第二十七章
「もう半分死んだけど――これが、あなたの秘密兵器なの?」
地上でモニタを見ながら、アイシャがつまらなそうに言う。
マルジェラと同じ装備だと警戒していたら、とんだ粗悪品だった。中身の兵士も悪くはないが、魔術師でもないし、マルジェラほど強くもない。あれなら、銃を撃っていた方がよほど役に立つ。
アイシャの嫌味に、スミスは答えなかった。ただ、ずっと時計を見ている。
最初から、彼らの勝敗など興味がないように。
その時、スミスはちらりと空を見上げた。屋上より、ずっと高い位置の空を。
この男は、まだ何か用意している――アイシャは考えを巡らせた。
情報操作をするからと指定された日時、呼び出されたビル――どちらもスミスの罠だった。
Agと伊武をぶつけ、さらには両方殺そうとしている。
しかし、投入した戦力が二人に勝てる見込みはない。スミスもそれはわかっている。
あれでは、時間稼ぎにしかならないだろう――時間稼ぎ――そして、スミスは時計を――空を――スミスは二日の猶予を取って――。
「あなた、まさか最初からこれを狙って――」
アイシャがスミスの考えに気づいた。
スミスは返事をせずに口元を歪めて笑うと、再び空を見上げる。今度は、期待どおりに空に異変が起きていた。
夜の闇が割れ、一筋の光が差し込んでくる。
「――間に合ったな」
屋上に向かって、光が差し込む。
もう、アイシャが何度も見た光景だ。
天使降臨。
屋上で戦う伊武達。
空の様子がおかしいことには、全員気が付いていた。
だが、空がおかしいとどうなるのか、この場で知っているのは三人だけだった。
「椿君!」
伊武は戦いを放り出し、直巳の元へ駆け寄る。
「ちっ――やってくれましたね、スミス」
Agも戦線から離れて、逃げ場を探す。
POR兵達は何が起こるのか、わかっていない。
天から屋上に強い光が刺さり、遅れて衝撃がやってきた。
その衝撃で、POR兵が吹き飛ばされる。シールドを出してしのいでいる者もいた。
伊武はアブエルを出して、直巳をかばう。Agは衝撃に飲み込まれていた。
そして、空を割って、5体の天使が降臨した。
「スミス。あなた、何が目的なの? どうして、わざわざ天使降臨に味方を巻き込んだの?」
アイシャの眺めるモニタは、真っ白になっており、何も映ってはいない。天使降臨の衝撃と光で、カメラは何も映してはいなかった。
スミスは、役に立たなくなったモニタを一度小突くと、アイシャの前に二枚の布きれを置いた。ハンカチ程度の大きさで、一枚はやたらと古ぼけており、何か文字が書いてある。汚れていて解読することはできない。
「その2枚の違い。君にはわかるか? 触っても構わない」
スミスに言われて、アイシャは身長に二枚の布を触ってみる。一枚は普通の布。もう一枚からは魔力を感じた。
「こっちは魔術具ね。効果はわからないけど」
アイシャが古ぼけた布を持ち上げると、スミスは拍手をした。
「正解だ。その魔術具の布に名前はない。どうやら、殺された魔術師が死ぬ時に握りしめていたものらしい。死の間際、自分の血で布に何かを書いたそうだ。何が書いてあったかは、滲んでいて読めないが」
スミスは二枚の布を持ち上げると、アイシャに見せつけた。
「どちらも同じ布だ。しかし、片方は魔術具。この違いがわかるか?」
「……何? どういうこと?」
「因縁と魔力だよ。因縁と魔力が込められれば、布だって魔術具になる」
その理屈はアイシャにもわかる。特に大事なのは因縁だ。由来と言ってもいい。強い因縁のあるものは、自然に魔力を帯びて、魔術具になることがある。逆に、魔力だけを込め続けても魔術具になるとは限らない。
だが、スミスが何をしたいかの答えにはなっていない。
「スミス。魔術について、私に講釈を垂れるつもり?」
「実験だよ」
スミスが笑みを浮かべながら言った。人間を超える寸前の冷たい笑み。
「人為的に魔術具を生み出すため実験なんだ。魔術具を付けた普通の人間。魔術具を持った魔術師やクリエイター。彼らが戦って死んだら、天使降臨で死んだら――新しい魔術具が生まれるかもしれないだろう」
「――まさか、そのために全員を集めて、天使降臨にぶつけたってわけ?」
「そのとおり。君達もAgも、我々のモルモットというわけだ」
スミスはククッと笑う。
「人為的な魔術具の作成による、魔術具の安定供給、加工による製品開発。ようするに、魔術具の大量生産――これこそが、PORラボの目的なのだよ、お嬢さん」
魔術具は資源と同じだ。工業的に作り出すことはできず、世界中から、存在しているものをかき集めてくるしかない。
もし、それが自分達の手で作り出せるとしたら。
大量生産により、好きな魔術具をいくらでも生み出せるとしたら。
その目的をかなえるため、PORラボは高品質な魔術具の開発のためにHgと手を結び、魔術素材の生産のために、天使降臨の実験を行った。
PORラボの目的を知ったアイシャは額に手をやり、大きく溜め息をついた。
「ねえ、他の魔術師が、それを考えつかなかったと思う?」
「考えついても、実行に移せなかったんだろう。特に現代において、人の命を操るのは大変なことだからな。我々のように、強大な力が――」
「違うわ。それをやったら、魔術師が人の敵になるからよ。全員がそれをやったら、魔術師対、非魔術師の戦争になるでしょう。いくら魔術師が強くても人数が違う。だから、魔術師は自分達を守るために、それをやらないように、お互いに監視をしてるの。それを破れば、全魔術師に死ぬまで追い回されるってわけ」
アイシャはスミスのバカさ加減に頭を抱えた。エネルギー開発をしている気分で魔術を扱っているのだろう。新たな資源。新たなエネルギー。魔術は現代の産業革命です。PORラボは、すべての家庭に便利な魔術具をお届けします。
アイシャは顔を上げると、哀れんだ表情で、諭すようにスミスに話しかけた。
「スミス。私から、二ついいことを教えてあげるわ。良く聞きなさい」
「なんだ?」
「まず一つ。魔力は石油資源じゃないの。なぜ魔術師が少ないのか、魔術はどうやって使うのか、よく考えてみなさい」
「それを変えるのが私達だよ――もう一つは?」
「屋上にいる連中が天使に殺されて、持ち物が魔術具になることを期待しているのよね」
「そのとおりだ」
「そう。屋上にいる私の仲間ね」
アイシャは、スミスのようにククッと笑ってから言った。
「あれ、天使狩りよ」




