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第十九章

 21時。直巳達は、PORラボに指定されたビルの前にいた。Agから教えてもらった住所とも一致しているので、話し合いのために指定された場所ではないだろう。つまり、罠の可能性は低い、ということだ。無論、低いだけでゼロではない。

 ビルは十何階建てだろうか。ビジネス街の外れにある、地味なビルだった。街の風景以外の何物でもない、どこにでもある特徴のない白いビル。わざとか、というぐらいな無個性。社名を示すプレートなどは一切出ていない。

 直巳は、一同を見渡して、準備が出来ていることを確認する。直巳とアイシャが話し、Aと伊武は護衛として後ろに控える。Bは車で待機。カイムは家でつばめの護衛をしている。

 PORラボを相手に、どこまで譲歩するか、緊急事態になったらどうするか。そういった打ち合わせは、すでに済ませてある。関係が途切れてはいけないので、不利になっても出来るだけ粘るが、本当に駄目なったら全力で暴れて脱出する。ちなみに、銃口を突きつけられたぐらいなら粘る予定だ。

「じゃあ、行こうか」

 直巳が言うと、全員は黙ってうなずいた。

 ビルに入ると、ポツンと内線電話が置いてあった。どこに何番、などは書いていない。ここでどの番号を押していいかわからない連中に用は無い、ということだ。

 伊武は天井に埋め込まれた監視カメラに気が付いた。まあ、当然だろう。Aにアイコンタクトでそれを伝えて、それで終わり。気が付かないふりをすることにした。

 直巳は内線電話の受話器を取り、あらかじめPORラボから指定された番号をプッシュする。1コールで、すぐに相手が出た。

「――」

 出たが、相手は何も言わない。

「本日、21時からお約束をいただいている高宮です」

「――エレベーターで最上階にお上がりください」

 女性が事務的に答えて、電話が切れた。その瞬間、エレベーターが、ガコンという音を立てて動き始めた。

「エレベーターの電源も切ってある。非常階段も鍵がかかってる。こんなビルのわりに、ずいぶんなセキュリティですね。これは、逃げるのにも苦労しそうです」

「相手も……逃げにくい……から……悪く……ない」

「なるほど。それもそうです」

 伊武とAが軽口をたたき合う。いつもながら、頼もしい。

 直巳達がエレベーターで最上階に向かうと、そこには一人の外国人男性が待っていた。

 ベージュのセットアップにノーネクタイ。どこにでもいそうな、やり手のビジネスマン。魔術師には見えない。

「ようこそ、タカミヤさん」

 男性は両手を広げて、大げさに歓迎のジェスチャーをする。

「はじめまして。私は――」

 直巳が挨拶しようとすると、男性は手でそれをさえぎった。

「自己紹介は後で。場所を取ってるので、こちらへ」

 男は胸からぶらさげたカードキーでフロアのドアを開けた。直巳もその後へついていく。

 フロアには、いくつかの会議室があった。どの部屋も、一切中が見えないようになっている。きっと、防音もされているのだろう。

 直巳達は、その中に一室に通された。ソファとローテーブルが置いてあるが、植物や装飾品などは一切置いていない。コンセントすら埋められていた。

「味気無い部屋ね」

 アイシャが言うと、男は苦笑しながら言った。

「防犯対策だよ。どこに何が仕込まれるかわからないからね。何も無い方がいい。ああ、毎日盗聴器のチェックはしているから、ご安心を。どうぞ、おかけください」

 男に言われて、直巳とアイシャだけがソファに座る。Aはアイシャの後ろに、伊武は直巳の後ろに控えた。

 それを見ると、男は、「ボディーガードでしたか」と、肩をすくめた。

「そんなに美人のボディーガードがいるなんて、うらやましい。彼女達なら、一日中一緒にいてもストレスにはならんだろうね」

 男の軽口に、アイシャは笑顔で答えた。

「見た目だけじゃなくて、腕も立つんですよ。この前も、突然暴漢が襲ってきたんですが、彼女達が撃退してくれました」

 当然、PORラボが放った連中のことを言っている。男は、ククッと笑った。

