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第二十五章

「夜だというのに、こんなに明るい。ライトで灼けてしまいそう」

 Agは目を細めながら日傘を開いた。Agの顔に影が落ちる。

 直巳達とAgの距離は、5メートル。他に人影はない。

 伊武はAgを睨みながら、心身を戦闘モードに切り替えていた。隣りにいる直巳にも、伊武の殺気が伝わってくる。

「Ag、どういうことか聞かせてもらおう」

 Agは両手で日傘を持ちながら、薄く微笑んだ。

「私も、「聖堂乙女の核」を手に入れるために動こうと思いまして」

「……俺達を差し出せば、「聖堂乙女の核」が手に入るとでも?」

 直巳の言葉に、Agがクスクスと笑う。

「それはもう、手に入れましたよ。ほら、ここに」

 Agはどこからか、小さな鍵のついた金属の球を捕りだした。テニスボールよりも小さなサイズ。恐らく、あれがケースで、本体は中に入っているのだろう。

 Agは直巳達に、「聖堂乙女の核」を見せびらかすと、またどこかへしまった。そんな大きなポケットがついているようには見えない。まるで、手品のようだった。

「これが罠だと気づいたまでは正解。でも、あなた達を差し出せば、というのは外れ。スミスにとって、あなた達の命など、どうでもいいのですから」

 どうでもいい。生きていても、死んでいても。

「なら……Agには俺達を殺したい理由がある。スミスの力を借りてまで。あいつがタダで動くとは思えない――何か、取引きをしたんだな」

 直巳の言葉を聞くと、Agは楽しそうに日傘をくるくると回し始めた。

「そのとおり――あなたは話が早くていい。もちろん代価は払いましたよ。「聖堂乙女の核」をください、あなた達を殺したいから手伝ってくださいって、お願いしました」

「なぜ俺達を狙う?」

 Agの日傘が回転する速度が速くなる。右に左に、くるくると回る。

「俺達、というわけでもなくて。私がどうしても殺したいのは、伊武希衣。椿さんは、どうでもいいんですよね。ま、生かしておく理由もないので殺しますけど」

 伊武が背後の空間から、スラリとフリアエを抜いてAgに向けた。この距離ならば、伊武の射程範囲内。一撃で決着がつく。相手が普通の人間ならば。

「なぜ……私を……狙う……か……聞かせて……もらう……」

「私に勝ったら教えて差し上げましょう――何もかも」

「――上等」

 伊武は言い終わる前に、Agに斬りかかった。

 大上段からフリアエを振り下ろすが、Agはフワリと後方に飛んだ。一足で10メートルは飛んだだろう。普通の人間の身体能力ではない。

「魔力強化……?」

 伊武と同じ魔力強化なのだろうか。伊武以外に使える人間がいてもおかしくはない。それにHgは魔力を身体能力に変換する装備を開発している。Agがそれと同じ仕組みの装備を身につけている可能性は高い。。

