第二十四章
一時間半後。Aが飛ばしたおかげで、予定よりもかなり早く着いた。
車から降りると、銃を持っていないだけの兵隊を引き連れたスミスがやってきた。
「早いな。良いことだ。状況を説明する、ついてこい」
全員が付いていくと、スミスはとあるビルの前で立ち止まった。かなりの高さがある立派なビルだった。ここに魔術具が保管してあるなど、誰も想像しないだろう。
スミスは近くに簡易なテントを建てている。椅子に机、モニタや無線機まである。辺りは何台もの車と、PORラボの私兵がうろうろしている。
「大げさね。戦争でも始める気?」
アイシャがテントの下に置いてある椅子に座ると、兵士の一人がコーヒーを差し出した。アイシャは無視する。
スミスはアイシャの隣りにどっかりと腰を下ろすと、得意気に話始めた。
「我々にとっては、立派な戦争だよ。ビルにも周辺にも我々以外、誰もいない。時間制限付きではあるが、警察もしばらくは来ないことになっている。彼らも魔術師絡みの事件には首を突っ込みたくないだろうからね。最後は反天使同盟同士の抗争、という線で落ち着かせる」
「秘密組織のわりに、ずいぶんな力を持っているのね」
「そうだ。そして、指揮権は私が持っている。忘れないように」
「わかったわ、スミス閣下。それで相手はどこに?」
「恐らくは最上階だ。発見も、君達がやれ」
アイシャが目に見えていらついてきたので、直巳は交替した。
「最上階までの道のりは、確保してあるんですか?」
「もちろん。我々の兵隊が案内しよう。準備はいいか? すぐに始めたい」
直巳が全員にたずねると、問題はないようだった。いつでもいける。
「大丈夫です。それでは、早速案内を――」
「待て。君達には部隊を2つに分けてもらう」
「――は?」
「言ったとおりだ。突入と後詰め、2つに部隊を分けろ。やり方は任せる」
直巳達は5人しかいない。そんな少人数を、さらに2つに分けろという。スミスは一体、何を考えているのか。
「それは無理だ。もっと人数が多ければいいけど、俺達は5人しかいない。成功しなくてもいいのか!」
「分けて、成功させろ。それがこちらのオーダーだ」
スミスはこともなげに言う。やれと言われたことをやれ。彼はいつも、部下にこんなオーダーをしているのだろうか。きっとそうだろう。そして、直巳のように噛みつかれたり、後で無能だなんだと陰口を叩かれているのだろう。
「早くしろ。できなければ話は無しだ。どうする?」
アイシャは立ち上がると、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「閣下の仰せのままに――直巳とまれーが突入。後は待機」
物わかりの良いアイシャの言葉に、スミスは口を端を歪める。
「そうだ。それでいい」
アイシャが直巳に、「いいわね?」と強い口調で言う。
直巳は一瞬で考えを巡らせる。なぜ、アイシャは受け入れた? 話をしても無駄だと思ったからか? それとも、本当に高宮家は戦う気がないのか? AとBに魔力がないから?
様々な疑問が頭に浮かぶ。だが、直巳は何も言わなかった。アイシャは、わざわざ強い口調で直巳に、「わかれ」と言ったのだ。一切の理由を説明せず、スミスに従った。
普通ならあり得ない――あり得ないということは、アイシャはわざとそうしたのだろう。
直巳に、アイシャの考えはわからない。それでも、アイシャの思惑に乗っておくべきだと直感で理解した。
「くそっ! わかったよ! 2人で行けばいいんだろ!」
直巳はわざと大げさに怒って、仕方なく納得したという態度を取った。
「そうよ。2人で行けばいいのよ。どうせ、あんた達しか戦えないんだから。そういうことだからスミス。私達は下に残るけど、戦力としては期待しないで。本命はこっちの2人なの」
「いいだろう」
アイシャの仕切りに、スミスは納得した。
アイシャ達を戦力として期待するな――このアイシャの言葉で、直巳は自分の取った行動が正解だと理解した。理由はわからない。ただ、なんとなくだ。
「じゃ、直巳達は突入準備。A、直巳に武器を渡してあげて」
「はい」
Aはうなずくと、大きなバッグを直巳に手渡した。
直巳は表情を変えずに、黙って受け取る。多少の重みはあるが、銃火器が詰まっているほどの重さでもない。なんだ、どういうことだ。こんな話はなかったはずだ。直巳は武器を用意してくれなど、頼んだ覚えはない。
また、聞いてない話。内心でパニックになる直巳に、Aが淡々と語った。
「これに武器が詰めてありますので、決して手放さないように――ご注意ください」
Aの目が、「合わせなさい」と言っている。
これもまた、アイシャの考えの一つなのだろう。わかった、乗ろう。
「ああ、大丈夫だ」