「その節は失礼しました。Hgを探している人間と話がしたくてね。ええと、水に流す、だったかな? お互いに忘れましょう」

 男は悪びれもせずに言う。挑発しているのだろうか。直巳もアイシャも、黙って受け流す。

 二人がそれ以上、何も言わないのを確認すると、男は懐から名刺入れを取り出した。

「まずは自己紹介から。私は、こういうものだ」

 男が机の上に名刺を置いて、直巳とアイシャに向かって滑らせた。

 そこには、「PORラボ所長 ジョン・スミス」とだけ書いてあった。それだけ。連絡先などは一切書いてない。

「ジョン・スミスです。よろしく」

 男がにこやかに手を差し出す。アイシャは笑顔で手を握り返した。

「よろしく、ジョン。私はメアリー、こちらの少年がケン。後ろにいるのは執事のセバスチャンと、サムライガールよ」

 明らかな偽名に、アイシャが少しキレる。直巳は内心で頭を抱えた。責めるにしても冷静にやればいいのに、どうしてこう、沸点が低いのか。

 直巳がアイシャからジョンの手を奪い取るようにして握手をした。

「失礼、スミスさん。高宮は彼女です。僕は椿。後ろの二人はボディーガードなので、名前は覚えてもらわなくて結構」

 直巳が落ち着いて挨拶をすると、ジョンはスマイルを浮かべた。Aよりも嘘くさい。彼の顔には、ビジネススマイルで作られた皺があった。

「よろしく、ツバキ。タカミヤも機嫌を損ねないで欲しい。仕事柄、偽名を使う必要がある。そちらも偽名で構わない。誰がどれか、だけわかれば問題はないのだから」

「そうですね。では、早速お話をしてもよろしいですか?」

「どうぞ」

 直巳が伊武に目配せをすると、伊武は手に持っていたアルケーを直巳に渡した。

 直巳は、巻いてあった布を外して、机の上に置く。

「守護剣アルケーです。Hgが作り、あなた達に渡すはずだった魔術具です」

 ジョンは、「ほう」と、感嘆の声をあげてアルケーを見つめた。演技ではないらしい。

「これがオリジナルのアルケー……素晴らしい。ああ、これだ。ようやくお目にかかることができた――しかし、どうしてあなた達が?」

「色々あって、ですよ」

「色々」

 スミスはそう言った後、直巳をジッと見つめる。強い、睨むような視線。直巳は目に何の感情も込めずに、見つめ返した。

 こちらが若造だと思って脅しているのだろうか。それとも、部下と同じように扱っているつもりなのだろうか。どちらにしても、ハラワタが煮えくりかえるほどにむかつく。

 数秒見つめて、直巳が微動だにしないことを確認すると、スミスにスマイルが戻った。

「……ま、いい。誰にでも事情はある。それは問わない。それでは、回収のご協力ありがとう――と、言いたいところだが、そういうわけにはいかないかな」

「ええ、残念ながら。こちらも欲しいものがありまして」

 スミスは肩をすくめると、「どうぞ」と手を差し出した。

「あなた方は、「聖堂乙女の核」をお持ちですよね。我々は、どうしてもそれが欲しい」

「ああ……結局、Hgがもう一度来た、というわけだ。それも、今度は不完全なアルケーを取引きの材料にして」

「不完全? これは、間違いなく本物の――」

 スミスは手を突き出して、直巳の言葉を止めた。どうしてこの男は、一つ一つの仕草で人をいらつかせるのだろうか。わざとやっているのか。それとも、ずっと偉い立場にいると、誰にでも偉そうに振る舞うのが普通になるのだろうか。

「ツバキ。守護剣アルケーは、ソードとシールドが一体になっているはずだ。これは本物だとしてもソードだけ。それでは意味がない。シールドを隠しているのなら、早く出して欲しい」

 スミスの言っていることは本当か? それとも交渉ために嘘をついているのか。直巳の背中に、嫌な汗が流れる。アイシャは何も言わなかった。

 その時、後ろに立っていた伊武が直巳に耳打ちした。

「……多分……本当……マルジェラは……盾を身につけて……いた……盾は……マルジェラが持って……逃げた……」

 なるほど。マルジェラの展開していた盾は、別に存在していたのか。あの広がるシールドは、この剣のアルケーと盾、両方同時に持って、初めて使える技らしい。戦った伊武が言うのならば本当だろう。

