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第二十六章

 伊武とAg。硬直した戦場に、白い集団がなだれ込んでくる。

 前進を包む白いスーツ、直巳が今、持っているアルケーと同じ剣。そしてマシンガン。

 それが何なのか、直巳と伊武はすぐに気が付く。当然、Agも。

「マルジェラ!?」

「……違う!」

 直巳と伊武がそれだけ言うと――それしか言う時間がなかったのだが――彼らは一斉に、持っていたマシンガンを乱射してきた。

 直巳の隠れている貯水施設の壁にも弾丸が飛んできた。弾丸が貯水タンクに当たると、爆発したかのような勢いで、あたりに水がぶちまけられた。

 当然、伊武に向かっても大量の弾丸が発射され続けた。伊武は止む無くアブエルを展開して弾を防ぎながら、直巳のいる貯水塔の裏へ逃げ込もうとした。

「――よくやりました」

 ようやく出現したアブエルを見ると、Agは腕を一振りして、どこかからライフルを取り出した。伊武の動きは素早い。先読みをして、狙いをつけて――弾が命中した――Agの腕に。

「え?」

 Agの撃った弾が、あらぬ方向へと飛んでいく。Agは何かを考える前に、弾を避けるために後ろに大きく飛んで、物陰に隠れた。先ほど、上に乗ってアブエルを撃った建物だ。建物の上に乗り、真ん中辺りで伏せる。兵士達の射線は切れた。

「どういう……こと?」

 止まない銃声を聞きながら、Agは歯がみをする。

 量産型魔力変換装甲、量産型守護剣アルケー。たしかに、スミスに渡した。まずはこれを渡すから、伊武希衣達の抹殺に力を貸して欲しい。成功すれば、オリジナルのアルケーを作り直して渡すし、それ以外の開発成果も渡す――「聖堂乙女の核」を使った研究の成果物も。いや、工房と自身の未来そのものを渡す。それが、「聖堂乙女の核」と、スミスに協力をしてもらうための対価だった。

 スミスは何もかもを欲しがったから、Agは何もかも渡すと言ったのだ。何もかもを欲しがる――きっと、Agの命も欲しくなったのだろう。

 まあ、いいとしよう。この状況を作り出しただけでも、スミスは仕事をしてくれたと言っていい。それに、相手が約束を破るなら好都合。POR兵を皆殺しにすれば、Agはこれ以上、何も渡さなくても済む――まあ、いまさら取っておきたいものもないのだが。

 しばらくじっとしていると、銃撃が止んだ。AgがPOR兵を見ると、マシンガンを捨てて、量産型アルケーを構えようとしているところだった。

 恐らく、マシンガンは突入時用にしか使うつもりがないのだろう。彼らは装備の性能テストをしたいはずだ。

「……愚かね」

 Agは、もはや哀れみの気持ちすら込めて笑った。

 初めて装備を身につけたひよっこ達。こちらは開発者。相手に飛び道具は無い。これでどちらが勝つか、わからないのだ。

 真っ白なPOR兵達が、ちりぢりになって動き始めた。何人かはAgの元へ向かってくる。

 さて、どうするか――Agはライフルの残り弾薬を頭の中で数え始めた。



「椿君……大丈夫?」

 直巳の元へ逃げ込んできた伊武が、彼の体を気遣う。

「大丈夫だよ。痛み止めも、少し効いてきた。それより、伊武の体が……」

 直巳が伊武の体を見る。戦闘服に穴が開いているのは、Agに刺された箇所だけ。だが、一番大きな怪我は、背中と腕。Agの弾丸を受けた箇所だった。

 アブエルへのダメージが伊武にフィードバックしているので、戦闘服は損傷していない。ただ、突然、伊武の体に穴が開いただけだ。黒い革製の戦闘服とはいえ、出血している箇所が変色している。

 伊武は全身のセルフチェックを行う。斬り付けられた腕や腹は問題ない。傷はふさがりつつあるし、痛みも行動に支障がない程度だ。

「背中と……腕は……まだ……治ってない……」

 伊武が隠さずに直巳に伝えると、直巳は伊武の手に、自分の右手で触れた。

「ほんの少しだけど、俺の持ってる魔力を全部、伊武に渡す」

「……うん……お願い」

 直巳の自然回復分。普通の人間が生きていて、自然に持っている程度の量でしかない。本当に少し。魔石一個すら作り出すことはできないだろう。

「神秘呼吸――放出」

 直巳の右手から、伊武の体に魔力が流れ込む。たしかに少しではあるが、間違い無く入ってきた。

 ただの魔力ではない。直巳が自分のために、自分に触れて分けてくれた魔力だ。それだけで伊武は、気力がみなぎってくるのを感じた。

「ああ……ありがとう……」

 伊武は礼を言うと、受け取った魔力をアブエルに与えた。アブエルは砂漠の遭難者が水を求めるように、伊武から魔力を吸い取り、自らを治療した。少しだけ傷が楽になる。

「これで……また……戦える……Agを……殺せる……よ」

 にこりと笑う伊武。目だけが、笑っていなかった。

 今回、伊武は直巳のためだけに戦っているわけではない。Hgへの復讐。そして、襲いかかってきたAgから理由を聞き出すために戦っている。直巳が退こうと言っても、退くことはしないだろう。

