第十三章
車が目的地、Hgの工房の前に到着した。
住宅地を外れ、人通りも街灯も少ない郊外の土地に、それはポツンと建っていた。
全員が車から降りて、その建物を見る。
「これが……Hgの工房?」
外観は、どこにでもあるような小さなビル。3階建てで、白い壁面。窓が全て埋めてあるのと、入り口がやたら厳重ではあるが、魔術の気配はどこにもない。
「昔は病院だったんだ。魔術具の倉庫でも建てようかと思ってたんだけどね。結局、Hgが中だけいじって、工房にしたってわけだ。僕も中を見たことはない」
「廃病院を改造して、今度は魔術工房か……ぞっとするな」
直巳が真っ白な建物を見て、顔をしかめる。
「高田。最後にもう一度だけ、Hgに連絡を取ってみて」
「わかった」
高田はアイシャに言われるがままに携帯電話を取りだし、Hgに連絡をした。コールはされるのだが、何度鳴らしても相手が出る様子はない。
「駄目だね。でない」
「そう。なら、突入するけど――いいわよね?」
「ああ、そうしてくれ。君達がいる間に、決着をつけておきたい」
「わかったわ。直巳、開けてちょうだい」
直巳がうなずくと、伊武とAに声をかけた。
「アイシャと高田は、ここで待ってて。伊武とA、一緒に来てくれ」
直巳は二人を連れて、入り口に近づく。あまり見かけないような、分厚いシャッターが降りており、壁には解錠用だろうか、コントロールパネルがついている。他に入り口はない。
コントロールパネルを見ると、カードのタッチセンサーと、数字のキーがついている。鍵穴もあるが、高田ですら鍵を持っていないというのだから、鍵の実物は期待できない。
「カードに鍵、数字か……どれか一個でも難しいのに、複合だったら絶望的だな」
「マスターキー、使いますか?」
「マスターキー? そんなの持ってるの?」
「ええ。そこに立っています」
Aが指さした方向には、伊武が立っていた。
「ああ……マスターキー……そういうことか……うん、それでいこう」
ようするに、鍵もドアもぶっ壊すということだ。まあ、それしかないだろう。
トラップやセンサーの類いがないか、Aがチェックをするが、特には見当たらなかった。
「じゃあ、伊武。お願い」
「うん……わかった……」
伊武はシャッターに近づくと、ペタペタと触って、感触や厚みを確かめた。
「ねえ……椿君……質問……」
「ん? なに?」
「この……シャッター……二度と……使えなくなっても……いい……の?」
「まあ……しょうがないかな」
「わかった……じゃあ……離れてて……」
そういうと、伊武は背後の空間からフリアエを取り出して、シャッターに向けて構えた。
「――フッ!」
フリアエを横に薙いで、シャッター一閃。えぐられたような斬り跡が入る。
こんどは縦に、斜めに、また横に。何度もフリアエを振るって、シャッターがズタズタになったところで、伊武はフリアエをしまった。
今度はシャッターの前に立つと、斬り跡に指を突っ込み、力任せにシャッターをはがし始めた。まるで、壁に貼ったポスターを剥がすかのように、ベリベリと剥がしては放り投げる。いくつかの切り込みを入れているとはいえ、人間業ではない。
ものの数分で、シャッターはすっかりなくなっており、あたりにはシャッターの残骸が散らばっていた。
シャッターの後ろに、ドアが見えた。これは普通のガラスドアだが、中が見えないようにサンドブラスト加工されている。
伊武は拳を握ると、少し立てた中指の第二関節をジャブのように鋭く、ガラスに叩きつけた。ピシッと音を立てて、ガラスにヒビが入る。後は適当に殴ってガラスを割ると、そこから手を入れて、中から施錠を外した。
「終わった……よ……」
「ありがとう。お疲れさま」
「うん……シャッターは……面倒くさい……ね……ドアも……結局、割っちゃったし……大丈夫……かな?」
「ドアはまあ……蹴破るよりはいいんじゃない? ありがとう」
直巳と伊武がシャッターとドアの破壊についての反省会をしていると、アイシャが、「やっと終わったの」と呟いて、直巳達の方へ歩き出す。しかし、高田が動かなかった。
「どうしたの? 高田。行くわよ」
「……ねえ、あれ……君達の中では普通なの?」
「あれって、シャッター壊したやつ?」
「いや、壊したって……引き裂いてたよね? シャッターなのに。カレンダー破くんじゃないんだからさ……ガラスなんて、無いも同然の扱いだったし」
「まれーならあれぐらいやるわよ。本気出せば、このビル更地にできるんじゃない?」
「……僕、ああいう人達と戦ってたんだ」
「あんたなんか日めくりカレンダーよ。生きててよかったわね。さ、いくわよ」
全員が集まった所で、直巳が玄関のドアに手をかけた。
その時、伊武が割った箇所から、何かの香りが漂ってきた。香水か化粧品か、いや、もっと上品な香り。それに気づいたのは、一番近くにいた直巳だけだっただろう。
「直巳、何やってるの? 早く開けてよ」
「あ、ああ……わかった」
アイシャに急かされて、直巳がドアに手をかける。両脇では、何が出てきてもいいようにAと伊武が待機をしていた。
「よし、開けるぞ――3、2、1――」
バン、と。直巳が勢いよくドアを開け放つ。
その瞬間、例の香りが濃密な塊のようになって飛び出してきた。
「――花?」
アイシャの言葉に、直巳が納得する。ああ、あの香りは花だったか。普段、香水や化粧品の匂いを嗅ぐ機会の方が多いから、逆に花という考えが抜けていた。
花屋の匂いを何倍にも濃縮したような、強い香り。
ドアを開けた、その先に見えたもの――花、花、押しつぶされそうなほどの花。
壁も床も天井も、部屋を埋め付くさんばかりの花が、部屋一面に咲き乱れ、ぼんやりとした灯りに照らし出されていた。