 ジョンの言っていることはわかったが、盾はない。交渉カードが消えてしまった。

「……ジョン、盾はありません。我々が持っているのは剣だけです」

 直巳が苦しそうに言うと、スミスは大げさに首を横に振った。

「正直は素晴らしい美徳だ。君は大統領になれるかもしれない。が、立派なビジネスマンにはなれそうもない」

「しかし、剣だけでも価値はあるはずです。盾だけをまた作らせれば――」

「誰に?」

「それは――」

「Hgに? あなた達は、Hgと連絡が取れると? それなら、速やかに紹介してくれ」

「いえ――」

 直巳はAgの名前を出そうか迷い、飲み込んだ。彼はHgの死も知らないはずだし、Agの存在をスミスにばらすわけにはいかない。ばらしてしまえば、Agとの契約違反になってしまう。この取引は、あくまで直巳達とPORラボの間だけで行われているものだ。スミスがAgに連絡を取ったら、そこでおしまい。

 アイシャは何も言わないまでも、鋭い気配を出している。いつでも、直巳の言葉をさえぎれるように。

「どうした? Hgでなければ、他にアルケーを作れるクリエイターに心当たりでも?」

「――いえ、いません」

 直巳がそう答えると、場の緊張感が緩んだ。

 スミスは深い溜め息を吐く。君には失望した、と言わんばかりに。

「残念。そんな不完全な魔術具では、「聖堂乙女の核」は渡せない。とはいえ、それが貴重なものであるのも事実。きちんと買い取らせてもらおう。手ぶらで帰らせるのも心苦しい」

 いくら何でも、売れるわけがない。売ればそこまでで、PORラボは、こちらに興味を示さなくなってしまう。

 直巳がそう思いながら、次の言葉をひねり出そうとしていると、突然、横にいるアイシャが口を開いた。

「――おいくらで買っていただけるのかしら?」

 意外な言葉に、直巳が口を挟みそうになるが、こらえた。アイシャにも何か考えがあるに違いない。それを身内が邪魔をしては、気勢がそがれてしまう。

「そうだな……これぐらいだな」

 スミスは指を2本立てた。

「2億?」

 アイシャの言葉に、スミスが笑った。

「ははっ! お嬢さん! ヴィヴィアンの新作はそんなに高くないだろう! 200万だ」

 その言葉で、アイシャが完全にキレた。

「ねえジョン……ジョン・スミスゥ……どうしてあんたみたいなのは、そうやって誰にでも偉そうにできると勘違いするのかしらねぇ……? 部下とレストランのボーイと、酒場の女にちやほやされ続けて、わかんなくなってるのかしらぁ……?」

 アイシャの威嚇を見ても、スミスはタフなビジネスマンのポーズを崩そうとはしなかった。

 本当にタフなのか? それとも、アイシャのヤバさが見抜けないだけなのか。

「これはビジネスだよ、お嬢さん。君は交渉もできないのか? 与えられたカードを使って、最善の手を作る。それがルールだよ」

「はぁ? カードぉ? あんた、賭けで一番儲けるには、どうすればいいか知ってる?」

 例え話を引っ張られると思っていなかったスミスは、不愉快そうながらに答えた。

「……親だよ。親が一番儲かる。そういう仕組みだ。しかし、それは例えで――」

 アイシャが手を上げた瞬間、Aが懐から拳銃を取り出してスミスの額に突きつけた。誰もが止めることも叫ぶこともできない。一瞬の出来事だった。

「一番儲かるのはね、親でもカードカウンティングでもイカサマでもない――賭場荒しよ。バウンサーもディーラーも全部ぶっ殺して、何もかも全部いただきってのが一番儲かるの。わかるぅ?」

 スミスは額から脂汗を流しながらも、屈することはなかった。銃を突きつけられても粘ろうと考えてたのは、直巳達だけはなかったらしい。

「よく考えるんだ、お嬢さん。こんなことをしたら、君達の信用はなくなるぞ?」

「信用? 誰によ」

「他の同業者にだ。交渉中の相手を撃ったなんて、誰も相手してくれなくなるぞ? それはよくないだろう? 私には魔術師の顧問もいる。そちらの業界にも顔が利くんだ。今なら、なかったことにしよう。さあ、ビジネスを再開して――」

 スミスの言葉の途中で、アイシャが、パチンと指を鳴らした。

 ドン、と銃声がして、ジョンの頭の横を銃弾が通り抜けていった。

 後ろの壁に銃弾がめり込む。Aは、やや熱くなった銃口を、再びジョンの額につけた。

「ビジネス? 世界中どこでも誰にでも、そのルールが通用すると思ってんの? あんたはライオンに襲われた時も、小切手見せて交渉するわけ? ええ? ミスター・ハワード」