 その時、銃声が止み、兵士達が動き出した。伊武は強化聴覚でいち早く察する。

「椿君……ここにいて……もし、突破されたら……」

 直巳は持っていたアルケーを抜いて、構える。

「少しぐらいならやれるさ……伊武みたいにはいかない」

 伊武は、「逃げて」と言おうとしたのだが、足を怪我した直巳は素早く動けない。そして、そもそも逃げ場がないことに気づくと、黙ってうなずいた。直巳を戦わせるわけにはいかない。一人も抜かせない。

 そう決意すると、建物から飛び出して奇襲を仕掛けた。

「出たぞ」

 兵士の一人が大声で叫ぶと、全員が固まって陣形を組んだ。

 伊武がフリアエを振るうと、兵士の一人がシールドを展開させて弾いた。

 ガキンと、フリアエでフリアエを殴ったような音がする。攻撃自体は防いだが、その衝撃に兵士は体勢を崩した。すぐに、隣の兵士が援護に入る。隙がない。

 シールドの効果を見た兵士の一人が、全員に聞こえるように言う。

「シールド、使えるぞ」

 誰も声を出して返事はしなかったが、聞こえていたのか、盾のついた腕をかかげる。

「ちっ……マルジェラのシールドか……」

 伊武がマルジェラとの戦いを思い出して舌打ちする。とにかく、あのシールドが厄介だった。しかし、オリジナル・アルケーを持っていたマルジェラでも、魔力暴走する前はシールドを展開しながらの攻撃はできなかった。装備も中身も、彼らがマルジェラより上だとは思えない。

「ハァッ!」

 伊武が二人の兵士を狙って、フリアエを横薙ぎにする。

 一人がシールドを張って防ぎ、もう一人が彼の体を支える。

「いけ!」

 兵士の一人が号令を出すと、手の空いている三人が斬りかかってきた。伊武は慌ててフリアエを戻して防ぐが、弾ききれずに一撃だけ受けてしまった。傷は浅いが。

「……面倒……な」

 防御担当と攻撃担当に別れているのは、マルジェラ一人よりも面倒くさいかもしれない。

 負けるつもりもないが、すぐに片付けるのも難しそうだ。

 それに、敵は彼らだけではない。Agだっているはずだ。

 彼女は、今どこに――伊武が探そうとすると、兵士達の集団、一番後ろの一人が、声もあげずに倒れた。首から血を流している。

 男が倒れると、背後にAgが立っていた。武器は持っていない。

「ねえ、私も混ぜてもらえる? その装備の制作者なんだから、良いでしょう?」

 乱戦が始まった。




 同じ格好、同じ武器を持った3人が地面に倒れている。

 まるで、変身するヒーロー番組に出てくる下っ端戦闘員のようだなと、伊武は思っていた。

 三つ巴の戦いとはいえ、伊武とAgはお互いを狙わない。まずは数の多いPORの兵士達を片付けようというのが共通認識だった。決着は、後でゆっくりつければいい。

 たしかにシールドは厄介だったが、伊武とAgの波状攻撃にほころびを見せていた。

 伊武が攻撃をする。シールドで防がれる。展開時間の限界がきてシールドを解除する。そこをAgに殺される――これが、いつの間にか生まれていた戦法だった。逆に、伊武がとどめを刺す場合もある。

 兵士達は優秀だったが、伊武とAgを同時に相手するのは荷が重かった。

 戦いが続き、4人目が地面に倒れた。Agの前に立った瞬間、腹から胸からを切り刻まれ、穴だらけにされて死んだ。シールドは出なかった。

「くそっ! シールドがでない!」

 初めて、兵士の中から泣き言が出た。

 5人目。シールドを出そうと腕を構えて、何もでない。伊武に腕ごと真っ二つにされた。

「そういう……こと……なの?」

 伊武がAgにたずねると、Agは笑った。

「ええ、そういうことです」

 Agが6人目を沈めた。

 なるほど。所詮は量産型かと、伊武は戦い方を変えた。

 軽く、防げる程度の一撃。相手はかわす、剣で受ける、ということを考えずに、安全だと信じ込んでいるシールドを展開して防ぐ。

 こいつは2回目。そして、こいつは3回目でリーチ――伊武は一人一人が、シールドを展開する回数を数えていた。

「あなたは、もう3回使いましたね」

 Agが右腕を振り下ろす。兵士はシールドが出ずに、何かしらの刃物で袈裟斬りにされて死んだ。これで7人目。

「な、なぜだ! なんでシールドがでない!」

 もうシールドの出なくなった兵士の一人が、パニックになって盾を叩き出す。

 Agは、その仕様をスミスに伝えていたはずだ。なら、彼らは伝えられていないのだろう。

 量産型のシールドは、3回までしか展開できないことを。

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