「椿君……下がってて……それと……これ……」

 伊武がアルケーを直巳に渡す。戦いの邪魔になるのと、直巳の護身用だ。直巳がこんな大剣を使えるとは思えないが、何もないよりはいい。

「わかった。やばくなったら退けよ。俺もAgを観察しておく」

「うん……わかった……」

 直巳はジリジリと後ろに下がっていく。Agが手を出してくる様子はない。

 伊武は直巳が十分に離れたのを見ると、改めてAgに向かい合った。

 フリアエを握っている右肩が痛む。もう、こいつが仇でいいだろう。

「……Hgの代わりに……責任……とって……もらう……よ」

「右腕の恨みですか。切り離したものがくっつくなんて、虫みたいですね」

「……死ね」

 伊武が再び斬りかかる。だが、Agは撃ち合おうともせずに、またも後ろに下がった。

「……逃げる……だけ?」

「あなたの得意な距離で戦う必要はないでしょう?」

 そういうと、Agは後ろにあるコンクリート製の建造物に飛び乗った。

「さ、ここまで来られるかしら?」

「……逃がさない……アブエル!」

 伊武がその名前を呼ぶと、背後から崩れた巨人が姿を現わした。

 人造天使アブエル。伊武の力の源。今は魔力不足のため、あまり派手には使えない。

「――やはり出した」

 Agはアブエルの姿を見て驚きもしない。むしろ、喜んでいる。

「歌え……アブエル……あいつにだけ……聞こえるように……」

 アブエルはか細い声で歌い始めた。歌とはいえ、うめき声にしか聞こえない。そして今は、魔力を押さえるために、Agにだけ届くように範囲を絞ってある。

 それと同時。Agが日傘についていたスイッチを押すと、日傘はバラバラに壊れ、中から細いライフルが出てきた。

「消えろアブエル! 忌まわしい人造天使!」

 Agがライフルから弾丸を発射する。アブエルの声がAgに届く。

「くっ……」

 Agは少し苦しそうな顔をするだけで、ダメージはなかった。

 そして、Agの弾丸は伊武の頭上を通過し――這いつくばるアブエルの背中に命中した。

「――」

 アブエルは声もなく、弾丸の痛みに暴れ始める。

「どうしたアブエル……! なぜ……アブエルにダメージ……ぐっ」

 伊武の背中から、血が噴き出す。

「な……何が……」

 理解のできないダメージ、伊武が膝をつく。

 アブエルは人造とはいえ天使だ。通常の攻撃は通用しない。だというのに、アブエルに攻撃が通り、伊武はアブエルと同じ位置に傷を負っている。

「フフッ……アハハハハ! やっぱり! やっぱりそうだ!」

 膝をつく伊武を見て、Agは高らかに笑い声をあげる。

「この弾丸はね! フリアエを作った時の端材で作ってあるの! 天使を殺す妖剣と同じ素材でね! どういうことか、わかるでしょう!」

「天使を殺す……弾丸……」

「そういうこと! 対天使弾頭ってわけ! あなたのダメージはアブエルに転移できる! なら、アブエルに直接与えたダメージは? そう、あなたに返るの!」

「まさ……か……そんな……」

 伊武はアブエルに直接ダメージを受けたことは――一度だけあった。その昔、Hgに右肩を切られた時だ。その時はアブエルの肩が落とされ、伊武の肩が落ちた。

 Agは、その時のことを知っているのだ。伊武を狙うより、アブエルを狙った方がダメージが大きいと。Hgから聞いていても不思議ではない。

「くっ……最初から……それが……狙い……か……」

 伊武は背中に開いた穴を超回復能力で治療しようとするが、上手くいかない。

 伊武は、「天使贄」という魔術により、自分のダメージをアブエルに転移することができる。そして、アブエルに溜まったダメージは、魔力を使って治療する。

 その魔力が、今は足りていない。アブエルが治らないのだから、伊武の傷も治らない。

「ほら! いつまで出してるの!」

 Agはライフルから、もう一発弾丸を発射した。今度はアブエルの右腕に命中する。

 伊武の二の腕から血が噴き出し、フリアエを落とした。

「ぐっ……消えろ……アブエル……この……役立たず……」

 伊武が命じると、アブエルは姿を消した。

 戦闘開始から、ほんの一分ほどで、伊武はアブエルを封じられ、手負いになった。アブエルを出させて、それを狙うという策略に、まんまとはまったのだ。

「くっ……あんな弾丸が……あるなんて……」

 伊武は二の腕に開いた穴を押さえながら、まだ動く左手でフリアエを拾う。傷はゆっくりと塞がっていっているが、いつもより時間がかかっている。アブエルのダメージは、超回復能力が効かない。

 伊武に慢心はあっただろう。圧倒的な力、強力な武器、不死身とも言える肉体。まともに戦えば、伊武に勝てる者など、ほとんどいない――そう思っていたし、それは事実だ。

 ただ、Agはまともじゃない方法で攻撃してきた。アブエルへの直接攻撃。これは伊武とアブエルのことを知っていて、さらに攻撃できる手段を用意しておくしかない。Agは、それらを簡単にクリアしてきたのだ。

