにした。どちらが勝ったとしても消耗しているはずだ。そこを片付けた方が効率はいい。
少しすると、戦いの音が止んだ。
「……向こう……終わった……みたい」
「どっちが勝った?」
「それは――」
伊武の耳に、ガチャガチャという金属音が聞こえてきた。
なんだ、何の音だ。戦いの音ではない。
まるで、機械同士が死体を食らいあうような、不快な音。
そして、その音もすぐに止んだ。嫌な予感しかしない。
「椿君……ここにいて……」
伊武がフリアエを握り、立ち上がる。
「わかった。気を付けて」
直巳の言葉を背に受けて、伊武は物陰から出た。
ライトアップされた屋上に、無数の兵士達が倒れている。
その中心に、一人――一匹――なんと呼べばいいのか――Agが立っていた。
頬は割れた陶器のように砕けている。半壊した体中からは、いびつに連結した武器が触覚のように伸び、それぞれが独立して動いていた。
どこをどう見ても、人ではない。
それに先ほどまでは、あんなに武器を持っていなかったはずだ。もし、Agの体が正常だったとしても、あの量を体に収納するのはまず不可能だろう。
そして、体中に妙な装甲がついていた。これも先ほどはなかったもの。
増えた武器と装甲――周りに転がる兵士達の死体――。
「アルケーを……食ったとでも……言うの?」
伊武が倒れている兵士達を見回すと、ほとんどの死体から剣と盾が失われている。
Agは兵士達の持っていた量産型アルケーとシールドを剥がし、自分の体に取り付けていた。新たに、十数個の剣と盾が追加されたのだ。せめて守っていた人間らしい姿は完全に失われている。不気味な剣の城、機械の虫とでもいうような、おぞましい姿。
「希衣……おいで……抱っこして……あげる……」
Agは口がまともに動かないのか、途切れ途切れにわけのわからないことを言いながら、全身の武器をガチャガチャ、チキチキと動かす。
「良い子……もう……寝な……い……と……」
まるで、Hgのような物言いだった。
伊武の面影のある人形が、Hgのようなことを言う。
どういうことか――その理由をAgから聞くことは、もうできないだろう。
伊武は諦めたように、断ち切るように溜め息を吐くと、フリアエを構えた。
「Ag……終わりに……しよう……」
Agから伸びたアームの先端についたライフルが伊武に向く。
銃声を合図に、戦いが始まった。