直巳は予定通り、という態度でバッグを受け取ると、肩に背負った。中に何が入っているかはわからないが、開けて確認することはしない。わざわざバッグに入れたのだ。隠しておく必要があるのだろう。
伊武はコートを脱いでAに預けると、直巳を見て小さくうなずいた。
直巳はまだ少し怒ったふりをしながら、アイシャに言った。
「準備は出来た。いつでも行けるよ、2人でね」
「だ、そうよ。スミス」
アイシャは直巳に返事をせず、スミスに振った。
「おい、案内してやれ」
スミスはアイシャに返事をせず、近くにいた兵士に言った。
兵士は直巳達に、「ついてこい」と言って、ビルに向かってさっさと歩き出した。
直巳達は、アイシャの方を見ることなく、兵士についていった。
ビルに入ると、中にはPORラボの兵士達が出入り口と通路を守っていた。
外の連中とは違い、しっかりとライフルを持っている。建物の中なら、見られないから構わないということなのだろうか。
直巳達は兵士に連れられてエレベーターに乗り、最上階へ向かう。
「エレベーターは完全に押さえている?」
直巳がたずねると、兵士は鼻で笑った。子供が何を偉そうに、とでも言いたげに。しかし、隣りにいる伊武の威圧感に負けて口を開いた。
「……ああ、押さえてるよ。階段も入れないように、全てロックをかけてある。お前等を送り届けたら、エレベーターは完全に切る。逃げ道は潰してあるから安心して狩りに専念しな、メイガス」
兵士はライフルを背負いなおす。銃の重みが、兵士を安心させた。自分で言っておいて、魔術師に怯えたのだろう。
直巳は何も返事をしなかった。扉もエレベーターも封鎖してある。相手はたしかに逃げられないだろう。そして、直巳達も逃げられない。賊を捕らえて出てくるか、死体として搬出されるかしかない。死体が残っていればだが。
エレベーターが止まり、最上階に到着する。目の前に殺伐とした、白と灰色の空間が広がる。
まだかすかに塗料の匂いがする。殺風景な白い壁、飾り気の無いドア、丈夫さが取り柄の灰色のカーペット。内装が入った形跡はない。ビジネス用のフロアなのだろうが、これまで誰も入っていないのだろうか。工事中だと言われても納得してしまうほどだった。
一階とは違い、兵士の影は一つもない。
兵士はエレベーターから降りることなく、直巳にインカムを放り投げた。
「それをつけておけ。ミスター・スミスとのホットラインだ。それじゃあな」
そういうと、兵士はエレベーターで下に降りてしまった。エレベーターの階数表示が一階で止まってから少しして、エレベーターの電源が落とされた。
直巳はインカムを拾い上げると、操作方法を確認した。耳にかけるタイプで、ボタンがいくつかついているだけ。そう難しいものではない。
直巳はインカムをつけて、話しかけてみた。
「もしもし」
「ツバキか。何度聞いても不思議な言葉だな、もしもし。次からは不要だ」
スミスの声が聞こえてくる。音はクリアだった。クリアな分、耳の中に直接、スミスの声が飛び込んでくるのは不愉快きわまりない。
直巳は舌打ちか溜め息か迷ったが、インカムに拾われそうなのでやめておいた。
「なら、報告だけ。今、最上階についた。これから捜索をはじめる」
「了解。その階はまだ何も調べていない。慎重に。以上だ」
直巳はインカムのマイクをミュートした。通常の会話まで全部拾われてはたまらない。
「伊武、捜索をはじめよう。この階は手つかずらしい」
「……わかった……でも……人の気配……ない……ね……」
伊武はすでに魔力強化で聴覚を拡大させ、フロアの様子を探っている。人が動き回っていれば、すぐに補足できるはずだ。息を殺して潜めているのだろうか。
「とりあえず……やろう……椿君は……私の後に……ついて……きて……」
直巳がうなずくと、伊武は身を低くしてフロアを壁伝いに走った。扉は厚手のガラスで、カードキータイプの電子錠がついている。ただ、電子錠の電源自体が切れているため、カードを持っていても開けることはできないだろう。物理鍵はついていない。
伊武は扉の横に張り付き、中の様子を伺う。やはり、中に何かいる気配はない。
「……フッ」
伊武は立ち上がると、扉のフレームを蹴って壊した。そのまま中に突入して、辺りを確認する。ガランとしたフロアに人が隠れられるような場所もなく、伊武は安全を確認する。
そんな風に、流れ作業のように各部屋をクリアしていった。元から何の気配もしないので、伊武にとっては、本当に何もいないことを確認する作業、でしかなかった。
全てのフロアをチェックし終える。念のため、トイレなども見てみたが、人も魔術具も、何一つなかった。
「椿君……おかしい……ね」
伊武が、ガラスの破片まみれになった廊下を見回しながら言った。
「人も……いない……魔術具……も……ない……そもそも……ここは本当に……魔術具の保管庫……なの……かな」