 Agは、伊武が攻撃してこないのを見ると、ライフルを構えて近づいてきた。

「意外と、呆気なかったですね」

 額にライフルが押しつけられる。いくら伊武が頑丈で、天使贄が使えるとはいえ、額からまともに弾丸を食らったら、生きていられる保証はない。

「さようなら、伊武希衣――これでようやく――」

 Agが引き金に手をかけた瞬間――伊武が動いた。

「――ハァッ!」

 左腕で、逆手に持ったフリアエを振り上げて、ライフルを斬ろうと狙った。

「な――速い――」

 Agはライフルをフリアエの攻撃軌道から外した。発射音が空に向かって響く。そしてそのまま、大きなバックステップで距離を作った。

「左腕、逆手でそんな速い斬撃が……? データ以上、ということですか……」

「私は……両利き……」

 伊武がフリアエを正しく持ち直すと、一気にAgとの距離を詰めて斬りかかった。

 動かないのは右腕だけだ。両足と左腕は動く。背中の傷も痛いだけだ。脊髄に影響はない。

 Agの持っている武器はライフルだけで、接近戦用の武器は見当たらない。

 伊武のフリアエが、Agを真っ二つにしようと襲いかかる。

「もらった……」

 フリアエの刃が、Agの肩口に吸い込まれて――ガキッ、という派手な金属音に弾かれた。

 真っ正面から受け止められたのではない。受け流されたような感触。

 Agはいつの間にか短剣を持っており、それで受け流していた。ライフルはどちらの手にも持っていなかった。地面にも落ちていない。

 フリアエを受け流した衝撃で短剣は折れ、Agもバランスを崩す。

「さすが、パワーだけはすさまじいですね」

 Agは折れた短剣を伊武の顔に投げつけて、また下がる。

 だが、伊武は短剣をかわすことなく、逃げるAgをそのまま追った。

 Agはまた素手だった。短剣ぐらいなら隠せただろうが、さすがにもうないだろう。

「これで……終わり……」

 伊武のフリアエが、3度目にして、ようやくAgに届く――はずだった。

「――あなたがね」

 伊武は腹部に熱を感じた。いつの間にか、細いレイピアが腹に刺さっている。

「――くっ!」

 伊武は一瞬の躊躇の後、構わずにフリアエで攻撃をするが、その隙にAgはまた、伊武から距離を取っていた。

 伊武が腹部からレイピアの抜くと、叩き折って捨てる。

 なぜ、どうして自分は攻撃を受けた? 短剣ならドレスの下にも隠せるだろう。だが、こんなに長いレイピアをどこに隠していた? あの長いスカートの下か。いや、それならさすがに違和感に気が付くだろう。いくら細いとは言え、長い剣を足にくくりつけて動き回れば、服にも動きにも、妙なクセが出るはずだ。Agには、それが一切なかった。

 Agは間違いなく素手で、服の下に武器は隠していない。

 なのに、伊武は二度も、武器による反撃を受けた。

 伊武は腹部の傷に、超回復能力の意識を回した。これは普通のダメージなので治しやすいはずだ。魔力不足なので、いつもより時間はかかるが。

 無傷のAgが離れた場所から伊武を観察する。今度はどこからから扇子を取り出して、口元を隠している。

「背中と腕に弾丸。腹に刺し傷。それでもまだ戦えるなんて、さすがにタフですね」

「こんなの……無傷と……同じ……」

「でしょうね。でも、足は止められましたから」

 Agは腕を一振りする。

 その手には、またライフルが握られていた。

「別に、あなた相手でもフリアエの弾丸は有効でしょうから」

 Agが伊武に狙いをつけると同時に、伊武が前方に飛んだ。

「ちっ……またっ……!」

 伊武が銃口よりも深い位置に頭を潜り込ませる。耳元で弾丸が発射された。音のせいで、少しふらついたが、伊武はそれを押さえ込み、Agに殴りかかった。拳の方がフリアエよりも速い。殺せはしないが、まずは一撃、当てておきたい。