 アイシャは怒りのあまりに、こめかみに血管が浮き出ている。それでもまだ、スミスを撃っていないのは、頭の片隅に、目的がギリギリ残っているからだ。

 そして、Aの発砲をきっかけに、ジョンは態度を変えた。

「――こんな脅しに、屈すると思うか? 私はギャング相手に交渉したことだってある。突きつけられた銃口だって、こんなもんじゃない。それに、私が死んでも、君達はここから脱出することはできない。荒っぽいガードが何人も――」

「面白いじゃない――全員連れてきなさいよ。ああ?」

 アイシャもう、Aから銃を奪って、自分でぶっ放しかねない状況だった。

 見かねた直巳が、伊武をちらりと見た。

 伊武はフリアエを抜くと、そのまま机と、スミスの座っているソファを真っ二つにする。

 斬られた机が、ゴトっという間の抜けた音を立てて倒れた。

「スミス。あんたがソファや机より丈夫だといいんだけど」

 直巳が机の断面を指でなぞる。綺麗な断面だ。指がひっかかることはない。

「俺達はこのビルの何もかもを壊して、情報を手に入れてみせる。そして、近いうちに、「聖堂乙女の核」に辿り着いてみせるよ」

「……我々のセキュリティは堅いよ? 君達に出来るとは思えない」

 ソファの切れ目に尻がはまらないように、スミスはジリジリと座る位置を移動した。

「出来ようと出来まいと、あなたには関係ないでしょう。交渉が決裂すれば、あなたが結果を見届けることはできないんですから」

 直巳はアイシャと違い、あくまで穏やかに話す。アイシャはもう話しにならない。自分がスミスの逃げ道になってやるしかない。良い刑事と悪い刑事、というやつだ。こんな状況は打ち合わせにはなかったが。

 そういえば、先日もこんなことがあった気がする。アイシャは意図してこの状況を作り出しているのだろうか。それとも、本当に気が短いのだろうか。

 スミスの目は、まだ光を失っていなかった。それはただ、意地とプライドが、そうさせているだけだ。実際、彼は魔術師でもないし、屈強な戦士でもない。檻に入ったライオンの餌を取り上げることはできても、野生のライオンを退ける力はないのだ。

 直巳が手を上げると、Aも伊武も武器を引いて、元の待機位置に戻った。

「改めてお話しましょう。僕達が、「聖堂乙女の核」を手に入れるには、どうすればいいか――考えてもらえますね?」

 直巳が静かに言うと、スミスはハンカチで汗をぬぐってから答えた。

「――君達が、私に提供できるものを思いついたよ。「聖堂乙女の核」と交換するにふさわしいものをね」

「それは、一体?」

 スミスは両手を広げると、得意気な顔で言った。

「それは――君達自身だ」

 そのぶれない姿勢に、直巳は感心すらした。

 アイシャは、もう何か色々どうでもいいから、スミスを殺して大暴れしたかった。



「君達の力を借りたい。報酬は、「聖堂乙女の核」というわけだ」

 スミスは壊れたソファに座ったまま、格好をつけて言った。

 アイシャは今にも噛みつきそうな勢いでスミスを見ている――というか、メンチを切っている。非常に珍しい光景だ。普段なら、ここまで怒る前に、【決着】がついているからだ。

 直巳はアイシャをなだめながら、スミスと話を続ける。自分がアイシャをなだめられるキーマンだと思ってもらえれば、話しもしやすい。アイシャにそのつもりはないが。

「力を貸して欲しい、ということは。倒して欲しい敵でもいるんですか?」

「ああ、そうだ――いや、そういうことになる」

 さすがのスミスも、言葉には出さないが、アイシャを意識して態度には気を付けていた。

「力を貸すにしても内容によるよ。意味もなくライバル会社を皆殺しにしろとか、罪も無い人々を襲えとか、そういうのは受けられない」

 例えば、そう言った依頼を受けたとする。ただ、意味も無く、報酬のためだけに暴力を振るうような依頼を。やれと言われれば、Aも伊武もやるだろう。だが、それだけはどうしても避けたかった。ここまでやっておいて、自分勝手だと言われるかもしれないが、それをやるのは本当に最後の最後。それしか手がなくなった時だけだ。