伊武の言うとおり、ここが魔術具の保管庫だとは思えなかった。すでに賊がすべて運び出したとしても、あの殺風景なフロアに、魔術具を直接置いていたのだろうか。なくなったらおしまいだというわりに、扉はガラスで、金庫も置いていない。そんなことがあるだろうか。
もし、これがスミスの情報操作で、魔術具も何もない、ただのビルに賊をおびき寄せるための罠であれば成功なのだろう。だが、直巳達はそんな話を聞いていない。
「俺もおかしいと思う。スミスに聞いてみよう」
直巳は嫌な予感を押さえながら、インカムのマイクをオンにした。
「スミス、椿です」
「――ああ。調子はどうだ?」
スミスは先ほどと同じように、冷静な口調だった。これだけ大事な任務だというのに、まったく焦っていない。それだけ度胸があるのか。それとも――。
「このフロアの捜索が終わりました。何もありません。人も、魔術具も」
「そうか、そのフロアにはいないか。下に降りた様子もない。屋上にでも逃げたかな」
「屋上……ですか」
「ああ。そのフロアから屋上に繋がる非常階段があるはずだ。扉はあるだろうが、破壊して構わない。できるだろう?」
「……わかりました。屋上に向かいます」
「急げよ。逃げられたら面倒だ」
直巳は、再びマイクをミュートする。
スミスの態度は平静で、最上階にいないと報告しても、不思議がることはなく、すぐに屋上に行けという指示を出した。慌てるどころか、予定どおり、というような余裕。
「伊武。屋上に行けってさ」
伊武は黙ってうなずく。直巳の言うことに逆らうことはない。ただ、疑問はある。
「……わかった……椿君……これって……」
「怪しいと思う。このフロアには魔術具があったとも思えないし、漁られたり、争った形跡もない。本命は、最初から屋上だったのかもしれない」
伊武がぶち破った、何枚ものガラスの扉。逆にいえば、一枚も壊されていなかったのだ。賊がカードキーを入手していたとしても、電子錠自体の電源が落とされている。破壊以外に開ける方法はないのだ。
「最初から、屋上に向かわせたかったってことかな」
伊武は静かに考え込む。素直にはい、いいえでは答えなかった。
「屋上……まで……エレベーターは……通じてない……」
「だから、最上階で下ろして捜索をさせて、それから屋上に向かわせる――俺達を孤立させるために」
「もし……そうだと……したら」
その時、直巳のインカムからスミスの声が聞こえた。
「どうした? 何をしている。さっさと屋上に行け」
直巳はスミスを問いただそうとかとも思ったが、やめた。この状況で問いただして答えるほど、スミスが素直だとは思えない。
「もう行くよ。ちょっと、準備をしていたんだ。何があるかわからないから」
「ふっ……そうか。ま、準備は大切だからな。さっさと行け。以上だ」
スミスは一方的に話を打ち切る。
「早く行けってさ――まだ屋上に行ってないこと、どうやって知ったんだろうな。カメラは全部死んでるっていう話だったのに」
「……生きてるよ……多分……カメラの音……するから……」
そういうと、伊武は天井に埋め込んであるドーム型のカメラをちらりと見た。直巳はどこがどう動いているのかわからなかったが、伊武にはわかるらしい。
「……行こう……何が……待っていても……行くしか……ない……から……」
「そうだな。行こう」
直巳はアイシャから渡されたカバンをしっかりと持つと、伊武と共に非常階段に向かった。
伊武が鉄製の非常扉を何度か蹴る。真ん中がひしゃげた扉が、大きな音を立てて倒れた。
上に誰かがいれば、この音に気が付かないわけがない。二人はしばらく身を隠して様子をうかがっていたが、誰かが降りてくる気配もなかった。
二人は警戒しながら屋上へ向かう。やはり、誰とも会わない。
そして、屋上へ通じる扉があり――鍵は開いていた。
伊武が一気に扉を開ける――下よりも眩しい光が、扉から飛び込んでくる。
屋上は照明によって、昼間のような明るさになっていた。
目が慣れて、なんの攻撃も来ないことを確認してから、2人は屋上へと飛び込んだ。
ライトアップされた屋上の真ん中に、一人の人間が立っていた。
「お待ちしておりました。椿さん、伊武希衣」
暗い色のドレス。顔を隠すベール付きの帽子。派手で大きな日傘。
屋上にいたのは、Agだった。
「予定通りってこと?」
「そのとおり。方針を変えたことは謝ろう」
「理由ぐらいは聞かせてもらえるの?」
「そうだな。せっかくだから、ライブ映像を見ながら話をしようじゃないか」
「そうね。楽しめそうだわ。これ、PPVにすればよかったのに。儲かるわよ」
アイシャとスミスの前にあるモニタには、屋上で対峙するAgと直巳達の映像が映し出されている。
アイシャ達はPORラボの兵士達にライフルを突きつけられながら、それを見ていた。