「シィッ!」

 伊武の左のボディブロウがAgに命中する――ガチ、と。硬い物を殴った感触。薄い鎧でも着込んでいるのだろうか。

「うぐ……」

 Agは殴られた衝撃でうめき声を上げる。伊武にも手応えがあった。

 これだけ綺麗に決まれば、しばらくは呼吸もできないはずだ。内臓にダメージが入っていれば、Agは動けなくなる。

「接近戦はさすがです――私にもできますが」

 Agが叫ぶと、伊武の左腕は一瞬で血まみれになった。

「な――」

 伊武の動揺した声に、Agはにやりと笑う。

 Agは右手にライフルを持っており、左手は殴られた衝撃で宙に浮いている。

 他に武器は、一切持っていない。

 伊武が前蹴りでAgと距離を取る。その足も、戻した時には血を流していた。

 ボディブロウと前蹴りを受けたAgは、腹部を気にしている。しかし、呼吸が乱れたり、膝をつくようなことはない。まったくダメージが入っていないかのような態度。

 一方の伊武は、血まみれになった左腕と足を見る。

 無数の刃物で斬られ、刺されたような傷がある。

 戦闘不能になるほどのダメージではないが、接近するたびにこれでは、攻撃のしようがない。いずれダメージが蓄積すれば、面倒なことになる。

 離れればライフルが、近づけば不思議な攻撃が。伊武は攻めあぐねていた。

 だが、それはAgも同じ。今の所、有効打は最初のライフル二発のみ。後は、すぐに回復されてしまうようなダメージしか与えられていない。

 伊武に直接、弾丸を命中させられれば良いのだが、でかくて動きも鈍いアブエルとは違い、伊武に命中させるのは至難の業だった。距離を詰められても反撃はできるが、Agも攻撃を受けてしまう。ダメージレースで伊武に勝つというのは、現実的ではない。

