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第十八章

 直巳がカイムと一緒にいる、同じころ。

 伊武は一人で、街を歩いていた。

 何か目的があるわけでもない。ただ、一人になりたかった。

 Hgと関わりだしてから、胸の中に得体の知れない不安が広がっている。

 ずっと探していた仇であるHg――彼女は間違いなく死んだ。だからなのか? 復讐ができなくなって、行き場の無くなった感情が原因なのだろうか。

 それとも、Agのことか。どことなく、自分に似ている彼女が気になるのか。似ているとは言っても、なんとなくだ。気のせいと言われれば、それで納得できるぐらいのことだ。

 それでも――それでも、伊武は彼女の顔を見た時の不愉快さを忘れられない。

 もしかしたら、自分に生き別れの姉でもいたのだろうか――いや、そんなはずはない。思い当たる節はまったくない。どう考えても、あれは他人だ。

 例えば、Agが街ですれ違っただけの人間で、直巳やAに、「今の人は伊武に少し似ていたね」と言われても、伊武が気にすることはない。自分に少し似た人間など、いくらでもいるだろう。そんなこともあるか、で終わる。偶然で済むのだ。

 そう、偶然。偶然で済ませればいい話だ。

 だが、ここ最近、偶然が偶然のまま終わったことがない。

 偶然は、まだ理由のわかっていない必然――すべては繋がっているのだ。

 Hgと、弟子のAg――どこか自分に似ている――一体、何が――。

 いくら考えても、答えはわからない。伊武の気持ちが晴れることはなかった。

 考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか知らない道に出ていた。伊武は辺りの風景を見て、自分の居場所と、椿家の方角を特定する。伊武は常に方角がわかるように注意を払っている。例え、地下に入ったとしても、何回、角を曲がったかで方角をたしかめている。

 見知らぬ道を通って帰宅する途中、一見のアンティークショップを見つけた。店頭に人形が飾ってある。ビスクドールというのだろうか。少し不気味な感じもするが、少女のイメージを具現化したような姿に、目を奪われた。

 伊武が人形を眺めていると、中から一人の老婆が出てきて、伊武に声をかけた。

「よかったら、中を見ていって。大丈夫よ、売りつけようなんて思ってないから」

 にこにこと品良く笑う老婆。伊武は、少しだけ中を覗いて見ることにした。

 店内には、伊武には価値のよくわからない骨董品が数多く並んでいた。

 特に、ビスクドールはたくさんあった。数十体はくだらないだろう。視点の定まらない人形の視線が、店内中に張り巡らされている。どこにいても人形に見られているような気がする。

「お嬢さんが気になっていた子は、これ?」

 老婆は、店頭に飾られていた人形を抱いて、伊武に渡した。

「あ……どう……も……」

 伊武はなんとなく、それを受け取る。人形の顔を見つめる。目が合わなかった。

 美しい金髪に、派手ではないが美しいドレス。顔は完全な美人というわけではなく、少しクセがあるように思える。だからこそ、他の人形とは違う何かがある気がした。

「その子はね。世界に一人しかいないのよ」

「すごく……貴重……なん……ですか?」

「ええ。そうね。でも、少し前にオークションで、同じ子が出たのよ」

 老婆は伊武の差し出した人形を受け取ると、我が子のように優しく抱いた。

「その子も、私が買ったわ。他の人が持っているなんて、嫌だもの」

「大事……なんです……ね」

 伊武の言葉に、老婆はにこりと笑った。

「ねえお嬢さん。世界に1つしかないと言われていた人形が、もう1つあったら、コレクターは欲しがるのよ。手に入れたら、どうすると思う?」

「それは……他の人が……持っていたら……嫌だし……その……言い方は悪いけど……スペアとして……保管する……とか……売る……とか?」

 伊武に収集癖はないから、コレクターの気持ちはわからない。だから、なんとなく思いついたことを言ったのだが、他の人達との意見とも大きくは違わないはずだ。

 しかし、老婆は笑いながら首を振った。

「違うわよ。この子はね、世界に1つだから素敵なの。だから、コレクターはね。もう1つの人形を手に入れたら、燃やすの」

 伊武はその瞬間、老婆が人ではないように見えた。

「そうすれば、この子は世界に一人だけになるでしょう。二人目なんか、そもそも存在してはいけないのよ。だから燃やすの。どっちが本物かなんて、迷わなくてもいいようにね」

「……その……あなたが買った……その子と同じ……人形は……?」

 老婆は愛おしそうに、人形の髪を撫でながら答えた。

「もちろん、燃やしたわ」

「……気持ち悪い」

 そういうと、伊武は急ぎ足で店を出た。一度も振り返ることなく、老婆が何か言う前に、この場を離れたかった。

 人形蒐集家の全員が、あの老婆と同じではないだろう。どちらも大事にする人だっているはずだ。気に入ってくれるのなら、他の人に譲ってもいいではないか。

 伊武の頭に、老婆の微笑みが思い浮かぶ。品の良い、素敵な笑みが。

 あれは狂っているのだろうか。そうは見えなかったのが、より不気味だった。

 人形は理想の存在を作り出せる。だからこそ、いくつも作れる――人形蒐集家のジレンマ。

 ならば、他の人形を壊して、自分の人形を唯一のものにしよう――人形蒐集家のロジック。

 老婆の狂気に当てられた伊武は、現実感を喪失していた。頭がぼんやりしている。

 伊武は急ぎ足で店から十分に離れた後、気分を変えるために自動販売機で500mlの炭酸飲料を買い、一息で飲み干す。喉を通る冷たい炭酸が頭を少しクリアにしてくれた。

 缶を捨てると、辺りが暗くなってきていることに気が付く。時計を見ると、もうすぐ十七時になろうという所だった。今日はPORラボと会うのだから、早く帰らなくてはいけない。

 伊武は一人でとぼとぼと、椿家への道を歩き始めた。

 寄り道なんかしなければよかったと、いまさらながらに後悔をする。

 椿家へと向かう足が、自然と速くなる。

 早く、直巳に会いたかった。アイシャでもいい。AやBですら、恋しくなっていた。

 一人になりたかったり、会いたいと思ったり、我ながらずいぶん勝手だなと伊武は思う。

 そんな自分が、少し嫌だった。

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