 つばめのために、罪の無い他人を犠牲にできるか――それは、そうなってみないと直巳にもわからなかった。考えて答えが出ることではない。

 しかし、スミスの口から出たのは、そういう話ではないようだった。

「安心してくれ。君達に倒して欲しいのは盗賊だよ。人を傷つける盗賊。しかも、殺せとは言わない。無力化して捕らえてくれればいい。それなら、良心も痛まないだろう?」

「盗賊の正体は?」

「詳細は不明だ。ただ、最近、何度か保管庫の周りで怪しい影を見ている。恐らく、魔術具を欲しがる魔術師か反天使同盟、と言ったところだろう。あいつらは魔力の匂いをかぎつけるからな」

「場所が割れているなら、保管庫の場所を変えては?」

 直巳の提案に、スミスはゆっくりと首を振った。

「物理、情報、どちらのセキュリティもクリアした保管庫を用意するのはたやすいことではない。それに、輸送中を狙われる方が危険だからね。そう簡単にはいかないのさ。準備はしているのだが」

「なるほど。それならば、そのうろついている連中を倒した方が早いと」

「そのとおり。そして、我々では相手にできないような魔術師が出てきたら、君達の出番というわけだよ、センセイ」

「盗賊同士の争いに荷担しろってことでしょ」

 アイシャがツバでも吐きそうな態度で言い放つと、スミスは笑顔を浮かべて直巳に言った。アイシャの方は見ようともしない。怒っているのか、怖がっているのか。両方か。

「どっちが正しいかを知りたいなんて、不毛なことは言うまいね? とにかく我々に力を貸してくれるかどうか、ということだよ。どうする? ミスター・ツバキ」

 直巳は笑顔を浮かべると、スミスに右手を差し出した。

「受けましょう」

 直巳は間髪入れずに答えると、スミスは直巳の手を取った。

「交渉成立――素晴らしいデモンストレーションだったよ、タカミヤ。ちょうど、気に入らないソファとデスクを買い換える口実も出来た」

「それはどうも。今度は、もっと丈夫で趣味の良いものを買うと良いわ」

 皮肉っぽく言うスミスに、アイシャが生意気な口調で答える。お互い、手を取り合おうとはしなかった。

 直巳の指示で、Aがスミスと連絡先を交換する。とはいっても、携帯の番号を一つ教え合うだけだ。お互い、番号は一度聞いただけで、書き留めることもなく暗記した。

「で、その賊はいつ、どこに現れるんですか?」

 直巳が聞くと、スミスは肩と眉を、わざとらしくすくめた。

「わかってれば苦労はしないさ。出たら連絡する」

「――そのまま連絡無し、ってことにならなければいいけど」

「私が、その場しのぎのために言ってるって? そんな気はないさ。そうだな、2週間経っても何も起きなければ、またこういった場を設けよう。別の条件が思いつくかもしれない」

「わかりました。そうしましょう」

「では、これから2週間。いつでも動けるようにしておいてくれ」

「夜なら大丈夫だ。昼は難しいかもしれない……と、泥棒に伝えておいて」

 アイシャが含みを持たせて言うと、スミスは愉快そうに笑った。

「ははっ! そうだな、保管庫に張り紙でもしておこうか。「フロムダスク・ティルドーン」ってね」

 夕方から夜明けまで。泥棒なのだから、ぜひ、不健康に頑張ってほしい。

 スミスはひとしきり笑った後、真顔になった。

「冗談は抜きで、君達をぶつけたいんだ。夜ならば襲いやすい、というような印象を相手に植え付けるようにするよ。魔術具を根こそぎやられたら、このラボの存続に関わるからね。「聖堂乙女の核」と引き替えに他の魔術具を守れるなら、安いものさ」

「安い買い物だと思わせてみせますよ。それじゃあ、連絡をお待ちしています」

 直巳は最後にスミスと握手をしてから、全員で退室した。

 PORラボの敵が何かは知らない。それでも、直巳はスミスの提案をすぐに呑んだ。もしも、問題があるような相手なら、スミスを裏切るつもりだ。忠誠心も契約書もないのだから。

 一方のスミスも、直巳のそんな考えぐらいは想定している。道端で出会った犬がすぐに懐くとは思っていない。せいぜい、上手く使ってやろうと思っているだけだ。

 直巳、Ag、スミス――誰もがカードを伏せたまま、ゲームだけが進んでいく。

 ゲームを降りるものはいない。積まれていくチップが本物かどうかもわからないのに。

 直巳は、まだ何も得ていない。

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