 普通の弾丸であれば、そうなるだろう。

 そして、伊武もそう思っているはず――思っている、今がチャンスだった。

 Agはライフルを出現させると、素早く弾を込めて構えた。

「さあ! 食らいなさい伊武希衣!」

 Agがライフルを伊武に向けた瞬間、伊武は距離を詰める。先ほどと同じように、銃口の内側へ体をねじこめば、絶対に当たらないはずだ。

 Agは伊武の突進を恐れて、斜め後ろに飛びすさりながら、弾丸を放った。伊武が近寄ることもできなかったが、弾丸はとんでもない方向へと飛んでいった。

 先ほどの弾丸と違い、かすかな光を放っているので、それがよくわかった。

 伊武は弾丸を見送ると、再びAgに向き合った。この調子ならば、Agのライフルは無効化できる。後は、どうやって攻撃を――。

「伊武! 危ない!」

 直巳の叫び声が聞こえて、伊武は背後から押し倒された。

「ぐ――」

 直後、直巳のうめき声が聞こえた。

「え……椿君……?」

 地面に押し倒された伊武は、何が起きているのわからない。

 だが、直巳は苦しそうな顔をしている。

「椿君……!? どうしたの!?」

 伊武は素早く立ち上がると直巳を抱え上げ、Agを牽制しながら物陰に隠れた。

 Agから視線が切れたところで直巳を地面に横たえる。

 小さくうめく直巳の体をチェックする。右足の太もも、裏側に穴が空き、出血していた。傷口が小さく光っている。

「っ――椿君……少し……我慢して……」

 伊武は直巳の傷口に指を入れる。

「うあっ……」

 苦しそうな直巳の声。伊武は自分が攻撃されるよりも苦しかった。

 伊武は傷口から、光る何かを取り出す――弾丸だった。

「光る……弾丸?」

 先ほど、Agが発射したものだ。見当違いの方向に飛んでいった弾丸が、どうして直巳に、それも太ももの裏側に。

 状況から考えて、直巳は伊武をかばったのだろう。後ろから押し倒して、それが直巳の太ももの裏に当たった。

「弾丸が……回り込んできた……俺にも見えたんだ……だから……」

 直巳が痛みをこらえながら、伊武に伝える。

 弾丸が回り込んできた――軌道の問題ではないだろう。恐らく、伊武を追尾、誘導してきたのだ。そういう弾丸なのだろう。

「……わかった……ごめん……私が……気づいてなかった……から……」

 伊武が唇を噛みしめる。直巳を守るどころか、守られてしまった。自分が許せない。

「いいんだ……俺じゃAgには勝てないし、伊武の盾になれたんだから……この前はアイシャをかばったんだし……俺、盾としてはなかなか役に立つ……だろ?」

 直巳は脂汗をかきながら、無理をして笑う。

 伊武はポケットから痛み止めの錠剤を取り出すと、直巳に飲ませた。意識が飛んではいけないので、あまり強いものは使えない。気休め程度だが、ないよりはいいだろう。そして、ブーツに巻いていたパラシュートコードをほどくと、それで足を縛って手早く止血した。銃弾は致命傷にはならなかったが、出血量だけが心配だった。早く終わらせないといけない。

「……ここにいて」

 伊武は直巳を壁に寄りかからせると、物陰から走って出た。そのまま、Agに走り寄ってフリアエで斬り付けた。

「まさか、あの子にそんな度胸があったとは」

 Agは後ろに倒れ込むようにフリアエをかわすと、腕の方向のむくままに弾丸を放った。

 銃口から弾が飛び出る一瞬、小さな光が見えた。

「ちっ……誘導か……」

 伊武が背後を警戒すると、今度はAgが距離を詰めてきた。

「魔力追尾型誘導弾です。前後からの攻撃をかわせますか!」

「――怖いのは――弾丸」

 伊武はAgに背中を向けると、フリアエを盾にして弾丸を防ごうとした。

「そこまでバカですか――背中、もらいました」

「……なめるな」

 伊武は飛んできた弾丸をフリアエで防いだ。同じタイミングで、背中に衝撃が走る。

 小さな衝撃――何で攻撃してきたかはわからないが、たいしたダメージではない。

「なっ――」

 Agが驚きの声をあげた。

 伊武は振り返りざまに回し蹴りをいれ、Agを吹き飛ばした。2度ほどバウンドして、Agが遠くへ飛んでいく。

 Agは起き上がると、刃先の折れたレイピアを見て、信じられない表情をする。

「背中は空いていた……攻撃も入った……どうやって……防いだと?」

 伊武はAgに背中を向けると、背筋に力を入れた。背中に埋まっていたレイピアの先端が地面に落ちる。

「突きで……助かった……かな……私の背中……硬い……から……」

 伊武は刺される瞬間に背筋を固めて、Agのダメージを削減した。さすがに皮膚自体を硬化させることはできないため、斬られていれば、もう少しダメージが有っただろうが、あんな細いレイピアでの刺突なら、ダメージは相当減衰させられる。

 純粋な筋肉量と魔力強化がなせるわざだ。厚手の戦闘服も、多少は役に立っただろう。

 Agは、伊武の身体能力を把握しきっていない――そこまでの強さが、想像ができない。

「……化物が!」

 もう何度言われたかわからない言葉を聞いて、伊武はにやりと笑った。

「よく……言われる……」

「くっ……やはり、お前はここで殺す……」

 Agは悔しそうな表情をして、ライフルに弾を込めた。

 伊武はまた誘導弾かと警戒したが、Agは撃ってこなかった。

 フリアエと同じ素材だという、対天使弾頭。そんなに多くあるわけでもないだろう。それをさらに魔力誘導にするとなると、数はもっと少なくなるはずだ。大量に作れるのであれば、最初から乱射すればいい。だが、Agはそれをしない――できないのだろう。

 弾切れか、温存かはわからないが、Agは動かなかった。

 とにかく誘導弾での奇襲は乗り越えた。直巳が体を張ってくれたおかげだ。初弾が伊武の後頭部にでも直撃していれば、勝負は付いていたかもしれない。

 二人はにらみ合い、牽制しあった。

 伊武はダメージが残っており、Agの手の内もわからないため、無理押しもできない。

 Agはライフルの残弾を気にしながら、計り知れない伊武の戦闘能力を警戒している。

 Agは、またいつの間にかライフルを持っていなかった。辺りに落ちてもいないので、捨てたわけでもないらしい――消えるわけがない。どこかに隠しているのか。

 お互い、有効な攻め手があるわけでもなく、戦いは硬直する。

 伊武の足下には、体からしたたり落ちた血が溜まっていた。

 Agの足下には、破片のようなものが溜まっていた。



 地上。アイシャは銃口に囲まれながら、スミスと一緒に、直巳達の戦いを見ていた。

 屋上にはいくつもカメラが仕掛けてあるらしく、スミスは楽しそうにスイッチングをする。屋上は無数の照明で、昼間よりも明るかった。

 戦いが硬直し始めると、スミスはつまらなそうに言った。

「実力は五分、と言ったところかな。しかし、魔術師同士の戦いというから、もっと派手なやつを期待していたんだがな。理解できないことはあるが、思ったより泥臭いなこれは」

 アイシャは何も言わず、じっとモニターを見つめていた。

 伊武はAgを必要以上に警戒している。いつもであれば、多少の傷を負っても、無理矢理に突っ込んで相手の命を奪うだろうに。それもできないほどにダメージを負っているのか。回復する魔力がないのか。それとも、本当にAgが手強いのか。

「――さん。お嬢さん」

 スミスが何か言っているなと思った瞬間、こめかみにライフルの銃口が、乱暴に押しつけられた。ゴリ、という硬い感触と、不愉快な痛み。

「お嬢さん。呼ばれたら、返事ぐらいしたらどうかね」

 アイシャは舌打ちをすると、ライフルの銃口を手で押しのけた。

「何よ。気安く呼ば――」

 話している途中に、ライフルの銃口で、アイシャはこめかみを殴られる。

 アイシャはこめかみを押さえる。血は出ていないようだ。ズキズキとした痛み。目の前が一瞬、暗くなるほどの衝撃。

「あんたぁ……命がいらない――うぐっ!」

 もう一発、同じ場所を、同じように殴られた。痛みで吐き気がする。

「お嬢さん。立場というものをわきまえなければいけない。君はゲストではなく、ただの人質なのだから。この場で、君達は一番下。兵士よりも下なのだよ。言葉使いと態度には、十分気を付けることだ」

 アイシャは何も言わず、手で乱れた髪をなおす。

 だが、すぐに銃口で髪を乱された。その様子を見て兵士達が笑う。

 スミスも、口元を押さえてククッと笑う。兵士の笑いは流せるが、スミスの笑い声には強い殺意を覚えた。

「……アイシャ」

 殴られたアイシャを心配して、そばにいたBがアイシャの服を引っ張る。

「……大丈夫よ。あなたも、じっとしていなさい」

「アイシャ……ゴツン……いたい」

 Bがアイシャの殴られた場所を撫でようと、手を伸ばす。

 だが、兵士の一人に首ねっこを掴まれて、引き離された。

「おっと、子猫ちゃんはこっちだ」

 子猫のように乱暴に持ち上げられたBの姿を見て、兵士達はまた笑う。

 Bが手にはめた人形の口をパクパクと動かした。

「げろげろ……にゃー……」

 そして、小さな声で呟くと、兵士にもそれが聞こえたらしく、怪訝な顔をする。

「ああ? 今なんか――があああああ!」

 兵士はBを地面に落とすと、地面に転がって喉をかきむしった。

「あああああ! げがががおおお!」

 わけのわからない声を発して、喉をかきむしる。皮が裂けて、肉をむしりながら。

「おい! どうした!」

「かゆい! かゆいいい! がゆいんだよおおお!」

 転がった兵士は、喉が、とてもかゆいらしい。文字通り、死ぬほど。だが、死ぬほどかきむしっても一向にかゆさは取れない。かけばかくほど、喉のかゆみは強くなっていく。

「かゆい……? なんで急に……やめろ! おい!」

 周りの兵士達が取り押さえるが、すさまじい力で抵抗する。

 ようやく大人しくなったころには、手と喉を血まみれにして絶命していた。

 Bは立ち上がると、服の汚れをパンパンとはらって、アイシャに近づき、頭を撫でた。

「アイシャ……いたい?」

 猫の人形越しに、Bがアイシャの頭を撫でる。アイシャは少し、気分が落ち着いた。

「大丈夫よ。ありがとう、B」

「おー……だいじょぶ……」

 主人を心配する、健気なメイドの少女。誰もが、それを遠巻きに見守った。恐れた表情で。

 スミスがその様子を見ながら、溜め息をついた。

「――何をした?」

 アイシャは表情一つ変えずに言った。

「そいつ、喉に悪い病気でも持ってたんじゃない?」

「もう一度だけ聞く――何をした?」

 スミスはアイシャをじっと睨み付けていた。これで怯えない部下はいない。だが、アイシャは部下ではないし、スミス程度に怯えることはない。

 アイシャは感情の無い目で、じっとスミスを見つめ返す。

 スミスはその視線に恐怖した。ずっと見つめていたら、気が変になってしまいそうだった。

 いっそ、激昂して殴り飛ばしてやろうかとも思ったが、感情を昂ぶらせるのはプライドが邪魔をした。ビッグ・スミスはいつでもクールでないといけない。

「――そうか。君達を殴るのはやめさせよう。その代わり、妙なことをしたら警告無しで撃つ。わかったな?」

 スミスが言うと、アイシャはいつもの表情に戻り、にこりと笑った。

「こちらに選択権はないわ。あなたの好きになさい。心配なら、もっと兵士を呼んだ方がよいのではなくて? また、変な病気が出たら困るでしょうから」

 アイシャは怒っている。頭の中は、どうやってスミスを殺すかでいっぱいだった。一瞬にして、Aが作る夕食のメニューよりもたくさんの殺害方法が頭に浮かぶ。

 そんなアイシャの挑発を受けると、スミスは内心でほくそ笑んだ。

 生意気な小娘。いつまで、その態度を取っていられるか。

「兵士はこれ以上、集められないんだよ。他に仕事があるからね」

 スミスが自信満々に言って立ち上がると、一人の兵士を呼びつけた。

 アイシャは内心で舌打ちをした。また、何か余計なことを始める気か。

「上の部隊に伝えろ。Agの勝利プランは破棄、次のフェーズに移行」

 兵士は短く返事をすると、インカムを使って、どこかへ連絡しはじめた。

 上の部隊――アイシャに詳しいことはわからないが、ろくでもない響きだ。

「さて――お嬢さん」

 スミスは再び椅子に座ると、モニタをアイシャの方に向けた。

「戦いが硬直しているのでね。少し、刺激を与えようかと思うんだ」

 アイシャは何も言わず、モニタを見つめる。

 スミスは屋上のカメラ映像を、屋上への入り口付近に切り替えた。

 少しすると、真っ白な格好をした大勢の人間が、屋上へなだれ込む。腰には大型の銃火器と、見たことのある剣を装備している。

「この格好――見たことが――まさか」

 アイシャの驚く声に、スミスは快感すら覚えた。

「そう。君が思っているとおりだよ。これが、Agから我々への手土産。君達を裏切って、彼女と組むことにした理由」

 スミスは両手を広げて、プレゼンの決め台詞のように言った。

「量産型魔力変換装甲、量産型守護剣アルケー。20セットだ」

 アイシャが奥歯を噛んだ。

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